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南溟の断証(ゴリアール)  作者: 雅夢
第二章 台湾沖海空戦「太刀魚が空を翔んだ日、鴨と七面鳥は愚かに踊る。」
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太刀魚が翔んだ空 後編Ⅰ

長く成ったので一度ここで投稿します。

太刀魚が翔んだ空 後編


 マタ船団から高雄への飛行は、昼間の飛行でもあるため然程技量は必要としなかったが一昨日来の米機動部隊による襲撃もあって周辺に敵艦隊が潜んでいる可能性は捨てられなかった。

 それ故に中村飛曹長は、慎重に天測を行いチャートへ現在位置を記しつつ西川一飛への飛行経路の指示した。

 中村飛曹長が指示した経路は、高度一五〇〇メートルを時速一六〇km/hの巡航速度で北東へ向けて飛行する事であった。

 現在のマタ船団と高雄の位置から考えるならば、最短距離は北北東への飛行経路であったが単機での長距離飛行の経験が少ない西川一飛の負担を考えれるならば目的地の高雄の位置する東経一二〇度の地点まで北東へ飛んでそこで北へ変針した方が得策だと中村飛曹長が判断した結果であった。

 西川一飛は中村飛曹長からの飛行経路の指示を受けると、普段と変わらない口調で『了解しました。』とだけ告げた。やがて機体は速度と高度を上げると機首を指示された方位へ向けた。

 三座機である艦攻の機長は偵察員が務める場合が多い、この為、機長であっても実際に操縦することは出来ない、故に機長の意図を酌んで命令を忠実に実行できる操縦員は有難い存在であった。よく単座の戦闘機乗りたちは機長の命令に従って操縦する複座以上の多座機の操縦員を『車引き』と呼んで揶揄していたが、多座機の操縦員には彼らとは違う役割があるのだから比較の対象にはなるまい。

 そして、西川一飛は乗機に無理を掛けない丁寧な操縦を行っていた、中村飛曹長は様子に満足気な笑みを浮かべた。それは中村飛曹長が九六艦攻たちうおを操縦する上での西川一飛へ行った指示だったからである。

 何しろ乗機である九六艦攻たちうおは昭和十一年(1936年)の正式採用の直後に新世代の九七艦攻が誕生した関係でごく短期間で二線級の扱いと成り以後格納庫の隅で埃を被っているか駐機場の脇で雨ざらしに成っていた、それを「海援」型護衛空母に搭載するために残っていた機体を二機で一機或いは三機で一機と使える部分や部品を寄せ集めて急遽再生した代物であった。

 従ってその機体と発動機は気難しいところが有って、扱いは慎重を要し無理な機動は禁物とされ腕に自信のある熟練者ですら手を焼くという。しかしながら、その難物を若輩者が必要充分な腕前を披露しているのだ、彼を教育した者としては嬉しい事には違いは無かった。


 船団より北東へ飛行を続ける事約二時間、まだ残る雲は多く影に隠れている可能性のある敵戦闘機を警戒しつつの塊を慎重に避けながら中村機は高雄を北に臨む東経一二〇の地点に達し北へと旋回を行った。

 と、その時である、最後列の電信員席で後方の警戒に任っていた佐野一飛が声を上げた。

「飛曹長、四時方向に水平線付近に航跡!」

「航跡?」

 中村飛曹長は、佐野一飛の言葉にそう返すと急いで手にした索敵用双眼鏡を報告が有った方角へ向け、手早く焦点を合わせた。

 程なくして、雲の切れ間の陽光に煌く海面を切り裂くように伸びる白い筋が見えて来た、報告に有った航跡だ。

「居たぞ、確かにこいつは航跡だ。

 佐野、よく気付いたな。」

 中村飛曹長は、部下の仕事ぶりに小さく頷くと伝声管越しに称賛の言葉を送った。

 そして、彼がその周辺の海面へ視線を向けると、更に幾筋もの航跡がその姿を現した。

 当然だが、航跡を辿って行けばその先端にはそれを生み出した艦影が見える。

 遠目には点にしか見えないがおそらく駆逐艦であろう、中には少し大きな艦影も有るがそちらは巡洋艦だろうか?

