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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第二章 台湾沖海空戦「太刀魚が空を翔んだ日、鴨と七面鳥は愚かに踊る。」
37/42

踊る鴨と七面鳥Ⅻ

今回も遅くなりました。

踊る鴨と七面鳥


 瞬く間に、すぐ横を飛んでいたノックス機がそれに捉えられコクピットが粉砕され更に右主翼が半ばから叩き折られた。

「ジョージ!」

 片翼を失い落下してゆくノックスへウィスカーがそう叫んで振り向くと、火焔の衣を纏った黒い影が眼に入った、銃撃を加えながら降下してくる日本機だ。

「フランクだ!ゼロもいる!」

「くそっ。誰だジャップは居ないって言ったやつは!」

「後ろに付かれた、助けてくれ!」

 隊内無線は、一瞬にして各自各々が叫ぶ声で満たされ用を成さなくなった。

 ウィスカーは背後に敵機の姿を見止めると、素早く爆弾を捨て機体を捻り込んで火線を躱すとそのまま急降下に入った。

 嘗て日本機は格闘戦を重んじる余り、極端に機体の軽量化を計ったことから強度不足による空中分解を恐れて急降下において大きな速度制限があった、従って米陸海軍各機は不利と判断すれば急降下によって難を逃れる事が可能であった、しかしながら、戦訓から日本機が機体の強度を増させ格闘戦一辺倒から一撃離脱にも対応した機体を出してくるとそこまで有効な戦い方では無くなっていた。

 今も、ウィスカーのF4Uは敵機により低空に追い詰められて標的宜しく射撃の的と化していた、それでも彼が辛うじて逃げ延びる事が出来たのは、操縦士としての力量もさることながら爆弾を捨てて船団にとって脅威でなくなった彼を追い回す手間を惜しんだ結果でもあった。

 結局ウィスカーは、屈辱に震えながら半壊した乗機で母艦に帰る他なかったのである。


 井上上飛曹の目前、操縦席正面の防弾ガラス越しの向こうで彼の放った二〇ミリ機銃弾の直撃を受けたF6Fが左翼を付け根から吹き飛ばさた状態で落ちていった。

 その直後、更に一機のF6Fが胴体燃料タンクを撃ち抜かれて火だるまになりながら落ちていくのが見えた、僚機の樋口一飛が先程井上が撃墜したF6Fの僚機を撃墜したのだ。

「こう言う事か、お見事だね大尉。」

 井上は納得と言う表情で、攻撃を段取った三谷大尉へ賞賛の言葉を口にした。

 現状では、ほぼ同数いたと見られた敵戦闘機は半数が撃墜され、残りも爆弾を捨てざるを得ない状況に追い込まれていた。

 敵の戦闘機乗りにとって不幸だったのは、日本軍の戦闘機が居ないとの判断の元、対艦船攻撃力を補完させるために爆弾を登載していたことだ、米陸海軍の戦闘機は、帝国陸海軍のそれとは違い、艦爆並みの爆弾を搭載可能であった、これは米軍機が発動機の出力に余裕があり且つ機体が頑丈である為だった(勿論、機体のこうした使用方法が最初から開発計画に盛り込まれていた。)。

 しかし、如何に発動機に余裕があるとはいえその状態で戦闘機との戦闘は正気の沙汰ではなかった。しかも今回、三谷大尉は米戦闘機が爆撃に入る為に降下を開始した直後を狙っていた、それは敵機にとっては重荷である爆弾を投棄しない限り回避しようがない状況に置かれたことを意味していた、しかしながらこうした状況下で咄嗟に爆弾を捨てるような判断は容易にできるものでは無い、加えて不意を衝かれた事により多くの操縦士が爆弾を搭載したまま井上たちとの戦闘に応じ結果として彼らの餌食になっていった。


 今回の救援部隊を構成する戦闘機は二種、〈瞬雷〉と零式艦戦であった、この両機は同じく離床出力一五〇〇馬力の〈金星〉六二型を登載していたがその機体の性格は正反対と言ってよかった。

 通称〈金星零戦〉とよばれる零式艦上戦闘機五四型は、言わずと知れた零式艦戦の量産された戦闘機型に於ける最終進化型である。同機は敵機の進化に対応して重武装・重防御を得た代償として鈍重となってしまった機体特性を、発動機に換装することで三二型程度の軽快性を取り戻させる為に開発された機体であった。

 一方の〈瞬雷〉は所謂迎撃機である局地戦闘機として開発された機体である、従って重視されたのは速度と上昇力、攻撃力と防御力で運動性能や航続距離は二の次とされていた。

 実際、速度では〈金星零戦〉よりも二〇km/h優速であり、上昇力、降下速度ともにそれを上回る一方で運動性能では零式艦戦には太刀打ちできず、航続距離はほぼ同等であった。

