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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第一章 八坂激闘譜
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第1−5話 八坂激闘譜 Ⅴ

間に合いました、お約束の?後編です。

八坂激闘譜 Ⅴ


 私たちが揺れる吊光弾の光を頼りに照準を修正する作業に集中している間に、本艦に三基搭載されている主砲塔では文字通り汗まみれの作業で次の砲撃の為の装填作業が行われていました。

 装甲巡洋艦「八坂」の砲塔では、一基に付きおよそ四〇人の砲員が作業に当たっていました。

 初弾が発射され、砲弾が砲口を出ると砲は装填時の仰角三度に戻され、同時に砲内へ圧搾空気が放出されます、これは砲身内に残った装薬の燃え滓や装薬を包んでいた絹の薬嚢の燃え残りを砲身外へ吹き出すのと同時に燃え残った燃焼ガスが砲塔内へ逆流するのを防ぐの為のものでした。

 砲内の圧力が下がったのが確認されると、三番砲手の手によって尾栓のロックが外されて解放されます、この時尾栓は右砲と中砲は右へ、左砲は左に開けられます。

 尾栓が開かれると、三番砲手が砲内を覗き込み目視で砲内に破損が無いかを確認、続いて尾栓の汚れを拭い取り尾栓に火管を挿入します、そうした三番砲手作業の間にも装弾作業は同時進行で行われます。

 先ず揚弾筒内を頭頂部まで垂直に運び上げられていた砲弾は、頭頂部に設けられた換装筒によって向きを変えられて横倒しにされラマーと一体化された装填盤へ送られます。

 この一連の仕組みは、大重量の砲弾を垂直から水平へ安全に方向転換させる為のものでした、これまで帝国海軍の戦艦の主砲には無い仕組みでこの時点で「大和」型と「草薙」型のみの装備でした。

 砲内に異常がないのを確認した一番砲手はそこで水圧式の砲弾装填機を操作し、砲弾を弾室(砲の最後尾で銃でいうところの薬室に当たる)へ素早く挿入します。

 砲弾の前部が砲内のライフリング後端に食い込むのを確認されると、 続いて発射薬となる装薬の薬嚢が砲塔内へ運び込まれ装填作業が行われます。

 火気に対して非常に脆弱で危険な装薬の装填は、砲塔内の作業としては最も危険な瞬間であり作業中の被弾は場合によっては轟沈の要因となりうるものでした。

 従って装薬の薬嚢は砲塔内へ砲弾とは違う方法で運ばれて来ることに成ります。

 砲塔下層の火薬庫から密閉式の防火箱(揚薬筐)に入れられた薬嚢は、一旦砲塔内へ水平の状態で持ち上げられますが、砲弾の装填まで防火箱の中で待機しています、つまり危険な薬嚢は密閉され防火扉の向こう側へ置かれる事となります、これは装填時の被弾に対する誘爆の防御策として考案された仕組みでした。

 これまで日本の戦艦の主砲の揚弾装置は、原型の輸入元である英国の形式をそのまま引き継いでいて、弾薬筐と呼ばれる砲弾と装薬の薬嚢を上下に積むゴンドラで砲塔基部から引き上げていたのです。

 この形式は弾薬と薬嚢が同時に揚弾出来て効率が良く装弾時に砲の俯仰角がある程度自由にとれる反面、装弾時に無防備な薬嚢が砲塔内に留め置かれる等の点が欠点とされていました、従ってこの新しい形式の揚弾装置はそれらの問題点の解消策で有ったのです。尚この新しい形式の揚弾装置を採用していたのは戦艦「大和」型二隻と装甲巡洋艦「草薙」型の三隻のみでした。

 砲弾の装填が終了して、砲弾装填機が元の位置に戻ると、揚薬筒の防火扉開けられ、薬嚢が充填された防炎筒が防火箱の中から装填台へ転がりこみます、この中から薬嚢を装薬装填機がラマーで砲内へ押し込めば装填は終了です。ここで一番砲手に代わって薬嚢装填担当の二番砲手が水圧式の装填装置(装弾用とは別の装置)を操作して装填を行います。

