第100話「悪い子はキツネうどん」
はて、キツネうどんとはどうして「キツネ」?
わたしはおあげの色がキツネさんだと思うわけです。
でもでも、本当はなんなんでしょうね?
キツネ(お稲荷さま)がおあげが好きって、本当なんでしょうか?
誰か見た事、ありますか?
「ポンちゃん、配達の準備できたわよ~」
ミコちゃんの声、行ってみるとバスケットが置いてあるの。
今日は朝から老人ホームに配達なんです。
「レッドちゃん、お弁当できたわよ~」
「は~い!」
レッドが幼稚園カバンを下げてやってきます。
ミコちゃんお手製おにぎりを受け取ってカバンにしまうの。
と、わたしと目が合いました。
「ポンねぇもごいっしょ?」
「そうですね、学校まで一緒かな」
「わーい!」
って、レッド、わたしのしっぽをモフモフしてます、モフモフ。
「ちょ、なにやってんですか」
「モフモフでーす、モフモフ」
「やめてくださいっ!」
チョップです、チョップ。
一度は手を止めるレッド。
でも、にっこり微笑んで、
「ではでは、モッフモフ、モッフモフ」
「一緒でしょー!」
ミコちゃん、別のバスケットを準備して声をあげます。
みどりとコンちゃんがやってきて受け取りました。
二人は学校に配達なんでしょう。
コンちゃん、わたしを見て、
「ポン、楽しそうじゃの」
みどり、わたしを見て、
「アンタ、なにグズグズしてんのよーっ!」
二人とも、目、腐ってませんか?
「コンちゃん、レッドのモフモフ止めてくださいっ!」
「よいではないか、子供のする事じゃ」
「コンちゃんだってしっぽ触られるの嫌でしょ!」
「ポンは好きという事にしておけ」
「勝手を言うなーっ!」
コンちゃんにヘルプ、期待するのが間違いみたい。
ではではみどりに、
「みどり、レッドを注意してくださいっ!」
「え? え!」
みどり、戸惑ってるみたい。
「アンタ、ワタシにどうしろと!」
「レッドのモフモフを注意してください!」
「……」
みどり、モフモフしているレッドをじっと見てから、わたしに視線を戻します。
「なにを注意しろと!」
「人の嫌がる事をしないって言えばいいんですよ!」
「自分で言えば?」
「わたしが言っても聞かないんです!」
「そう……」
みどり、レッドをしげしげと見ています。
それから……みどりもモフモフし始めました。
わたし、言葉もありません。
みどりはわたしに目を戻すと、
「アンタのしっぽ、すごいモフモフ、楽しいのね」
もう、みどりの広いおでこにデコピンです、えいっ!
老人ホームの帰り道、学校の職員室にも配達です。
「あ、ポンちゃん」
「配達人さんも配達ですか?」
「うん、学校で使う物をね」
わたしと目の細い配達人で職員室に入ります。
今は授業中で、中には村長さん一人。
「村長さん、おはようございます」
「はい、おはよう」
村長さんは校長先生でもあり、老人ホームの園長さんでもあり。
そう、それに、レッドの世話をしてくれてたりします。
「あの、村長さん」
「うん?」
「レッドをなんとかしてください」
「レッドちゃんを? どうしろと?」
「わたしのしっぽをモフモフするんです」
村長さんと配達人、わたしをじっと見つめます。
「しっぽをモフモフされるの、嫌なんです」
「どれどれ」
二人の手が伸びてきます。
わたし、すぐに一歩引くんです。
「ちょっと、二人がモフモフしてどーするんです」
「だって、モフモフしてみないとわからないし」
「俺もそう思った」
「学校じゃ人の嫌がる事をしちゃダメって教えないんですか!」
村長さん、頷いています。
でも、配達人、ニコニコして。
「ポンちゃんタヌキじゃん」
「叩きますよっ!」
「こわーい!」
「た・た・き・ま・す・よっ!」
わたしが配達人に怒っていると……村長さんわたしのしっぽをモフモフして、
「すごい触り心地いいのよね、ポンちゃんのしっぽ」
「ちょ、村長さん、いつの間にーっ!」
って、配達人もしれっとモフモフしています。
「大人の二人が人の嫌がることしちゃダメでしょーっ!」
って、二人ともようやくしっぽを放してくれました。
村長さんと配達人、しばらく目で会話をしてからわたしに向き直ると、
「我慢できないの?」
「モウ、二人には期待しませんっ!」
配達人には期待してなかったけど、村長さんにはがっかりです。
むー!
これは……ミコちゃん、ミコちゃんしかいません。
ほら、「お尻ペンペン」したのだってミコちゃんなんです。(4c・48話)
わたしと配達人、一緒になって職員室を出て、
「配達人さんだって、されたら嫌な事あるでしょ!」
「うーん、ポンちゃんすぐ叩くよね」
えい、ポカポカ!
