星満つる柩
くらやみに細い光が射す。
それはほんの一瞬だけ、朝をもたらしたかのように空を白く染め、そして消えた。
世界はふたたび夜を取り戻す。
「星が落ちてきたのだわ」
やわらかな草原に立っていた少女は呟いた。
そのやさしげな声は、夜風に乗り、影絵のようになった黒い草花に吸い込まれていった。
少女の名はシェイラ。
果てしなく草原が広がるこの場所の、ぽつりと建った小さな家で、ひとりきりで暮らしている。
小さなからだを包むのは、レース糸で編んだ手製の白いワンピース、紐できゅっと結んだ鹿革の靴。
シェイラは、光の軌道を辿って草原を駆けた。土はいつかの雨の贈り物のせいで、ほんの少しだけ湿り気がある。
彼女が草を踏みしめる音だけが、世界の静けさをかすかに震わせた。
しばらくすると、草が生い茂る地面にきらきらしたものが見えてきた。
シェイラは立ち止まり、そっと腰をかがめてその光を両手で掬った。
そうしてシェイラの手のひらに収まったのは、小さな星の破片だった。
水の色をしたそれは天から零れたひとしずくのようであり、清い透明なかがやきを放っている。
「三日前のものより少しだけ大きいわ。
……さっそく彼女に届けなくちゃ」
両の手は、水を掬うような形のまま。
シェイラは踵を返して家の方へと駆け出した。
赤い三角屋根の、あたたかみのある木造の家。
地下には小部屋があり、その中央には蓋の開いた柩が置かれている。壁には蔦が這い、柩の中にはひとりの娘が眠っている。
膝まで届くほどの長い髪は芽吹いたばかりの新緑の色をしており、瞳は閉じられている。けれど時々まつ毛が震える。
――生きている
シェイラはさっそく、今しがた落ちてきたばかりの星の破片を眠る娘に手向けた。
柩の中はシェイラが掬い上げてきた、水色のかけらでいっぱいになっている。――もうすぐ刻が満ちる。
シェイラはかたわらに腰を下ろして、いつものように娘を見つめた。
新緑の髪のうつくしい娘は、まるで透き通った水中で揺蕩っているような、それでいて揺籠に揺られているような、とても心地よいまどろみの中にいるように見えた。
シェイラは彼女の白い瞼を眺めながら夢想する。一度も開かれたことのない、その瞼の向こうにある色を心のうちに描き出す。
彼女のからだを満たす水の色かもしれない。
夜のくらやみのようかもしれない。
けれど――彼女にふさわしいのは。
シェイラはある日の光景を思い出す。
雨止みの朝日にかがやく木苺のような、あのあざやかな赤。
それが彼女のおだやかな顔立ちと、波打つ緑の髪に合うような気がした。
こんこん、とノックの音が地下の部屋に降りてくる。朝日の世界に意識をあずけていたシェイラは、はっとして立ち上がった。
「今夜だったのね」
まっすぐに作られた階段を上り、かんぬきを外して扉を開けたシェイラの前にあらわれたのは、黒い服のふたりの男だった。
「刻が満ちました」
男は厳かな声で告げる。
「分かったわ」
手を胸の前で組み合わせて、こくんと頷いたシェイラは男を家に上げた。
男たちが歩くたびにきいきいと木床の音が鳴る。
彼らは迷いなく地下へと消えていき、ふたたび上がってきた時には、柩を抱えていた。
「少し待ってちょうだい」
そのまま外へ向かおうとした男たちをあわてて引き留め、シェイラは長椅子に置いていた小さな箱を持ってきて、中のものを取り出した。
シェイラが心を込めて編んだ、繊細なレースの、雪のように白いベール。
それを見た彼らは一度柩を床に置いて、蓋を開けてくれた。
シェイラは敬虔な気持ちで、娘の頭にそっとかけた。白いレースでふんわりと額を飾られた彼女の姿は、まるで絵本の挿絵に描かれた聖母や花嫁のように見えた。
「またね」
それからシェイラはぎいと扉をいっぱいに開けて、柩を抱えた男たちを外に出してやった。戸口まで出てお見送りをするシェイラに男が声をかける。
「それでは」
「うん」
くらやみの草原の中を、柩を抱えたふたりの男が歩き、遠ざかっていく。
だんだん小さくなっていく。
その姿は夜の影に染め上げられ、黒い切り絵のように映った。
――夜明けが近い
男たちが消えていった世界の向こうに、シェイラはあかつきの光を幻視した。