「やはり他にも居たか、

 こいつは、艦隊規模だな。」

 中村飛曹長は、艦隊規模の航跡が現れても特に驚く事も無く冷静にその様子をまるで実況中継でもするように伝声管越しに伝えて来た。

 戦時下である現在に於いて、艦船が単独で航行する事は自国の沿岸でもない限り有り得ないのが実情だった、従って中村飛曹長は航跡が見つかった時点で複数の艦船が行動しているであろうこと予想はしていたのだ。

 但し、現れたその数は予想よりも多かった、そして・・・。

「何だと・・!」

 そう呟いて、飛曹長の実況は突如として途切れた。

「飛曹長?」

「どうかされたのですか?」

 二人の部下は、突如として反応を示さなくなった上官の行動を訝しがるように問い掛けた。

「西川!」

 突然、伝声管に西川一飛の名を呼ぶ飛曹長の声が響いた。

「はい!」

「高度を下げろ‼

 海面まで降りても構わん。」

 中村飛曹長は、叩き付ける様に西川一飛へ命じた。

「降下ですか?」

「急げ!」

「こっ、降下宜候!」

 有無を言わせない口調の命令に戸惑いを隠せない西川一飛であったが、彼は命令に従った。

 発動機の音と風切り音が大きくなり続いて身体が浮き上がる様な感覚がした、乗機が西川一飛の操縦により緩降下を開始したのだ。

 元来、主翼の長い艦上攻撃機は急降下には向かない機体だった、まして中古機の寄せ集めである乗機の九六艦は無理に急降下させれば空中分解の可能性も有る代物であった。故に西川一飛は緩やかな角度で降下を行う緩降下で、可能な限り機体に無理を掛けずに速度を抑え

「佐野!」

「はっ、はい!」

 続いて中村飛曹長は、降下中の機内で後席の電信員である佐野一飛を呼び出した。

「後方、追って来る機影は有るか?」

 急変した状況に対応すべく、双眼鏡から九六艦攻にとって機首の一丁と共に数少ない武装とも言える九二式七粍七機銃(旋回機銃)を射撃位置に引き出して構えていた佐野一飛は、目を凝らすようにして視線を周囲へ向けた。後正面だけではない、左右に上方、下方も可能な限りだ。

「機影、有りません!」

 彼は、確認を済ませるとそう状況を報告した。

 やがて機体は機首を上げ水平飛行に移った、高度は五〇メートル、航空機にとっては水面すれすれと同義語の高さだ。

「西川、そっちはどうだ?」

「前方、敵影有りません!」

 既に佐野一飛への問い掛けから次は自分と考えていたらしい西川一飛は、素早くそう答えた。

「そうか、なんとか見つからずに済んだか・・。」

 中村飛曹長は、そんな言葉と共にため息を吐くと身体の力を抜いた。

「あの・・、飛曹長。

 何が一体?」

「敵艦隊だ。」

 こちらもやっと質問を差し挟める状況に成って、佐野一飛は恐る恐ると言った口調で疑問を口にしたが、飛曹長から帰って来た答えは予想とは大きく凌駕するものだった。

「敵、艦隊ですか?」

「ああ、それも機動部隊だ。」

「米機動部隊ですか⁉」

 予想がに言葉に西川一飛も声を上げた。

「空母が居たからな、それも新型だ。」

 中村飛曹長が見たそれは、遥か遠方で詳細は判別できないまでも空母、航空母艦独特の真っ平らな甲板と、その中程に艦体に比較して小ぶりな艦橋構造物を持つ艦影をもっていた。それは、中村飛曹長とって最後の実戦と成った南太平洋海戦で九七艦攻で雷撃を行ったヨークタウン級に似た艦影をしていたが更に大きく厳つい印象を受けた、そこから新型と類推したのだ。

 そして、帝国陸海軍の航空機搭乗員にとって多数の強力な戦闘機を擁する米空母は死神と同義語であった。それは西川・佐野両一等飛行兵にとっても当然同様であり、二人は空母の存在にその表情を強張らせていた。

