踊る鴨と七面鳥 Ⅶ
予告よりも遅くなって申し訳ないです。
踊る鴨と七面鳥
閃光が瞬き黒煙が湧き上がること三度、僅かな時間に第2任務群攻撃隊は恐慌状態に叩き込まれた。
友軍機を繋ぐ筈の隊内無線は、搭乗員たちの恐慌の具合を表したような叫声によって満たされ使い物に成らなくなっていた。
戦闘機隊と艦爆隊の指揮を任せた制空隊のラーソン中佐を呼び出そうとしたエカード中佐も、その様子を確認して通話を断念していた。
前方部隊に何がおきたのか?
編隊の後方を飛ぶエカード中佐ら雷撃隊からは、前方を飛ぶ友軍に起きた惨状を見て取ることが出来た。
或るものは主翼を半ばで断ち切られて錐揉みとなり、また或るものは鮮やかな紅蓮の炎に包まれて黒煙を引きながら、等しく彼方下方の海面に向けて落下していった。
「対空砲火なのか?」
エカードは半ば放心した表情でそう呟いたが、次の瞬間己が語った言葉の意味を理解して戦慄を覚えた。
ここは海上である、となればこれが対空砲火による攻撃の結果とするならどこかに対空火器を搭載したプラットホーム、この場合はほぼ100%艦艇となる、が必要となる筈である。
しかし、現状に於いてこの時点まで至近には攻撃艦艇は存在していないという、報告であった。
攻撃は一度に約10発、それも通常の5インチ砲クラスを大きく上回る大口径の重高射砲を10門近く搭載しそれを高精度で短時間に3回も繰り返すことができる、となれば巡洋艦サイズは必要となる。
そのような大型艦を見逃すだろうか?
何れにせよ、現状はこの戦闘が、当初予想していたような『輸送船団を攻撃することで若い搭乗員の戦闘経験を底上げする。』と言った気楽な任務ではなくなったことを意味していた。
やがてエカードの元へ、ある意味待っていた報告が先の偵察索敵任務のSB2Cから入った。
『編隊進路3時方向至近二、敵大型艦、発砲ヲ認。』
「クリス、降下だ!」
その報告を聞いたエカードはパイロットへそう命じた。クリスもその意図を即座に理解して緩やかに右へ旋回しながら降下を始めた。
既に先行する艦爆隊と制空隊の戦闘機は先の砲撃で散開していた、となれば次に攻撃の対象とし易いのは編隊飛行中の自分たち雷撃隊だ。
つまり、急がねば次に的になるのは自分たちと言うことだ。
TBFグラマン・アヴェンジャーは雷撃機、日本海軍で言えば97式や〈天山〉等の艦上攻撃機に当たり雷撃や水平爆撃が主任務である、通常艦攻には一部の例外を除き急降下爆撃能力は持たされていない、しかし、そこはタフなことで定評のあるグラマン鉄工所製のTBFである、緊急時の急降下に十分耐えうる強度を持っていた(後には急降下爆撃が可能な機体も開発されている)。
但し頑丈な機体ではあるが、元来急降下爆撃を任務とした機体ではないためエアブレーキ(ダイブブレーキ)を持ず降下速度が上がりすぎた場合は引き起こしが不可能なる可能性もあり降下の際の操作には慎重を要した。
特に約1トンのMk13航空魚雷を搭載した状態では、そうした危険性が顕著であった。
それでもエカード機のパイロットであるクリスチャン・スミス大尉は若いとは言えソロモン以来、1年以上を実戦に於いてTBFに搭乗して出撃を重ねた搭乗員であった。彼は巨大で鈍重なTBFをコントロール可能なギリギリの速度で速やかに降下へ入らせた。
雷撃隊の先頭を行く編隊長であるエカード機が翼を翻して降下に移ると、僚機も慌ててその機動に追従したが、その動きは少々緩慢でありそれが生死を分かつ結果となった。
エカードが命令で機体が降下を始めたその時、再び閃光が弾け、黒煙が湧きあがった。
