【9】
それから日々は過ぎ、小梅が言い出した。
「あの、しばらく滞在させていただいて、どうもありがとうございました。でも。あの、うちが心配なので、一度帰ろうと思います」
その発言に、真っ先に反応したのは、春徳だった。
「そっすか。俺がついて行くっす」
「え…でも…」
「あんた1人じゃ不安だから、私も行く。店番は…」
「私に任せなさい、凛。行って来なさい」
「はい」
しっかりうなずいたところで、雅巳がやって来た。
「おい、散歩…」
「そうだ。雅巳さんも一緒に行こう」
「は…?」
外は珍しく桃色かがった空で、頬紅のように美しかった。一歩出ると、空気はつんとしており、吐く息は白かった。
「これから小梅さん、家に連れて行くの。散歩がてらに行こう?」
「…いいけれど、3人もついて行くのか? 子どもじゃあるまいし」
「いいじゃないですか、兄貴。楽しそうで」
「全然。お前と一緒にするな」
「がーん!! 春徳、傷ついた!! 凛さーん!!」
「はいはい、1人芝居しててね」
「あう…。酷いっす!!」
春徳が手巾を噛む真似をしたが、2人は無視し、小梅を見つめる。
「あの、じゃあ、行きましょうか」
「うん。大丈夫ですよ、小梅さん。親が何か言ったら、守ってあげますから」
「ありがとうございます。でもうちの親…私がいないほうが、せいせいするタイプですから」
「そうなんですか…。でも負けちゃ駄目ですよ」
背中をぽんと叩くと、小梅はわずかに微笑み、歩き出す。
「楽しみっすね。小梅さんのうち」
春徳だけが、まるで遊びに行くかのような感じで、のほほんとしていた。
「静かにしろ。うるさいのは嫌いだ」
「そんな、兄貴ー!!」
「だーれーが兄貴だ、この馬鹿」
軽く頭を小突くと、小梅が「ふふっ」と笑った。皆が驚いて振り返ると、小梅は笑みを消して言う。
「仲がいいんですね、皆さん」
「どこが? 勘違いしてもらっちゃ困る」
「俺は嬉しいっす。兄貴と愛しあってるなんて」
「気色悪いことを言うな」
「そうよ。春徳、もう黙りなさい」
「ええー…!!」
凛と雅巳に睨まれ、春徳は口に横一列に線をひいた。喋らないという合図だろう。代わりに小梅が口を開く。
「本当にぼろ家ですよ? 皆さん、見たらびっくりするような」
「いいんですよ、小梅さん。どんなうちでも、風がしのげて、雨や雪も遮れるところがあればいいんですから」
凛が和やかな雰囲気にしようと明るく言った。小梅は安心したように、力を抜き、歩き出す。どれくらい経っただろうか。賑やかな場所から静かな場所へどんどんと進み、周りを見る。どうやら家の様子は小梅が言った通り、酷く簡素なものになっていく。雨漏りがしそうだなと考えていると、小梅の足が止まった。
「…ここです。恥ずかしいんですが…」
小梅は一軒の家の前で足を止める。それはつぎばぎたらけであり、確かに上質とは言いがたかった。それに4人連れは目立つのか、周りの視線が気になる。
ー雅巳さんはかっこいいから分かるけど…。春徳も、その美形なほうだし。目立つに決まっているわよね。
凛がそんなことを考えているとは露知らず、小梅が戸を開けた。
「ーただいま戻り…きゃ!!」
急に悲鳴があがったので、凛逹はびっくりして中を覗き込む。すると狭い部屋に横たわった男女ーおそらく小梅の両親だろうが倒れていた。1番早く動いたのは雅巳で、脈を確認する。
「…死んでる」
「し、死んでる…?」
「きゃ!! ちょっと、小梅さん…!!」
倒れかかってきたのを支え、凛も室内を見回す。何も家具は置いておらず、本当に貧乏なんだという部屋だった。そんな中、2人の体が横たわり、包丁が突き立てられていた。
「あー、確かに駄目っすね」
春徳も手首を持ち、確認したが、もう息はしていないようだった。
「お父さん…!! お母さん…!!」
小梅がか細い声を出し、泣き出す。何があったのかは知らないが、また事件に巻き込まれてしまったようだった。
「小梅さん、しっかりして。小梅さん」
凛は体を擦ってやろうとしたのだが、小梅は「う」と言うと、外で吐いた。どうしようか迷っていると、春徳が言ってくる。
「俺、お役人のところに行ってくるっす」
「お前で大丈夫か?」
「じゃあ兄貴が行くっすか?」
「そうだな…。どうする?」
「え? 私が決めるの?」
「そうだ。どちらといると、お前は落ち着くんだ」
「それは…」
凛も包丁を突き立てられた遺体を見、動揺を隠せないでいた。
ー心臓を1つきってことは、寝込みを襲われたのかな…?
そう推測するが、あまり見たいものではなかった。
ーあーもう!! 神様の意地悪!! また事件に出くわしたじゃないの!!
1人で怒り、1人で動揺する。しかし残って欲しい人は決まっていた。
「春徳より雅巳さんに残って欲しい。それでいい、小梅さん?」
「うう…。は、はい…」
そっと手巾を差し出すと、小梅は口元に当てる。そのまま、ずるずると座り込んでしまった。
「小梅さん…!! ちょっと!!」
凛も膝を崩し、同じ目線にする。小梅は口元を拭うと、じっと遺体を凝視する。その視線は不思議なことに強く、口も一文字に固まっていた。
ー…嫌な相手でも、両親が亡くなったら、犯人が憎いものよね。
凛はそう解釈し、小梅の背中を撫でる。周りの視線が集まってくるのは分かっていたが、どうしようもなかった。
「とりあえず、戸を閉めて外で待つか」
雅巳の提案に、凛はうなずく。小梅も微かに動いたので、3人は戸を閉め、役人が来るのを待ったのだった。