「それで、どういたしますか?」

 やっと落ち着きを取り戻した西川一飛がそう切り出したが、中村飛曹長も実は、そこは思案を巡らせていたところであった。

『何故、我々が見つからなかったのか?』と言う疑問はあった、なにしろ先のマリアナ(沖海戦)では我が軍の攻撃隊は敵空母の姿を拝むよりもかなり手前で敵戦闘機の待ち伏せに合い壊滅している、その事実から米軍の電探は遥か遠くから我が軍の接近を察知して迎撃準備を調えることを可能にするだけの探知距離と精度を有している、と搭乗員たちの間では噂されていた。

 勿論、中村飛曹長も敵機に遭遇することを望んでいる訳では無い、何しろ乗機の九六艦攻たちうおと米海軍のF6Fとの戦闘力は比較にすらならない程の差があったのだから。

 しかしながら、自分達の目を残しながら相手の目を潰すことは古来よりの戦さの常識だった、例えそれがポンコツの旧式機であっても見逃すことは有り得ないと言えた。

 それでも、敵の電探に察知されなかった事に関しては確証は無いまでも、鋼管布張りの九六艦攻の構造が一因ではないかとは思索していた、それは磁気探知機であるKMXへの影響が少ないその事実から導き出されていた。

 もっとも、それを確認するために敵艦隊へ接近するわけには行かなかった。近寄れば布張りと言えども敵の電探に探知される可能性は高くなり、何よりも目視によって察知されえうのには布張りは関係ないのだ。そして、自分たちの任務は、敵艦隊の索敵や偵察では無くマタ船団の針路に関する指示を受けに高雄へ行く伝令任務であったからだ。

 当然であるが敵艦隊を発見すれば報告する必要はある、しかしながら、九六艦攻が敵の電探に引っ掛からないと言っても電波を出せば確実に気付かれる事になる、その結果として撃墜されれば本来の任務が果たせなくなり、本末転倒の事態を招く結果と成るのだ。

「西川、現状のまま北へ向かえ。」

 思索の結果として、機長の判断として敵艦隊に背を向けて離脱することを選んだのである。

「逃げる、のですか?」

「仕方ないだろ、俺たちが此処に居ても出来る事は無いのだから。」

 不満そうな佐野一飛の問いに、中村飛曹長はそう答えると言葉を繋げた。

「佐野、敵艦隊が水平線の向こうへ消えたら報告しろ、

 敵電探の探知範囲外から出しだい高度を上げて打電する。」

「了解です。」


 暫く低空を飛行していた九六艦攻は、米機動部隊が水平線の向こうへ消えるのを待って高度を上げた。やがて、高度一五〇〇mにまで達した時点で敵艦隊と充分に距離が開いたのを確認した中村飛曹長は、電信員である佐野一飛へ敵機動部隊発見の一報を打電させた、これは台湾の基地へ、正確には高雄警備府への報告と言うよりも自分たちの所属するマタ船団への警告電といった意味合いが強かった。

 しかし、この時点で敵機動部隊発見の報告は遅きに失した状態であった、但し、中村飛曹長らに落ち度があった訳では無い。

「飛曹長、発見電を打電しましたが、何か酷く混乱している様で受け取られたか確認できませんでした。」

「混乱?」

「無秩序に電波が飛び交っている様子で、混線が酷くて無線が使い物になりません。」

 電信員の佐野一飛は、そう困惑気味に無線機の受聴器を耳からずらして飛曹長へ報告した。その報告に中村飛曹長も困惑したが程なくしてその答えは姿を現した。

「飛曹長、前方に煙が見えます。」

 前方には、目的地が位置する台湾の島影が見え始めたところだった、そして、その島の上空には立ち昇る幾筋もの黒煙が見えた。

「敵襲か?」

 西川一飛の報告で、双眼鏡の筒先を針路前方へ向けた中村飛曹長は双眼鏡を覗き込んだままそう疑問を口にした、そして、そうであるなら電波の混乱も理由がハッキリして来る。

 そして、伝声管が組み込まれたマスクを口元へ持ってくると、

「西川!もう一度海面まで高度を落とせ。」

 と命じた。

「海面までですか?」

「そうだ、引き揚げる連中と鉢合わせになると拙い。」

 間違いなく、先程の艦隊から発進した攻撃隊もある筈、となれば帰投時には南に向かうとな考えるのが妥当であり、そうなれば帰投する敵編隊と鉢合わせになる危険性は高かった。

