9.11
※この話は、フィクションである。
「イテッ……」
「ワリィ!!怪我してないか?」
「…大丈夫……です……」
「ワリィな!!」
そう言って彼は、行ってしまった。
「なぁ〜!!もっと、あっちでやろうぜ!!」
「いいぜ〜!」
僕は、遠のいていく声を聞きながら、目線を本へ戻した。
少し遠い人気が無い古びた公園。
一人になりたくて、わざわざここの公園まで来た。
「………」
「渡さないで!」
「こっち〜!こっち〜!」
「…はぁ……」
(それなのに、バスケの練習で数人が来るなんて……)
鈴虫の声も煩くなりつつあった。
やっぱり帰ろうそう思い、僕は立ち上がった。
そんな時だった。
グラッ
次第に地面が揺れ出して、最終的に大きく揺れた。
グラグラ
「……わっ!」
ドサッ
「イタッ!」
ギギギッ
遊具が、凄い音を立てながら、揺れていた。
僕はただ揺れに耐えながら、見ているしかなかった。
しばらくして、揺れは収まった。
「……ぁ…」
手に持っていた本が砂だらけになっていた。
僕はそれを払いながら、周囲を見回した。
目の前には、古びていたからなのか。
遊具が無残に倒れていた。
そこに、立ち尽くしてさっきの子達がいた。
「?」
僕は、動かない二人が気になって近寄った。
「!!」
そこには、巻き込まれたのか足が挟まった状態で、
苦しそうにしている子が居た。
「……あ………助け…お…大人!!」
「…!」
「大人…呼ぼう!!」
そう言うと、僕、呼んでくると一人の子が走って行ってしまった。
「……えっと……だ…大丈夫……?」
「………あんた、どこの子?女なんに、なんで男みたいな格好してるん?」
そう、急に話題を変えられた。
「……あ…いや、…ぼ……ぼ…僕は!男だよ……!
僕は…海沿いに住んでるんだ!」
「海沿いから?ここまで来たのか?」
「う……うん…」
「3時間以上は掛かるだろ?」
(詰まってるみたいな、そんな変な喋り方だな……)
「……」
「学校は?通ってないのか?」
「………通ってない……」
「そうか…なら、一緒だな!!俺達もそうだ!!」
「……」
(一緒…!!)
僕は、少しだけ嬉しくなった。
きっと、理由は違うだろうが、同じ様に学校に行けない子が居ることに、嬉しさがあった。
「………ハッ!ご、ごめんなさい!」
(やばい……すごく見ちゃってた!)
「はぁ……別に、問題ないよ!」
そう言いながら、彼は向日葵の様な笑顔をした。
「……!」
(わ……笑った!)
そうすると、彼はすぐに顔を真っ赤にしてしまった。
僕は、気を紛らわすように質問をした。
「……そ…それより、遅いね!どうしたんだろう……」
「まぁ……あれだな。ここは近くに家も無いからな!」
「………なら、早く助けないとだよ!」
僕はそう思って、遊具を退かそうとした。
でも、びくともしなかった。
カランッ
「………」
(凄く……重い…)
「そんな顔するなよ……こんな地震じゃ…しゃあないな……」
(優しいな……)
「きっと、他も地震の後始末で終われてるんだ!!」
そう言いながら、彼は僕の頭を撫でた。
「…………そうだよね…」
「あんた、名前は?」
彼は、僕の顔の近くまで近づけて、聞いてきた。
「え……?」
僕は、びっくりして後ろに下がった。
「名前だよ!あるんやろ?」
「………優太」
「そうか…優太。家族居るか?」
「……うん」
(すごく、聞いてくる……)
「俺が……俺が、家まで送ってやろか?」
彼は、僕に手を差し出しながら聞いてきた。
「いや……でも…」
「………バスも電車も使えんで。どうやって、帰るつもりだ?
そんな、華奢な身体じゃろくに歩けんやろ?」
「…………でも、この子どうするの?見捨てるの?」
少し、意地悪ぽく聞いた。
「僕は、置いてきぼりか?」
(空気悪いな……)
「そんな訳無いだろ!」
そうすると彼は静かに、でも怒り口調でそう答えた。
「……」
「お〜い!!だいじょぶかいな?」
そう、二人のおじさん達が来た。
「怪我してへんか?だいじょぶやったかい?」
「………」
(酷い、有様だな!)
「……いや一人が、遊具に巻き込まれて………」
「あ〜こりゃ、駄目やな!一気に上げっかい!」
「…!嬢ちゃんも、てつどぉってな!!」
「あ……はい!!」
「女の子にも、手伝わせるんかい?」
「仕方なかろう!人手不足や」
そして、しばらくして遊具を退かすことが出来た。
「こやつは、病院連れていくで……あんたらも、気ぃ付けや!!」
「んだ!!まだ、地震あっちゃいかん!!