今度は雷撃隊の周辺、至近であった。
それは、3連射を終えて暫し射撃を止めた敵の砲撃の再開であった。
砲撃は4度、1発目と2発目はやや逸れて上空で炸裂したがその後の砲撃は先の砲撃から誤差を修正し正確に雷撃隊を捉えた。2度の砲撃により、15機のTBFと雷撃隊を援護する為に残っていた8機のF6Fの内、2機のTBFと3機のF6Fが敵の高射砲弾の餌食になった、何れも経験が浅く速やかな退避行動が出来なかった者たちであった。
「くそ、雷撃機に逃げられた!」
装甲巡洋艦「三種」の後部、煙突後方に設けられた後部檣楼の最上部に設定された副砲指揮所の指揮官席に座った副砲長の宇田川特務少佐は指揮官鏡を覗き込んだまま呻くように悪態を吐いた。
「どうします?雷撃隊を追いますか?」
仰角手兼方位盤射手の宮川佐門上等兵曹が、こちらも仰角手用の照準鏡の接眼レンズを覗いたままそう上官にそう問うた。
「そうだな、まあ奴らは九八(九八式十センチ高角砲=長十センチ砲)に任せよう。」
宇田川は少し考えてそう結論を出すと、防空指揮所の速水砲術長へ高角砲の指揮所へ指示を要請した。
「不味いな、艦爆が雲の陰に逃げ込んだ。
岡本少尉、どうだ、狙えるか?」
降下した雷撃隊から敵攻撃隊の残存戦力に意識を切り替えた宇田川は、指揮官鏡で雲の影に逃げ込もうとしていた艦爆隊の動きに気が付きウ式を操作していた岡本特務少尉へそう声を掛けた。
「位置、判りますか?」
ウ式の表示器から目を離さないまま岡本少尉は、短くそう聞き返した。
「待て、そうだな左三二度の辺りだ。」
「了解・・・・。」
岡本少尉の操作に従って、彼らが納まっている指揮所全体が小さく右へ旋回すると、数度左右に首を振る様に動いた後にゆっくりと右へ旋回を開始した。
「捉えました、諸元、高射機に送ります。」
彼の操作で、高射機の俯仰角と距離を示す計器の赤い親針が動き始めた。
「仰角ヨシ。」
「距離ヨシ。」
「旋回角ヨシ。」
指揮所中央の防振台上に置かれた高射機を操作していた要員たちは、素早く白い子針を親針に重なる様に操作すると口々に自分が任された諸元が入力されて事を報告した。
「よーし、次からは交互撃ち方で行く、宮川、準備が出来たら射撃は任せる。」
「了解、撃ち方はじめ。」
方位盤射手の宮川はそう宣言すると、ブザーを押した。
単三つ、一呼吸おいて長一つ、それが成り終わると彼は掛け声と同時に引き金を引き絞った。
「てーっ!」
「三種」が搭載する三基の三連装一五.五センチ副砲の内、一番砲と三番砲は両脇の二門が二番砲は真中の一門が計五発の対空用の一五.五センチ零式弾を撃ち放った。
「中佐、艦爆隊、雲の陰に退避します。」
乗機のパイロットであるクリス、クリスチャン・スミス大尉の報告にエカードが上方に視線を向けると、上空をSB2Cの一群が左へ旋回しながら高度を上げて左前方に浮かぶ密雲の影に向かっているのが見えた。
良い判断だ、日本軍の対空火器が使えるのは光学照準のみだ。影に入れば照準は出来なくなるか精度は落ちるはずだから。更に雷撃隊も降下後は敵の対空射撃もなく勢力を維持したまま難敵である海馬擬きを避けるように北へ迂回するコースで敵船団に向かっていた。
これなら仕切り直しが出来る、エカードがそう考えた時、上空に閃光が瞬いた。
それは、明らかに退避行動中の艦爆隊を追いやがて彼らが姿を隠した雲を突き抜けてそこで炸裂した。
「レーダー射撃なのか?」
目視出来ない目標に対する正確な射撃を見てエカードは呻いたが、それに答える声は無かった。