「力加減してるじゃないですか!」
「たまに本気で叩くよね」
「本気で叩きましょうか?」
「こわーい」
配達人の車に乗せてもらって、パン屋さんに帰ります。
「でもでも配達人さん」
「何、ポンちゃん?」
「レッドがひねくれたら嫌でしょ?」
「むー!」
配達人、真剣に考えてくれてます。
「そうだね……俺、ちょっとそんな事、経験してるから、わかるかな」
「だったら、レッドのモフモフやめさせてください」
「我慢したら?」
「人の嫌がる事をしないのがミソなんですよ!」
「だったねー」
「でも……配達人さん、そんな経験あるんだ」
「そーなんだよ、俺もいろいろあるの」
「ふーん」
「レッドは素直に育って欲しいな~」
「今は無邪気で被害を受けているのはわたしだけだけど」
お昼、今日はお客さんさっぱりなの。
わたしとミコちゃんでおやつの準備をしている最中。
「ポンちゃん我慢できないの?」
「ミコちゃんもみんなと同じ事言ってるよ」
「だってポンちゃんのしっぽ、すごいモフモフ」
「人の嫌がる事をしちゃいけないって事なんです」
「そう……なのよね……」
ミコちゃんが出してきたのはカップのキツネうどん。
「今日はこれ?」
「ほら、お昼、ちょっと少なくしてたの、これがあるから」
「そうだったんだ~」
「でも、2つしかありませんよ」
「わたしはいいわ……ポンちゃん達で食べて」
「いいの?」
「2個しかないのよ」
わたし、コンちゃんのテーブルに持って行きます。
「おお、ポン、今日はキツネうどんかの」
「はーい、コンちゃん好きだよね」
「おあげじゃぞ、おあげ、大好物じゃ」
ちょっとレッドやみどりが帰って来ないかって思ったけど……
今日は駄菓子屋さんに買い物の日だから大丈夫……
「あ!」
レッドとみどり、帰ってきちゃいました。
なぜっ!
そんなの考えている間にも、入ってきちゃいます。
「ただいま~」
「今帰ったわよっ!」
わたし、コンちゃんの手首をつかまえます。
『な、何をするのじゃ』
『レッドとみどりが帰ってきたら、カップ麺分けないといけないんです』
『まだあるであろう、即席じゃ、お湯を入れるだけじゃ』
『2個しかないの!』
『ポンのをやればよい』
わたし、コンちゃんの手首を「ぎゅっ」!
『い、痛いではないか!』
『大人がそれでいいんですかっ!』
『ここではポンが一番先輩ではないかっ!』
『コンちゃん神さまでしょーっ!』
わたしとコンちゃんがにらみあっていると、レッドとみどりがしげしげ見ています。
「どしたの?」
「アンタたち、なにしてんのよ!」
って、レッド、もうわたしの食べる予定だったうどんを両手でロックオン。
もう、あきらめるしかないですね。
でもでも、ちょっと聞いてみましょう、気になりますよ。
「今日は駄菓子屋さんじゃなかったんですか?」
レッドはもう、食べたくてわたしの言葉なんて届いていません。
みどりが今日のお小遣い全額を見せながら、
「来週まで我慢して、お好みを食べるのよ!」
な、なるほど……
我慢して食べるとはたいしたものです。
どっかの誰かさんは、神さまをかたってツケで食べちゃうんです。
本当に神さまなんですかね、銀キツネは詐欺師かもしれません。
『ポン、おぬし、何を考えておるのじゃ』
『なんでもないですよ』
レッドがしっぽをブンブン振って、
「これ、たべてよいですか?」
「はいはい、お椀持って来るまで待っててください」
「ポンっ!」
「なに、コンちゃん、分けて食べますよ!」
「わかっておるのじゃ……でも……でも……」
瞳を潤ませるコンちゃん、なにごとですか!
「わらわ、おあげ全部もらってはダメかの」
「はいはい、おあげはあげるから」
「やったー!」
って、2つのキツネうどんを分け合って食べます。
コンちゃんはおあげがあれば満足みたいで、もう文句なんて出てきません。
レッドとみどりは仲良く半分こかと思いきや、みどりはおあげを辞退してます。
しっかりお姉さんしてるんです、えらいエライ!
コンちゃんとレッド、おあげを持ち上げて、同時に食べるの。
キツネうどんのおあげ、おいしいんですよね。
全部あげちゃったのは残念じゃないかって?
それは食べたかったですが……
二人のしあわせ顔を見れば、よかったかなって思うんですええ。
レッド、モグモグしながら考える顔。
「ポンねぇ~」
「なんです、レッド」
「キツネうろん」
「そーですね、キツネうどん」
「なぜにきつね?」
「なぜにって……」
はて、なんででしょう?