 これで装薬の薬嚢が砲内に収まり、装填機が後方へ戻って尾栓が閉鎖されれば砲撃準備が整った事に成ります。

 各砲の発射準備が整うと、伝令が『右砲良し!』などと報告しながら発令所へ通じる伝達灯の赤いランプを点灯させるボタンを押して「発射準備完了」を伝えます。

 それと前後して仰角が取られ、旋回も再開します、砲塔内には旋回手一名、各砲に俯仰角手一名の計三名が居てここからは彼らが中心と成って作業が進められます。

 彼らは目前の旋回角受信器と俯仰角受信器上の赤針(基針)に白針(追針)が重なるように旋回装置や俯仰角水圧筒を駆動させる水圧装置への操作バルブを操作します。

 赤針と白針が重なった状態は、各砲が正しく我々(射撃指揮所)の指示に従って攻撃の目標とした座標へ指向している事を示していましたが、実際の攻撃の際には発射する瞬間までその状態を維持する必要があり、また射撃方向の指示を行う赤針(基針)も射撃緒元が随時更新されるために細かく頻繁に動く事から中々神経をすり減らす作業だと言われていました。

 ここまで記した「八坂」主砲の発射準備の描写から、同砲が当時の帝国海軍の艦砲としては相当に機械化が進んでいた事がご理解頂けると思います、然しながら注意して頂きたいのは、これらは機械化が進んでいるのであって自動化されている訳では無いのです。これら一連の作業はすべて人間がその目と手足と経験を駆使して状態を確認しつつ機械を操作して行っているのです。

 故に主砲だけでも九門、これが全て足並みを揃えて同じ目標を同時に撃つ、その難しさは理解頂けると思います。


 全門の再装填と各砲の指向状況を確認した、鷹野特務少尉は間を置かず方位射撃盤の射手兼仰角手席に取り付けられていた拳銃把握型の引き金に指を掛けるとそれを素早く引き絞りました。

「撃て〜っ!」

 引かれた引き金によって発令所の射撃盤へ送られた電気信号はそこから前後三基の主砲塔へ向かい各砲の四基の伝達表示板へ向かいます。この時、基針と追針が重なっている場合のみそこを通って尾栓に仕込まれた火栓を発火させて薬嚢内の装薬を燃焼させる事が出来るのです。

 今回も問題なく九門の主砲が火を噴きました。

 九発の三式弾は再び敵艦の上空で火の華を咲かせます、今度は敵艦の至近に着弾しました。

 しかし、至近弾に成ったとは言っても有効弾と成った砲弾は有りません、急ぎ照準の修正と装填作業が行われます。

 三度主砲が斉射を行い、九発の三式弾を撃ち出しました、余談ですが一斉に砲口から発射されている様に見える砲弾ですが、実際には各砲は僅かに差を付けて発射しています。

 これは斉射等の多数の砲弾を同時に撃つ場合に生じる、砲弾が発生させる衝撃波が干渉して弾道が乱れる現象を防止する為に、意図的に0.03秒の差を付けて発砲させる工夫がされている為でした、この遅延発砲を制御するのが九八式発射遅延装置で主砲の発射回路に組み込んで使用されています。

 

 主砲発砲後およそ三〇秒、敵艦上空で三式弾が炸裂すると、今度は有効弾が出ました。

 九発の内、一発がその有効半径である五〇メートルの散開径へ敵艦の一部を捉えたのです、その様子はパノラマ眼鏡越しにですが私も目にすることが出来ました。

 敵艦の中央より後方、左舷側に五〇口径三一センチ砲用の三式弾から放出された五〇〇個を超える焼夷弾子が降り注いだのです、実際に敵艦へ落着した焼夷弾子はその一部でしたが内部に充填された焼夷薬が発火して甲板上を火の海にしました。