家、ちゃっちゃっと帰るんよ!」
「……あいつは?無事、帰りました?」
「あの、あんちゃんかい?」
「帰ったで!安心せい!」
「そうですか……分かりました…」
そう言って、おじさん二人組は行ってしまった。
「………」
(…あっ……本、忘れてた)
僕は本を落としていた事に気付いて、慌てて拾った。
「……良かった…無事だ!」
「……行くで!!」
(やっぱ……どんな奴だろうが、最後まで送ってやりたい)
「え!ほ、本当に……来るの?」
(わざわざ、知らない人の事を家まで送る為に?)
「当たり前だろ!行くで!!」
「……」
(変な人……)
そう言って、その子は僕の手を引いて歩き出した。
「……き…君は、家族とか居ないの?ほら、心配とか……」
「居ないで…俺の家族は、俺が小さい時に無理心中したからな……」
(やっぱ、変な喋り方だ)
「……あ、そっか…ごめんね」
(少し、悲しいな…………)
「気にしんで、大丈夫!!俺は寂しくなんかあらんからな!!」
そう言っていたが、彼は俯いていた。
それが、凄く悲しくて仕方が無かった。
ーーーー
しばらく、僕達は歩いた。
「ごめんな〜!!通せんのよ!!」
そう、おじさんが言った。
どうやら、地震で土砂崩れを起こしたらしい。
「んじゃ、仕方ないか!別の道行くで!!」
「う……うん…!」
「……何処行くん?あんちゃん達」
「海沿いの所だ!」
「……あんちゃん!それは、本当か?」
「?」
「本当だ!」
「……あんちゃん達。よく聞くとええで!!
今、海沿いは津波にのみ込まれて、通行止めだで!
そんな所行くなんて、何の用なん??」
「………こいつの家族が、そこで待ってるんだと!!
連絡取る方法も無い!実際会って、確かめんとな!」
「……そうか、あんちゃん!名は、なんと言うん?」
「あ……えっと…本田 優太です!!」
「ほうか、優太!気持ちも分かるが、今は辞めるべきや!」
「……でも…」
(どれほど道中が危険でも、両親の安否を知りたいのに……)
「うっさいで、おっちゃん!!」
「!」
僕は咄嗟に、彼の方を見た。
「俺達は、行くで!!
そう、約束してしまったからな!!」
「………ほうか!男の約束は熱いなぁ!!」
「……いや、別に!!」
彼は、向日葵の様な笑顔で笑った。
「ちょい待ちや!良いもんやるで!!」
そう、しばらく待たされた後に、
少し大きめの肩掛けバッグを渡された。
中身は、防災グッツだった。
「あの………その、えっと……でも…」
「良いのか?おっちゃんも必要やろ?」
(俺が喋った方が早いな……)
「良いんだで、あんちゃん達が使いや!
これからも、いっぱい大変な事あるやろしな!!」
「……おっちゃん!!ありがとな!!」
そう、彼は満面の笑みを浮かべていた。
ーーー
それからまた、おじさんに教えてもらった道を歩いた。
ガタッ
「……!!」
また、地面が揺れた。
「大丈夫だ……俺が、居るで!!」
そう彼は震えた手で、僕の頭を撫でた。
「……ありがとう、もう大丈夫だよ!」
僕はそう言って、彼の手を頬に当てた。
そう言うと、彼は顔を赤らめて、逃げるように歩き出した。
「ど、どうしたの……!?」
僕は、それを追いかけるように後ろについて歩いた。
ーーー
「疲れたな………」
(足が、少し痛い………)
「……はぁ…はぁ………」
(こんなに歩いたの、始めて………)
そう彼が、しばらく歩いた先で言ってきた。
「大丈夫か?優太は、疲れとらんの??」
(凄く、苦しそうな顔しとる………)
「……ううん、大丈夫!!」
「そうか…今日はここで野宿やが、大丈夫か?」
(早めに休憩した方が、良いな……)
「………大丈夫…」
正直、怖かった。でも、僕の我儘からはじまった事だ。
これ以上、我儘なんて言えない。
そう思って、我慢する事にした。
ーーー
次の日、目を覚ますと、彼は外でもうすでに朝ご飯を作っていた。
「お?おはようさん!!大丈夫なのか?ちゃんと、眠れたか?」
そう彼は、顔を凄く近づけて聞いてきた。
「……うん…寝れたよ…!」
僕は、それに戸惑いながら答えた。
僕達は朝ご飯を食べた後に、出発した。
辺りは殺風景で、たまに崩れた建物を見た。
「……」
(昔は、人が居たのかな?)
でも、人など住んでるようには見えなかった。
「朝早くに、地震あったん知っとるか?」
そう急に、声をかけられた。
「…え……分からなかった…!!」
「そうか……そういうのもまたあるやろから、気ぃ付けんとな!!」
「あ………うん。そうだね!」
「お?あんちゃんら、何しに行くんだべか?」
「………!」
急にそう話しかけられて、びっくりした。
「海沿いまで、行くんだ!!」
「海沿いにかいな!!そりゃ大変だべ!!
