表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔王のいる世界に関する20のメモ

作者: アヤリョウ

 まず異世界があった。


1.異世界所感


 わたしにとって第一の不幸は現世に生まれついたことであり、第二の不幸はこの異世界に流れ着いたことである。

 自動的に語り出しはこうなる。

「これは不幸な男の物語である」

 不幸によいところがあるとすれば、本人がそうだと主張すれば周囲からの同情を得られることにある。それが新たな不幸を招くこともあるし、そうでないこともある。

 できればあなたにわたしの不幸が伝わればよいと思う。そしてそれが、新たな不幸を招かないことを祈る。

 とにもかくにも、わたしは今ここで、この地で、不幸のただなかにある。 

 わたしは異世界をさすらう旅人である。

 わたしは、故郷の世界では、おもに人の頭を大きめの石でぶん殴るようなことを生業としていた。時には手頃な棒であったり刃物であったり、つまみを引くと鉛が飛ぶような道具でもあった。とにかく人をひっぱたくような仕事に習熟していたおかげで、この異世界で魔物の相手をするにもさほど難儀しなかった。

 勤め先である暴力所帯の出入り業務のさなか、不覚にも昏倒したらしく、目覚めて以来この地をさまよっている。

 旅人となって思い出した言葉がある。

  月日は百代(はくたい)過客(かかく)にして、行きかふ年も又旅人也

 かつて、わたしの故郷の世界にいたという俳人のものだ。なるほど歳月も旅人であろう。

 ところでここは異世界なのであるから、わたしの故郷とは月も日も運行は違ってしかるべきだと思うのだが、どうやらそういうことはないのである。これには驚いた。日は二十四時間でめぐり月は三十日で満ちる。一秒は一秒で、空気は空気で、必須アミノ酸にも事欠かない。

 ここでひとつ、砂浜に打ち捨てられた巨像なり荒廃した地下道なりを発見すれば、したり、我が故郷の未来の姿だということになりそうなものだが、さすがにそれは見当たらなかった。異世界なのである。間違いなく。犬も猫もいる。そもそも人間が住んでいる。なぜだろう。だがしかし、異世界なのである。

 特に、言語が通ずるという点において、この地を異世界だとする認識が遅れたのは当然の成り行きである。

 股間に石鹸をあてがい「カイメン、活性」と叫ぶというわたしの鉄板冗句(じょうく)が、農奴に教父、果ては王侯貴族にさえ受けが良かったのは、言語が通じることはもとより文化レベルに大した差がないことの証左と言えよう。いくらかご婦人の顰蹙(ひんしゅく)は買ったが。


2.旅立ち


 重要ごとを思いつきで語るのはよろしくない。順を追って話すべきであろう。

 異世界らしさとの最初の出会いは、魔物であった。

 異世界に流れ着いたわたしは早速、爪と牙を持つものに襲われた。命からがら逃げ延びた村落で、めぐり会った第一村人はこう言った。

「あんたそりゃ、魔物だんべ」

 戸惑うわたしはいやあれは大きめの動物であろうと主張したが、村人は頑として譲らない。あれは魔物であると。

 では魔物とそうでないものとはどう区別するのかと問えば、襲ってくるのが魔物、そうでないのが動物とのことだった。サメやヒグマが魔物だとは知らなかった。わたしはひとつ賢くなった。

 次に気づいた異世界らしさは地図であった。先の村人は親切にもわたしに地図をくれた。わたしがここはどこだ、なぜ魔物がいるのだと延々しつこく問うたせいであろう。王都のお役所か寺院か、癲狂院(てんきょういん)(おと)なうよう言い含められたのである。

 わたしの知る地図とは、国土地理院によって定められた書籍であったり、大地を巡る人工の月などが撮影した写真であったので、羊皮紙に色味の悪いインクで表された地図は、母にお使いに行かされた際のメモ書きを思い出させた。はじめてのおつかい、ただし異世界にて。

 それにしても、稚拙な測量技術の粋たる地図を片手に魔の物はびこる土地をうろつくのは、万人にとって避けたい旅程であろう。ベアナックルでベアに立ち向かうのは度胸ではなく無分別である。

 そのようなわたしの主張に対し、村人はまたしても有益な情報をくれた。村の武器屋で武器を買えというのである。餅は餅屋。武器は武器屋。それはわかるが、武器屋とは密輸船の隠語ではないかと思いつくのはわたしが暮らした世界の事情ゆえか。親切な村人はたいへん面倒くさそうに、いぶかるわたしを武器屋へと案内した。

 新たな異世界らしさが待ち構えていた。

 石と木でできた店構えの素朴さ。それはいい。店の主人による丁稚(でっち)への人でなしな態度。それもいい。もっとも安価なヤッパを手に、村人が支払ってくれる銀貨。ありがたいがそれもいい。

 気になったのは経済観念である。

 このような古風な佇まいの店舗を営業する主人に、株式や先物取引という概念はあるのだろうか。おそらくあるまい。ならば王都とやらで一山当ててみるのはたやすい気がする。村人は武器代は立て替えておくので二割乗せて返すようにと言った。利息という概念はあるらしい。ねずみ講はあるだろうか。

