太刀魚が翔んだ空 前編
大幅な遅刻投稿ですが山口氏主宰の架空戦記創作大会2019冬参加作品です。
お題3台湾沖航空戦をテーマとした架空戦記 となります。
なお、本作も拙作 南溟の怪魔シリーズの世界での出来事ですので史実とは大きな隔たりがある点はご承知ください。
太刀魚が翔んだ空 前編
海は、夜明けまでに低気圧が通り過ぎた事で今は静まりつつあった。
それでも風は強く夜明け間近な白み始めた空には雲が塊となっていくつも浮いていた。
時間は間も無く六時と言うところだ。
中村和重飛行兵曹長は、甲板脇の退避所で煙草をふかしながら、辺りを黄金色に染めながら登る朝日を見ていた、が突然背後で湧き起こった轟音が朝の厳かな空気は吹き飛ばした。
轟音の主は、四基の発動機だった。
中島「光」二型発動機の海軍名称を持つそれは星型九気筒離床出力八五〇馬力で、二〇〇〇馬力超の発動機が主流成りつつある現在に於いては既に旧式な二昔前の品とも言える代物だった。
尤もそれを搭載している機体もまた、二昔以上前の機体であったから無理もない話だが。
発動機の暖機運転が順次行われる間に艦は舳先を風上に向けて速度を上げ始めた、発艦に必要な合成風を発生させるためだ。やがて速度と進路が固定すると発艦位置に有った一番機の発動機の轟音が一段と大きく高鳴った。
その発動機の咆哮に遅れて数秒、スルスルと機体が動き初めると僅かな距離で機体が浮き上がって飛び立っていった。
それは、この大東亜戦争(太平洋戦争)に於いて幾度となく見られた発艦風景であった、がその飛び立つ姿は時計の針を大きく逆回転させた様に見えた。
空冷発動機を収めた大きなイボ付きのカウリング(シリンダーヘッドの突起部を逃すために付けられた覆い)を持った機首から続く三座の操縦席を持った紡錘型の機体に取り付けられた2枚の主翼、上部の翼はパラレル式に下部のそれは機体の取付部周辺で短く下に折れ曲がりその後水平に伸ばされていて、二枚の翼の間にはそれを支える支柱と固定するための張り線が張られていた。
所謂、複葉機と呼ばれる形態だが、昭和十九年(1,944年)現在に於いてはやや珍しい存在と言えた。
この時代、軍用機と言えば高速化を目的に全金属単葉に引込み脚の形態が標準であり、木製や布張りの機体はごく少数派と言えた。
例外に、全木製の英モスキート戦闘爆撃機や布張り複葉のソードフィッシュ雷撃機、帝国海軍の零式観測機などの例はあるもののやはり世界全体で見れば稀有な存在と言えた。
今現在、中村飛曹長の目前で発艦を行っている機体は、九六式艦上攻撃機として海軍に正式採用された艦載機で、設計と製造を海軍航空技術廠(空技廠)が行った同機は堅実で良好な性能を持つ機体であったが、同機が採用された昭和十一年(1936年)の翌年に画期的性能を持つ十試艦攻、後の九七式艦攻が完成した採用されたことで最高速度が三〇〇km/h満たない同機は瞬く間に旧式化して僅か二年で第一線を去った不遇と呼べる機体であった。
実際は、直ぐに新型が出て働く場が無くなるのと、後継機が現れずに死に体同様の状態で戦い続けなければ成らないのと、どちらが良いかは判断が難しい所だが、働く場を失った九六艦攻はミッドウェー海戦を最後に第一線を退き、後方で練習機や連絡機として余生を過ごす結果となった。
しかしながら、今現在(昭和十九年時点)中村飛曹長の前に有るのは実戦に投入されている機体であった。但しそれは、本来の連合艦隊の所属としてでは無く、開戦の後に設立された海上護衛総隊(海上護衛総司令部)へ出向してであった。
四機の九六艦攻の発艦が完了すると、警鐘が鳴らされて甲板後方の昇降機が動き出し一機の九六艦攻が中村飛曹長の前に運び上げられた。
昇降機から押し出された機体は、付け根から後方へ折り曲げられていた主翼が定位置まで広げらると、数人の作業員が取り付いて昇降機から機体を甲板後方の発進位置へ移動させた。
「飛曹長。」
甲板に上がって煙草をくわえてその様子を見ていた中村飛曹長の前に、二人の搭乗員が駆け寄った。二人ともまだ若い、三〇を超える中村から見ればヒヨッコと言ってもいい歳だ。
静岡県西部の山間で生まれ育った中村和重は、十七歳で横須賀海兵団へ入隊後志願して航空兵(偵察員)として訓練を受けて第一次上海事変へ航空母艦「加賀」航空隊の一員として初陣を果たした所謂古参の搭乗員だった。
皮肉なことに、この初陣の時に搭乗したのが目の前の九六艦攻であった。
その後、機体が九七艦攻へ更新され以後、それを愛機とし「加賀」「赤城」「蒼龍」など主な正規空母の航空隊に所属し、開戦時には再び「加賀」へ戻って真珠湾攻撃にも参加していたが、ミッドウェー海戦で乗艦と愛機を失い、その後の南太平洋海戦で飛行小隊が全滅に近い損害を受け自身も重傷を負ったことから艦を降りて以後は岩国海軍航空隊で飛行兵の教育に携わっていた。
しかし、戦争の激化に伴い今から半年前の昭和十九年五月に、新設された第一護衛艦隊の九三一航空隊への転属命令を受けて嘗ての愛機と対面と成っていた。
「さて、行くか。」
「「はい!」」
