第1−6話 八坂激闘譜 Ⅵ
勢いというものは怖いです、二週間掛けずに最新話投稿です。
今回は戦闘中心です、熱くなって下さい。
八坂激闘譜 Ⅵ
基本的に水上艦艇、特に戦艦等の大型艦の砲撃戦では実際の打ち合いになったら、対空戦闘と違って回避運動は行いません、特に挟叉弾を得た後には針路速度の変更は不可能と言って良いでしょう。
何故か?
回避運動を行うと言う事は針路と速度を変更する事を意味します、つまり回避運動を行えばそれまでと針路も速度も変わってしまい、それまでに交互射撃で得た射撃諸元の修正値が意味を成さなくなってしまうのです。
従って大型艦の砲撃戦は、敵の砲撃に耐えながら自身の砲撃で相手の耐久力を削ぎ落とし損耗を蓄積させて最終的には敵艦の撃沈若しくは撃退へ持ち込むと言う形をとる訳です。
ある意味、俗に言われる「足を止めたヘビー級ボクサー同士によるノーガードの殴り合い。」と形容されるその戦いは、見方を変えれば派手だが地味な戦いと言えるでしょう。
そしてその闘いに勝つために戦艦、若しくはそれに準ずる戦闘艦の装甲は非常識なまでに厚く成り、その艦の構造も難沈化を図かられてきました。
その一方で、分厚い盾を穿くための矛とも言うべき艦砲もまた進化を続けてきました、その進化はやがて分厚い装甲を穿つ事を可能とする巨砲を生み出し、加えてそれを遠方から命中させることを可能とする照準機構を戦艦が装備するに至ったのです。
それが矛と盾の進化の行き着いたところまで行った戦艦の真の姿でも有りました。
そういった意味から見れば、今回の第三次ソロモン海戦第三夜戦における二匹の艨艟の戦いも当然ながら同様なものでありました、従って「八咫」が敵戦艦と差しでの殴り合いに成る以上少なからぬ損傷を受けることは覚悟の上のことであると言えました。、
しかしながら、感情的にそれを受け入れられるかと言うと「否」という答えが導き出されます。
「敵弾、旗艦を挟叉!」
と、観測員の声に、私はそれまで射撃緒元を修正する為に敵戦艦に向けていたパノラマ式眼鏡を旗艦「八咫」へ向けました。
砲撃指揮官である私が受け持つパノラマ式眼鏡は他の照準用眼鏡とは異なり、常時周囲に視線を向けられるようにそれらとは別に三六〇度全周囲に向けられるように造られていました。
私が敵の星弾の明りに浮かぶ旗艦の姿を視認したのは、敵砲弾が着弾して少々時間を経た頃でしたので、当然ながら水柱は崩れ落ち周囲の海面も大分平静に戻ていました。
パノラマ眼鏡の視界に収まった「八咫」の姿はこれまでの見慣れた姿と変わりが有るようには見えませんでした。先の砲撃で被弾した破損部もそれに伴う火災と噴煙も認められません、それどころか私の視界の中で「八咫」は平然と敵に向ってお返しとばかりに九門を一斉に発射したのです。
「八咫」の無事な姿に胸を撫で下ろした私は、再び自艦の射撃緒元の修正に専念する為にパノラマ式眼鏡を敵の戦艦へ向けたのです。
我が軍の吊光弾の明りに浮かび上がる敵戦艦、こちらには既に数発の直撃弾の着弾痕が有って左舷側の対空砲砲塔の一部が残骸と成っていましたが戦意に陰りは無いようで、私の見つめるパノラマ式眼鏡の視界の中で九門の主砲がユックリと鎌首をもたげ、次の瞬間、敵艦上に眩い閃光が煌めきました!
