【2】
「ー姉御!! 姉御!!」
雑貨屋の店番をしていると、朱春徳が店に入って来た。彼とはとあることで接点を持つようになったのだが、何故か好かれてしまったのだった。
「どうしたの?」
側に近づくと、彼は眼鏡をかけた女の人を背負っていた。しかも驚くことに、その人はがりがりだった。
「誰、この人?」
「それが…」
春徳は女の人を背負い直す。
「道に倒れていたっす。皆、無視しているから、俺が連れて来たっす」
「そうなの?」
凛はびっくりする。皆、関わり合いになりたくないと察したのではないかと思ったのだが、薄情のような気がした。
ーだからって拾って来られても困るんだけど…。
自分でもお人好しだなと思いつつ、春徳に言う。
「それは大変だったわね。…でも、ここは何でも屋じゃないんだけど」
「分かっているっす。でも、ここしか思い出せなかったっす!!」
「…」
背負っている女の人を凝視してみる。歳は10代から20代だろうか。骨が浮き出るほど痩せている。どうしたらこうなるのかと、凛も驚くほどだった。一緒に暮らしている家族は何をしているんだと怒る。
ー高優のことを思い出す。
残念な結果に終わった女の人の顔が浮かび、慌てて打ち消す。それよりも目の前の女の人だった。
「あの…意識は…?」
「あるっす。ね、お姉さん?」
「は、はい…」
か細い声だった。耳を澄ませないと聞こえないくらいで、今、冬眠している虫たちのような淋しい音声だった。
「名前は?」
「…白小梅と申します。」
「白小梅…。…とりあえず、ここに降ろして」
「はい!! 姉御」
春徳は言いつけ通り、小梅を降ろした。凛でも抱えられそうなくらい、体重が軽そうだった。
ーちゃんとご飯を食べているのかしら? それとも具合が悪いのか…?
凛は小梅の額に手をやると、熱はなさそうだった。
「どうします、姉御?」
「どうしますって言われても…」
「任せてもいいっすか?」
「え!? 私に任せるの?」
凛は大きな声を出すと、春徳に「あのね」と言い加える。
「拾った人が面倒を見るに決まっているでしょう? その気持ちがあるから、助けたんじゃないの? そうでなければ、他人に責任を負わようとしないでよ。よく考えて行動すること。分かった?」
「分からないっす」
がくっと凛は肩を落とすと、春徳に尚も言おうかと思ったが、奥から大雅がやって来る。
「これは、これは…。どうしたんだい?」
「お父さん、実は…」
手短に説明すると、凛はため息を吐く。自分にどうしろというんだという気持ちと、事情を知ったからには助けてやりたい気持ちがぶつかり合う。
ー雅巳さんだったら、怒られるわね。
玉雅巳のことを思い出し、眉根を寄せる。彼は甘味処に勤めており、忙しい毎日を過ごしていた。とても美形で、彼がその場にいるだけで皆が振り向くくらいだった。
ーどうしよう。
店に来たからには助けてやりたいが、また何かに巻き込まれるような予感がする。凛の勘は結構、当たるのだ。
「なるほど。話は分かった」
「…で? お父さん、どうしよう」
「そうっす。どうします?」
「あなたは黙ってなさい」
「嫌っす。俺が、ここで働かせてもらいたいっす」
「は?」
凛と大雅が同時に言葉を発した。2人とも顔を見合わせ、困ったように固まる。
「駄目っすか? 俺、これでも役に立つっすよ?」
「それは…」
大雅が腕を組み、答える。
「ここは小さな雑貨屋だからね」
「いいっす!! そのほうが俺も落ち着くっす!!」
「うーん、どうしようか」
悩む大雅に、春徳はめげずに続ける。
「用心棒でもいいっすよ。俺、強いっす」
「…嘘をつかないの。喧嘩に負けてたくせに」
「うっ!! それは…」
「駄目なものは駄目。ね、お父さん?」
「駄目でもないけど…。何故、うちで雇って欲しいんだい?」
「それは…姉御と一緒にいたいからっす」
「は? どういうこと?」
「いやあ、聞かないほうがいいっすよ」
意味深い笑みを浮かべ、春徳は大きく伸びをした。こっちが困っているのに、呑気なものだと凛は思う。
ー私と一緒にいたいって…。本気なわけがないと思うけど。
いまいち春徳という男は、とらえどこるがない。行き先の見えない道を歩いているみたいだと、そうとらえた。
「…ううっ」
降ろされた小梅が床に両手をつき、小さな声で呻いたので、全身の視線が集中する。
「大丈夫?」
思わず肩に触れ、声をかける。大雅を見ると、彼はしっかりうなずいた。
「これも何かのご縁かもしれない。客間で寝かせてあげなさい」
「俺も手伝うっす」
何故か居座ろうとする春徳に、凛は思わず聞く。
「何を考えているの? …まさか面倒事を押しつかようとしているわけじゃないでしょうね?」
「まさか!! 姉御なら何とかなると信じて連れて来たっす」
「…。お父さん」
「いいから、凛は客間に連れて行きなさい。春徳くんはちょっと」
「はい!! 何っすか、お父さん!!」
「…君にお父さんと呼ばれるとな…。まあいいか」
男2人で話すことがあるようなので、凛は任せることにした。
「立てる? ゆっくりでいいんだけど」
「は、はい…。何とか」
小梅の声は消えてしまいそうだった。凛は彼女を支えると、客間に向かったのだった。