 〈瞬雷〉の採用は、中立国経由でもたらされた諜報情報によりそれまでのB17やB24の性能を大きく上回る超重爆撃機(後のB 29 )の存在が確認され、現状の〈蒼電〉や〈雷電〉では対処しきれない事態が懸念された為であった。

 しかしながら、この時点で海軍の航空機を担当する航空機メーカーは多数の開発計画を抱えており、新たな局地戦闘機にまで手が回らないのが実情であった。

 そこで、〈蒼電〉の成功事例に倣い再び陸軍機の転用を模索することとなった。

 海軍が目を付けたのは、当時、〈蒼電〉の製造メーカーである国立飛行機が開発中であった陸軍の新型戦闘機であった。

 当機は、中島開発中であった次期主力戦闘機キ八四、後の〈疾風〉の機体に離床出力一五〇〇〇馬力の三菱製のハ一一二(Ⅱ)(海軍名称《金星》六二型)を登載した機体であった。

 周知のようにキ八四は、中島飛行機が陸軍戦闘機の集大成として設計開発した機体である。

 その原動力は、同じく中島飛行機が開発した新型発動機ハ四五(海軍名称《誉》)で国産初の二〇〇〇馬力を発揮する発動機ながら一〇〇〇馬力の〈栄〉とほぼ同じ直径と言う野心的な高性能発動機であったが、それ故に技術的障害は多く試作機は完成したものの実用化に手間取っていた。

 発動機の開発が難航したことで、キ八四のそのものの開発に遅れが生じることとなった、が敵の反攻の矢面に立たされる用兵側からは一刻も早い強力な新鋭機の登場が求められていた。

 そこで陸軍航空審査部は、暫定的処置として既に完成し安定した性能を期待できるハ一一二(Ⅱ)をキ八四へ登載する命令を国立飛行機に対して行った。

 当初その機体はキ八四を開発の為の実証試験や転換訓練用を目的に少数を生産する予定であったが、予想以上に高性能を発揮したことから一転してキ八四完成までの繋ぎの主力としてキ九二の名称で陸軍に正式採用される事となった次第である。

 尚、キ九二の開発を中島でなく立川飛行機へ命じたのは本来の開発元である中島にはキ八四とハ四五の開発に専念させる為だとされていた、しかしながら本格的な量産が開始されると生産能力や治具などの関係からキ九二・〈瞬雷〉共に立川での生産は少数にとどまり主な生産は中島で行われた。

 キ九二とキ八四の違いは発動機を除けばほぼ無い、ただハ一一二はハ四五と比較して約一五〇kgほど軽いため重心を合わせる為に機首が二〇センチほど延ばされていることから機首の形状に若干の差異がある、この他プロペラが一五〇〇馬力のハ一一二に合わせてハ四五用の四翅からハ一一二用の三翅のプロペラへ変更されていた。

 こうして形状の違いは遠目には殆どないことから、米軍では〈瞬雷〉とキ九二、キ八四の区別がつかず全て同じコードネームの《フランク》で呼んでいた。余談だが、後に完成したハ四五を登載したキ八四・〈疾風〉が戦場へ姿を表したとき米軍はこれまでのキ九二と誤認して戦った結果、キ九二よりも五〇km/h以上も優速なキ八四に終始圧倒され大きな損害を出す結果となった。

 武装に関しては、〈金星零戦〉〈瞬雷〉共に二〇ミリ機銃と一三ミリ機銃の各二門であったが〈金星零戦〉が全ての機銃を主翼内に収めていたのとは対照的に、〈瞬雷〉はキ八四と同じ様に一三ミリ機銃を機首、二〇ミリ機銃は主翼に登載している。

 尚、登載した一三ミリ機銃は三式一三ミリ固定機銃でキ九二が登載する陸軍の一式一二.七ミリ固定機関砲(ホ一〇三)とは口径が違うため弾薬の互換性は無い、これは単純な陸海の対立からではなく当時海軍が死蔵していた大量の保式一三ミリ機銃用の弾薬を有効活用させる為の方策でもあった。

 二〇ミリ機銃は双方とも海軍標準の九九式二号二〇ミリ機銃を登載しているが、キ九二は陸軍の二式二〇ミリ固定機関砲を登載している。


 初手でマタ船団救援部隊の一六機は、敵戦闘機一六機の内六機を撃墜、四機を撃破、そして全ての機体に爆弾を投棄させる事に成功していた。

 敵戦闘機を船団に対して無力化させた日本軍機は、敵編隊を突き抜けてそのまま一撃離脱の要領で航過すると再攻撃の為に高度を上げた、今度の目標はSB2C やTBF等の艦爆と雷撃機だ。