 前述の通り、三式弾には貫通力は有りません、しかし、装甲の無い部分、つまり甲板上に設置された対空砲や機銃座等の砲やその操作要員、電探や無線機のアンテナに対しては非常に有効な攻撃手段と言えます。

 この時も私は暗闇の甲板上で燃え盛る焼夷弾子以外に誘爆と見られる複数の爆発を眼鏡越しですが確認しています。

 三式弾としては最後となる四度目の斉射では更に三発の有効弾が有りました、艦の中央より前、主砲付近から第二煙突後方の後檣付近に纏まって三発分の三式弾の焼夷弾子が降り注いだ敵の巡洋艦は艦中央部が炎上して既に吊光弾が必要としない様な惨状と成っていました。

「艦長、これより徹甲弾、交互撃ち行きます。」

「よかろう。」

 私が弾種と撃ち方の変更を伝えると寡黙な安川艦長らしい答えが帰って来ました。

 この間にも方位射撃盤には新しい情報が入力され、下方の各砲塔では本艦の本来の対艦兵器である九一式徹甲弾が給弾室から揚弾筒に拠って運び上げられ、常装の薬嚢が装填されます。

  今回は弾種を変更したことも有って少し時間が掛かりましたが、それでも一分余りで作業は終了しました。

 発射準備が完了した状況表示板を見ると鷹野特務少尉が自分に向かって宣言するように口を開きました。

「撃ちます。」

 鷹野特務少尉が引き金を引くと、今回は各砲塔の右砲が火を噴きました。

 交互打ちの為に各砲塔一門のみの発砲ですが、先の三式弾の一斉撃ち方に匹敵する反動が有りました、これは九一式徹甲弾が発射の際に装薬である薬嚢を五個使用している為でした、これに対して三式弾は発射する時は三個へ薬嚢を減らして使用していました。 

 この装薬の使い分けは三式焼霰弾と九一式徹甲弾の砲弾重量の違いから行われていました、三式弾は徹甲弾と比べて軽量であるため、同じ装薬量を使用した場合は大きく飛翔経路が異なってしまう事に成ります、このため可能な限り飛翔条件を統一して砲撃時の管理をしやすい様に装薬量を減らして弱装として使用していたのです。またこの様に装薬量が調整できるように装薬は薬嚢と言う形で小分けされて使われていたのです。

 今回が初と成る九一式徹甲弾での射撃は、初撃から至近弾と言える敵艦の間近への着弾と成りました。

 その結果から新たな射撃諸元を修正して入力、次の中砲の射撃を行い、その結果から左砲への射撃諸元を修正すると言う、地道な繰り返し作業が続きます、それは敵も同様で敵の巡洋艦の砲撃は回数を経る度に正確さを増し遠からず挟叉弾、そして直撃へと辿り着くことが必至の様でした。

 しかし、敵が「八坂」へ直撃弾を与える前に決着は意外な形でつく事と成りました。

 再び交互打ちで放たれた右砲の砲弾三発は着弾すると、敵艦の手前に一本、その向こうに二本の水柱を噴き上げました、所謂、挟叉と呼ばれる着弾結果でした。これは砲の着弾修正が正しく行われ照準が合わさっている状態を示し、このまま砲撃を続ければ遠からず直撃弾が出ると言う条件でした。