 何しろ、F6FあるいはF4Uといった艦上戦闘機は当然であるが、艦爆や艦攻(米軍の場合は雷撃機と称する)でも九六艦攻では危ない相手だ、既にそうした認識を持っていた中村飛曹長は海面近くを低空飛行することで敵機をやり過ごそうと考えていたのだ。

 再び海面を這うように飛行を続けると、程なくして敵と思われる機影が上空を通過していった。機影は北から南へと飛行していった、中村飛曹長の予測通り帰路に就く敵の攻撃隊の姿だ。

 敵機の多くは艦戦と艦爆だった、敵(我々)の拠点を攻撃し編隊を組んで意気揚々と帰還するその姿は中村飛曹長たちにとって腹立たしいものであったが、ここで感情に任せて手を出せば血祭りにあげられるのは自分達である、そう考えれば歯ぎしりしながら行き去るのを見る他に出来る事は無かった。

 中には我が軍の反撃で損傷した機体も有る様で、編隊を崩し或いは単機で穴だらけの機体で帰路に就く機体も少なからずあった、そして友軍機の中には落ち武者狩りの如く帰路につくそうした敵機に狙いを定めた者も居た。

 彼らは、攻撃を終了し帰路に就く過程で周囲への注意が散漫と成ったタイミングを見計らって死角となる上空のより攻撃を加えてすかさず離脱する、一撃離脱にて敵に出血を強いる行為を延々という程に繰り返していた。

 その様子は、低空を飛行する中村飛曹長たちにも見え、友軍機の待ち伏せを受けて煙を曳きながら落下して行く姿に小さく歓声を上げていた。勿論、敵も獲物になることを甘受するわけも無く反撃により、狩る者と狩られる者の立場が逆転していた。

 我が軍の戦闘機が墜とされる時は、真っ赤な炎を曳いて行くのでわかり易いが、その数も決して少なくはない。


 そしてその立場は、中村飛曹長らにも巡って来た。


「左舷上方、敵機!」

 電信員の佐野一飛の叫び声に、中村飛曹長は観戦気分を吹き飛ばして左上方を見上げた。

 そこには、青黒く巨大で獰猛な海賊が居た。

「くそ、シコルスキーだ!

 西川、海面すれすれを飛べ!」

 中村飛曹長らの乗る九六艦攻に襲い掛かって来たのは、米国海軍の艦載機F4Uであった.

 米ヴォート社が開発したF4Uは、米海軍としても初の二〇〇〇馬力発動機であるプラット&ホイットニー社のR-2800-8を搭載した戦闘機で、極めて独創的な容姿をしていた。

 なお、日本での呼び名がシコルスキーなのはF4Uの開発製造を行ったヴォート社の太平洋戦争当時の名称がヴォート・シコルスキー・エアクラフト社で有った事に由来している。

 米海軍初の400mph(651.8km/h)の高速飛行を可能とした大直径の大出力発動機に合わせた寸胴の胴体と機体の後よりに設けられた操縦席、大重量の機体を支える主脚を短くするために主翼は胴体から一度下方へ伸びそこから上方へ向くというカモメ型翼を逆にした逆ガル翼と成っていて先端で回る巨大なプロペラと共に相対する者へ強烈な威圧感を放っていた。

 武装は、F6Fと同様に12.7mmブローニング機関銃六門と極めて重武装で布張りの九六艦攻など一撃で粉砕できるほどの破壊力を持っていた。

 同機の特筆すべき性能は速度で、前述の最高速度651.8km/hと降下速度800km/hオーバーはその一年前に開発された零式艦上戦闘機十一型の最高速度五三三、四km/hと降下速度六三〇km/h弱を比較してもらえばその数字の差異の意味は理解できると思う。