操縦士の西川次三郎と電信員の佐野吾郎の二人の一等飛行兵は、そう中村飛曹長に答えると咥えていた煙草を海へ投げ捨てると乗機へ向かって行った。
『緊張しとるな。』
中村はそう心の中で呟いたが、それは無理のない事だとも思えた。
昭和十六年(1941年)十二月八日のハワイ真珠湾への奇攻撃で始まった大東亜戦争は、開戦当初は帝国陸海軍が破竹の勢いで太平洋の西半分を制圧したものの、翌年六月のミッドウェー海戦での躓き以降その勢いは失われ、今年(昭和十九年)の六月に行われたマリアナ沖海戦では残存の空母機動部隊と基地航空戦力の大半が失われ、マリアナ諸島以東の島々の多くは今も米軍の制圧下となっていた。
そして、三日前の十月十一日、いやその前の十月十日の沖縄空襲以来、本土に近い台湾の帝国陸海軍部隊が断続的に米海軍艦載機の空襲を受けていた。
翌日の十二日には、福留中将率いる第二航空艦隊の精鋭であるT部隊が薄暮、夜間、黎明の攻撃を繰り返し大戦果を挙げたというが、未だ台湾には米艦載機が来襲しているとの情報も有って、米軍は大規模な機動部隊をそれも複数、台湾近海に進出させていると考えられた。
『もし、敵に自分たちの艦隊、いやこの場合は船団だが、見つけられたら先ず助からない。
そう思えば生きた心地がしないのは当然だ。』
それが若い搭乗員だけでなく、多くの乗組員たちの心情だろう。
中村飛曹長は、そう思ったものの黙って機体中央の偵察員席(機長用)にその身を収めると、艦上作業員の手を貸りて素早く安全拘束帯(安全ベルト)と機内通話用の伝声管の取り付けを済ませた。
「中村飛行兵曹長、頼みます。」
作業員とは反対側の主翼によじ登った先任将校が、そう言って革張りの筒を中村に手渡した。
その筒は、通信筒と呼ばれる通信文を上空から味方へ投下して渡すために使われる器具で、今回は投下の予定はないが万が一を考えて通信文は通信筒へ収められていた。
「預かりました。
では、行ってきます。」
中村飛曹長はそう答えて敬礼すると通信筒を座席脇の物入れに押し込んだ。
今回、中村飛曹長の任務は船団から台湾の航空基地へ向かい今後の指示を仰げというものだった。
船団は、現在、台湾の南南西の位置にあって北上中で台湾の西を通って基隆港へ向かう予定であったが、予期していなかった敵の大規模襲来に対して貴重な資源を積む船団をこのまま台北へ向かわせて良いのか?船団の指揮官たちは迷っていたのだ。
ここで、無線で持って海上護衛総司令部にへ問い合せることが出来たら問題がないのだが、至近に敵軍が存在する状況下で無線を使うのは自殺行為だ、まして現在のところ敵に本船団は発見されている兆候は無いのだから尚更であった。
だからと言ってこのまま北上するのは危険だとも思われた、これまで入電した友軍の通信からは敵部隊の所在位置が明確ではなくどこで敵軍と遭遇するか不安であったからだ。
そこで考えられたのが、船団の司令部の通信文を台湾の高雄の警備府へ届て指示を仰ぐというものであった。
その大任を任されたのがベテランの中村飛曹長と言うわけであった。
船団への指示は台湾から無線で行っても問題ないと考えられていたので、その旨が中村飛曹長へ伝えられていた。
「始動!」
機体前方で艦上作業員のまとめ役である下士官の号令がして、機首側で唸るような音がし始めた。発動機始動に欠かせない慣性始動機の音だ。
「前離れ!」
始動機のはずみ車に充分な勢いが付いたところで、下士官が命じると今までエナーシャハンドルで始動機を回していた二名の作業員がハンドルを抜き取って機体から離れた。
「こんたーくっ!」
すかさず西川一飛がそう叫んで、始動機と発動機の間のクラッチを接続させた。
発動機と慣性始動機が繋げられるとはずみ車の回転エネルギーが発動機のクランクシャフトへ伝えられ、発動機はクランクシャフト先端に取り付けられたプロペラごと回転を始めた。
しかし、この時点で未だ発動機には火は入れられていない。
停止中の発動機では潤滑油が下に降りてしまい、特に星形の発動機では上部の気筒では潤滑油が切れた状態になっているからである。したがって、数回転空回しをして潤滑油を塗布してから点火すると言う手順が必要があった。
頃合いを見払って西川一飛はスロットルを開け点火栓への電源スイッチを〈入〉にした。
この一連の動作で、「光」発動機は目を覚ます。
数かいこもった様な撃発音がした後、マフラーから黒い煙が噴き出して一気にプロペラは回転数を上げた。
「行きます!」
中村飛曹長の飛行帽へ取り付けられた伝声管の受聴器へ西川一飛の元気な声がした。
「よし頼む!」
中村も発動機の音に負けじと怒鳴る様に返すと、前席の西川一飛が操縦席で両手を左右に広げた。
『チョーク(車止め)はらえ!』の合図だ。
その合図に合わせて作業員が主輪に噛ませてあったチョークを引き抜くと、発動機の轟音が更に大きくなり、機体は最初はゆっくりと前進を始めた。
思ったよりも時間が取れず、投稿が遅くなってしまいました。
取り合えず前編を投稿しましたが、後編は一週間以内に投稿したいと思っています。
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