 大根も切れぬであろうなまくらを鞘に納め、わたしは王都へ向かった。


3.心的外傷


 道中の悲惨は割愛する。遠吠えに怯え、引っ掻き傷と噛み傷を頂戴し、畜生ごときの姦計に()められ、人間の尊厳について深い洞察を得た程度である。


4.神話と王


 王都に到着したわたしが足を向けたのは、お役所でも寺院でももちろん癲狂院でもなく、この異世界の地について調べられそうな王立図書館であった。

 王都。王立。

 君主制の国に生まれついたので、政治には疎いわたしも王制という点については馴染みが深い。

 図書館。図書室。

 学生であった時分にはついぞ縁のない空間であったが、まずは情報収集からという考えは、われながら冴えていると言えよう。その前に一杯ひっかけてはきたのだが。

 始めに手に取ったのは、この国に住む人々の信仰を記した教典である。酒場で飲んだくれていた教父に訊く手もあったが、飲んだくれている以上あまり役には立つまいと判断した。逆に、あまり真面目な人物に説教されるはめになるのも御免である。

 建国の神話にはこうあった。

「世界がまだどろどろとした渾沌(こんとん)の中にあったころ、ネコはクマムシを生み、クマムシは人間を生み、人間はマグロを生み、マグロはトンビを生み、トンビはタカを生み、タカは魔物を生み、魔物はエリアマネージャーを生み、エリアマネージャーは人々の不興を買っていた。これは明らかになにかが間違っており、天上のどこかにおわすという神は自分の仕事をさぼっているにちがいないと目されていた。

 ある時、一粒のイクラがこのようないい加減な仕組みはたいへんけしからんと声高に主張した。イクラはひととおり天のいかづちに打たれたのち、軍艦巻きとなって皿に乗せられ、神によって一息に平らげられた。

 茶で流し込まれたイクラは神のげっぷと成り果てたが、神はイクラの訴えをしりぞけることなく、この世を秩序立ったものに創りかえることを決意した。イクラ以外からも不満が続出し、女房に逃げられる寸前だったからである。

 神は、人が人を生み、魔物が魔物を生む世界であれと命じた。そして、そのようになった。

 かくして接点をなくした人と魔物は地上の覇権をかけて相争うようになったのである」云々。

 このようにパンチの効いた神話を記すには相応のアルコールを要するだろうが、信ずるにも上質のコカインが必須であろう。

 さしあたり、人と魔物が争っていることは理解できた。十分な情報と言える。なぜなら王都を目指しているときすでに、重要な事実に気づいていたからである。

 わたしは魔物を仕留めて路銀を手に入れていたのだ。

 小さな魔物は小さな貨幣を、大きな魔物は大きめの貨幣を収集しているようなのである。今のところは大きな魔物のほうは確かめそこなっているが。

 魔物は人を襲う。人は魔物を(たお)す。この世界ではこれらの争いが経済を動かしているのであろう。そしてわたしは先物取引よりは暴力活動のほうが専門である。

 大物を刺すべきだ。そう思った。そう思ったところで可笑しくなった。魔物を刺すぶんには豚箱に入れられる懸念もあるまい。気が楽になったところで肝心の魔物についての書籍を探すことにした。題には『魔王』とある。

 魔王。

 魔物も王制を敷いているらしい。まちがいなく大物であろうが、とかく王様の好きな土地柄だ。魔の者にも国があるのなら、人と魔物の戦争における手続きはどうなっているのだろうか。魔王陛下による開戦の詔勅(しょうちょく)。魔界の興廃この一戦にあり。魔名魔璽(まめいまじ)。魔音放送。魔人間宣言。象徴魔王。魔王一族が魔王城のバルコニーから手を振り、魔物の群れは魔ん丸模様の旗を熱心に振りつづける……。

 いや待て、阿呆な想像を膨らませている場合ではない。もし魔王の治める国に警察組織があるとしたら、魔物を蹴散らしながら王都に辿り着いたわたしはすでに同胞殺しのお尋ね者ではないのか。魔物殺しの重要参考人。前科三犯。魔界全土に指名手配。別件をでっち上げてでも執り行われる事情聴取……。

 洒落の通じない魔界の官憲から手酷く扱われ、革命裁判所より短気な裁判で首を刎ねられる図が浮かぶ。異世界とはいえ人の世の豚箱のほうがよほど丁重であるに相違ない。やはり取り組むべきはねずみ講か先物詐欺か。おれおれ詐欺は電話がなければ難しい。

 書籍にざっと目を通すが魔界警察の項目はなかった。わたしはより詳しく魔の国を知るべきであると判断し、本をふところに忍ばせ、投宿先を求めて図書館を後にした。

 異邦人が黙って本を持ち出せるのであるから、やはりこの世界の文化や民度はなかなかのものである。未だ督促も来ない。


5.魔法


 旅籠(はたご)でわたしは仲間を得た。十歳そこらの小娘だ。聞けば家出だという。

 王都に参勤した地方領主の、見目麗しい従僕に懸想(けそう)し、寝ても覚めても従僕のことばかり思い出す日が続くという。かくなるうえはその地方領主の城砦を目指すしかなく、腕っ節の強そうな者に声をかけている、とかなんとか。