 勿論F4Uにも欠点はあった、大出力で高速に加えて大重量である事に起因する取り回しの悪さと限定される視界は同機を扱い辛い機体としてた。

 故に、中村飛曹長は西川操縦員へ海面すれすれを飛ぶように命じた。

 実は、空中戦で鈍足だが軽量の機体を高速重武装だが重重量の機体で攻撃するのは意外と骨の折れる仕事であった、但し海面すれすれと言う条件が付加された場合に限られる話である。

 今回の場合、F4Uの速度は急降下と言う事も有って700km/hはあった、これに対して九六艦攻は二七〇km/hが限界であった、速度差は四三〇km/hと言う事に成る、これでは照準器内に標的を捉えるのは一瞬で直ぐにオーバーシュートする事に成る、これが一〇〇〇メートルを超える高度であれば、攻撃コースを比較的自由に設定する事が出来るので、大した苦労も無く撃墜に至ることができる、しかし、今回は海面すれすれを飛ぶ九六艦攻を攻撃しなければならない攻撃は後ろ或いは前の上方からに限定される事になる、F4Uは見た目とは違って非常に急激な旋回が可能であったが海面近くであれば下手な機動は自機を海面へ突っ込ませる結果を生みかねない、従って低伸性が良く多数の機銃を装備していてもその射線に捕らえるのは容易ではなと言う事になる。

「西、左だ!」

 後方を振り返って間合いを見計らっていた飛曹長が指示を出すと、西川は素早くフットバーの左を蹴った。

 九六艦攻はラダーの働きで機首を左へ向ける、この時操縦桿は若干右に倒す、ラダーを切った際に内側(この場合は左)へ切り込み左へ傾斜することを避けるためだ。

 何しろ、海面すれすれを飛ぶ同機は下手にバンクを掛ければ海面を引っ掛けてもんどり打つ危険性が有ったからだ。

 ただ、こうした機動はやや特殊ではあるが、海面すれすれを飛んで敵艦への雷撃点につく為に横滑りを多用する艦攻にとっては特別な動きではなかった。

 その結果として、機体はほぼ水平を保ったまま左へ横滑りして、敵の狙った射線から逃れる。

 直後、驟雨の如く六条の火線がかすめて行った。

 射撃後、敵機は速度差が有る為に一気に間合いを詰めてそのまま追い越し、その後上昇に転じて上空を旋回して距離を取って再度の攻撃の為の位置取りを行った。

 その後二度目三度目の攻撃も飛曹長の的確な指示とそれに応える西川一飛のフットバー捌きにより空振りを繰り返すことになった、しかし、それでも敵機は攻撃を諦めなかった。

 敵機の操縦士が若く経験が少なかったのか、旧式機に手玉に取られたことが口惜しいのか、それとも今回の出撃で戦果を得られなかった穴埋めにしたかったのか。どちらにしろ敵機の操縦士は九六艦攻に拘り過ぎた。

 対する中村飛曹長らも決して余裕を持って敵機の攻撃をかわしている訳では無い、主翼は既に一〇を超える銃弾を受けていた、ただ機銃弾が素通りしてしまう布張りの機体と重要ケ所や乗員に命中弾が無い幸運、そして何より相手が単機であるお陰で無事でいたのだ。

 しかし、ここで敵機は意外な行動に出た。

 敵機は、九六艦攻の後方に迫るといきなり主脚を降ろしたのだ、F4Uの主脚はF6Fの物と同様に九〇度捻って後方へ折り畳む、F6Fとの相違は主輪部の覆いを抵抗板として前面へ展開できる事だった。一般にダイブブレーキとして使われる抵抗板はフラップと併用して空中での飛行速度を大幅に落とすことが可能だった。


