第1−10話 八坂激闘譜 Ⅹ
三話連続投稿はこれで最後です。
相変わらず文字量が多いですが宜しくお願いします。
八坂激闘譜 Ⅹ
「敵艦、方位三三、
距離五二(五二〇〇メートル)。」
「来ました。
第二砲塔、準備はできていますか?」
私は見張員からの報告を聞くと、第二砲塔へ繋がる艦内電話を取り上げました。
「何時でもいけます。
第二砲塔は右へ六三度旋回していますので敵が五〇度を過ぎたら艦を起こして下さい。」
電話に出たのは掌砲長の鷹野特務少尉でした、彼は砲塔内で指揮を取る砲塔長に代わって外部との連絡役を買って出たようでした。
「副長、敵が方位角五〇度を過ぎたら注水をお願いします。。」
「了解だ、こちらも準備は出来ている。」
副長との会話にしては短く、直ぐに電話は切れました。
誰もが緊張しているのです、皆が必要以上の言葉を発せず、黙々と作業にあたっていました。
勿論、例外も有ります。
「敵艦、方位四三、
距離四九(四九〇〇メートル)!」
次第に近づいてくる敵艦の姿に見張員の声にも力が入ります。
「砲術長、何処を狙いますか?」
「贅沢は言えませんが、敵の心臓部、或いは頭脳を潰せたら上出来ですね。」
「では敵の前檣楼に狙いを定めます。」
「頼みます。」
鷹野特務少尉との会話で狙点を決定します。
後は時が来るのを待つだけです、私は何度も双眼鏡を除き、敵艦の動きを確認します。今のところ敵は私達の目論見に気付くこと無く、ユックリとした速度で近づいて来ます。
「敵艦、間もなく方位角五〇!
距離四二(四二〇〇メートル)!」
見張員は私の指示に従い方位角が五〇度を過ぎるところで報告してきました、私はそれを聞くと司令塔へ通じる艦内電話の受話器を取り上げました。
「副長、注水をお願いします!」
「了解、注水を開始する。」
電話の向こうで浪川副長らしくない弾んだ声が帰ってきました。ここから先は先ずは副長である浪川中佐の仕事です。
彼から直ぐ下の注排水指揮所へ指示が飛び、そこから艦の前部と後部に有る注排水管理室へ指示が送られて注水弁が開かれて注水が開始されます、注水されるのは艦の浮力を維持するために最後まで残されていた艦の前後に有る通常注排水区画でした。
本来こうした注排水の作業は、指揮所から遠隔操作で管理室の機器を操作して行われる仕組みだったのですが被弾の為、伝達回路が途中で切断されていて管理室で電話と人の手で注水が行われることと成りました。
注水が始まって暫くすると、軋むような音とともに艦が左に傾く、と言うより傾斜が復元して行く言う方が正しいでしょうか。
私は艦橋正面に取り付けられていた傾斜計を注視していましたが、注水直前には右舷側に十度近くまで傾斜していた艦が次第に水平に成ってゆきます、但しこれで「八坂」の浮力は浮かんでいるのが限界と言うレベルまで削られていました。
「第二砲塔は、状況知らせ!」
第一段階としては成功と言って良いでしょう。しかし、この状態で砲撃が出来るとは限りません、ですのでその状況を確認するために私は第二砲塔の鷹野特務少尉を呼び出しました、しかし、受話器から聞こえてきたのは多田砲塔長の悲痛な叫び声でした。
「駄目だ、後一寸足りん!」
「聞いての通りです、あと少し!