 この年頃の娘を好き者に手引きするような業務に携わっていた経験から、なんとはなしに値踏みするが、せいぜいが自分自身の生活費を(まかな)えるかどうか。容姿より年齢を重んじる客しか付くまい。

 つまり用心棒代も払えないであろうと踏み(用心棒のような仕事もわたしの守備範囲であることは言うまでもない)、語気を強めて断ったが、小娘は自分には魔法が使えるため役に立つと反駁するのである。

 魔法。またしても異世界らしさが現れた。

 魔法とはなんぞやと問えば、魔の法であるという。では魔ではない法とはなんぞやと問えば、ただの法であるという。科学ではないらしい。ではでは、ただの法と魔の法の違いとははなんぞやと問えば、ただの法とは、カエルがカエルを生む法であり、魔の法とは、マグロがトンビを生みトンビがタカを生む法であるというのである。

 わたしの魔法への理解はまるで進まなかったが、興味はそそられた。くだんの城砦は魔王の根城に対する前線基地であることも判明した。わたしは二部屋分の宿泊費用を亭主に支払うことにした。

 魔法というのが取るに足らぬ与太であった場合、このような小娘は酒場で飲んだくれている教父にでも売りつければよい。経験上、ある種の知識層には、その筋の好き者が多い。そのように思案しながら、書籍『魔王』によだれを垂らし眠りについた。


6.ハンバート・ハンバート死すべし


 あくる日、二人連れとなったわれわれは王都の城門を抜け、地方領主の城砦を目指した。小娘は街道を意気揚々と進む。想い人を尋ねる旅路に浮かれているのであろう。

 わたしは王都への道のりで魔物に負わされた心的外傷により、なかなか歩みが捗らなかった。街道にある人影がわれわれ二人分だけと思うと気が気でなく、川のせせらぎに怯え、木々のざわめきに涙した。いざという場面では先を行く小娘を囮にいつでも逃げ出す算段であった。小娘はまるく肥えているので、魔物の眼にはわたしよりは美味に見える気がする。

 小娘が振り向きわたしの歩みの遅さを(なじ)ったまさにそのとき、嘴と翼と鉤爪のアンハッピー三点セットを備えた魔物が羽ばたきとともに現れた。誠に遺憾ながらわたしの眼前にである。なまくらを抜く機を逸し、逃げ出すいとまもなく、わたしは恐慌に陥った。馬ほどもある怪鳥が甲高くいななく。張り合うつもりのないわたしも野太く叫ぶ。

 そしてわたしは魔法の顕現を見る。

 初潮も迎えているかあやしい小娘がたやすく魔物を焼き殺したのである。

 この異世界において、小児性愛の異常者はことを起こす前に消し炭となるであろう。


7.異世界の公務員


 かくして小兵(こひょう)の用心棒を得たわたしは、王都への道行きよりはやや少なめの心的外傷を得るのみで、前線基地たる城砦に到着したのである。小娘よ、あれが城砦の灯だ、との軽口に応答はなかった。

 小娘は道中、襲い来る魔物を次々と焚きつけにし、わたしの戦闘能力にひとくさり不平を述べたあと、口を利いてくれなくなった。反抗期とか小六病とか、年頃の娘は難しいと世の父兄を悩ませるあれであろう。貴重な戦力を無碍に扱うことはないと考え、咎めるようなことはしなかった。理解ある大人の振る舞いである。

 さて、ようやく辿り着いた城砦だが、門番はお役所仕事の権化であった。もっとも、元の世界ではまず見ない、鎧兜に長槍スタイルの役人である。

「通行証を出せ」

「そのようなものはない」

「では通せぬ」

「通せぬのはなぜだ」

「通行証がないからである」

「通行証がない者を通せないのはなぜだ」

「通行証のない者を通すとわたしに累が及ぶからである」

「累が及ぶのはなぜだ」

「通行証がないからである」

「それはちがう、通行証がないこととあなたに累が及ぶことに直接の関係はない」

「たしかに」

「では通せ」

「関係はなくとも通せぬのである」

「累は及ばぬのになぜだ」

「通行証がないからである」

「では仮に、通行証だけがこの門に現れたとしよう」

「現れたとする」

「あなたは通すか」

「通行証があるのだから通すだろう」

「ならばあなたは咎めを受けることになる」

「なぜだ」

「あなたの仕事は人間の行き来を管理することであって、人を伴わない通行証のみの出入りを看過するのなら、あなたは人間の行き来を管理することを怠ったことになるからである」

「たしかに」

「つまりわたしが今、あなたの管理下で門をくぐるのなら、通行証の有無とは無関係に、あなたは仕事を為したことになる」

「累は及ばぬか」

「累が及ばぬのはさきほど説明した」

「なるほど」

「では通せ」

「通行証がなければ通せぬ」

 このようなやり取りを三時間ほど繰り返し、番兵の交代時間となった。交代した番兵はまだお役所仕事に熟達していなかったようで、さらに小一時間ほどを費やしたところでわたしたちは門をくぐることに成功した。