敵戦艦の持つ全主砲九門が火を噴きました、挟叉弾を得たことで敵艦も一斉打ち方に切替えたのです。
九門の主砲から一斉に放たれた四〇センチ砲弾は、装甲巡洋艦「八咫」の細長い船体を囲むように落下して海中で炸裂し、艦全体を覆い尽くすような水柱を噴き上げた。
それでも、今回も直撃弾はなし、と水柱が崩れ落ちてゆく一部始終をパノラマ式眼鏡越しに確認した私は再び安堵の息を吐き出したが、その息を吐ききる前に凶報が観測員よりもたらされた。
「旗艦減速します!」
観測員の報告に拠れば「八咫」はその水柱を乗り越えた当たりから速度を落とし初めていたと言うことで、おそらく現在の速力は二〇ノット前後、機関部を含めた動力系に何らかの損傷を受けた可能性が有りました。
そして直ぐに続報がもたらされました、それは間違いなく凶報の追加で有りました。
「「八咫」、左に転針!」
「旗艦「八咫」より発光信号!
❝我、主舵損傷❞です。」
「八咫」は先の敵艦の砲撃に対して確かに直撃は免れていました、しかし、艦尾付近に着弾した敵砲弾の破片か或いはその爆発の衝撃波が舵を直撃して破損、艦の針路が定まらなく成ったのです。
それは帝国海軍にとって悪夢の再現でした、先の第三次ソロモン海戦第一夜戦に於いて巡洋艦との砲撃戦の際に舵を破損した戦艦「比叡」は、日の出後に襲来した敵艦載機との戦闘に於いて舵の損傷により回避運動が出来ないまま攻撃により沈められていました。
「八咫」はその二の舞いになる危険が有ったのです。
舵損傷後の最初の砲撃は、被弾に拠る減速と針路の変更を計算に入れていなかった、正確には間に合わなかった為に大きく右舷前方に外れた海上に着弾しました。
「我が艦より発信❝我、砲撃戦ノ指揮ヲ執ル❞です。」
「そう来たか。」
「八坂」艦長の安川大佐は、二番艦としての責務を果たすことに何ら迷いは無いようで、旗艦の「八坂」が無事敵の航空機の攻撃範囲を脱して味方の制空圏内へ退避できるようにする腹づもりです。
それだけではありません、艦長は間髪入れずに「八坂」を「八咫」と敵戦艦の間に割り込ませる様に指示したのです、それは敵の射線へ我身をさらす行為でも有りました。
勿論、だからと言ってこちらが敵の獲物に成ってやる気は更々有りませんでしたが。
そうした皆の決意を表すように、「八坂」の主砲三門が猛然と砲弾を吐き出しました。
それらの砲弾は敵戦艦の手前に着弾し一時的に敵の視野を遮ります、そして敵に「八咫」以外にも狙っている敵が居ることを認識させるに違い有りません。
その砲撃が功を奏したかはしれませんが、一度一斉打ち方で退避中の「八咫」に砲撃を加えた敵戦艦は、「八咫」が星弾の照射圏内を脱して暗闇に消えたことも有ってさらなる砲撃を中止しました。
先ずは、一安心と言うところですが、ここで思い違いをしてはいけません、。
何故ならば、敵戦艦は「八咫」に代わる標的を欲しているはずです。
そうした場合、その対象としては目前に割り込み追撃を妨げた我々の「八坂」ほど良い目標は無い筈です。
そしてその考えを証明するかのように、敵戦艦の主砲塔がゆっくりと旋回してこちらを向き、砲身が持ち上がりました。
それから然程の間を開けることもなく、敵艦の三連装砲塔の内の一門、計三門が閃光を放ちました。
まるで急行列車が頭上を通り過ぎるような轟音がして「八坂」の至近の海上に三本の水柱が噴き上がりました、全て近弾で距離も離れていましたが、その砲弾が水中で起こす爆発は先ほどの重巡洋艦の二〇センチ砲弾のそれとは比べ物にならないほどに強力でした。
敵戦艦はその後も矢継ぎ早に交互撃ちで砲弾を放って来ました、その着弾は見事な位に修正されていて、何と三射目には本艦を挟叉したのです。
それは米軍の技量は自分達よりも劣っていると信じ切っていた我々にとっては衝撃的な事実でした。勿論我々も一方的に撃たれていた訳ではありません、こちらも針路と速度を変更したため一からやり直しと成った交互打ち方で四射目に挟叉弾を出して一斉打ち方に移行していました。