「よし、次より一斉打ち方へ移行。」

「次弾より一斉打ち方、宜候。」

 私の指示を聞いた伝令が素早く各砲塔へ繋がる電話へ伝えます。

 しかし、その指示は実行されずに終わりました、その時私の指示に重なるように意外な報告がもたらされたのです。

 それを私に伝えたのは俯仰角用の照準器を覗いていた鷹野特務少尉でした。

「ホチ(砲術長)、それは無理ですよ。」

 謹厳実直でめったに軽口を叩かない特務少尉から出た言葉は、私にとって理解不能の内容でした。

「何が・・・?」

 事態を確かめるために、急いでパノラマ式眼鏡を覗き込んだ私の視界に入ってきたのは左舷側に横倒しと成って沈みゆく米海軍の重巡洋艦の姿、と言う予想外の光景でした。

「水中弾ですかね?」

「判りません。」

 思いがけない戦果に現状を掴みかねていた私は、その要因について心当たりを口にしてみたのですが、鷹野特務少尉はその判定を保留したのです。

「九一式徹甲弾が水中弾となって命中するには、距離が近すぎます。

 九一式で水中弾が発生する砲撃戦距離は二万から二万五千の間で、一六度の角度で着水した時だけですから。 」

 流石に長年砲術一筋の特務少尉でした、彼は九一式徹甲弾が水中弾と成って戦果を上げる一連の条件を口にした後、こういったのです。

「何にしろ、敵の二番艦は仕留める事が出来ました。

 今は敵の一番艦へ照準を変更して旗艦を援護するべきでは無いでしょうか。」

 それは非常に現実的な意見でした。

 階下の測距所では(後に聞いた話では第一艦橋でも)、バンザイの声も上がるお祭り騒ぎでしたが、確かに敵の二番艦を屠るのは敵戦艦と相対するための過程でしか無かったはずです、我々は直ぐに次の段階に進む必要が有ったのです。

  因みに敵艦が沈んだ原因に関しては正確なところは判っていませんが、戦後公開された敵艦である米重巡洋艦ペンサコーラの生存者の証言によれば、この挟叉弾を受けた直後に謎の水中爆発で艦底を破られて浸水が進んで沈んだと言う事でした。

 此れに先立って四発の三一センチ三式弾と八発の「八坂」の副砲弾である一五、五センチ砲弾が直撃していて既に艦の上部構造物は穴だらけで統合した砲撃も出来ない状態だったとも記されていたのです。

 もしこれが九一式徹甲弾の水中弾効果だとするなら、 敵艦の手前に着弾した砲弾が着水後に水中弾と成り、水中をそのまま水平に直進して敵艦中央の左舷側の艦底部の装甲を食い破ってそこ炸裂したと言う事になります。

  米海軍の巡洋艦は重装甲で知られていましたが、流石に戦艦クラスの三一センチ砲弾に耐えるほどの物では有りません。そう考えるなら被弾後然程の時間を経ること無く左舷へ大きく傾いて海中に没した事実からは、多少ご都合主義の話しかもしれませんがその筋書き通りだった様な気がします。

「艦長、砲撃目標を敵一番艦へ変更します。」

「頼む。」

 私は急いで砲術長としての職務遂行へ頭を切り替えると、急ぎ艦長に敵戦艦に目標を変更することを伝えました。

「目標変更、敵一番艦!急げ!!」

 私の命令は伝声管、伝令に拠る艦内電話で各部に伝えられました、既に九門の主砲は全門に九一式徹甲弾を装填して砲撃の時を待っています。

 やがて照準の変更が完了し、砲撃のための諸々の諸元と測定値が射撃盤へ入力されると新たに交互撃ちとして各砲塔の右砲が発砲を開始しました。

 この時点で既に旗艦である「八咫」の砲撃は敵艦を挟叉し、一斉打ち方に移行していました。

 そこに「八坂」が助っ人に加わるのです、これで何とか勝ちが見えると考えたその時です、前方で旗艦を様子を視認していた観測員が悲鳴のような声で叫んだのです。

「敵弾、旗艦を挟叉!」


既に殆ど書き終わっていたのですんなりと後編は投稿できると考えたのですが、甘かったです。

急いで書いた無いようが気に入らなくて結局最後のページはほとんど書き直しました。はあ~間に合って良かった。


ということで今回も誤字脱字が有りましたら一報お願いします、次は余り間を開けないと良いと思うのですがどうなるでしょうか?

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