8.計画


 この時点でおおむね方針は固まっていた。わたしのこれからの身の振り方についてである。

 一段階目。城砦の中で小娘の想い人を探し、篭絡(ろうらく)する(場合によっては肉体言語を用いる)。 

 二段階目。従僕を通じてその主人からある程度の資金を引っ張る(正当と思われるような事情をあらかじめでっち上げる)。

 三段階目。資金を用いてわたしが詐欺業を、小娘が魔物の討伐業を営む(金は使うためではなく増やすためにある)。

 最終段階。わたしは元の世界に帰還するため、魔王に談判する。

 書籍『魔王』によれば、異世界との行き来という現象は稀によくあり、それは魔王の強力無比な魔力に起因するという。談判によって、大きな力には大きな責任が伴うという人の世でよく聞く話を、なんとか魔王に納得してもらえばよい。責任感に目覚めどこに出しても恥ずかしくない立派な大人となった魔王によって、わたしは異世界を後にすることができる。

 談判にもっていくため、魔王を打ち負かすか取り入るかの方法を探らねばならぬ。そのためには潤沢な資金と人手が必要であろう。古の勇者のごとく悪の元締めの根拠地に単身突貫するなど愚の骨頂、わたしは堅実な男なのだ。


9.計画の危機


 計画は第一段階から失敗した。

 成り行きはこうである。

 わたしはまず城の侍女たちに金を握らせ密偵に仕立て上げようと試みたが、丁重にお断りされた。見目麗しい従僕との面会だけでも取り次いでもらえぬかと懇願すれば、その理由を問われたので包み隠さず告げると、侍女は声をひそめほくそ笑み、重大な情報をもたらした。

 麗しの君は主人と衆道の関係にあり、端女どもはもちろん貴人の娘たちにさえ目もくれぬという。

 侍女が去ると、小娘は泣きはらし、なだめるわたしをあやうく消し炭にするところであった。

 わたしは小娘にわたしの世界の話を聞かせた。衆道関係を見物することに価値を見出す淑女たちの話である。小娘もそうあればよい。その淑女たちは毎日が楽しそうであり、この異世界でもそのような生き方はおそらく可能である。現にさきほどの侍女にもその傾向が見られたではないか。わたしにはわかる。

 小娘は泣きはらし、なだめるわたしをあやうく消し炭にするところであった。

 続けて小娘はわたしを非難した。ひとつ、わたしはでくのぼうである。ひとつ、わたしは侍女に勝手に小娘の想いを打ち明けるべきではなかった。ひとつ、小娘はわたしのことが大嫌いである。

 狼狽したわたしは小娘に計画の全貌を明かした。第一段階でのつまづきは痛恨だが、まだ挽回可能であり、是非とも最終段階までお付き合い願いたい。これは重要な計画であり、お互いの幸福に寄与する。なんならわたしが小娘の連れ合いになってやってもよろしい。小娘はわたしの好みからは程遠いうえ年齢も身長も足りぬが、そこらへんは愛の力と堅牢な意思で埋めるにやぶさかでない。

 小娘は泣きはらし、わたしだけでなく、お役所仕事に未熟な門番までもあやうく焼き尽くす勢いでこの地を去って行った。


10.計画変更


 組の最大戦力を失った落胆により、わたしはひとしきり酒場で暴れた。つまみ出され路上で眠り込み覚醒するや、計画の二段階目、資本金の調達に取り掛かることにした。第一段階は主に最大戦力の保持に目的があったので、それが失われた以上、もはや第一段階に心を(わずら)わせる必要はないと思い至ったからである。

 資本金。わたしはこの土地に、いやこの異世界のいずこにも伝手(つて)はないが、ここは手当たりしだいに挑むべきであろう。見れば城砦には貴人の出入りもあるようだ。将軍と思しき、兵を引き連れた人物も見かけた。

 たとえば、あなたははだしで暮らす土地の民に靴を売りにゆく話をご存知だろうか。これを商機と見るのがちがいの分かる男というやつである。つまり一攫千金の機会は今、目の前にあるとわたしは判断した。

 まずは通りがかった髭の紳士に声をかけてみることにした。これが名のある人士でなければなんなんだという、ギンギラギンにさりげないいでたちの御仁である。

 そこにあらせられるかたにお話がある。わたしは資本の調達を企図する身であり、あなたは資本を貸し与えることのできる人物であると見受ける。ここに耳寄りな話がある。是非ともわたしに資本を貸し与え、その富を増やすとよい。富が増えたならさらなる資本を投入し、さらなる巨万の富を生むことができる。わたしはその方策を熟知する者である。具体的にはまずあなたを親とし、わたしを子とする。わたしは資本によって壺を作り、わたしの子となる二十人を見繕って壺を売りつける。売りつけられた子はさらに二十人の子に壺を売る。これを延々繰り返す。親は子の上がりを掠めることにより、最初の二十人さえ都合できれば、黙っていてもふところがあたたまる仕組みになっている。新たな子がさらに新たな子を求めてゆけば系図はますます広がり、曾孫が曾孫を増やし玄孫が玄孫を増やすころには世界の富はだいたいあなたのものとなる。残りはだいたいわたしのものとなる。

