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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第二章 台湾沖海空戦「太刀魚が空を翔んだ日、鴨と七面鳥は愚かに踊る。」
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踊る鴨と七面鳥 Ⅴ

遅くなりました。

踊る鴨と七面鳥 Ⅴ


 2隻の空母を中心とした第38任務部隊第2任務群(TF38.2)の各艦は、一斉に東から吹く風に向けて舵を切ると速度を上げた。

 やがて第2任務群のエセックス級空母の1隻、フランクリン艦上では艦載機の発艦に必要な条件が整ったと判断した発艦士官が、発艦位置で既に暖機運転を終え主翼も飛行位置へ展開して待機していた艦載機に向かって頭上で指三本を回した。

 『発艦最終作業を行え。』の指示を受けたパイロットは、コックピット内の計器やスイッチ類の作動位置を確認し異常がないことを確認すると『準備OK』の意味の敬礼を素早く発艦士官に返す。

 パイロットの敬礼を確認した発艦士官は、腰を落として右手で艦の前方を指し示す。

 『発艦せよ。』の合図だ。

 その指示に応えて最初に滑走を開始したのは、制空隊隊長ジョージ・ラーソン中佐のF6Fグラマン・ヘルキャットであった。

 エンジンのオーバーヒートを防ぐためにカウルフラップを全開にし、揚力を得るために目いっぱいにフラップを下ろした機体は機首のプラットアンドホイットニーR2800エンジンが絞り出す2000馬力の離床出力で飛行甲板先端に向けて一気に加速してゆく、機体は飛行甲板の先端を過ぎたところで一度沈み込んだ後、緩やかに左に旋回しながら高度を上げて行った。

 ラーソン機の発艦が終わると続いて2番機が滑走を初め重厚なエンジン音を残して上昇してゆく、切れ間なく発艦する制空隊のF6Fはやがて予定していた12機全機の発艦を終えた。

 制空隊の戦闘機が発艦を終えると、続いて艦上爆撃隊を構成する急降下爆撃機SB2Cカーチス・ヘルダイバーが発艦位置に付く、太く寸詰まりの印象を与える同機は空中安定性に難があり改修に時間が掛かった為に採用が遅れた曰く付きの機体であったが、主翼を展開して位置に付いた機体は発艦士官の合図を待つ間にブライドルワイヤーが張られ、発艦士官の合図の後エンジン音を高めると一気に加速して飛び立っていった。

 フランクリンを含むエセックス級正規空母の飛行甲板前部には、32メートルの全長を持ち8トンの機体を時速144キロメートル迄加速させる能力を持つ油圧カタパルトを2基装備していた、戦闘機は荒天時などで空母が速度を上げられなかったり緊急発進時以外は使用は稀であったが、重量の重いSB2CやTBFの発艦には使用されていた。

 今回も制空隊が発艦しても飛行甲板に距離的余裕がないSB2Cは、全機がカタパルトを使用していた。

 12機のSB2Cがカタパルトの力を借りて全機飛び立つと、最後はTBFグラマン・アベンジャー雷撃機8機の番である。太い機体内に全長四メートル約一トンのMk13魚雷一発を搭載できる同雷撃機は雷装時には離床重量八トンを超える超重量機であった。しかしながらそんな重量機もこれまで飛行甲板を埋めていた艦戦や艦爆が発艦したおかげで飛行甲板をほぼフルに使用できたことから油圧カタパルトを使うことなく発艦を行うことが出来た。

 攻撃隊最後の機体は、攻撃隊指揮官であるトーマス・エカード中佐のTBFであった。

「良いぞ、クリス行ってくれ。」

 3座のTBFの真中、2席目の通信手席に座ったエカード中佐は、前席に座るパイロットのクリスチャン・スミス大尉にそう命じた。

「了解です、中佐!(Aye aye Commander !) 」

 そう答えてスミス大尉がスロットルを開けると、1900馬力のライトR-2600エンジンの咆哮が一際高まり続いてフットブレーキが緩められると巨大な機体が動き出した。

 他の艦載機が発艦して前方が開けた広大な飛行甲板をエッカード機は次第に速度を上げながら滑走してゆき、やがて翼長17メートルにもなる巨大な主翼が風を掴むと機体はゆっくりと空中へ浮かび上がり緩やかに左へ旋回をしながら主脚やフラップを収納して更に高度を上げていった。

 高度が上がると、視界が開けて風防のプレキシガラス越しに海上を行く第2任務群の姿が見えてくる。

 直ぐ足元には今しがた飛び立ってきた空母フランクリン、そして少し距離を置いて同行するのは姉妹艦のワスプⅡであった。

 2隻の空母から発進したのは、制空隊のF6F29機・急降下爆撃隊のSB2C18機・雷撃隊のTBF15機の総数62機の攻撃隊だった。

 エセックス級2隻の艦載機搭載数が200機を超える事を考えれば、決して多くはないがそれでもそれなりの戦力と言えた。

 もっとも、現状ではこれが最大限なのだが・・・。


 事の発端は、任務群旗艦であるワスプⅡの司令室に飛び込んだ一通の緊急電文からであった。


 1944年(昭和19年)10月11日、第2任務群を含む米海軍第3艦隊38任務部隊の4個の空母任務群は、沖縄を含む南西諸島と台湾に存在する日本軍の陸海空戦力と施設に対する大規模な攻撃を開始した。

