エル
「(ツーツーツー)はい、もしもし?」
突然の呼び出しにも関わらず相手はスリーコールで通話に応じた。
「エル、少し話したい、始まりの町の転移門までこれるかー?」
エルは年下の同僚もといゲーム仲間である。
それなりに丁寧な言葉遣いとは裏腹に多少子供っぽいところがあり、
振り回されるということも少なくないが
長年一番身近な存在だった女性が年の離れた妹という隆二からしてみれば
年下の女性とはそんなものなのだろうという諦観にも似た思いがある。
また同僚というだけあって、ゲームの腕はたしかで互いに…まあ少なくとも隆二は彼女を信頼している。
「あーリュウさんでしたか。いつもなら開始したらすぐリソースは誰にも渡さん!
ってな勢いでフィールドエリアに突っ込んでくのに
コールしてくるなんて珍しいですね。どうかしたんですか?」
『コール』は応答するときプレイヤー名を確認できるはずなんだが確認せずにでたんだろうか。
無用心だな、訪問販売とかにひっかかりそうだなんて的外れなことを考え、
確かに自分はいつもは項目確認後、迷うことなく突っ込んでいくが口には出していないはず…
まあ一応気をつけておこうと思いながら反論を返す。
「俺は猪じゃないぞー馬鹿にしてるのか?」
「とんでもない!その周りの反応さえいとわないゲーマー魂!尊敬してます!」
食い気味に返してきた彼女に対し、うん。この子は絶対馬鹿にしているな
と思った隆二だったが特に反論もなかったので、しばしだまり再び問いかける。
「で、来れるか?」
「はい、大丈夫ですよー。
なんたってリュウさんからデートのお誘いですからね!すぐ行きます」
「ああ」
了承を得られた隆二はそういって通話を終える。
からかい混じりの彼女の言葉に見事なスルースキルを発動した彼の反応は
普段の彼を知る人からすれば意外な反応だったがそれを責めるのは酷だろう。
いくら心を落ち着けて平静を装っていても、先ほど受けた衝撃が大きいことに変わりはないのだから。
通話しながらも転移門へと移動していた隆二が思考に耽っていると
ほどなくしてエルはやってきた。
現実と変わらない見た目の彼女は、肩にかかるかとどうかいった長さの綺麗な黒髪で
あどけなさの残る顔立ちは平均より低いであろう身長とあいまって人懐っこい印象を与えている。
そして顔立ちに違わぬ人懐っこい声で
「リュウさーん。待ちましたかー?」
なんていいながらぐでーっと効果音が聞こえそうな感じで倒れ掛かってきた。
その様子は小動物みたいで可愛らしいのだが、彼女がトラブルを起こさないか心配だ。
まあ以前聞いたときに「ほとんど外出しないから大丈夫です!」と別の意味で心配になるような
事を言っていたのでおそらく大丈夫なんだろう。
「いや、今来たとこだよ」
月並みの台詞になってしまったが事実待ったのは2,3分なのでしょうがない。
「・・・ところで話したい事ってなんなんですか?」
やはり彼女はまだ気づいてはいないらしい。
「とりあえずは町のショップに行こう。話は歩きながらする」
これがデスゲームだとするならば回復アイテムは必須だ。
説明はその途中でもいいだろう。周りに聞かれるのは不味いので念話で話す。
念話は近年のVRMMOだとそれなりに使われているものでこのゲームの場合は
フレンド登録していて、対象プレイヤーが1m以内にいる場合、
音を発することなく言葉を相手に伝えることができる。
『それで念話まで使って話したい事ってなんなんですか?』
再び彼女は訊ねてくる。
不機嫌そうにも心配そうにも聞こえるのは気のせいではないのだろう。
『・・・このゲームに閉じ込められた可能性がある・・・
メニューからログアウトボタンを探してみてくれ』
自分が受けたショックを考えると伝えない方がいいんじゃないかとも思ったが
これも仕事だと割り切って単刀直入に事実を伝える。
『・・・・・・』
『・・・』
当然のことだがやはりショックは大きかったのだろう。
彼女は無言のままメニューを操作している。
「はぅ・・・」
『やっぱりそういう事でしたか・・・』
わずかばかりの吐息をもらした彼女はそう口にした。
『・・・気づいていたのか?』
彼女は気づいていないものだと思っていた隆二は驚き、
何の捻りもない言葉を返してしまった。
『んー…気づいていたってわけじゃないんですけど
このタイミングで呼び出されるって事はそういうことなのかなって。
自分から確認するのは怖くてできなかったんですけどね』
『・・・』
状況を落ち着いて分析できている彼女は強いなと感じながら
言葉の端々から伝わってくる強がりを痛ましく思い
半ば無意識に無言のまま彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。
『・・・まあリュウさんがいるんですから大丈夫ですよ。
前評判でもゆるめの難易度ってことでしたし、ぱぱっと終わらせちゃいましょう!』
とやる気を見せた彼女のそれは空元気なのか判断がつかなかったが、
確かにβ版をやっていた限りではこのゲームの難度は低い。
この子のためにも早く終わらせないとなと考える。
デスゲームならやり込んでいる余裕はないなと思う隆二だったが、
このゲームを楽しみ自身でクリアしようという気概が薄れない彼はやはり異常なのだろう。
どのみち外部との連絡は取れそうにないうえに、
その内GMから全プレーヤ-に対して何らかの接触があるだろう。
ならばその前にゲーム内で万全の体制をひく他ない。
『あぁ、頑張ろう』
そのだけの言葉を返し、見えてきていたショップへと向かう。
「いらっしゃい、何をお求めだい?」
ショップで隆二たちを迎えたのは、40代前後と思わしき
優しげな印象をもったNPCだった。
「初級ポーションを10個ほどください」
「まいどあり、一つあたり10Gになります。
今日は品質のいいものが入ったからね、よく効くと思うよ」
ありきありな商売文句だろうかと思ったのだがアイテムを確認すると
『初級ポーション+1』となっていた。確かに品質がいいのだろう。
βにそんな使用はあっただろうかと思いながら100Gを渡す。
「他にも何か買っていくかい?」
思考に耽っていると店員が聞いてくる。
よくできたNPCだなと改めて思う。
さすがにそれを売りにしているだけあってまるで人を相手にしているようだ。
「そうだな…他には――」
何が必要か考えながら答えようとした隆二を突如として光が包む。
システム音がなり、目の前には
『チュートリアルを行います。
10秒後に転移しますので、作業の中断をお願い致します』
との表示がされる。
運営からの召集か…と事前に閉じ込められた事を知った隆二は判断した。
せっかく合流したのにここでエルと離れてしまっては元も子もない。
そう思い隆二が後ろにいたエルの手を慌てて掴んだ直後、彼らを包んでいた光はより大きくなり
彼らの姿とともにその場から跡形もなく消え去った。