 概ねこのような口上を述べると、髭の紳士は数瞬置いてわたしの身なりと酒の臭いを指摘し、わたしを悪漢、主張はぺてんであると決めつけた。

 路上で眠りこけていた分際で言うのもおかしいが、これには自尊心が傷ついた。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。人さまの真摯な訴えを身なりで判断し(しりぞ)けるのはいかがなものか。

 腹を立てたわたしはジャブ、ジャブ、フック、ロー、片足タックルからのハーフマウントでパウンド、パウンド、パウンド、動かなくなった紳士を小路に引き込み、その衣服を奪った。これによって身なりの問題は解決した。

 ねずみ講はある程度の人口がなければ成立せぬことを勘案し、まだ収穫の済んでいない作物に関する取り引きを持ちかけることにしようと、貴人の出入りするサロンを探し出し、はしごすることにした。


11.計画の顛末(てんまつ)


 結果として、わたしは人の世の豚箱に入れられることに相成った。人権意識の希薄なこの土地の豚箱は昼暑く夜寒いという不親切設計であり、重量級の手枷足枷(てかせあしかせ)は、人を悲しい気分にさせる力を四六時中も四方八方に放っていた。これは弁護士を呼ぶべきであると思い立ち、牢屋と法律家(ロウヤー)を掛けた初歩的な冗句を用いたが、牢番に怒鳴り返されるだけであった。そもそもこの異世界には弁護士という職が存在しないような気もする。

 じめじめした土牢にしたたる水滴の数などを数えて暮らし、どのくらいたったろうか。転機が訪れた。

 無骨な牢番と比べれば小役人であることが一目瞭然の男が鉄格子の向こうに立っているのである。男が言うことには、これから城砦に駐屯したわが軍は魔王城に殴りこみをかけるところであるが、その兵力が心許ない。ひいては、兵員を臨時徴募する。前科者や受刑者であろうともその対象であって、これはこの前線基地の維持、並びに王国の存亡にかかわる問題なので有無は言わせない。

 強制であるのなら否も応もないとわたしは思った。囚われの身でなくなるというのならなおさらである。

 男は紙切れをわたしに寄越し署名を求めた。紙切れは赤味がかった色をしていた。


12.作戦


 作戦は単純なものであった。わたしを含む雑軍以下の即席部隊が、魔王城の正門大手に突撃をかまし、正規軍は(から)め手より突入、魔王を討ち果たすというものだ。単純にすぎる気もするが、それよりなにより、陽動部隊は、まあ、おおぜい死ぬであろう。死ぬのはいやなのでみな逃げる。逃げれば陽動は失敗し、搦め手にまわった正規軍は潰走(かいそう)、人間側は城砦を放棄し、魔王軍に大きく国土を奪われることになる。

 司令部は予想されるそのような事態を防ぐため、ひとつの工夫を凝らした。

 まずわたしたち元囚人部隊員は、その全員が手枷足枷のまま刺青(いれずみ)を入れられたのである。彫り物自体は元の世界にいたときにいずれ入れようと思っていたのでどうとも思わなかったのだが、痛くて泣きそうである。いや問題は痛さなどではない。わたしの刺青は右肩にちいさなイヌであった。隣の者は太ももにミツバチ、その隣の者は足の裏にウナギであった。これも気になるが問題ではない。

 彫り師の気まぐれとしか思えぬ図版の刺青を、彫り師の気まぐれとしか思えぬ箇所に入れられた元囚人たちは、兵舎前に整列させられた。そこでわれわれの部隊の指揮官となる男が、壇上から秘密を明かした。

「わたしの手を見よ、ここに護符がある。これは魔法の護符である。魔法とはマグロがトンビを生みトンビがタカを生む法である。諸君らの戦場での働きがあまりはかばかしくないとわたしが判断したとき、わたしはこの護符に向かって念じることで、諸君らの健康にただちに影響を及ぼすことができる。さきほどの刺青は諸君らがわたしの部下であるしるしであると同時に、魔法の染料が血管に浸透して全身をめぐっているのだが、その魔法の染料はこの護符の管理下にあるのである。これで諸君らの位置は手に取るように分かるし、諸君らの働きぶりも筒抜けとなるのである」

 ひとりの元囚人が進み出てなぜ説明もなしにそのような勝手なことをしたのかと不平を述べると、指揮官は待ってましたとばかりに護符を握り念じることで、その元囚人を爆殺してみせた。兵舎前の広場は恐怖と驚愕の叫びと血飛沫(しぶき)で満ちたが、壇上の指揮官が口許に人差し指を当て微動だにしないのをみとめると、みな静まった。静まったところで指揮官は話を続けた。

「見よ、この者の健康に害があった。慈悲深き国王陛下の臣あるところのわたしとしては、命令違反者を除いてこの魔法を行使するつもりはない。諸君らは軍規をよく把握し、違反なきよう心がけるとよい。わたしは諸君らの性向をよく心得ているので、複雑な指令をもって特別な意地悪をするつもりなどはない。安心して決戦に臨むとよい。諸君らの働きに期待する」