然し、こちらが先手を打って一斉打ち方に切り替えて技量に劣る敵艦を一方的に一斉打ちで打ち負かすという皮算用は正しく捕らぬ狸のものになっており、双方が同じ条件で撃ち合うこの現状は我が方にとって明らかに不利でした。
但し、ここで諦めるつもりは有りません、一つの砲塔の約四〇名の砲員、これを一個分隊として主砲塔三基ですから三個分隊一二〇名、それに加えて主砲射撃指揮所と発令所の砲員と砲手、砲術士の三〇名から成る第八分隊も含めて皆が心を一つにして敵に立ち向かいます。
「敵さんの砲撃速度は、四〇秒に一発と言うところですか、『長門』が最短で四〇秒、下手すると一分を超えると思うと『長門』よりは確実に早いですね。」
敵の射撃の様子を俯仰角手兼方位盤射手用の照準用眼鏡で眺めていた鷹野特務少尉が手元の時計を確認しながらそう言った。彼は照準の修正をしつつ敵の射撃速度を測定していたらしい。
「やはり向こうの方が新しいって事でしょうか?」
そこへ旋回手の渥美一等兵曹の問いが重なった。
「『長門』型の場合は、装填に掛かる時間は三〇秒ほどだが、揚弾装置や動力源の水圧駆動装置の能力に限界があって平均一分に一発って事らしいな。帝国海軍の戦艦は『金剛』型を除けば似たり寄ったりだ。」
産業力の底力の違いだなと、締めくくって鷹野特務少尉はその問いそう答えた。
「それでも、この『八坂』なら最大で三〇秒で一発の射撃が可能です、そう簡単には負けませんよ。」
ある意味無邪気に動揺手の岡野上等兵曹はそう結論付けて、自身は目の前の動揺手用の横動揺望遠鏡を覗きながら細かく動揺手輪を操作していた。
「そうだ、負けんさ俺たちは。」
私はそう言って皆に発破をかけて私自身の任務に集中することにした。
先ほど岡野上等兵曹が言っていましたが、敵戦艦に対して「八坂」が優れている点の一つが発射速度の高さでした、こちらは三〇秒に一発、方や敵艦は四〇秒に一発となります。
この発射速度の高さは近代の対艦戦闘に於いては大きな優勢性を持つことを意味していました。
これを一分当たりの発射数に換算すると、「八坂」は二発、敵戦艦は一、五発となります。しかし、これを投射重量に換算すると「八坂」の約1.6トンに対して約1.8トンと逆転することに成ります。実は米軍の四〇センチ砲弾は「八坂」の三一センチ砲弾の六七〇キロに対して約倍の重量がある一二二〇キロ有ったのです、当然ですがこうした米艦隊の兵器に対する情報は戦後に成って知ったもので当時はこうした数字に関しては知識がなく、「長門」型の四一センチ砲弾同様の一トン級と想定していたのです。
従ってこの砲弾の直撃を受ければさしもの装甲巡洋艦とはいえ只では済みません、ですので方位盤に取り付いていた我々も、発令所や各主砲で作業する面々もこの事実を認識し、それから起こる悲劇的事象を避けるために必至になっていたと言うことが出来るでしょう。
最初に直撃弾を与えたのは彼我の距離が八〇〇〇メートル切った当たりでした、挟叉後に二度の空振りをした後の第三射です。こちらの砲弾が敵戦艦の中央部付近に集中して落下し、水柱を上げましたがその中に一つ直撃弾と思われる爆発炎を確認したのです。
砲弾は艦中央に離れて立つ二本の煙突の後方に設けられた後檣を直撃し予備の射撃指揮所と電探のアンテナを吹き飛ばしたのです。
しかし、相対的に見てこの程度の損傷は敵艦にとっては当面は軽微という程度のものでしょう。
そして軽微とはいえ損傷を与えた「八坂」に対する報復は直後に行われました。
「八坂」の砲撃が直撃を得たその直後、敵の砲弾が「八坂」周辺に降り注ぎ、周囲に海水の柱に拠る膜が築かれ、その直後に激しい衝撃を受け私は方位盤にしがみつきました。
それに被るように激しい爆発音と振動が艦橋頭頂部の射撃指揮所に伝わって来ました。
「直撃!第一副砲大破!
