緑色の何か
隆二は走っていた。
現実では、100mを走るのには16秒かかるが、この世界では違う。
lv1で全項目が初期ステータスの隆二だが、それでも学校のクラス内でなら
間違いなくトップになれるであろうタイムで走ることができる。
その仕組みは一般的なRPGで昔から使われているもので、単純かつ明快だ。
筋力値(STR)が高ければ力強く、敏捷値(AGE)が高ければ早く動くことができる。
そこにプレイヤーの耐久値(VIT)を加えた3つが『インフィニット・デイ』において
自ら振り分けることのできる、ステータスである。
βをプレイし始めた頃、隆二は思った。自由度が低くないか?
3つのステータスだけで、プレイヤーを表現できるはずがないと。
しかしその疑念は熟練度の存在によって杞憂に終わった。
熟練度はプレイヤーがどれだけ巧くスキルを行使できるかという指標のようなもので、
熟練度が上がれば、そのスキルに応じたシステムアシストがかかるのだがこれが曲者だった。
指標というだけあって、巧く動くことができなければ熟練度は上がらなかったのだ。
実際にはシステムアシストに対応したステータスと動くイメージがあれば上がるのだが
自分ができない事を正しく想像するというのは難しく結局は慣れが必要だった。
逆にいえば、元からできる事にはそれ相応の熟練度が与えられる。
現実世界及び他のVRゲームでの経験がフィードバックされるこのシステムは、
当初こそ批判されたものの、熟練度には上限がないことが発覚したことに加え
普通の人では戦闘r・・・熟練度5、プロといわれる人でも20程度だったため
熟練度への批判は自然と減っていった。
もっとも現実での動きを再現しようとしていたこれまでのVRゲームと
ステータスしだいで現実の限界を遥かに超えた動きのできる『インフィニット・デイ』
とではそもそも土俵が違ったのかもしれないが…。
転移門を潜り抜け、最初のフィールドエリアである『シードル草原』に入る。
近くに町があるとは思えない広い草原。
青々と広がるその光景を日常で見たならばその開放感にさぞリラックスできたことだろう。
「閉じ込められてんのに、開放感なんていってもな・・・」
思わず言葉をこぼす。
先ほどまで一緒だった彼女が隣にいたならば、
「まあ、閉じ込められたって言っても、気ままにゲームできるだけじゃないですか?」
とでもいって場を和ませてくれただろう。
実際にはフォローがなかった隆二はとめていた足を再び走らせる。
本来ならある程度装備を整えていくものだが、今回の目的は死ぬこと。
死んだらどうせ、全損するのだろうから整えるだけ無駄だろう。
考えられるデスペナルティはアイテム、装備、通貨、lvのロスト、あとは――記憶。
記憶を消す。
ましてやゲームでなんて冗談もいいとこだが、そもそも何万もの人を閉じ込める事。
真偽も分からないが時間を引き延ばす技術。
そんなことをやっている奴なら何をやってもおかしくない。
全てを失う…とまであの男は言ったのだから、軽くは受け止めないほうがいいだろう。
覚悟を決めたところで閉じ込められてから、隆二は初めてモンスターに遭遇した。
「あ、そっか――ここってコイツも出るんだっけ。スチールプレートすぎて、笑えてくるね全く」
隆二が遭遇したのは、日本語がおかしくなるぐらいには定番の緑色でフルフルと震える――スライムだった。
β中何度も見かけたこいつの正式名称は『スロウスライム』。
こいつが怠惰なのか、遅いのかは分からないがとにかく動きが遅い。
遅すぎて何の脅威も感じないまま、ずるずると近づいてきた所を
初期装備の片手剣『スモールブレイド』で切り捨てる。
その途中でふと、スライムとスマイルって似てるな。
こいつは笑っているんだろうかと思った隆二だったが残念なことに顔がどこなのかわからなかった。
ともあれ、デスペナの確認にしてもこいつ相手では時間がかかりすぎる。
何しろ弱い、遅い、(経験値が)低いの三拍子なのだ。
死ぬために反撃せずに突っ立っていても5分はかかるだろう。
もう少し奥へ進めばこのエリアでは一番強く経験値も高い『ワイルドボア』が出る。
そもそもこのエリアでは普通にしていれば死ねない。
レベル上げも問題なくできるだろう。そう結論づけて隆二はまた走り出した。