 敵を打破する工夫よりも味方をがんじがらめにする工夫に注力するのは、人間の悪癖のひとつであると言えよう。右肩のイヌが笑っていた。


13.開戦前夜


 指揮官が下がると安堵の空気が流れ、われわれの直接の上官となる将校が話を引き継いだ。

 雑軍以下とは言え魔王側に陽動であることを悟られてはまずいため、陽動部隊用として統一した軍装が支給されることになった。親切な村人に贈呈されたなまくらと大差ないヤッパに、穂先のない長槍、鍋のかたちがそっくり残った兜。囚人服の上からは、遠目には鎖帷子(くさりかたびら)と見えなくもないような上着を羽織らされた。

 同僚となった元囚人のひとりがこれはあんまりであると申し立てると、お上にも予算の都合、物資の都合があるとの返答があった。同僚は返答だけでなく、棍棒による打擲(ちょうちゃく)も頂戴した。わたしが穂先だけでもどうにかならぬかと申し立てると、各自、手頃な刃物を柄に取り付けるぶんには構わぬとのお達しがあった。わたしも同僚と同じく、棍棒による打擲を頂戴した。

 わたしは以前使っていたほうのなまくらを縄でくくりつけることにした。支給されたヤッパを取り付けた者は、それでは接近戦になったときどうするのだと、やはり棍棒による打擲を頂戴した。厨房から包丁をくすねて穂先にしようと試みた者は、包丁の出所を問われ、答える間もなく棍棒による打擲を頂戴した。

 いかに横暴な士官に粗雑に扱われようとも、久々に寝台にありつき手枷足枷のない眠りを約束された者たちの兵舎は、明るく楽観的な空気に満ちていた。すみやかに寝息をたてる者、骨牌(かるた)遊びを始める者、犯罪活動の仲間を募る者、このいくさが終わったら祝言(しゅうげん)を挙げる旨を宣言する者、揉め事を起こしまたしても打擲を頂戴する者。

 わが軍の兵員は魔王軍の二倍程度であるというが本当は三分の一程度であると触れ回った者は、念の()った打擲を頂戴していた。またある者は、一匹の魔物に対し勝ちを収めるには平均で三人の兵士を要し、これは魔物を専門に研究する教父に教わったのでまちがいなく、仮にこちらの兵数が三分の一ならば敵は実質九倍の戦力であると主張したが、その者の寝台にはいつの間にか人の姿はなく、代わりにぬいぐるみが置かれていた。

 わたしは出入り業に臨むさいの高揚感を懐かしく思い出しながら床に就いたが、出入りのさなかにこの異世界に迷い込んだことも思い出してしまい、陰鬱な気分のまま眠りに落ちた。


14.進軍


 城砦を出立するとしばらくは一本道が続いた。森を抜け、橋を渡った。

 街道はやがて道とは呼べぬものになっていき、黒雲を盛りだくさんに添えた針山がそびえる渓谷を分け入り、やがて視界が開けると、人間の軍隊はそこで行進を止めた。城が見えた。

 魔王城の威容は城主の性質を端的に表していた。自然界にあまり存在しない色合いをふんだんに使った前衛的なたたずまいであり、城壁の周囲には、見るだけで寿命が縮みそうな野蛮な罠が張り巡らされていた。貼り紙がなくとも「人類お断り」の主張が明確に読み取れる。

 われわれは人骨の散乱する荒野に陣取り、指揮官の喇叭(らっぱ)の合図で、城門を目指し果敢に突撃した。


15.開戦


 魔王軍の迎撃部隊は、わたしに心的外傷を負わせた害獣どもが泉で沐浴する乙女に見えるほど凶悪な面相を並べ、よく統制されており、人間側の二度三度の突撃にもびくともしなかった。

 仮に人間側がこの戦いに勝利を収め、魔王を討ち、その支配体系を完全に叩き潰したとき、この魔物どもは素直に人間のペットになるのだろうか。毎日散歩に連れ歩き、大きめの者は動物園で見世物に、小さめのものは子どもたちの捕虫網にかかる。そんなことはありえないような気がする。

 雄牛に似た魔物がその大角を振り回せば鎖帷子ふう布の服は四散し、中身のほうもひき肉となって地にばら撒かれた。

 一つ目巨人が振るう棍棒はわが部隊に馴染み深い棍棒の二十倍の大きさで、二百倍の打擲をもたらした。

 蜥蜴と河馬のあいのこのような魔物は長槍の刺突をすすすとかわし、浴びた者を失神あるいは死に至らしめる毒息を吐いた。

 金属質の面妖な魔物は魔法を使い、前肢をかざすだけで手近な者をことごとく石に変えた。

 このありさまに恐慌をきたし逃走を始めた兵士はもちろん、後方で推移を見守る指揮官どのの手により爆殺の憂き目を見た。


16.先任将校


 指揮官どのを魔物の眼前に突き出してやりたいという欲求を抑え、崩れゆく戦線の中にあってぶざまなちゃんばらに取り組んでいると、敵方でなにやら動きがある。後方の部隊が城内に引き返し始めたのである。搦め手にまわった本隊の存在に気づかれたのだろうか。だとすると作戦は失敗であり、ここは体勢を建て直すためただちに撤退すべきであろう。しかし退却の喇叭は一向に鳴る気配がない。