上空への砲撃と前後して雷撃隊へも再び砲撃が始まったからである。
今回は、先程よりも一発の威力は小さかったが数が多くしかもその射撃はより精密でだった。
雷撃隊の各機は、低空飛行でそれをやり過ごそうとしたが、ついに左翼を飛ぶTBF一機の直上で対空弾が炸裂した。
そのTBFは恰も巨大なハンマーで殴られたように衝撃でコクピットの風防ガラスが粉砕されアクリルガラスが砕け散った、当然その直下の搭乗員が無傷なわけがなくパイロットのコントロールを失ったTBFは暫く飛行していたがやがて高度を落とすと海面に激突した。
そして、その直後を飛行していたもう一機のTBFがその様子に慌てて操縦を誤り、同じように海面へ突っ込んだ。更に高度を下げきれないでいたF6Fの一機が尾翼を吹き飛ばされてダッチロールを起こしすとやがてコントロールを失って先の2機のTBFの後を追っていった。
これで2機のTBFと1機のF6Fが失われた。そして・・・。
「左翼4機、編隊を離れます。」
後方射手のグリムの声にエカードが左を見渡すと、4機のTBFが編隊から離れて行くところだった。
向かう先は、先程から砲撃をおこなっていた海魔の同類らしい戦艦だ。
「アックス、何をするつもりだ!」
「エカード中佐、こいつは我々で殺ります。」
エカードの呼びかけに妙に冷静なアックス・スチュワート少佐の声が帰ってきた、彼と彼の隊はワスプⅡに所属する部隊だった。
当然エカードは彼らが何をするつもりなのかは充分に承知していた。
だがあのネオ・メールシュトローム(新海魔の意味)に対して、僅か4機での攻撃は自殺行為以外の何ものでもない様に見えた。
勿論、スチュワートも勝算もなく雷撃を敢行した訳ではない。
「上空、SB2C5機!」
「よし、グッドタイミングだ。」
上空を監視していた通信手の報告にスチュワートは、そう答えた。
彼が目論んでいたのは、SB2CとTBFによる同時攻撃であった。
何れを回避しても何方からが当たる。
しかし、上空から姿を現したSB2Cの姿を見てスチュワートの表情が歪んだ。
「くそっ、SB2Cの数が足らない!」
出発当初15機いたSB2Cであったが、現在敵戦艦の上空の攻撃位置につけたのは僅か5機であった、先制攻撃とその後の攻撃で撃墜されたのか或いは四散してしまったのかは判らないが現状では戦力として充分でないのは明白であった。が、ここでやり直す余裕は無い、更に言うなら諦めることは言語道断と言ってもよかった。
今日これまでにスチュワートは指揮下のTBF3機を失っていた、つまり9人の部下を死なせたという事だ。
何れも新米搭乗員として彼の指揮下に入り、これまで鍛え上げてきた者たちだった。
『あいつ等の死の、落とし前はつける。』
彼は、乗機のTBFを海面すれすれまで降下させると敵戦艦が回避運動を行って向かう先を予測して針路を決めた。
「後ろ、付いてきているか。」
「大丈夫です、全機居ます。」
操縦桿を握るスチュワートの問いに、後部射手が答える。
そして、まるでそれが合図のようにSB2Cが翼を翻して降下に入った。
水曜日に更新する予定でしたが、諸事情で遅くなってしまいました。
期待して御待ち頂いた方々にお詫びいたします。
私事ですが、最近のコロナ肺炎の影響で、流通配送業は顧客・配送量とも増えてとても忙しい状態で書く暇が十分に無いのが悩みの種です。
取り敢えず健康なのは有難いですが・・・・。
後一話の終わらせたいと思っていますが、思った通りに行くかは疑問ですのであと少しお付き合いください。
次は1週間以内にとは思っています。




