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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第二章 台湾沖海空戦「太刀魚が空を翔んだ日、鴨と七面鳥は愚かに踊る。」
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踊る鴨と七面鳥Ⅱ

ご無沙汰してしまいました。

踊る鴨と七面鳥


「各部、艦長、防空指揮所へ上がられた。」

 有川が砲術長の速水久光中佐を伴って艦橋頭頂部に設けられた防空指揮所へ上るとその姿を認めた電話係の当番兵が艦内へそう告げた。

 防空指揮所はその名称の通り(防空)対空戦闘時に指揮官が戦闘指揮を執る設備で、「草薙」型装甲巡洋艦では「大和」型戦艦に準じる形で、艦橋構造物最上部の測距儀と一体に成った射撃指揮所の周囲に回廊の形で設けられていた。

 なお防空指揮所は屋根のない露天構造であるので、艦周囲の全方位に良好な視界が確保されているため戦闘時以外でも周辺海空への警戒監視を行う最良の拠点として使用され、そのため周囲を覆う壁際には死角が無い様に大中口径の双眼鏡と見張員が配置され報告用の伝声管が林立していた。

 余談ながら防空指揮所は、露天構造であることから本来は航行中の艦が作り出す合成風を真面に受ける場所であった、しかしながら防護壁前面に設置された遮風装備の働きでその負担は大幅に軽減される構造になっていた。

 見張員たちが敬礼で迎える中、有川は指揮所中央に設置されている羅針盤の前の指揮官席に向かい、これまで指揮官として席を預かっていた見張長の高木喜一郎上等兵曹より周囲に敵影がないことの報告を受けると、一言・・・。

「ご苦労。」

 と答えて有川は、見張長に代わって指揮官席に立ち双眼鏡を構えた。


 装甲巡洋艦「三種」から発せられた『敵編隊発見。』の報を受けて無線封止の全面解除が下命されると、マタ三四船団を構成する一〇隻の油槽船や貨物船と一七隻の護衛艦艇の艦上では急速に臨戦態勢が整えられていった。

 既に砲口の蓋や機関部を覆っていた防水布が外され弾薬箱から引き出された弾倉や弾帯が装着されていた対空火器には操作要員が配置に付き、指揮に当たる下士官の号令やそれに応える兵たちの復唱が各所で上がり、艦上は一気に緊張と活況に包まれた戦闘直前の一種独特の空気の中にあった。

 それら対空火器の準備と並行して、甲板上の片づけや非戦闘員の艦内への退避、艦載機の格納庫への収容や固定と不要な可燃物の投棄などの作業も船団の各艦船では行われていた。

 更に各艦が搭載していた電探は水上用見張用の二二号も含めて稼働を始めて周囲への警戒を厳重にするのと同時に、対空戦闘で重要な装備である高角砲や機銃を指揮する射撃指揮装置も稼働を開始し動作確認のために複数の砲塔や銃座が連動して左右に旋回する様子も見て取れた。

 船団護衛司令の近野少将の指示は至極簡単で明瞭であった、「海援」三号艦と特TL船を含む船団の輸送船を一纏めにしてその前後左右の四方を強力な対空火器を持つ軽巡洋艦で囲み、その隙間を「松」型駆逐艦と海防艦を配置して敵機の来襲に備えていた。

 どの艦も連合艦隊の持つ艦艇と比較すれば小兵であった、が事対潜対空戦闘と成れば遜色ない、と言うよりも凌駕する働きをする存在であった。


「宜しかったのですか?駆逐艦の護衛を断ってしまって。」

 船団の各艦と同様に臨戦態勢を整える喧騒を眼下に聞きながら砲術長の速水中佐が、緊張した面持ちで指揮官席に立つ有川に問い掛けた。

 「三種」はただ一隻、船団の各艦が戦闘準備の喧騒に包まれる中、船団より離れる針路にいた、勿論、船団護衛司令部の承認を受けた作戦行動の為の独立航行ではあった。

「そうだな、近野司令は『松』型二隻の同行を申し出てくれたのだが、ハッキリと言って『松』の足では本艦に付いてこれまい。行動を共に出来なければ同行させる意味はないし、本艦に彼らを守るような余力はない。」