 まだかまだかと指揮官どののほうを振り向けば、ちょうど指揮官どのは心ある魔物の手によってのどぶえを切り裂かれ、天に召されたところであった。

 これで爆殺の憂き目はなくなったと安堵したのはもちろんわたしだけでなく、気づいた者から順に戦線を離脱し始め、これでは総崩れだとみなが思っていると、先任将校が爆殺の護符を司令官のなきがらから回収し、次々と起動させた。戦場のあちらこちらでぽぽぽぽんと人体が破裂してゆく。あわや討ち取られる寸前であった魔物などは、目の前の兵士が突如破裂したことの脈絡のなさに呆けている。

 どうやら先任は、司令官どのの名誉の戦死によって爆殺の刑がなくなったわけではないことを、爆殺をもって通達したかったらしいが、それがどう見ても無差別なのである。無差別というのはよろしくない。あわてすぎである。ましてやここは血煙舞う戦場であり、爆殺の恐怖に震える部下たちはと言えば(すね)に傷持つあらくれである。あらくれたちによって、先任を亡き者にするという選択はすぐさま採用された。

 先任の物故(ぶっこ)により発生した新たな先任は、これは上官殺しであり犯人は死罪であると宣言して、爆殺の護符を旧先任のなきがらから回収し、次々と起動させた。それもやはり無差別なのである。無差別というのはよろしくない。あるいは旧先任に倣ったかも知れぬが、これを旧先任の遺志を継ぐ立派な心意気と讃える者は現在この地に存在しなかった。この先任も旧先任と同様の末路をたどった。

 そしてまったく同じ式次第が、先任となる者がいなくなるまで続いたのである。


17.夢


 わたしは荒野でひとり、死んだふりを続けていた。

 人間側の大混乱を見て乗り崩しをかけてきた魔物たちの目につかぬよう、破裂した同僚の血を顔面に塗りたくり、手近な潅木にもたれ、あまり呼吸もせぬよう心がけた。日が落ち、雨が降り、それでもなるべく動かなかった。いくさの喧騒は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。月が出ると魔王城の威容にはさらに磨きがかかり、夜気のものだけではない震えがこみ上げてきた。

 遠い故郷の夢を見た。

 夢の中でわたしは犬を飼っており、ごんべえと名づけていた。人を殴った日は罪悪感をごんべえに慰められ、人を殺した日は泣きながらごんべえとともに床に就いた。妻はいなかったが、娘がひとりいた。魔法使いの小娘にすこし似ていた。誰を焼き殺すでもなく毎日学校に通い、やや肥えてはいたが良い娘だった。お父さん、わたししょうらいべんごしになるの、お父さんがわるいことしてつかまっても、わたしがたすけてあげるね。


18.最終段階


 日の出とともに目が覚めると、無数の屍がころがる荒野には、わたしと同じく、万物の流転を死んだふりでやりすごす気構えの兵士が何人かいることに気がついた。互いに声をひそめ呼びかけあい、魔王城の死角となる窪地に集まった。生き延びるための知恵を出し合うべきだと、みな分かっていた。

 このとき把握した状況はこうである。

 陽動部隊は完膚なきまでに壊滅させられた。正しくは自滅である。しかしどうやら本隊は無事らしい。陽動部隊のあまりの不甲斐なさに搦め手への突入を断念したのである。今は城からいくらか離れた地に布陣しており、そこで退路をふさぎにかかった魔王軍の主力とにらみ合っているという。

 なぜそんな情報が得られたのかとの疑問が当然出たが、情報をもたらしたのは本隊からの脱走兵であった。司令部は背水の陣で決戦やむなしという構えだが、勝つ見込みがあまりに薄いので兵の脱走が相次いでいるらしい。わたしは呪われた刺青を持たぬ正規兵をうらやましく思った。

 さてどうしたものか。敵前逃亡した元囚人に、脱走兵。護符がどうなったかは知らぬが、命令違反者には爆殺と同水準の厳罰が加えられるであろう。よって今さら本隊に合流するわけにもゆくまい。勝つ見込みも薄いのだし。かと言って、魔王軍の敗残兵狩りに補足されれば、爆殺とどちらがましか分からぬ憂き目を見るに決まっている。

 ここは手薄になった魔王城にそのまま乗り込むべきではと一人が提案した。なるほど、陽動部隊の陽動は用を成さなかったが、今は本隊がわれわれにとっての陽動部隊と言える。魔王の首級が手土産ならば、さすがに爆殺の刑はあるまい。あるまいと思う。あるまいんじゃないかな。英雄、凱旋、報奨金、お咎めなし。良い想像ばかりが浮かぶ。

 ではそうしようではないか、見る限り魔王城の周囲に敵はおらず、城内にもそうはおるまい。予期せぬ危機に際しては、一昼夜で磨きぬかれた屍に擬する技術を駆使して進もう。魔王は手ごわい相手かも知れぬが、先のいくさとちがい、味方に爆殺される懸念のないぶん有利であるとも言える。