現在、第一副砲弾薬庫に注水中!」
艦橋基部の応急指揮所で被弾時の応急対応の指揮を執っている副長の報告を伝令が伝えてくれました。
更に追い打ちを掛けるように敵の砲弾が艦尾方向を襲いました。
「艦尾、左舷内火艇収納庫被弾!
内火艇大破!
舵、推進器に異常なし!」
二発目の被弾は左舷側の内火艇収納庫でした、「草薙」型の装甲巡洋艦は戦艦「大和」型同様に艦尾の左右に内火艇収納庫を設けて内部に収納する方式をとっていました、但し「大和」型は主砲発射時の爆風対策に対して「草薙」型では上部甲板に対空砲を満載したためトップヘビーを避けるために低い位置に内火艇を収納するためにと理由は違います。
それを今、敵砲弾が貫通し中の内火艇を破壊、そのまま側面の装甲を破って海中に落ちてそこで炸裂したのです。内火艇収納庫内で爆発しなかったお陰で損傷は少なく舵や推進器に損傷を受けなかったのは幸いでした。
その直後、お返しとばかりに「八坂」の砲弾三発が敵戦艦の第二砲塔付近に着弾しました、内一発は砲塔上部天蓋を直撃しましたが砲塔の上部装甲に弾かれて海中に落ちました、しかし残り二発は砲塔の基部に命中、甲板下の装甲を食い破って艦内で信管が起動、炸裂したのです。
その様子は私が担当するパノラマ式眼鏡越しにもハッキリと見ることが出来ました。一瞬砲塔直下の弾薬庫に火が入って轟沈する光景を想像しましたが、残念ながら砲塔基部は耐四〇センチ砲弾用の装甲がされているらしく、爆発は砲弾のそれだけでした。
しかし、目敏い観測員は直ぐに異常に気が付きました。
「敵艦、第二主砲、旋回しません!
砲撃を止めています!」
どうやら敵の主砲塔一基を使用不能にすることが出来た様です。
戦後にこの件に関して米軍側の当事者に話を聞く機会が有ったのですが、それによれば砲塔基部のバーベットが着弾ショックと砲弾炸裂のエネルギーにより変形して砲塔の旋回が不可能と成ったと言う話でした。
敵戦艦の主攻撃力の三分の一を奪うことに成功した私たちでしたが、その戦果を喜ぶことが出来たのはほんの一時の事でした。
やがて敵主砲の一基を奪った報復は遥かな破壊力でもって「八坂」に齎されました。
敵弾の斉射、六発が着弾と同時に目の前が真っ赤に染まり轟音と共に激しい衝撃に私はその頭を激しく方位盤へ打ち付けました。
「一番砲塔大破!炎上中!」
「弾薬庫への注水急げ!」
私は伝令からの報告に即座に誘爆を防ぐ措置を口にすると更に叩き付ける様に次の命令を発した。
「第二第三砲塔は攻撃の手を緩めるな、ここが正念場だぞ!」
その命令に応えるかのように六門の主砲が咆哮を放ちます。
『大丈夫だ、我々は負けていない!
まだ負けていないぞ!』
そう心の中で叫び、我が闘志を奮い立たせた時でした、再び耳障りな飛翔音がして周囲に取り囲むような水柱がそそり立ち、それと同時に先ほどとは比べ物に成らない轟音と衝撃が主砲射撃指揮所を襲い、私の意志はそこで暗転したのです。
前書きに記した様に二週間で更新は書き溜めの更新を除けば新記録かも知れません、しかも今回はやっと戦闘中心の話に出来ました。
ただ、自分の書いている作品、つまり自分の構築した世界です、私の都合で人が死に傷ついてゆく情景はハッキリってキツイです。
そんな話も後最大でも二話で終わります、後少しお付き合い下さい。
さて、今回も最後までお読み頂きありがとう御座います、よろしかったら感想や意見など頂けると励みになりますのでお願いします、加えて誤字脱字が有りましたら一報下さい。
では次の更新をお楽しみに。