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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第二章 台湾沖海空戦「太刀魚が空を翔んだ日、鴨と七面鳥は愚かに踊る。」
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踊る鴨と七面鳥Ⅺ

遅くなりました、申し訳ない。

踊る鴨と七面鳥


 第三八任務部隊第二任務群(TF38.2)司令部は、失敗に終わった第一次攻撃隊を教訓に次の攻撃隊には軟目標(軽或いは無装甲の目標)を攻撃する為の装備を施して出撃させていた。

 第二次となる攻撃隊の布陣は、制空隊である艦上戦闘機F6F12機、これに少数ながらF4U4機が加わっていた、艦爆隊はSB2C12機、雷撃隊はTBFが14機で総数42機と第一次攻撃隊と比較すると少数だが、SB2Cは爆弾倉内に第一次攻撃隊の1000lb爆弾1発に代わって500lb爆弾2発と翼下に250lb(約113kg)2発、或いは5インチロケット弾6発に、TBFも魚雷を登載した機体は6機で残りの8機は500lb爆弾4発を登載した爆装へと変更されていた。

 こうした装備は艦戦も同様で、F6F・F4U双方とも翼下に500lb爆弾2発か5インチロケット弾6発を登載した戦闘爆撃機仕様となっていた、これらの武装は敵戦闘機が居ないことを前提として、艦爆と雷撃機の数を揃えられない故の対船舶攻撃能力の少なさの穴埋めと経験の浅い搭乗員が多いことから生きた目標を実際に攻撃できる良いチャンスと艦隊司令部が判断した結果であった。

 それは、先のフィリピン海海戦(帝国側名称『マリアナ沖海戦』)に続く不名誉な戦歴をこれ以上重ねないための方策でもあった。

 

 第二任務群の二隻の空母から飛び立った第二次攻撃隊の四二機は、司令部の指示に従いそのまま一度西へ向かうとマタ船団の前方約一五〇kmで一旦向きを変えると大きく北へ旋回し船団の北側前面から攻撃する形をとった。

 戦後公開された戦闘詳報によれば、これらの行動は北上して友軍拠点である台湾の制空圏内に逃げこもうとする敵船団の頭を押さえて敵の殲滅を確実なものにすると同時に、先の攻撃に於いて最大の障害となった『メールシュトローム』の眷属と見られる戦艦(『三種』)の長距離対空射撃から逃れる為でもあったとされている。

 無論、マタ船団の持つ電波の眼はその動きを見逃してはいなかった。

 防空艦となった軽巡「阿武隈」「五十鈴」そして装甲巡洋艦の「三種」が登載する二式二号電波探信儀一型、通称二一号対空電探の探知距離は二〇〇kmの電波的視程を持っており、特に空中線アンテナを海面高約五〇メートルの艦橋後方の前檣(前部マスト)頭頂部に設置した「三種」の二一号電探のそれは二五〇kmまで探知距離が延伸されていて敵編隊の動きを逐一捉え続けていた。

 この時代、帝国海軍に於いても遅まきながら英米軍に習い索敵の主力を電波に移しつつあった、特にその傾向は大兵力を持たず防御力の低い海上護衛部隊で顕著でありより積極的に活用されていた。

 とは言え、敵の接近を知ったところで対抗する航空戦力を持たない船団護衛部隊司令部に講ずることが出来る手立ては多くは無かった。

 出来る事と言えば、各艦が密集連携して濃密な弾幕を張り敵機の接近を阻止するぐらいであった。

 それでも幸いなのは、船団の各艦船、特に艦艇は帝国海軍の標準からみても対空火器類が充実しており、更に敵攻撃隊を発見した段階で先の戦闘で四散していた船団の各艦船は集結を終えていた。

 船団各艦船は、民間輸送船と空母を陣の中央にして周囲を護衛の艦艇で護る輪形陣を敷いて敵機を迎え撃つ構えをとった。

 しかしながら、先の戦闘で待ち伏せを行い獅子奮迅の活躍を見せた装甲巡洋艦の「三種」の合流は遅れていた、同艦が電探警戒艦として船団の東の海上に突出して航行していた為で敵編隊が北へ針路を変えた時点で船団へ合流を開始したが戦闘開始には間に合わないと見られていた。

「新たな探知目標だと?」

 船団護衛部隊の旗艦である軽巡「阿武隈」の艦橋で、船団護衛部隊司令の近野信雄少将は新たに電探室から齎された報告に頭をひねった。

 「阿武隈」は、五五〇〇トン型と呼ばれる「長良」型に属する旧式の軽巡洋艦である、従ってその艦橋はその構造物全体で見ても駆逐艦のそれをやや拡大した程度の大きさであった、従って防空艦として運用するには手狭なうえに設備の老朽化が問題視される事となった、これに加えて防空艦に必須の高射装置や二一号電探などの設置にはそれらが重量物を高所に設置する必要があり補強を含めて艦橋構造物全体の大幅な改装は避けられなかった、このため最終的には殆ど新造に近い形となり艦橋上部の防空指揮所や電探室などが新設されて艦橋部は大きな変貌を遂げていた。

