【1】
さくさくと、雪の降った道を歩く朝。葉凛が雑貨屋の入り口の掃き掃除をしていると、1台の馬車が停まった。
ーあれ、もしかして?
見たことのある馬車だと思ったら、やはり周麗と周啓太が降りてきた。
「おはようございます。どうしたんですか?」
明るく声をかけると、麗が静かに言ってくる。
「おはようございます。実は…この間の件のお詫びに来ましたの」
「この間の…。ああ!!」
凛が明るい声を出すと、啓太が言ってくる。
「うるさい、ブス。喋るな」
しかし、いつもの堂々とした物言いよりも、少しおどおどしたような感じだった。事件が事件だっただけに、心の葛藤があるのかもしれない。
凛は気にせず、麗へ視線を戻す。
「良かったですね。啓太、元気になって」
「ええ。私共も喜んでいますわ」
麗はにこりともせず、冷静に言うと、箱を差し出してくる。
「…これは…?」
「唐菓子ですわ。米や小麦粉を練って油で揚げた菓子ですの」
「いいのに、そんなに気をつかわなくて」
「いいえ。けじめはつけなくてはいけませんわ。そうじゃないと、前に進めませんもの」
はっきり言った麗は、ただの美人ではなく、経営者としての顔つきが見られた。こういう礼儀作法はちゃんとしないと事が終わらないのかと学ぶ。
「茶館は…?」
「大丈夫ですわ。警備を厳しくしましたの」
「そうですか」
凛が納得すると、外で子ども達が遊び始める。どうやら雪合戦して「きゃっきゃ」と声をあげている。
ー長閑な光景だ。
事件が起きたなんて信じられないくらい、平和そのものだった。太陽も上機嫌なのか、光を増し、地上を照らしていく。
「おい、ブス」
袍の太ももを掴みながら、啓太が思いきったように言ってくる。
「お前、俺に1つのことを極めろって言ったよな? それは…その」
「何? 見つかったの?」
思わず体をずいっと前に出すと、啓太が恥ずかしそうに手を振る。
「近づくな、ブス!! お前なんか俺と話す立場じゃないんだよ」
「あのねー立場が上とか下とか、あんまり関係ないの。私は私が思うように行動するの」
「ああ、そうかよ」
啓太はそっぽを向くと、凛に早口で言う。
「これから探そうと思う。やりたいこと」
「え…?」
「以上!! もういい」
ふん、と鼻を鳴らすと、啓太が麗の襦裙を引っ張る。
「行こう、姉さん。もう用事も済んだし」
「そうはいきませんわ。ご家族の方にも礼を言わないと」
「あ、あの!! その前にちょっと!!」
凛が慌てて啓太に向かって行く。
「やりたいことが見つかるといいわね。今すぐじゃなくても、ゆっくり考えるといいわ。誰も早くしろって急かすわけてもないし」
「おう」
啓太はぶっきら棒に言うと、少し頬を赤らめた。まだまだ子どもだと思いつつも、成長が楽しみだった。
「それで皆さんは…?」
麗に言われ、凛は姿勢を正す。
「今、連れて来ますね」
凛は奥へ引っ込むと、家族に向かって声をかける。
「皆、麗さんと啓太が来たよ!!」
すると真っ先にとんできたのは、兄の清だった。
「麗さん、おはようございます!!」
「おはようございます。今日も元気で」
「はい!! 1日の始めは元気じゃないといけませんから。今、体を鍛え中です」
袍の裾をあげ、清が腕を見せてくる。力こぶが大きく、逞しい体つきだった。
「よう、啓太!! 元気か?」
清が頭を撫でると、啓太が煩そうにする。
「大丈夫だから。いいの」
「そうか。元気そうだな。…で、今日は何しに?」
「お礼を言いにきましたの」
「礼…。そんなものはいいのに」
と言いつつ、清は麗に会えて嬉しそうだった。
ーお兄ちゃんったら。顔!! 顔!!
でれでれしていて、こちらが恥ずかしいくらいだった。そこに父親の葉大雅と母親の葉定がやって来る。
「おや、麗さん。元気そうかな?」
「はい、お陰様で。その節はお世話になりました」
「ご丁寧にありがとうございます」
大雅と定が言うと、麗は居ずまいを正し、頭を下げる。そんな麗に、大雅が驚いたように言う。
「感心な人だ。今、お礼にわざわざ来る人なんか珍しいのに」
「いいえ、私はちゃんとしますわ。こういうことは、早めに行動しなくては、信用問題に関わりますもの」
「そうかい? じゃあお茶でも…」
「はい!! 賛成!!」
清が勢いよく手を挙げたが、麗は首を横に振る。
「申し訳ありませんが、時間が惜しいので」
「…そうですか。茶館の経営、頑張ってください」
「はい。こちらの雑貨屋にも良いことがありますように」
お互いに頭を下げあうと、にこりと笑いあう。
「それでは失礼いたしますわ。ー行きますわよ、啓太」
「うん。…その、ありがとうございました」
綺麗に1礼をすると、啓太は麗の後を追っていく。
「あの!! また来てくださいね!!」
凛が慌てて外へ出、声をかける。遊んでいた子ども達は、いつの間にかいなくなっていた。
「時間があいたら、お邪魔させていただきますわ。それでは」
御者に声をかけると、馬車が進んでいく。雪と泥をはねながら進む光景は、白紙に墨を散らしたような感じだった。
「あーあ、行っちゃった」
清が残念そうに言ったので、凛が耳を引っ張る。
「いいの。麗さんは忙しいんだから」
「分かっているって。痛いな、もう」
「お兄ちゃん、好きな人には露骨なんだから」
凛と清の会話を聞き、大雅と定が笑う。
「とりあえず中に入ろう。うーん、今日も目が覚めるような寒さだ」
「本当に。熱いお茶でも飲みましょうね」
そう言うと、葉一家はその場を後にしたのだった。




