第92話「偏食レッド」
「ねぇねぇ、ポン姉~」
「なんですか、レッド?」
「トレードして~」
弟分のレッドのトレード…
ここは姉らしくトレードに応じるべきですが…
「いただきま~す」
今日の朝ごはんは卵焼きに鮭の切り身にお味噌汁なの。
でもでも、レッドとみどりは特別メニュー。
鮭の代わりにハンバーグなんです。
うーん、わたしもハンバーグ、好きですね。
朝から食べれます……けど、朝はいいかな。
あれが朝に出るって事は、昼か夜、ハンバーグなんです。
わたし、モリモリ食べちゃうんです。
卵焼きに鮭は得意なメニューだから。
「ねぇねぇ、ポン姉~」
「なんですか、レッド?」
「トレードして~」
「はぁ? レッド、ハンバーグあるよね?」
「たまごやき~」
「むう……」
弟分のレッドのトレード……
ここは姉らしくトレードに応じるべきですが……
「嫌で~す」
「うえ……」
「わたしもお腹、空いてるんです」
「むう」
レッド、物欲しそうに見てますが、わたし、無視して食べちゃいます。
卵焼き、盗られる前に全部食べちゃいましたよ。
ああ、シュンとしてます。
あの顔される前に食べちゃってよかった。
レッド、わたしから店長さんに方向転換。
「てんちょー!」
「何、レッド?」
「たまごやきをトレード」
「はい、いいよ~」
店長さん、最初からあげるつもりだったみたい。
レッドのお皿に卵焼きを一切れ。
みどりのお皿にも一切れ行きました。
「てんちょー、すきすきー!」
「ふ、ふん、もらってあげるんだから!」
二人は美味しそうに卵焼きを食べてます。
よかったよかった……でも……ありません!
わたし、冷たい視線、すごい感じます。
店長さんも箸が止まっちゃいました。
いや、店長さんだけじゃないんです。
レッドとみどり以外、箸が止まってるの。
ミコちゃんの、店長さんを見つめる視線、氷のよう。
レッドはそれに気付かないみたいで、
「ではでは、やさいをおかえし」
レッド、お皿のサラダを店長さんにやろうとします。
「あ、レッド、それも食べないと大きくなれないよ」
「てんちょーはやさいきらいですかな?」
って、店長さんが野菜嫌いじゃなくて、レッドが野菜嫌いなんですよね?
レッド、野菜のやり場に困ってます。
もしかして……トレードで食べるよりは、野菜をどーかしたかったとか?
あ、レッド、わたしをじっと見て、
「では、ポン姉にプレゼント」
「え!」
「これでどらやき、おおきくな~れ」
って、レッドの言葉にコンちゃん・シロちゃん笑ってます。
たまおちゃんもクスクスしてますね。
レッド、わたしの前に皿を置くと、
「ごちそーさまー!」
ああ、逃げちゃいました。
手の付けられてない千切りキャベツ。
しょうがないですね、わたしが食べるしか。
って、一口食べようとしたら、こわい目でミコちゃん、わたしを見てます。
「え、えっと、ミコちゃん、わたし、怒られないとダメ?」
「ポンちゃんも店長さんも、わかってるわよね?」
「わ、わたし、トレードしてないもんっ!」
「お、俺もあげただけでさ……」
って、ミコちゃん、への字口で店長さんを見ながら、
「店長さんもトレードしちゃうから、きっかけなんだけど……」
およ、ミコちゃんわたしを見て、
「野菜、受け取っちゃダメでしょ!」
「えー! 受け取ってなーい! 押しつけられただけー!」
いきなりコンちゃん、割り込んできます。
「うむ、ポンが悪い」
「え、コンちゃん、何をいきなりっ!」
「ポンが悪いと言っておるのじゃ」
「ど、どーして!」
「おぬしのどら焼きが治らぬ限り、野菜はおぬしに渡るのじゃ」
「ちょっ! それってどーゆー意味っ!」
「そーゆー意味なのじゃ!」
わ、わたしだって好きでどら焼き級やってるわけじゃないのにっ!
もう、みんな笑ってます。
くやしいですっ!