後もう少し艦を起こせませんか?」
後に続いたのは鷹野特務少尉の懇願する様な声でした。
「無理なのか?」
「このままでは装甲の厚い舷側に当たってしまいます、
ですから後一寸上げて下さい。」
「・・・判った。」
私はそう言って受話器を置くと司令塔への受話器を取り上げました。
「副長、艦橋の有川です。」
「どうだ?」
副長も結果が気になったようで開口一番そう聞いてきた、しかし私の沈んだ口調から察したのかそこで言葉を止めました。
「このまま発射しても敵艦の舷側に命中するだけだそうです。」
「あと少しか。」
「僅かで良いそうです。」
「判った、どうにかやってみよう。
但し、長時間は保たんぞ。」
「了解です。」
私は右耳に司令塔への受話器、左耳へ第二砲塔への受話器を当てて会話を始めました。
「第二砲塔へ、あと少し起こして見せるから合図を頼む、但しその姿勢は長くは保たんからそのつもりでいてくれ。
副長、合図があったらお願いします。」
「こちら第二砲塔了解です。
こちらは五分も必要有りません。」
「副長、了解した、五分は保たせてみせる。
合図を頼むぞ。」
双方の言葉を伝えながらの作業です、この時ばかりは司令塔と砲塔への直通電話が無いことを不便と思ったことは有りませんでした。
「こちら第二砲塔、お願いします。」
「了解。
副長、おねがいします。」
「了解した。」
そう答えて副長の電話は切れました。暫くして傾斜計の針が微かに動きました。
「草薙」型装甲巡洋艦には「大和」型戦艦に範をとり被弾時に於ける浸水への対応策として艦内を細かく仕切ってそれぞれを注排水区画としていました。
そこへの注排水によって艦の水平を保つ仕組みなのですが、注水に関しては前述の通り排水弁を開けることで行われます、では排水はどうするのか?方法は二通り有って一つは排水ポンプで浸水した海水を艦外へ捨てる方法、もう一つは圧縮空気を浸水区画に吹き込んで排水させる方法です、これは潜水艦のバラストタンクの排水方法と同様と考えてもらえば判り易いでしょう。
そして今回、浪川副長の指示によって行われたのが二つ目の方法ある圧縮空気を用いた排水でした。
「止めて下さい。」
「停止!」
砲塔からの指示を私は司令塔へ伝えます。
「了解・・・、
今、止めた。」
これで準備は整いました。
「敵艦の位置知らせ。」
「敵艦、方位六一。
距離三八(三八〇〇メートル)。」
航海長の小川中佐の問いに見張員が答えます。
「ギリギリでしたね。」
「ああ、後は多田少尉に任せるしかない。」
少し安堵の表情を浮かべる小川航海長に対し、私も既に打つ手のない状況を自覚したのです。
後は成り行きを見守るほかに出来ることは有りません。
突如として「八坂」の周囲が昼間の様に明るく照らされました。敵艦が高角砲から照明弾である星弾を打ち上げたのです。
双眼鏡を敵戦艦に向けると、甲板上や前檣楼の上、露天艦橋らしい場所で「八坂」を指差し何やら叫んでいる人の姿を見ることが出来ました。
そう、遂に敵に私達の動きが知られたのです。
しかし、
「残念だったな、もう遅い。」
私の口からはそんな言葉が零れ落ちました。
三門の五〇口径三一センチ砲が、何の前触れもなく唐突として咆哮を放ちました。
それは装甲巡洋艦「八坂」の放った最後の一撃の三発でした。
彼我の距離は僅か三八〇〇メートル、戦艦の巨砲を用いる砲撃戦という舞台では正に至近距離と言うべき距離でした。
砲口を出て僅か五秒余りでその距離を飛翔した三発の三一センチ九一式徹甲弾は殆ど水平の弾道を描いて全てが敵艦を捉えました。
