第十八章:氷のプリンスの告白
プレゼンテーションの締めくくり。会場の誰もが、蓮が商品の最終的な魅力をアピールするだろうと予測していた、その時だった。
「――最後に、皆様にお伝えしなければならないことがあります」
蓮は、静かに、しかし会場の隅々まで響き渡る声で言った。そして、スクリーンに、それまで表示されていた商品のロゴを消し、一枚の写真を映し出した。
それは、詩織と蓮が水族館で親密そうにしている、あのスキャンダル写真だった。
会場が、どよめいた。一体、何が始まるのか。詩織は、心臓が凍り付くような思いで、壇上の蓮を見つめた。
「この写真について、様々な憶測が飛び交っていることは、承知しています」
蓮は、集まった全ての人間を、一人ひとり見渡すように、ゆっくりと言葉を続けた。
「本日、この場で、真実をお話しします。私が、競合であるフロンティア・ビバレッジの担当者、水野詩織さんと、プライベートで会っていたことは、事実です」
どよめきが、騒めきへと変わる。エンパイア社の役員席からは、怒号に近い声が飛んだ。何を考えているんだ、この男は。
しかし、蓮は一切動じなかった。
「しかし、それは情報を盗むためでも、ハニートラップでもない。ビジネス上のいかなる取引のためでもありません」
彼は、そこで一度言葉を切り、まっすぐに、審査員席の後ろに座る詩織を見つめた。その瞳は、真摯で、一点の曇りもなかった。
「私が彼女に会っていた理由は、ただ一つ。私は、水野詩織という一人の人間に、心から惹かれたからです」
――シン、と。あれほど騒がしかった会場が、水を打ったように静まり返った。
詩織は、息をすることすら忘れていた。彼が、今、何を言ったのか。理解が追いつかない。
蓮は、構わずに続けた。
「私は、仕事において、結果と効率だけが全てだと信じていました。心を殺し、数字だけを追いかけることが、正しい道だと。しかし、彼女と出会ったことで、その考えが間違いだったと気づかされました」
彼の声は、震えていなかった。そこには、絶対的な覚悟があった。
「本当に価値のある商品とは、人の心を動かすものだということ。誰かの日常に、そっと寄り添うような温かい物語こそが、ビジネスの原動力になりうるということ。その全てを、私は、ライバルである彼女から学びました」
彼は、自らのキャリアを、人生を危険に晒して、公衆の面前で、詩織への想いを告白したのだ。それは、詩織の名誉を守るための、彼なりの誠意の示し方だった。
そして、彼の”告白”は、それだけでは終わらなかった。
「そして、このスキャンダルは、仕組まれたものです」
蓮は、スクリーンを切り替えた。そこに映し出されたのは、エンパイア・ドリンク社内の、機密情報であるはずのメールのやり取りや、音声データの記録だった。
「私と彼女の関係を利用し、私を失脚させ、このプロジェクトを乗っ取ろうとした人物が、我が社にいます。――そこにいる、木戸俊介さん、あなただ」
蓮の指が、真っすぐに、役員席の隣に座る木戸を指した。
木戸の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「な、何を言うんだ、橘くん! 気でも狂ったか!」
「狂ってなどいませんよ」
蓮がスクリーンに映し出したのは、木戸が探偵と接触している証拠写真、そして、木戸が他の役員と共謀し、蓮を陥れる計画を立てている会話の録音データだった。それは、誰の目にも明らかな、決定的な証拠だった。
「私は、水野さんを傷つけ、会社の信頼を裏切ったあなたを、決して許さない」
氷のプリンスの、それは、魂からの告白だった。愛する人を守るため、そして、自らの信じる正義を貫くための、あまりにも潔く、そして衝撃的な戦い方だった。
会場は、ただ、呆然と、壇上でたった一人、巨大な組織に立ち向かう彼の姿を見つめることしかできなかった。




