【4】
「ーで? また何か拾ったと」
雅巳の冷ややかな声音に、凛は凍え死にそうになった。夕方となり、体重を落とすために散歩しているのだが、その護衛が雅巳だった。ちゃんと賃金を払っており、今のところ順調だった。
ーただ冬になって、痩せにくくなってきたのよね。
凛が自分の腹に注目する。まだ出てはいないが、以前みたいに出たらどうしようと心配な部分がある。
ー大丈夫、大丈夫。食生活もちゃんと守っているんだから。
そう思い、雅巳を見ると、険しい顔つきをしていた。凛は悲鳴を上げそうになったが、空気を読まない声がとんできた。
「俺っす!! 俺が拾ったっすよ、兄貴!!」
「…誰が兄貴だ」
雅巳が怒った口調で言ったのに、春徳はのほほんとしている。
「嫌ですね、兄貴。恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしがっていない。…こいつ、どうにかしろ」
「どうにかって…」
凛も何度もまこうとしたのだが、無理だった。しかも小梅を預かったからか、凛の家に居座ってしまったのである。
ーお父さんと何の話をしたのかは知らないけれど。
春徳を見ていると、お気楽でいいなとため息を吐く。
「男なんだから1人で生きていけるだろう? こいつにくっつくな」
「あ!! 兄貴、焼きもちっすね!! 分かります、その気持ち!!」
「気持ち悪いことを言うな、ごほごほ」
雅巳が軽く咳をしたので、凛が慌てて聞く。
「大丈夫? 風邪を引いたの?」
「風邪というか…咳だけ出るんだよ」
「薬は?」
「飲んだ。咳止めとしてオオバコを使った。下痢止めにもなるんだが…」
「オオバコ? 何それ?」
「気にするな。俺も説明したくない」
雅巳が不機嫌になったので、凛は空気を読み、やめておく。薬に関しての質問は、雅巳には禁止だった。というのも、元々、薬屋だったのが潰れて、今、甘味処で働くようになったという経緯がある。
ー心配だな。
雅巳は1人で溜め込む癖があるので、少しでも心を軽くしてあげたかった。
「水あめでも渡そうか?」
「いや、いい。甘い物は苦手だから」
「ああ、そうか。こめん。一度聞かれたことは、聞かれたくないよね?」
「その通り。正解だ。ごほごほ」
雅巳は胸をさすると、凛に言ってくる。
「拾った相手が、がりがりなら、医者に見せたのか?」
「ううん。本人が嫌だって言うから、見せてない」
「そうか…。全く、厄介事を背負い込んで」
雅巳は動いたと思ったら、春徳の両頬を引っ張る。
「痛てて…!! 痛っふ、兄ひ!!」
「うるさい。お前がいけないんだ、お前が。厄介事を運んでくるから!!」
「す、すみませんっす!! 痛てて!!」
「痛くしているんだよ。それくらい分かれ、この馬鹿!!」
「ま、まあまあ。雅巳さんも落ち着いて。ね、春徳も反省して」
「は、反省するっす…!! うー」
「全く。お前は甘いんだから!!」
凛も頭を軽く叩かれ、うなだれる。また何かが始まりそうな予感がしていた。
ーでも今度こそ救いたいのよ!! 優みたいに、死なせたくないし。
密かに決意したのだが、雅巳にはお見通しのようだった。
「1人でどうにかしようと思うな。周りと協力しろ。もちろん俺も話を聞いてやる。そうじゃないと、お前、1人で背負い込むだろう?」
「…うん。ありがとう」
「礼はいい。それよりも自分を大事にしろ。他人よりも自分、分かったか?」
「分かった。自分を守れるようにするね」
「そう言って、お前は危ないことに突っ込んでいくだろうが」
「うー、そ、それは」
「俺!! 俺っす!! 俺がいるから大丈夫っす!!」
「怪しい」
雅巳と凛の声が重なった。春徳はしゅんとなってしまい、ぶつぶつ言う。
「お父さんと約束したっす。姉御を守るって。そのためなら、店に来ていいって言われたっす。駄目っすか、姉御!!」
「え…そ、そうなの? お父さんと約束したってことは…」
「雑貨屋でお世話になるっす」
「そ、そんな…!! 何で私に懐くのよ!!」
「姉御、好きなタイプっす。もちろん兄貴も大好きっす」
「お前に好かれてもな…。このお邪魔虫」
「がーん!! 心が痛いっす」
「1人でやっていろ」
雅巳はそう言うと、凛の肩に手を置いてくる。
「いいか、本当に困ったら俺を呼ぶんだぞ? 女のお前が全部、背負い込む必要はない。男の俺と行動することで、責任は半分ずつだ。分かったか?」
「責任は半分ずつ…。…分かったわ、ありがとう」
「…俺も甘いな」
ぼそっと呟いた声は聞こえなかったが、凛は雅巳の言葉に励まされていた。太陽からきらきらとした光が、静かに萎んでいき、夜の訪れを告げてくる。早くしないと暗くなってしまうのだった。
「そうだ。散歩の道順だけどな」
雅巳が説明すると、凛も同意する。
「分かったわ。雅巳さんにお任せします」
「ああ。…ちなみに、お前はついて来なくていい」
「そ、そんなー!! 兄貴ー!!」
「誰が兄貴だ!! この阿呆」
雅巳は春徳の耳を引っ張ると、彼は「痛てて」と呟く。
ー全く。何で春徳に会っちゃったんだろう。
大雅が言う通り、これも縁かもしれないが、悪縁のような気がしてならなかった。
ー悪いことが起きませんように。
沈みゆく太陽に向かい、手を合わせると、ぱっと全身が輝いたように感じた。天が見守ってくれているのかもしれないと思い、凛は雅巳に言う。
「行きましょう、早く」
「ああ」
雅巳も春徳を離すと、太陽と凛を眩しそうに眺め、足を動かしたのだった。