 その目標は、先のフィリピン海海戦によって勢力下に加えたマリアナ諸島を次に予定していたフィリピン方面攻略とその後の日本本土への攻撃の足掛かりとするために周辺海域から日本軍戦力の排除のためであった。

 この作戦に第38任務部隊は全空母任務群の稼働可能な14隻の空母とその搭載機800機を投入していた。

 攻撃際して4個の任務群は、台湾沖の南から東の海上に弧を描くように配置されてそこを拠点に攻撃隊を繰り出していた。

 第2任務群はそうした任務群の中でも最も西の海域に陣取っていた事から、第2任務群は台湾への攻撃を繰り返す一方でその背後となる南から南西方面の海上への警戒を担っていた。

 攻撃開始から3日目の14日の夜明け間近の薄暮の中、第1次攻撃隊の発艦に先だって8機のSB2Cが爆弾の代わりに燃料タンクを爆弾倉へ搭載した長距離哨戒装備で飛び立った。

 2機一隊で哨戒飛行をする彼らの任務は、それまでに敵勢力接近の情報が無かったこともあってどちらかと言えば敵の発見よりも周囲に敵が居ないことを確認する事に重きを置いていた。

 しかし、その中の一隊が緊急電を打電したのだ。

 その内容は、❝任務群西方ノ海上ヲ北上スル所属不明ノ艦隊ヲ発見❞とするもので、発見位置に続く電文には❝敵艦隊ニハ正規空母四、戦艦一ヲ含ム、後方ニ補給艦多数ヲ認ム。尚、敵艦隊上空ニハ敵機ノ姿ナシ❞と打電していた。

 この電文に、第2任務群司令部のアルフレッド・E・モントゴメリー少将以下の幕僚たちは大いに慌てさせられることになった。

 敵国の至近に居る以上は敵の迎撃は当然あると考えるのが普通である、勿論モントゴメリー少将以下の司令部の者たちも日本軍との戦闘は覚悟の上であった、しかしながら、不測の遭遇戦を防ぐためにも台湾近海の海域には多数の潜水艦が配置されていて索敵哨戒を行い接近する敵艦艇の動向を警戒していたはずであった。

 それが、その哨戒網を掻い潜るように通報なしに近傍に敵艦隊が出現したのだから驚くのは無理もない話である。

 更にである。

 敵発見の緊急電を受け取った時点で第2任務群は殆どの艦載機を台湾の日本軍基地への攻撃の為に出撃済みであった。

 と言っても、第2任務群が丸腰であった訳ではない。

 CAP(空中戦闘哨戒)任務に従事する艦上戦闘機は攻撃隊とは別に用意していた、但し、半年前のフィリピン海海戦(日本側呼称マリアナ沖海戦)に於いて艦隊防空を担うインディペンデンス級空母のガボットとモントレーを失っていたことから、2隻のエセックス級空母の飛行甲板に露天駐機させて約40機のF6Fをやや強引に搭載して来たていため、飛行甲板上と格納庫内が手狭になっていた。

 結局、任務群司令部は敵機動部隊への攻撃を台湾を攻撃している第一次攻撃隊が帰投した後に、補給と再武装をして向かわせるとの判断を下した。この為、攻撃隊出撃までの間の敵機動部隊からの攻撃に備えてCAPを厚くして警戒機を増やす一方で敵との距離を空けるために艦隊を東へと移動させていた。


 幸いにして、攻撃を完了した第一次攻撃隊が帰投する来るまでに日本軍の攻撃は無かった。


 帰投した機体は、損傷したり燃料が残り少ない機から順にLSO(着艦士官)の指示に従って着艦し搭乗員は休息が与えられ負傷した者は医療班の手によって治療が行われた、その間に機体は航空機担当の整備員の手で点検の後に給油と機銃弾と爆弾、魚雷の登載が行われ、損傷を負った機体は補修が行われ、それが済み次第発見されていた敵機動部隊への攻撃に出撃する段取りになっていた、がここでも問題が発生した。

 第一次攻撃隊として出撃した艦載機の総数は92機、帰投したのは84機であった、喪失は8機と数は多くは無かった、しかし、帰投した機体の中には敵機や対空砲火により損傷を受けた機体が多く混じっていた。

 補給や簡単な補修だけで出せる機体は50機余り、残りは本格的な修理が必要か損傷が大きく大規模な補修をしなければスクラップも同然と言う代物であった。

 更により大きな問題として人員の損傷の大きさもあった、被弾しながら帰投したものの既に事切れていた者もいて、負傷者も多数存在していたからである。(これらの人的損傷には心因性を理由とした損耗も含まれている。)