俗に敵の脇腹に砲口を押し当てて放ったと言われる「八坂」の一撃の三発の内、一発は敵の第二砲塔の天蓋に着弾しましたが角度が浅く明後日の方角へ弾き飛ばされました。
しかし、それ以外の二発の砲弾は遮る物の無い敵戦艦の前檣楼へ着弾し閃光と爆炎が噴き上げました。
戦後、閲覧が可能と成った戦闘詳報によれば、この時命中した二発の砲弾の内一発は前檣楼後部のマストの基部に命中しマストを半壊させその直前の射撃指揮所を海に叩き込みました。
そしてもう一発はその前方、前檣楼上部の艦橋へ着弾しました。
ノースカロライナ級に始まる米海軍の新生代戦艦の特徴の一つが二重構造の艦橋でした、それは簡単に言えば「八坂」の司令塔と同じような分厚い装甲を持った装甲艦橋を芯にして周囲に回廊式の航行用艦橋を設ける構造と成っていたのです。
この時、「八坂」の三一センチ主砲弾が命中したのは二重式の艦橋から上に突き出した戦闘指揮所でした、ここは下層の装甲艦橋の延長部分で勿論此処にも「八坂」の司令塔にも負けない分厚い装甲が施されていました、理論上は自艦の持つ四〇センチ砲弾の直撃にも耐えられるされていましたが、至近から撃たれた「八坂」の主砲弾は初速を殆ど落とすことなくワシントンの右舷側から命中、その装甲を貫通して内部で炸裂したとされています。
その結果がどうなったか?それも戦闘詳報には記されていました。
装甲艦橋内部へ飛び込んだ砲弾はそこに居た艦橋要員や挺身艦隊(任務部隊)の司令部要員を道連れに炸裂、その結果、装甲艦橋の天蓋も吹き飛んだというからその威力の程は理解頂けると思います、其れだけではなく外周の航行用艦橋に居た操艦要員も多くがその犠牲に成ったとされています。
攻撃は成功しました、しかし、私たちにそれを喜ぶ余裕は有りません、砲撃の衝撃により最後まで気密を保ってきた区画も浸水が激しくなり艦が急激にバランスを崩し始めていたのです。
急ぎ「総員退艦」を発令し残存乗組員に退避をは小川航海長より発令されており、比較的損傷の度合いの少ない左舷側艦尾より多くの兵たちが海中へ身を投じていた。
既に「総員退艦」は小川航海長より発令されており、比較的損傷の度合いの少ない左舷側艦尾より多くの兵たちが海中へ身を投じていた。
私は鷹野特務少尉に命じて功労者である第二砲塔の砲員達の退艦を命じると、同じく艦橋に居た面々に退艦を促して逃げ遅れた者が居ないか見まわしていると、艦内電話の呼び出しベルに気が付きました。
電話は司令塔の浪川副長からでした。
「浪川副長、既に『総員退艦』は出されています。
貴方も退艦して下さい。」
「敵艦は?」
「一矢は報えましたよ。
後は退艦するだけです。」
「そうか、なら心残りは無いな。」
そんな会話を続けている間にも急激に艦の傾斜が激しくなってゆきます。
その様な状況にも拘わらず副長との電話のやり取りを続けてると、第二艦橋に飛び込んでくる人影が有りました。
航海長の小川中佐です。
「砲術長、皆退艦を始めています。」
「御真影と軍旗は?」
「既に短艇で本艦を離れて『鳥海』へ向かっています。」
「判った、副長急ぎましょう。」
「俺はいいよ。」
私は浪川副長の言葉に私は思わず絶句しました。
「艦と運命を共にするつもりですか?」
「副長は、司令塔から出られないのです。」
私の問いの答えは意外なことに小川中佐から出されました。
「出られない?」
「はい、魚雷を撃ち込んだ敵駆逐艦の砲撃で・・・。」
「駆逐艦の主砲でか?」
「前檣楼基部に撃ち込まれた砲弾が司令塔に命中、
その衝撃でハッチが歪んでしまったのです。」
「貴様、何故黙っていた!」
小川航海長の言葉を聞いた瞬間、私は自分でも信じられな行動に出ました。彼の胸倉を掴んで外筒の外壁に叩き付けたのです。