 当然であるが艦の頭脳とも言うべき艦橋(羅針盤艦橋)も相応に拡大されていたが、これは改装当初より当艦が旗艦としての使用が想定されいて、司令部要員などが艦橋に詰めることが考えられていたからである。

 実際に現在「阿武隈」の艦橋の最には松木式状況表示盤を構成する壁際の黒板と海図台の周辺を司令部と「阿武隈」の将校たちが取り囲む状態であった。

「新たな空中目標、方位〇〇五、距離約一二〇km、数およそ一〇から二〇。敵編隊に後続する!」

「方位〇〇五、距離一二〇km、敵編隊の後続と・・・・。」

 電探室からの報告を復唱するように繰り返しながら 司令部付の参謀である仁岡肇中佐が、海図台上の同心円が描かれた紙の上に新たに飛行機を模した駒を置いた。

「敵の増援でしょうか?」

 「阿武隈」の艦長である花田卓夫大佐が、海図台上の駒の配置を見ながら言った。

 近野は、その問いには答えなかった。

 それは彼自身の脳裏にも浮かんだ疑問であったからである。

 その感知目標が敵である可能性は高かったが同時に一つの可能性もあった。

 しかし、彼がそれを口にする前に電探室からの電話を手にした伝令兵が声を上げた。

「新たな目標、敵編隊に接近します!」


「大尉は、どうするつもりなんだ?」

 帝国海軍上等飛行兵曹井上五郎は、編隊の先頭を飛ぶ〈瞬雷〉を駆る三谷弘樹大尉に問い掛けた。

 勿論、敵に察知されない様に空中電話(無線機)の送信が止められていたのでその問い掛けは届かない単なる独り言だが、彼は先程から何度となくその言葉を口にしていた。

 台湾南部の台南基地を飛び立った、マタ船団救援部隊が敵編隊を発見したのは偶然からであった。

 先行してマタ船団の現在位置を確認した二式艦偵の先導で船団へ向かっていた救援部隊の目前に、突如として敵編隊が姿を現したのだ、その後姿を晒して。井上たちは知る由もなかったが、米攻撃隊は船団の行く手を遮る為に北側へ大きく迂回する形で船団に迫るコースを取っていた、今回そのコースと船団へ救援に向かう救援部隊のコースが偶然交錯したのである。

 井上にとって不満、或いは不安なのは救援部隊を指揮する〈瞬雷)隊の三谷大尉が、断雲を利用して敵編隊の後方へ忍び寄りながら、未だに仕掛けようとしない事であった。

 結果として、恰も敵攻撃隊の一隊のように共に船団へ向かう形となった。

 井上にはその意図が理解できなかった。

 船団には防空用の航空戦力は無く、敵機との接触前に一機でも多く敵機を減らさなければ船団は大きな損害を被るに違いなかった。

 更なる不安要素として、こちらは経験不足の素人が多かった。

 〈瞬雷〉八機と零式艦戦八機の全一六機の救援部隊の内、およそ半数が錬成部隊から抽出された若手搭乗員であった。ベテランの井上から見れば優秀とは言え未だその技量は未熟と言って差し支えなかった。

 であるなら、猶更に余裕の有る今のうちに仕掛けなければ攻撃を阻止することは到底無理と思えた。

「大尉、どうするつもりなんだ?」

 結局彼に、疑問を口にする以外に術は無かった。


 やがて先導役の二式艦偵が液冷発動機特有の尖った機首を巡らせて帰投していった。

 同機は、友邦ドイツから技術の提供を受けたユンカース社製のユモ211型をライセンス生産した〈アツタ〉二一型(離床出力1200hp)を登載した艦上爆撃機〈彗星〉一一型の偵察型である。

 急降下爆撃機である〈彗星〉から爆弾関連の機器を撤去し大型の燃料タンクとカメラを登載した同機は、元である〈彗星〉の最高速度が五七〇km/hと艦爆としては破格の高速機であったことから、二式艦偵もより高速の艦偵〈彩雲〉が登場して主力艦偵の座を譲り渡してた現時点に於いてもF6F相手なら「振り切れなくても、追いつかれない。」との評価を持ちその高速能力買われて低脅威地の偵察や今回の様な攻撃隊の先導などを任されていた。