 井上は、降下速度を上げ過ぎない為に絞っていたスロットルを再び開いて機速を乗せると機体を水平に戻した。彼は素早く後ろを振り向いて僚機の樋口機が追従しているのを確認するとそのまま機首を天空に向けた。

 零式艦戦は登場以来、帝国海軍の唯一とも言える艦上戦闘機として改良を続けられながら第一線で戦い続けてきた、しかし三二型以降、敵の新型戦闘機に対応すべく武装の強化と防弾装備の必要に迫られたが、重量の増加により急降下性能を除く能力が著しく低下することが試作の段階で露呈したことから計画は頓挫することなった。

 しかしながら、開発が難航する次期主力艦戦である〈烈風〉の登場までの繋ぎとして零式艦戦の延命措置は必要であった。

 そこでこれまでの小手先の小改造ではなく発動機の換装と言う大鉈が振るわれる事となった。結果として発動機を一〇〇〇馬力の〈栄〉から一五〇〇馬力の〈金星〉へ換装した五四型は攻撃力と防弾性能を従来より大きく向上させながら三二型程度の軽快性を取り戻すに至ることが出来た。

 更にこれまでの集合排気管を排気ガスによる噴進効果を利用する推進式単排気管としたことで、速度と上昇力を含めて戦闘機として十分戦える水準にまで復活を果たしていた。

 今も、彼の乗機は僚機を引き連れて軽やかに上昇していった、が彼らに先んじる様に舞い上がっていく一群があった、八機の〈瞬雷〉である。

 彼らは、局地戦闘機の名に恥じぬ上昇力で敵編隊に対して再び高度を取ると攻撃に移っ

た。

 八機の〈瞬雷〉は、敵編隊上空で二隊に分かれるとその内の四機が爆撃機や雷撃機に向かって降下、攻撃を開始した。

 残った四機はそのまま敵編隊上空に留まるり、攻撃を行う四機の〈瞬雷〉と続く零式艦戦隊の上空援護を続けた。上空に留まっていたのは三谷大尉以下の精鋭ぞろい、彼らが警戒するのは先に蹴散らされた格好の敵戦闘機F6F六機であった、彼らは一度は己の身を守る為に離脱を図ったが体制を立て直すと自身達の任務へ舞い戻ってきた。

 攻撃に向かう〈瞬雷〉と零式艦戦の背後へ回り込もうとする敵機の動きに呼応するように

上空で待機していたベテラン組の〈瞬雷〉が次々と翼を翻して敵機へ襲い掛った。

 ベテラン組の〈瞬雷〉四機に対して生き残ったF6Fは六機であった、低高度へ逃れた彼らはその二〇〇〇馬力を誇る大馬力発動機に物を言わせて猛然と急上昇を行い攻撃隊へ向けて降下を始めた救援部隊各機へ仕掛けようとする、がその前にベテラン組の〈瞬雷〉が立ちはだかった。

 実際に〈瞬電〉とF6Fが対峙したのは、ごく短い時間であった。

 攻撃隊へ向かう日本軍機へ意識が行っていたF6Fは、現れた〈瞬雷〉に慌てる様に機首を巡らせて射線を逃れようとした。

 勿論、三谷ら練達の操縦士たちがその隙を逃すはずがなかった。

 攻撃隊を護る筈のF6Fが〈瞬雷〉に追い回されて拘束されている間に、井上は残りの戦闘機隊を率いて攻撃隊に迫った。

 無論、標的とされたSB2CやTBFも後部旋回機銃による防御射撃を行ってきたが、その姿に井上は首を傾げた。幾度となく米陸海軍の爆撃機や攻撃機へ肉薄した経験を持つ彼からすると、間延びした編隊とその射撃の纏まりの無さが妙に思えたのだ。

 確かに敵機は必死の防御火力を展開していた、がそれは編隊を構成する各機が緊密な連携の下にお互いを護る為に行う様な意図を持った相互援助射撃ではなく、恐慌した各機の射手が各々勝手に乱射しているだけのように見えた。

「こいつらも❝ジャク❞なのか?」

 井上は、敵機の搭乗員の技量のお粗末さに思わずそんな言葉を口にした。

 彼が口にした❝ジャク❞とは、若年搭乗員を意味する海軍用語で転じて素人、或いは技量不十分の半端者を意味していた。

 今回、相対した敵の搭乗員にはかなりの割合で技術的には未熟な者が混じっているように井上の眼には映った、それは今回同伴してきた樋口ら若手搭乗員とも相通じる存在であった。