「すまん。」
我に返った私は、一言謝ると直ぐ航海長を離しました。
「小川中佐には黙っていてくれるように頼んだんだ。
怒らんでやってくれ。」
「浪川さん、何で?」
「仕方ないだろ、これ以外に方法が無いのだから。
でも上手くいって良かった。後は頼む。
そうだ、家内と娘に夫は、父は頑張ったぞと言ってくれ。じゃあな。」
そう一方的に言って浪川副長は電話を切りました。
「急ぎましょう、『八坂』は長くは持ちません。」
そう急かす小川中佐に私は頷き電話の受話器を手放すと彼に続いて右舷側スポンソに向かいました。そこから海面へ飛び降りようと考えたのです。
しかし、私たちがスポンソに出たところで艦橋の直ぐ後方で爆発が起き、その衝撃で私たちは海面に投げ出されたのです。
海面に叩き付けられて気を失った私が意識を取り戻したのはトラックへ戻る病院船のベッドの上でした。
結局私は「八坂」の最後を看取ることは出来ませんでした。
「八坂」は乗組員の多くが見守る中、艦中央から二つにへし折れて先に艦首側が、続いて艦尾側も横倒しに成って沈んでいったと言われています。
残念なことに退艦して海上に逃れたものの沈む「八坂」に巻き込まれて多くの乗組員が命を落としたと聞いています。
私は偶然、近くを通り掛かった短艇に救助されましたが、この短艇は一足先に御真影と軍旗を「鳥海」運んだ船で溺者救助のために現場海上へ戻ってき居たのです。
その後、私は短艇から病院船へ収容されましたが、この病院船は本来、ガダルカナル島から傷病兵を収容するのが目的で輸送船団に随行して来ていた船でした。
当然ですが、「八坂」の乗組員で収容されたのは私だけでは有りませんでした、脱出までに負傷していた者の多くが病院船で手当を受けていました。
「敵戦艦はどうなったのです?」
「どうもこうも、あの後直ぐに救助に来た駆逐艦と一緒に行ってしまったって話です。」
「艦橋を直撃されてもですか?
予想以上に頑丈なんですね敵の戦艦は。」
「撤退して行ったと言う話ですから、無傷ではないでしょう。」
同じく怪我を追って収容された鷹野特務少尉と渥美一等兵曹、そして小川航海長が私のベットの周りに集まってあの後の事を話してくれました。
それによると、我々が切り開いた血路をたどってガダルカナル島タサファロング泊地へ辿り着いた輸送船団は途中敵の魚雷艇の襲撃を受けて、少なくない損害を受けながらも食料や医療品、弾薬等に加えて兵員を揚陸し同時に傷病兵の回収を行いガダルカナル島を後にしていました。
実はこの後で油断から揚陸後の物資の隠匿を怠り一部が米軍の攻撃で破壊焼失する事態も起きて居たのですが私たちがこの時点で知る術は有りませんでした。
しかしながら、戦艦二隻と装甲巡洋艦一隻を含む多くの艦艇を犠牲と引き換えに行われた人員と物資の輸送です、これが成された以上、後は陸軍は仕事です。
この時、その為の道筋を付けた私達はこの後、彼ら陸軍が責任をもってガダルカナル島の奪還を行うものと確信してソロモン海を後にしたのです。
こうして私のソロモンでの戦いは終わった、そう考えていましたがトラック島で私を待っていたのは「第十二戦隊の砲術参謀を命じる。」と言う軍令部からの辞令でした。
これだけの量を書くのにほぼ一ヶ月掛かりました、たしか断章は短編集だったはずですが・・・。
どうしてこうなった!
次こそはもう少し短い話で行きたいと思っています。
でも八坂激闘譜も、もう一話エピローグが有りますのでその次ですが。
ここまでお読み頂きありがとう御座います、意見感想お願いします!
また誤字脱字が有りましたら感想へお願いします。
では次話のエピローグをお楽しみに。