 しかし、そうした飛行には大きな問題点があった。


 それは、極めて機動性が落ちる事であった。

 敵機の操縦士は、九六艦攻を照準御内へ捉えてこれで終わりに出来ると考えたかもしれない、しかし、彼はここが戦闘空域である事を失念していた。

 彼の親指が操縦桿上部の発射スイッチを押す前に、四条の太い火線が上空から降って来てF4Uの発動機後方から操縦席に至る機体を抉って行った。 

 敵機が空中で四散し、その残骸が海面に叩き付けられたことで生き延びる事が出来たと知った中村飛曹長らは、その直後に上方からその火線を追う様に舞い降りて来た機体に気が付いた。

 艶消しの黒で塗られたエンジンのカウリングに濃紺に塗られた機体上面、その機体は帝国陸海軍の将兵であるなら知らない者は居なかった。

 それは、嘗ての海軍の主力艦載機・零式艦上戦闘機であった。

 但し、開戦前後に獅子奮迅の活躍を見せた零戦の二一型やその強化型の三二型では無い、機首のカウリング上部には大きな空気取り入れ口が有り、零戦の特徴の一つでもある機首の七、七ミリ機銃の銃口が無かった。

 この外見的特徴に合致する型は、太平洋戦争の中期以降に脅威を増す敵戦力に対応し発動機を一五〇〇馬力の金星六二型と変更した五四型であった。

 発動機を、それまでの一〇〇〇馬力級の栄からほぼ五割増しの金星とする一方で、武装を二〇ミリ機銃二門と一三、二ミリ機銃の門を翼内に搭載した五二型丙の武装を踏襲、更にこれまでの零式艦戦では不十分だった操縦席周りの防弾板と燃料タンクの自動防漏化(主に胴体内のタンク)による武装と防御力の強化が行われていた。

 この強化により当然であるが機重は増加する結果となった、この為に出力向上の割には速度は大きく変わらず栄発動機搭載の零式艦戦最後の型である五二型よりも二〇km/h優速なだけの五八〇km/hに止まっていた。

 しかし、この数字も見方を変えればこれだけの装備を持ちながら従来の零式艦戦以上の速度を出せ、運動性能も最高と言われる二一型の再来と言う水準を実現したことになる、結果として敵の最新鋭戦闘機を撃ち墜とせないまでも墜とされない実力を持つ有力な戦力に成り得る機体と言う評価を得る事と成った。勿論、性能向上の代償として航続距離が半減していたが既に戦場は日本本土の近傍と成っていたため致命的な問題とは成らず、昭和十八年(一九四三年)八月には量産が開始され帝国海軍の航空戦力の一翼を担うことと成っていた。

 勿論、この時点で既に海軍主力である制空戦闘機は〈烈風〉であった、従って、金星搭載の零式艦戦、通称金星ゼロが果たすべき役割は、高性能で高価故に数を揃え難い主力たる〈烈風〉の補佐であり支援であった、更に制空戦闘の主力であることに限定される必要が無くなった事から、零式艦戦には爆装しての地上部隊の近接支援や小型空母を用いた船団の防衛へと大きく用途が広げられる事となっていた、余談ながらこうした旧式機の活用方法は米国海軍でも行われていて、F6FやF4Uの登場以降に旧式化したF4Fを船団防空や近接支援用に運用していた。

 更に主力の〈烈風〉と比較して、低出力の発動機を積む零戦五四型であるが故に、逆に扱いやす機体でもある為、経験の少ない新人用の機体として重宝しているともされていた。

 その海軍の嘗ての主力戦闘機の末裔が、海面近くを台湾へと這い寄る様に飛ぶ中村飛曹長らの九六艦攻と並行して飛ぶのはその速度差故に極短時間であった、その零戦の尾翼には❝UIー403❞の識別番号が記されていた、UIではじまる識別番号は二五一空の所属機であることを示していた。

 命を救われたことを感謝して飛曹長らは感謝の意を込めて敬礼を行すると、零戦の搭乗員も風防を開けて敬礼を返し、手を振ると発動機の出力を上げて上昇していった。


更新が遅れて申し訳ないです、公私ともに色々と忙しくて話が進みませんでした。

続きはなるべく早く投稿するつもりです。ご期待?下さい。


さてでは、誤字脱字が有りましたらいつもの通り感想などでご一報くださると有難いです。

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