 結局司令部は、出撃可能な機体50機に予備機とCAP用の戦闘機まで動員して総勢62機の攻撃隊を用意することとした、時間を掛ければ第2次攻撃隊が帰投し、只でさえ手狭な艦上が収拾のつかない状況になると予測されたからである。

 その様な状態で敵襲を受けたら手の打ちようがなくなる、そうした危機感もあっての決定である。

 その後、約30分で攻撃隊は出撃が出来た。

 不思議なことではあるが敵の空襲はその後も無く、出撃準備を終えた攻撃隊は何の障害もなく飛び立つことが出来た。


 フランクリンとワスプⅡの2隻のエセックス級正規空母から飛び立った攻撃隊は、艦隊上空で編隊を組むと西へ、索敵機が敵機動部隊を発見したと報告してきた西の海域に向かって空中進撃を開始した。

 編隊は艦爆隊が先行し、雷撃隊は其れより少し離れて飛行する形で組まれ、各編隊は相互に援護を行うために密集編隊を採っていた。

 制空隊のF6Fは幾つかの編隊に分かれてやや高度を取った位置取りをしていたがこれは敵の出現に備え視界を確保するためと、戦闘時に優位となる高所を確保するためであった。

 彼らは、艦爆隊と雷撃隊の上空を左右へ大きく蛇行しながら飛行していたが、これはSB2CやTBFと比較してF6Fが大幅に優速のために歩調を合わせるためのバリカン運動と呼ばれる機動であった。

「クリス、久しぶりの雷撃だ腕は鈍って居ないだろうな?」

 発艦後に母艦の位置などを航空チャートに書き込んでいたエカードは、その作業が一通り終わったところで、前席のパイロットであるクリスチャン・スミスにそうヘッドセット越しに呼びかけた。

「冗談でしょ、ここのところ対地攻撃ばかりだったんですよ。

 腕が鳴るに決まってるじゃないですか。」

 クリスは、エンジンの微妙な出力の増減で速度を加減し編隊を組むのに腐心しつつも楽し気にそう答えると、心持ち声を潜めて言葉を続けた。

「でも中佐、ジャップの奴ら妙だと思いませんか?」

「何がだ?」

「空母が居るのに、攻撃隊どころか偵察機すら飛ばして来ていないんですよ!

 奴ら戦争をする気が有るんでしょうか?」

 そう続けたクリスの疑問は尤もなものであり、エカード自身の疑問でもあった。

 確かに出撃前のブリーフィングで伝えられた索敵機の情報は『正規空母4隻と戦艦1隻の機動部隊。』となっていた。

 しかし、その機動部隊が目前の敵艦隊に気付かないどころか戦闘海域に居ながら索敵機すら飛ばしていないのは妙な話である。

 そもそも、先のフィリピン海海戦で殆ど壊滅状態にまで追い込んだ筈の日本海軍の機動部隊が、今尚無傷の正規空母を4隻も保持していると言うことが有り得ない話でもあった。

 しかも、本土から出撃ではなくフィリピン方面から北上して来ると言う事態はまったくの想定外と言えた。

「連中、飛行機を乗っけていないんじゃないですか?」

と、暢気そうな声でそう言ったのはTBF3人目の搭乗員、後部機銃手(砲塔射撃手)のアーチボルト・グリム2等軍曹だった。

「載せていない?」

「フィリピン辺りに飛行機を運んで行った帰りとか・・。

 我々も、時々陸軍や海兵隊の飛行機を運んでるじゃないですか?・・・あれですよ。」

『成程。それも有り得るか』と、エカードは意外と納得できる答えを聞いた気がした。

 もし、そうであるなら敵が積極的に攻撃を仕掛けてこないのも、南から現れたのも説明がつく。

 で、あれば敵は正規空母で構ではなく小型の護衛空母辺りとなるだろう。

 しかし、何であれそれはエカードが判断すべき事柄ではない、軍人として指揮官としては『敵がそこに居れば叩くだけだ。』と言うことになる。

 敵が正規空母を擁する機動部隊であればそれでよし、もしそれ以外の敵であれば程度によるが部隊の経験の浅い若手パイロットに生きた艦船を攻撃する絶好のチャンスを与える事が出来る、ともエカードは考えていた。

「ジャップ達には気の毒な話ですが、自分はフィリピン海海戦の二の舞を演じるのは御免ですよ。」

 その心積もりを聞いたクリスは、言葉だけだが日本兵への憐れみを口にしておいて自身の不安を吐露した。

「オザワ・アタックの再来か・・・、そいつは俺も願い下げだな。」


今回も苦戦の連続です。


しかも、世間は外出自粛、在宅ワーク推奨と言うのに毎日外で働く日々。

紙類の欠品のお詫びと、マスクや消毒スプレーの未入荷の説明で消耗してしまいました。


それで、長くなったので取り敢えずでここまでを投稿します。続きは水曜日の深夜の予定です。


乞うご期待。


ColonerをCommanderに変更しました。

初歩的なミスです、Coloner=陸軍中佐でした、海軍の中佐はCommanderですね。

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