【3】
しかし客間に向かう途中、出来事が起きた。厨房からいい香りがしてきて、定が料理作っているのが分かるのだが、その香りが嫌いなのか、小梅が口に手を当てる。
「うっ…」
「ど、どうしたの…? 何か具合悪い?」
「に、匂いが…。駄目なんです」
「匂い? 別に変な匂いはしないけど…?」
「敏感なんです。すみません」
小梅は襦裙の裾で、口を押さえると、吐き気を我慢しているようだった。凛はどうしていいのか分からず、すぐに聞く。
「どうしたらいいの? 教えて」
「…とりあえず、匂いのするところから離れてください。すみません。わがまま言って」
「いいけど。じゃあ、こっちに来て。早足で」
凛は小梅の前に立つと、足早に進んだのだった。
「ーここが客間よ」
凛が戸を開くと、小梅が顔を上げる。もう厨房からの匂いは消えていた。冬独特のすんとした涼しい香りに、凛は目が覚めるようだった。
「とりあえず、横になって」
小梅に勧めると、彼女は素直に従う。凛も手伝い、布団をかけてやると、質問する。
「ご飯は食べているの?」
「…」
言いたくないようで、小梅は布団を首元まで上げてしまう。凛は仕方ないので、それ以上は追及せず、言う。
「雨と雪の日は具合悪くならない?」
その質問には答えられるらしく、こくりと小梅がうなずいた。何故そんな質問をしたのかというと、心の障がいを抱えていると、雨と雪の日は体がだるくなるのだ。凛自身がそうなので、気持ちが分かるのだった。
ー何の障がいを抱えているのかしら?
心の障がいといっても、色々あるので、小梅から言い出すまで待つつもりだった。無理に聞くと、心を閉ざし、去ってしまうような気がしたのだ。
ー心の障がいはな…。形に見えるものと、見えないものとあるからな。
凛の場合は形に見えないようで、むしろ元気に思われている節があった。負けず嫌いなので、弱いところを見せたくなくて、明るく振る舞っているのだった。
ー雅巳さんには、ばれるけど…。
雅巳の顔を思い出し、彼なら何というだろうかと想像するが、やめた。今は小梅が優先である。
「あの、心配してくれる人はいないの?」
その質問に、小梅はじっと凛を見つめてくる。何だろうと思い、凛も見つめ返すが、互いに無言になった。
ーどうやら難しいことがありそうね。
直感的にそう思い、違う話題を口にする。
「ご飯、食べなくて大丈夫?」
「…大丈夫です。うっ」
また吐き気をもよおしたのか、凛は慌てて背中を擦る。
「安心して。攻撃したいわけじゃないの」
凛が声音を柔らかくして言うと、小梅は子どもようにこくりとうなずく。それに安心し、これ以上は無理だと判断する。
「寝たほうがいい。体、具合悪いんでしょう?」
「は、はい…。ありがとうございます」
軽く頭を下げると、小梅は目を閉じた。凛はそれを確認し、静かに部屋から去ったのだった。