 速水砲術長の問いに、有川は事もなくそう答えた。 

「そもそも『松』は船団を守るにこそ必要な艦だ、本艦を護る為に(駆逐艦を)割いて船団の守りを薄くしてはそれこ本末転倒だろう。」

 有川艦長がそう結論付けるのと前後して防空指揮所の後方で声が上がった。

「旗艦より発光信号です。」

「誰か読み上げてくれ。」

 有川は、後方へ身を捩る様にして振り向くと負けじと声を上げた。

「旗艦の発光信号、『貴艦ノ武運ヲ祈ル。』以上です。」

 発光信号で送られた通信文を読み上げたのは、指揮所の後方を担当する若い見張員の兵長だった。

「武運を祈る、ですか・・・。」

「そう言うしか無いだろうな、近野さんも。」

「そうですね。」

 決別の意を込めたような通信文に、複雑な表情を作る砲術長を慰めるように有川は軽く肩を叩き伝令を呼んだ。

「旗艦に返信だ、信号手に通信文を頼む。

 発・装甲巡洋艦『三種』、宛・船団護衛司令部、本文『我ラ海ノ防人ナリ、誓ッテ御国みくにノ盾ニナラン。』、以上だ。」

 そう言い切った艦長の言葉に、伝令は一瞬息をのんだが直ぐに内容を復唱し幾分頬を紅潮させて信号手の居る後部デッキへ足早に向かっていった。

「御国の盾にならん、・・・ですか。」

「そうだ・・・。」

 柄にもなく大言壮語を口にした自覚が有川にはあった、故にそっと周囲の様子を伺ってみたが、彼には意外に思えたのだが見張員達や速水砲術長までもが興奮した面持ちでいる姿を見せていた。

 その様子を見て、有川は「皆がその気に成れたのならそれで良いか。」とも思いつつ、「ならば、何としても船団を守りきらねば成らんな。海の防人として。」と、決意を新たにした。

 少し間をおいて防空指揮所の後方、ちょうど指揮官席の背後に立つ射撃指揮装置の向こうで連続したシャッター音が響き始めた、信号手が通信文を発光信号機で光の点滅に変換して送り始めたのだ。

 一連のやり取りが終わるころ左舷側に傾いていた指揮所の床が水平へと戻ってきた、艦首の右回頭に伴って遠心力で反対方向へ傾いていた艦が回頭を済ませたことで元の位置に戻ったからだ。それと同時に機関の唸る音が高まり吹き付けていた合成風が更に強くなって来た、艦が変針を終えて機関出力を高めて速力を上げ始めたのだ。

 有川が指示した速度は最大戦速、「三種」の公式最大速力は三五ノットであるが海面の状態によってそれは変わる、天気が回復しつつあるがうねりの残る状況である現在では三二ノットが限界であろう、実はこの点が「松」型駆逐艦の同行を有川が断った理由の一つであった。「松」型の様な小型艦では海面状況の影響はより大きく受ける、現状では最大速力の三〇ノットは発揮し難く二七ノット前後が限界と見られた。

 尚、この時点で敵の潜水艦の脅威は考慮から除外されていた、先日来の船団の航空部隊による執拗な対潜攻撃により、大方は駆逐されたものと考えられたからである。これは船団護衛司令部麾下の敵信傍受班の報告により船団周囲において発信不明の通信が一切受信されなかった為で、敵潜水艦は撃退されたか電波を出せない状態にあると考えられていた。