 機を見るに敏、ちがいの分かる男であるわたしはそのように賛同した。脛に傷持つあらくれも、気のちいさい脱走兵も、そこにいた十人ほど全員が同意した。いざゆかん。

 いや待て。

 死体に紛れつつ城との距離を縮める中で、わたしは当初の計画を思い出した。城砦に辿り着いた際に練りに練った、例のやつである。計画の第一段階から第三段階はあえなく失敗し、なにもかも頓挫したような気でいたが、そもそも最終段階さえ遂行できればすべてよしなのだ。わたしが元の世界に帰れるのならば。つまり計画はまだ生きている。最終段階において魔王は談判する相手であり、討ち果たしてしまうのは望ましくない。ここは城内にて魔王の居所をつかみ次第、生き残りの同僚を抹殺し、単身、計画成就に向けて動くべきであろう。

 そんなわたしの腹も知らず、生き残り組は、魔物たちの見当たらない閑散とした魔王城に踏み入った。


19.そしてわたし以外いなくなった


 城内において魔物との遭遇はなかったにもかかわらず、わたしの行く手は酸鼻をきわめた。

 魔物どもが一切おらず、警備状況がわれわれに味方していることが明らかになると、われこそが魔王を討ち取る勇者となるべきと考えた者たちが、一斉に名乗りを挙げた。同士討ちが始まったのである。腹に一物かかえていたのはわたしだけではなかった。

 全員参加の死亡遊戯となったが、わたしは開始直後に昏倒したため、詳述することができない。すくなくとも起きぬけに嗅いだ臭いはあまりよろしくないものであり、眼に映る光景はもっとよろしくないものであった。耳にはただ静寂だけがあった。

 屍に擬する技術を用いた者がいるのではと全員ぶんの死体を確認したが、やはりみなお亡くなりになっている。開幕いのいちばんに脱落したわたしだけがなぜ生き残ったのかはよく分からない。頭を割られた者、外傷もないのに目を見開いてこと切れている者、互い違いに胸を刺し貫き合っている者、黒こげになり転がっている者、高所から落下したかのようにくしゃくしゃに潰れている者。

 昔読んだ本の中で、似た状況にある最後のひとりは自らの命を絶っていたが、わたしにはそれをする理由がない。つまりこのまま進んでよいのだ。

 おどろおどろしい城内を進み、つきあたりの大扉を前に深く息を吸い、吐いた。わたしは大扉を押し開けた。


20.語り手と聞き手


 わたしの話はこれで仕舞いだ。

 あなたがこの話を最後まで聞いてくれたことを深甚(しんじん)に思う。わたしの不幸が無事あなたに伝わり、同情を、また格別の慈悲を引き起こせていることを願う。

 いかがであろう、魔王陛下。



 語り終えた旅人はひざまずき、深々と頭を下げた。

 魔王は戸惑った。

 今日は家来の魔物たちが人間どもとの決戦のため出払ってしまったので、これを機に部下たちの不正や癒着、謀叛のくわだてはないかと出納帳などを検めていた。すると謁見の間のほうからなにやら物音がする。どうやら居城の最奥にまで人間が侵入しているようなのである。警護の者はどうしたろう、斃されたとすれば曲者(くせもの)はかなりの手練(てだ)れか。それとも警護のおっちょこちょいまで決戦に参加してしまったのだろうか。ここは自ら曲者に手を下すしかないと腹を決めた。

 ところが、泣きながら激しく抵抗する曲者を追い詰めてみれば、なぜか曲者は己の来歴を滔々(とうとう)と語り出すのである。魔王には一体なにがどうなっているのかよく分からない。語りの中では談判がどうのと言っていた気がするがこれがそうなのだろうか。どんな談判だ。時間をどぶに捨てる気か。

 魔王の反応に不安を覚えたのか、旅人は、かくなるうえは魔王陛下の臣として切磋(せっさ)琢磨(たくま)もするのであって、いかなる譜代(ふだい)の魔物より忠実なしもべとして人間界に多大なる災禍をもたらす所存であり、金輪際、元の世界に帰りたいとか世界の半分を寄越せなどといった駄々はこねぬと宣言した。それでも足りぬと見るや、ご挨拶が遅れました、拝謁賜(はいえつたまわ)りましたこと恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます、ご尊顔うるわしゅう、僭越(せんえつ)ながらわが君の大御心(おおみこころ)にすがるこの卑しき旅客めに格別のご慈悲を、と続けた。

 魔王としてはこれにも首をかしげざるをえない。人間の部下を募った覚えはない、などとそんな話でもない気がする。結局これまでの語りは長ったらしい命乞いということになるのだろうか。談判はどこへ行ったのか。

 ここは、人間に対しできうる限りの迷惑をかけるという、魔王活動の基本方針に沿うことにした。

 すなわち目の前の旅人にとって最も不幸となることを、その強力無比な魔力でもって行ったのである。


 かくして旅人はさらなる異世界へと飛ばされた。

 まず異世界があった。次にあるのもまた、異世界であった。

 初投稿です。

 なろうではこのような作品が好まれないのは存じておりますが、それでも読んでくださったかた、ありがとうございます。おもしろがってくださったかた、もっとありがとうございます。

 精進します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