「キツネさんはおあげが好きだからですね、きっと」
「そうなんだ~」
レッドは食べかけのおあげをしげしげと見ています。
「おあげ、うまうまです」
わたし、急にひらめいたの。
「レッド、本当は違うんですよ」
「ええ、ではではなにゆえキツネうろん?」
「『うろん』じゃなくて『うどん』ですよ、おあげは何色ですか?」
「おあげはきいろ? きなこいろ?」
「キツネの色はこんなですよね」
「おお、そういわれるとそうかも」
レッド、自分の髪を触りながら、
「ぼくはけのいろあかいからレッドー!」
「レッドは普通のキツネさんよりは赤い毛ですよね」
「はいはーい」
「普通のキツネさんはおあげの色なんですよ」
「そういわれると、そんなきがします」
「むかーし昔、ある所にえらいお坊さんがいました」
「おぼうさん、それで? それで?」
「人間の姿に化けて、ツケをためる悪いキツネがいたんですよ」
うわ、コンちゃんの視線が痛い。
でも、コンちゃんが悪いと思う。
「お坊さんは、そんな悪いキツネをおあげにして、うどんの具にしちゃったんです」
「はわわ……おあげはキツネさん?」
「そうです、悪いキツネは食べられちゃうんです」
「はわわ……」
レッド、しばらくおあげを見ていたけど、結局食べちゃいました。
「ふう、うまうまでした」
「はい、お粗末さまでした」
わたしがお椀やカップを片付けていると、レッドはわたしのしっぽをモフモフ。
「ちょっ、レッド、なにやってんですかっ!」
「モフモフ」
「モフモフじゃないでしょー!」
わたし、コンちゃんに視線を送ります。
『コンちゃん、さっきおあげをあげたんだから、レッドにお説教してください』
『ポンはさっき、「ツケをためる悪いキツネ」とぬかしおった』
『は? わたし、コンちゃんとか言ってないよ』
『悪意を感じたのじゃ』
『なんでもいいから、レッドをお説教するんですよ!』
コンちゃん考える顔をしてから、
「レッド、人の嫌がる事をしてはいかんのじゃ」
「はーい」
「本当にわかったのかの?」
って、レッド、返事の割にすぐにわたしのしっぽをモフモフ。
「ちょっ! レッド、今言われたばっかりでしょ!」
「きもちいいですよね?」
「レッドが楽しいだけでしょ!」
「ポンねぇもよろこんでいます」
「怒ってるんです」
わたし、コンちゃんをにらみます。
『ポン、おぬしが我慢すればよいではないか』
『人の嫌がる事しちゃダメって強く言うんですよ!』
『めんどうじゃのう~』
コンちゃん、どうでもよさそうな顔で、
「レッド、ポンが嫌がっておる」
「いやよいやよもすきのうち?」
「ともかくやめるのじゃ」
「ざんね~ん」
「のう、レッドよ」
「なになに~」
「今、ポンが言ったであろう」
「?」
「悪いキツネはキツネうどんになってしまうのじゃ」
「……」
「キツネうどんになって食べられるのは嫌であろう?」
レッド、真剣に考え込んでいます。
でも、急にモジモジしはじめて、
「コンねぇにたべられたいです~」
か、かわいい事言ってますね。
コンちゃんあきれてわたしにテレパシー。
『もうわらわの手におえん』
レッド、コンちゃんに抱きついています。
わかりました。
わたし、レッドを捕まえます。
「コラ! レッド!」
「ふわわ」
「いいですか、人の嫌がる事をしたらキツネうどんなんです!」
「コンねぇならたべられていいかも~」
「馬鹿ですね、コンちゃんなんかに食べさせるもんですか」
「!」
「わたしが食べちゃうんです!」
「!!」
あ、レッド、真顔です。
本気で反省してるみたい……かな?
「だから、しっぽモフモフしたらダメなんですよ」
わたし、レッドを放してあげると、
「ポンねぇにたべられる……ポンねぇにたべられる……」
ぶるぶる震えながら行っちゃいました。
ダンボールで過ごす夜。
わたしはレッドをおどかしたからなんです。
あれからレッド、すごいおびえてたんですよ。
で、で、そんなレッドはわたしの隣で丸くなって寝ています。
わたしのしっぽを枕にしてスースー寝息。
レッドはわたしのしっぽをモフモフしたからなんですが……
本当に反省してるんですかね?
わたしに食べられるのが嫌なだけじゃないのかなぁ。
さっき一瞬感じた殺気はみどりやレッドじゃないですね。
「殺気」が勘違いだったんでしょうか?
いや、すごい殺気を感じたんです。
わたし、野良だったから、こーゆーのはちゃんと感じ取れるんですよ。
レッドかみどりって一瞬思ったけど違います。