 従って、目的の船団が視認できる位置まで来た段階で彼らの仕事は終わりと言う事になる、『武運を祈る』とでも言うように翼を振る二式艦偵に同じく翼を振り敬礼して労をねぎらい見送ると、船団はもう間近であった。

 二式艦偵を見送った井上が前方へ視線を戻すとキラキラと光る帯を引きながら落ちて行く物が眼に入った。

 それは編隊の先頭を飛ぶ三谷大尉の〈瞬雷〉から切り離された、落下式増槽タンクであった。三谷機に続き残りの七機の〈瞬雷〉も次々と増槽を切り離しそれに零式艦戦隊も続く。

 井上も同様に操縦席のパネルにある燃料の選択レバーを機内へ切り替えると、増槽タンクの投棄レバーを引いた。

 軽い衝撃と共の後に機速が急に上がる、抵抗物のタンクが無くなったからである。すかさずスロットルを絞って編隊の各機に速度を合わせると、〈瞬雷〉隊は三谷大尉の指示で高度を上げるところであった。

 井上の率いる零式艦戦隊もそれに続いて高度を上げてゆくが、それと同時にそれまでの四機で構成された編隊から二つの二機編成の飛行分隊へ隊形を変えて行く。

 既に、各機銃は装填を終え試射も済ませていたから、後は戦闘開始の号令を待つだけである。

「なるほど・・・。」

 ここに来て、井上は三谷大尉の意図を理解した。

 現在、救援部隊が飛んでいるのは敵編隊の後ろ上方である、ここは攻撃する際には降下の速度を加味させることが出来、優位に立てる場所であるとともに人間の身体の構造上で死角に成りやすい位置である、加えて本来は手強い相手であるシコルスキー(F4Uの日本側呼称)もグラマン(F6Fの日本側呼称)も爆弾を懸架した状態でその機動性は大幅に落ちている筈だった。。

 三谷大尉は、この優位な位置から一気に不意打ちを喰らわし口散らかそうとしているのである。

 そして、敵機編隊の先頭を飛ぶ逆カモメ型主翼が特徴のシコルスキーが増槽を落とすと速度を落として頭を突っ込ます動作を始めた、それが攻撃開始の合図であった。

 三谷大尉率いる〈瞬雷〉隊四機が、その頑丈な機体に物言わせてフルスロットルでシコルスキー目掛けて突っ込んでいった。


「はっ、まったく!」

 第二次攻撃隊のF4U小隊を指揮していたデヴィット・ウィスカー大尉は、そう苛立たし気に呟くと編隊内無線機の送話スイッチを入れて列機に呼び掛けた。

「ジョージ、いい加減に落ち着て飛んでくれないか。」

「す、すみません大尉。」

 飛行帽に組み込まれたスピーカーからはジョージ・ノックス一等兵曹の緊張した声が返ってきた。ウィスカーの列機として彼に付き従い援護を任務とするノックスのF4Uはその高出力エンジンに翻弄されるかの様に忙しなく位置を変え落ち着きなく飛行していた。

 勿論それがウィスカーの不機嫌の原因だが、実際にはそれはある意味彼自身が作り出した状況でもあった。

 今朝の出撃まで彼の列機はフィリピン海海戦以来のコンビであるポール・ディクソン少尉であった。大学途中で海軍へ志願して搭乗員となったばかりの若いディクソンは、それでも農家であった実家の手伝いでハイスクール時代から農耕機を飛ばしていたと言い、自信過剰気味なのが玉に瑕であったが飲み込みのいい教え甲斐のある若手搭乗員だった。

 しかし、その自信が裏目に出たのか今朝の出撃の際に戦場へ迷い込んできた複葉機を墜とそうとしてムキになり、疎かになった上空からゼロに襲われて若い命を散らしていた。

 ウィスカーはその時、手練れのゼロ相手に行く手を阻まれて助けに行く事が出来なかった。

『ポールの死は俺の責任だ。』、そう部下を護り切れなかった彼は自分を責め、それ故に不機嫌だった。

「2時方向に、航跡らきもの。ジャップの船団だ!」

 不機嫌そうな顔のまま下方、雲越しに海面を睨んでいたウィスカーの耳に、敵船団の発見を報告する弾んだ声が響いた。

 ウィスカーがその報告の方向に目を向けると、雲の切れ間から海面に白く海原を切り裂くような白い航跡が幾筋も見えた。

「よし、行くぞ!」

 ウィスカーは、隊内無線のチャンネルを小隊に切り替えて部下たちにそう告げると、増槽を切り捨てると敵船団に向けて緩降下に移ろうと機首を下げた。


 次の瞬間、頭上から火線が降り注いだ。


今回で完結させる予定でしたが終わりません><

あと少しお付き合いください。

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