「そんな事があったんですよ」
「へぇ、そんな事が……」
今は学校、給食前。
わたしはパンの配達と給食お呼ばれで来たところです。
職員室で村長さんとお茶をしながら、教室からお呼びがかかるのを待っているところなの。
「レッドちゃんがねぇ」
「そうなんですよ、学校の教育がよくないんです」
「あら、ポンちゃんも言うわね」
「レッド、学校ではどうです?」
「……」
村長さん、考え込んでます。
でも、すぐにわたしを見て、
「うーん、トレードとかしてないと思うけど」
「本当ですか? ちゃんと見てますか?」
「給食でトレードとかないわよ、うん」
「あの仔キツネめ、学校ではいい子でいるんですねっ!」
「まぁ、子供は野菜嫌いかしらね」
って、職員室のドアが開いて、配達人が登場です。
「あ、村長さん、ポンちゃん、給食準備できたそーです」
「配達人さんもお呼ばれですか?」
「うん、老人ホームに配達ついでに、ね」
わたし達三人で教室へ。
もう給食は並べられて、わたし達が座ると、黒板の所で千代ちゃんとみどりが、
「いただきまーす」
「いっただきまーす!」
みんなも続きます。
わたし、早速先割れスプーンを手にしましたが、
『ポンちゃんっ!』
『うわ、村長さん、なんですか、テレパシーで!』
『食べながらでいいから、ちゃんと見るのよっ!』
『?』
ちらっと村長さんを見ると、村長さんの視線の先にはレッドです。
レッドの席のある島は動物村ですね、レッドにみどりにポン太にポン吉。
人間は千代ちゃんくらい。
食べてるたべてる……本当、レッド、学校じゃちゃんと食べてます。
『村長さん、でも……』
『何、ポンちゃん!』
『今、気付きました……給食少な~い』
『え?』
『家で食べるより、断然少ないです、給食って』
『そ、そう……おかわりはしていいんだけど』
って、レッド、あっという間に食べちゃうと、
「ごちそうさま~」
お、終わりです、おかわりなし?
しっぽをブンブン振って隣のポン吉をゆすってます。
「は~や~く~! ドッチー!」
わたしの隣で村長さんため息ついて、
『レッドちゃん、お昼前におにぎり食べるのよね』
『あー!』
わたしも納得です。
「あの……村長さんもポンちゃんもどうしたんです?」
配達人が割り込んできました。
『配達人さん、いいですかっ!』
『おお、何事?』
『レッドは野菜が嫌いなんです』
『え? それが?』
『なに、キョトンとしてるんですかっ!』
『子供だから普通じゃ?』
ふふ……配達人、わたしの隣に座ってるのを忘れてます。
思いっきり肘鉄です。
あ、目尻に涙、浮かべてますよ。
『い、痛い……』
『レッドが野菜を残すと、わたしが怒られるんですよっ!』
『そんな事言われても……何で俺、肘鉄食らうの?』
『子供でも野菜を食べないと大きくなれないんですよっ!』
『だってレッド子供だし』
『子供だとどーなんですかっ!』
『普通お肉好きで野菜嫌い』
『食べてもらわないと困るんですっ!』
『それにキツネだし』
それ、もう一発肘鉄です。
クリティカルヒット!
すごい「いい感触」でした。
ああ、配達人の手から先割れスプーンがこぼれ落ちます。
効いてますねぇ。
『ポンちゃん痛いっ!』
『痛くしてるんですっ!』
って、ひそひそ話をしていたら、目の前に千代ちゃん。
じっとわたし達を見ています。
あ、村長さんは逃げちゃいました。
わたしと配達人は見つめられて愛想笑いするばかり。
ジト目の千代ちゃんが、
「あやしい……」
うわ、明後日の方向に誤解されてるの!
わたし、こんな目の細い男、好みじゃなーいっ!
「ちょ、千代ちゃん、ちがって!」
「千代ちゃん……ちょっといい?」
って、配達人、真面目な顔で言いだします。
千代ちゃんの耳元に口を寄せてゴニョゴニョ言ってます。
目をパチクリさせた千代ちゃん、わたしに向かって、
「ポンちゃんはレッドちゃんに野菜を食べさせたいんだ」
「千代ちゃん、わかってくれましたか」
「レッドちゃん、学校じゃ食べてるけど……」
「家じゃ食べないんですよ」
配達人、千代ちゃんの肩を引き寄せて、
「そんなわけで、俺と千代ちゃんで応援するよ~」
「え?」
きっと配達人と千代ちゃんで何かやってくれるんでしょう。
でもでも、どーなんでしょ?
いつもうまく逃げているレッドに、野菜を食べさせられるのかな?