 故に、一両日、つまり今回の戦闘に於いてはその存在は考慮の必要が無いと考えられていたのだ。


 定針した「三種」は、三二ノットの最大戦速で東へ針路を取っていた、向かうのは船団より東方五海里(約九キロ)先の海域であった。

 そこは現在までのところ、探知された敵編隊がマタ船団へ向かう進撃経路上に当たっていた。

「電探より、目標甲、方位右〇八距離四五海里(約八三㎞)、目標乙、方位右一〇距離四八海里(約八八km)近づく!」

 そこへ最新の敵編隊に対する電探情報を電探室に繋がる電話を手にした伝令からの報告が入る。

 現在のところ便宜的に甲と乙と名付けられた敵の編隊は船団に向かって真直ぐ、密集体形を崩すことなく接近してきていた。

 それは敵攻撃隊の指揮官が、現状では対空火器の射程外であるとの認識を持っていることを示していた。

 わが海軍の帝国海軍の標準的高角砲である四十口径八九式十二.七cm高角砲の最大射程は十四六〇〇メートル、現在更新中の最新型九八式十cm高角砲(長十センチ高角砲)でも最大射程は十八七〇〇メートル程度であった、実際には敵に当てるためにはそこから更に二割から三割は近づく必要があった。

 従ってこれらの数値から、敵編隊が現状では対空砲の脅威を考慮しない理由が判ると思う。

 彼らに取っては、届かない対空砲弾よりも待ち受ける(と考えられる)直掩の戦闘機のほうが数倍も脅威であるからだ、相互援護を考えれば対空砲を恐れて散開するよりも密集編隊を取って敵戦闘機の出現に備えるのが得策と考えるのは当然の選択となる。


 それこそが「三種」の望む選択であった。


 装甲巡洋艦「三種」の持つ最も強力な対空火器は、副砲として搭載されていた六〇口径一五.五cm三連装砲だった、一分間に十二発と中口径としては高い連射速度と平射で二七〇〇〇メートル、対空射撃であれば二五〇〇〇メートルの最大射程を有し、二〇〇〇〇メートルでも充分な有効射を与えられる優秀な艦砲であった。

 同砲の威力は五基一五門を主砲として搭載した「草薙」型装甲巡洋艦の一番艦「草薙」が、その対空戦闘能力の高さから米陸海軍が『海魔メールシュトローム』と呼んで恐れたことからも理解できる。

 従って、予定海域でそれを最大有効射程で使用すれば二〇〇〇〇メートルに加えて九〇〇〇メートルの二九〇〇〇メートル、船団から離れたところで敵攻撃隊に痛撃を与える事が出来ると仮定できた、正しく其れこそが「三種」が単身で予定海域に急ぐ理由であった。

 要は、空中進撃してくる敵編隊を待ち伏せしようというのだ、全長二〇〇〇〇メートルの長槍を手にしながら。

 そこには、帝国にとって貴重な資源と人員を運ぶ船団を可能な限り損なわさせない為に、可能な限り遠いところで敵を叩こうと言う意志と意図が有った。

 一見すると戦艦に見える装甲巡洋艦の「三種」は、(見た目通り)容易には沈められない防御力と群がる敵機を一掃する事が出来る攻撃力を持ち合わせていた、そう言った意味からも敵を誘引する餌にはもってこいの存在でもあった。


 それは、正しく『海の防人』が築いた船団を守る為の出城、或いは支城と呼ぶべき代物であった。


 やがて予定海域に到達した「三種」は、そこで速度を落とすともう一度右へ転舵し南に向かう針路をとった。それは「三種」が進軍途中の敵の攻撃隊の経路を丁度横切る針路となっていた。

「電探、敵位置知らせ。」

「目標甲、方位左〇八三距離二二海里(約四一㎞)、目標乙、方位〇九一距離二五海里(約四六km)!」

 有川艦長の問いに素早く電探室への直通電話を握った当番兵が応えた。

 僅かな時間で敵編隊と「三種」の間を隔てる距離は一気に詰まった。東に、つまり敵に正対して進んだ結果であった。


 宜しい、ここまでは想定通りだ、有川はその事実を確認してほくそ笑んだ。


色々探し物している間に文章は長くなるし、なかなか終わらなくなってしまって苦労しました(笑)


続きは29日(水)の予定です、もう少しお付き合いください。

ではいつも通り誤字脱字ありましたら(絶対ありますが)感想等で教えてください。

勿論、感想や意見も大歓迎です。

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