『敵も味方も、失う搭乗員の数に見合った熟練した搭乗員を揃えられないのだ。』

 井上はそう理解した。両軍とも相当数の若い命が淘汰される事を容認してより有能な戦力を得ようとしていたのだ、と。

 それは合理的で冷酷な判断の産物であった、勿論そうした発想は平時であれば許されない、言い方を変えればこの戦時故に許されるある意味命を遠慮なく消費できるという点で贅沢であった。

 しかし、だからと言って井上は敵の若い搭乗員を見逃そうとは思わなかったし、出来なかった。

 よく言われるように、どれほどの訓練を積んだところで、一度の実戦で得られる経験に勝るものは無い。

 無論、生きて帰ってきたらであるが。

 だからこそ、例え相手がジャクであったも此処から生きて返べきではない、生き残った雛が猛禽へと進化する可能性は小さくないのだから。


 そして、何より彼もまたその行為に加担していたのだから。


 だから、井上は照準器のハーフミラーに浮かぶ円環へと入ったTBFへ躊躇なく機銃の発射把柄を握り込んだ。

 井上機の両主翼に登載された一三ミリと二〇ミリ各二丁、計四丁の機銃から吐き出された機銃弾は狙いを定めていたTBFの球形銃座から前方へコクピットの天蓋を砕きながら着弾していった。

 操縦席を粉砕され更に左主翼を根元から断たれたTBFは、そのまま左へ横転しながら落下しいった。

 井上はTBFを撃ち落すと、これまで援護位置にいた樋口に自分と一番機の位置を変わるように手信号で合図をした、樋口は風防越しに頷くと前に出て井上自身は入れ替わって樋口を援護する位置へ移った。

 前へ出た樋口は脱兎のごとく、或いは首縄を外された猟犬のごとく加速すると三機となったTBF編隊へ猛然と襲い掛った。

 彼としてはそれなりに自身が有ったのであろう、今朝の一機に加えて先程もF6Fをを撃墜し今日一日で二機のスコアを上げているのだから。

 井上はその様子を左後方の援護位置から見ていた、樋口の戦闘機動は確かに素早く切れがあった、が彼から見ればそこには樋口の未熟さと荒さと甘さが見えた。

 彼は二度に渡って敵編隊へ攻撃を仕掛けていたが、その動きは素早くは有ったが単純で直線的であった、ジャクである敵機の搭乗員にも対応が出来る程度に。

 標的とされた三機のTBFは、操縦席後方の球形銃座を旋回させて中に配置された一二、七ミリ重機関銃(ブローニングM2重機関銃)の筒先を樋口機へ向け必死の射撃を開始した。

 それは、井上から見れば穴だらけの粗い弾幕であったが、樋口の二度の攻撃はその火線に阻まれ及び腰な射撃に終始し決定的な打撃を与えられないでいた。

「いかんな。」

 井上は、二度の攻撃を終え三度の攻撃の為に高度を上がる樋口機に付き添いながらその様子を見てそう呟いた。

 彼の眼には、敵機の搭乗員が要領を得て射撃が次第に的確なものに成りつつ有る様子が見て取れた。

 しかし、実際の問題、或いは脅威と言うべきはそれではなかった。

 敵の弾幕には、敵機の接近阻止と言う以外にもう一つの目的が有った。

 それは、阻止弾幕に足を止めた敵機を友軍の戦闘機に撃ち落させる、そう言った意図であった。

 案の定、三回目の攻撃を開始しようとする頃には敵戦闘機が彼らの戦域に姿を見せ始めていて、降下を始める樋口の背後に一機のF6Fが喰らい付いた。

「樋口、後ろだ!」

 彼はそう叫ぶと援護に向かおうとしたが、彼の背後には僚機と思われるF6Fが姿を現し彼の行動を牽制してきた。

「くそっ、樋口、逃げ・・・。」

 井上が樋口に逃げろと言おうとしたその時、樋口機は素早く左へ機体を横転させると背面からそのまま急降下に移ってその場を逃げ去っていった。

 それは見事な逃げっぷりであった。

 井上も背後のF6Fの射撃を横転で躱すと、先程樋口を襲おうとしたF6Fへ迫った。

 狩る者が狩られる者へと変わる瞬間であったが、件のF6Fは最上の獲物であった筈の樋口に目前で逃げられ茫然自失となったのか、そのままの飛行を続けていた。

 それは、戦場では許されない行為であった。

「馬鹿者、戦場で立ち止まるな!