今日の夕飯、配達人と千代ちゃんも一緒です。
『店長さん店長さん』
『何、ポンちゃん?』
『配達人さんと千代ちゃんがレッドに野菜を食べさせるそーです』
『ふうん』
『どうすると思います?』
店長さんから返事なし。
考えてるみたい。
『店長さん、今日ですね……』
『うん?』
『学校の給食でいろいろ話したんです』
『ふうん、村長さんと?』
『ですね、あと、配達人さんとも』
『で?』
『レッド、子供だから野菜嫌いって……キツネだし』
『まぁ……俺も子供の頃はそうだったしね』
『野菜嫌いでも仕方ないんでしょうか?』
『俺はちょっとだけ、そう思ってるかな』
『?』
『大人になったら、なんとなく食べれるようになるよ』
『むー、わたしは大人じゃないかも』
『設定じゃ中学生だよね』
『そんなんじゃなくて、野菜そんなにおいしいです?』
『?』
『ドレッシングの味しかしませんよ』
『ふふふ』
わたしも店長さんも、配達人と千代ちゃんを見守ります。
二人はレッドを挟むように座ってるの。
お、早速レッド、配達人のハンバーグを見ながら、
「はいたつにんさん、トレード」
「嫌!」
「え~」
「レッドは野菜、食べないんだよね」
って、トレード前から配達人、野菜を取っちゃいます。
「いただきま~す」
配達人、パクパク食べちゃいます。
ミコちゃん、すごい剣幕。
でもでも、配達人、すごいおいしそうに食べちゃうの。
ミコちゃんもそれを見たらこわい顔がちょっとゆるみます。
「そうなんだ、私も貰ってあげるね」
千代ちゃんもレッドの野菜を持ってっちゃいました。
レッドのお皿にはハンバーグだけが残ってます。
「レッド、サンキュ」
「レッドちゃん、ありがとう」
配達人と千代ちゃんが言うのに、レッドも微笑んで返してます。
でも……なにか不満そう。
配達人と千代ちゃん、おいしそうに野菜を食べ続け。
レッド、それをじっと見てます。
ああ、なんか不満そう。
で、もう朝なんです。朝食。
昨日は配達人と千代ちゃん、お泊りでした。
一緒に朝食のテーブルを囲んでいるんですが……
配達人と千代ちゃん、すぐさま箸が動きます。
「レッド、野菜いらないよね、俺が食べるよ」
「レッドちゃん、食べてあげるね」
「むー!」
って、レッド、お皿を手でガード。
「お……レッド野菜食べないじゃん、俺が食べるよ」
「遠慮しないでいいよ、食べてあげるから」
二人、ニコニコして箸を待機してます。
レッド、ツンとして、
「ちゃんとたべれるもん」
「無理しないでもいいぜ、俺が食べちゃうから」
配達人が笑顔で言います。
レッドはほっぺを膨らませて、
「たべるゆえ」
「無理してる~」
「むりしてないゆえ」
「本当かなぁ」
レッド、マヨネーズたっぷりで食べ始めます。
「しゃきしゃきしてて、うまうまです」
「ちぇっ……俺、野菜食べたかったな~」
「はいたつにんにはあげませぬ」
「ケチー」
「ふふふ」
レッドと配達人、笑ってます。
『はわわ、レッド、野菜食べるようになりましたね』
『配達人さん、うまいわね』
『ミコちゃんもびっくり?』
『食べさせるんじゃなくて、食べたくなるようにしたのね』
『ですね……配達人は、なんだか子供馴れしてますよね』
ミコちゃん、ちょっと考えてから、
「あの、配達人さん」
「?」
「配達人さんって、若いから結婚してないと思っていたけど……」
「結婚? してないですよ~」
「でも、子供の扱い、慣れてるわよね?」
「妹みたいなのがいるからじゃないですかね」
だそーです。
「俺、家じゃ、食べられる物は先にどんどん食べないと無くなっちゃうから」
「はぁ……」
わたしがキョトンとしていると、電光石火で配達人の箸が動きます。
お皿のメザシ、あっという間に盗られちゃいました!
「あーっ! 盗ったーっ!」
「まだあるじゃん……家なら一瞬で3匹は盗られちゃう」
「ど、どんな家庭ですかっ!」
「弱肉強食な家庭かなぁ」
もうメザシを盗られないように、さっさと食べちゃいましょう。
むー、何か盗り返したいところですが、配達人のお皿には何も残ってないです。
って、レッドがわたしをじっと見てます。
「ポン姉~」
「なんですか?」
「プレゼント」
って、サラダを少しプレゼントされました。
「あれ、食べるんじゃなかったんですか?」
「うん……でも、プレゼント」
むむ……野菜嫌いは治ってないのか?
レッド、ポツリと、
「やさいは『どらやき』、おおきくするゆえ」
みんな、わたしから目を逸らします。
ってか、顔を背けて、肩を震わせて、笑いを堪えてます。
「レッド……ありがとう……」
わたし、野菜を食べます。
マヨネーズかかってるはずなのに、なんて苦いんでしょう。
「ねぇ、レッド、最初のと後の、どっちがおいしい?」
「さいしょですね~」
「みどりは?」
「1個目ね」
ミコちゃんを見たら、目尻に涙を浮かべて、壊れた笑みを浮かべてます。