 死にたいのか‼」

 井上は敵機を照準の中に捉えながら、そんな言葉を口にした。

 それは、ジャクとは言え敵の操縦士にいう言葉ではなかったが、普段の若い部下たちを教練する際の癖であった、しかし、それでも身についた行為は頭よりも身体が反応し、照準器の射点に敵機を捉えると彼は躊躇なく機銃の発射把柄を握り込んだ。

 それでも彼は、照準を僅かに後方にずらし操縦席を避けて機体後部へ着弾するようにした、少しでも敵の操縦士が生き残れるように、偽善かもしれないが井上にできることはその程度のことであった。

 敵機がコントロールを失うのを見届けることなく、彼は樋口と同様に急降下で敵機の追撃を振り切ると一度戦域を離脱し、先に離脱した樋口機を探した。

 ややあって彼は樋口との合流を果たしたが、先程まで攻撃していたTBF三機は未だ健在であった。

 彼らは再び敵機に向かおうとしたが、その時には敵機は既に爆撃を澄ませて離脱した後であった。


 敵の第二次による攻撃は、幾らかの損害をマタ船団に与えた。

 不意打ちが成功したとは言え、僅か十六機の救援部隊で防ぎ切れる敵機の数ではなく、救援部隊を振り切ったSB2CとTBFの数機が戦果を挙げたのである。

 民間輸送船の内、鉱石を運搬中の一隻が緩降下の爆撃による直撃を受けて炎上後に破棄され、二隻の輸送船が直撃弾、或いは至近弾による損傷により大きく速度を落とすこととなった。

 この二隻は海防艦の護衛の下に他の損傷艦とともに高雄港へ退避する事となり、他の船団各艦船はそのまま基隆を目指し北上した。

 マタ船団救援部隊は、その後しばらく燃料が許す限り船団上空で援護を続けた後に帰投した。


 それは、然程難度の高い攻撃では無い筈であった。

 しかしながら、二度にわたって繰り出された攻撃隊はたいした戦果を挙げることなく多くの損害を出しただけでおわっていた。

 第38任務部隊第2任務群(TF38.2)は、先のフィリピン海海戦に於いて正規空母バンカーヒルが大破し撃沈こそ免れたが修理の為に長期の戦線離脱を余儀なくされたほか軽空母2隻を撃沈されことで大小3隻の空母と多くの搭乗員を失っていた、結果、台湾攻撃には未だ錬成途中の低練度の搭乗員が多く参加することとなった。

 それは、低脅威の敵を圧倒的な戦力で叩ける状況下で戦わせることで未熟な搭乗員を一気に練度を向上させる目的もあった。

 当初、第2任務群の航空戦力は予想より多い犠牲を出しながらも第38任務群司令部の目論み通りの戦果を挙げていた、そしてそこへで発見されたのが台湾近海を航行するで日本軍の輸送船団であった。

 これまでの経験上、補給路の保護を重視しない日本軍の船団は対潜対空共に脆弱で機動部隊からみれば極めて容易な相手と言えた。

 故に第2群司令部は、生きた標的を叩くことで一連の実戦訓練の締めにしようと企んだ。

 しかし、そこには大きな誤算があった、ここで第2群司令部は何故台湾近海まで船団が発見されずに航行できたのかを考えるべきであった。

 船団は、小型空母に搭載した磁気探知機を搭載した艦載機によって潜水艦をことごとく無力化し艦隊の目となる存在を潰していたのだ。

 結果として、攻撃隊にとって最も恐るべきメールシュトローム(装甲巡洋艦「草薙」)の姉妹(三種)の存在に気づかないまま攻撃隊は船団へ攻撃を仕掛けることとなったのである、さらに彼らにとって不幸であったのは、当船団の護衛部隊には試験的に旧来の日本海軍の水準を大きく上回る対空戦闘能力を持つ艦艇が配属されていた。加えて最悪なタイミングで台湾からの救援部隊が到着したことがその損害をさらに大きくする結果を招いたと言っていい。

 しかしながら、第2任務群にとって不幸なことは受難はこれで終わりではなかったことにあった。


 第二次攻撃隊を発進させた艦隊へ、今度は日本軍が襲いかかった。


年内完結を目指して頑張っています。


裏話1 作品内に出てくる〈瞬雷〉ことキ九二は、史実では満州飛行機で開発されていたキ116がモデルです。完成間際にソ連参戦があって実戦には登場しなかった機体です。

裏話2 井上上飛曹のイメージはガンダム0083に出てくるサウス・バニング大尉ですね、特に敵の新兵に怒る辺りがです。

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