すくねぇが、これ持ってくとええで!!」
そう言って、おじいさんは干し肉をくれた。
「あの……良いんですか…?た、大変…では………」
「………!」
(あ……そうか。優太だって喋れん犬じゃなくて、人なんやったな)
「なんて、愚か者や」
(なのに、喋り方が変ってので、遮るんはちゃうよな………)
「な?良いんでよ!!
あんちゃんらの方が、大変だべから!」
そう、少し悲しそうな顔をしながらおじいさんは言った。
きっと、海沿いの状況を知っているのだろう。
「…………」
僕は、それが凄く不安になって悲しくなった。
「じっちゃん!!俺さ、細かい事よぉ〜理解出来ないが…
こいつ、不安にさせることしちゃいかんで!!」
おじいさんは、ハッとして。
「嬢ちゃん、悪かったな!!
嬢ちゃんの気も考えでな……気ぃ悪しとらんか?」
「………大丈夫です!心配ですが、きっと両親は生きてると思い………ますから…」
僕は、涙が溢れて仕方が無かった。
生きているとも保証の出来ないこの先の不安で、涙が溢れて仕方が無かった。
落ち着いた後、僕達は、おじいさんと別れてまた歩き出した。
「………優太!大丈夫か?」
「……大丈夫だよ」
「…ごめんな!俺には、理解出来なくて!」
そう、彼が謝ってきた。
僕は泣くのを、やめることにした。
彼も彼なりに、両親が居ない事で、辛い思いをしてきたのだろう。
だから、彼の前ではもう辛そうな顔をしないと決めた。
ーーー
「今日は、ここで野宿するで……」
(早く休ませた方が、いいな)
そう、彼が言った。
「……早くない?」
「……この先に、ちょうど良さそうな所無いんだ!
仕方ないが、ここで野宿しよう思ってな!!」
「………分かった…でも、こんな神社で良いのかな……」
「良いだろ!今だけは、神様も分かってくれる!!」
そう彼は、素早い速さでテントを組み立てた。
「………」
「…優太は…何歳なんや?」
終わったのか、気が付いたら目の前に立っていた。
「……え!え、えっと…9歳……だよ!」
「……なんだ、年下なんだな!!」
「…え!年上なの?」
「俺は、11歳!!兄ちゃんと呼んでくれても良いで!!」
「いや……良いよ!遠慮しておくね……」
「そうか……なら、しゃあないな!!」
(本当に……呼んでほしいんやが…)
そう言って、彼はお昼におじいさんから受け取った、干し肉を差し出した。
「食いや!今はこれしかあらんが、無いよりはましだで!」
「……うん、ありがとう!!」
僕は、それを食べた後、先に寝てて良いと言われた為寝ることにした。
ーーー
今日は、9月11日。あれから、3日経った。
テントから出ると秋だと言うのに、凄く暖かい風が吹いた。
「凄く……暖かいな!!」
「……うん!!」
まるで、この先は良い事が待っていると、言っているようだった。
僕達は、その後テントを畳んで、また歩き出した。
途中で、色んな事があった。
子犬に会った。きっと、逃げ出したのだろう。
保護をして、飼い主探しをする事にした。
カラスに子犬にあげた、干し肉を奪われた。
でも、彼が自分の分を子犬に上げていた。
子犬は、嬉しそうに食べていた。
しばらく歩いた先で、子犬を探していた飼い主と出会った。
昨日の朝にあった地震にびっくりして、逃げ出したみたいだ。
「もう、心配したのよ!」
「もう、逃げ出しちゃあかんで!!」
そう彼が、優しく子犬の頭を撫でた。
子犬は、嬉しそうに小さく吠えた。
「本当に…ありがとうございました!!」
別れ際、何度も飼い主さんに頭を下げられた。
それは、見えなくなるまでしていた。
「まだ、居るで!」
「……」
(少し、恥ずかしい……)
ーーー
しばらく歩いた。遠いが、海が見えてきた。
「………おぉ!!海や!!初めて見るで!!」
彼は、興奮しながら海の方向へ走って行ってしまった。
「ま……待って!!」
僕は、彼の背中を必死に追いかけた。
道中、彼が突然止まった。
「……どうしたの?」
追いついて、そう尋ねた。
「悪いなぁ……こっから先通行止めなんよ!!」
そう、知らないおじさん達が制止してきた。
「……悪いな…おっちゃん!!俺達、行かなきゃなんや!!」
「おい!待っとくれ!」
そう彼は、僕の手を引いておじさん達から逃げるように走った。
ーーー
「はぁ……はぁ…ここまでこりゃ良いやろ!!」
そう、おじさん達が見えない所まで来て、彼は言った。
「……はぁ…はぁ……」
「…大丈夫か?わりぃな、急に走らせて……」
彼がしゃぼんとした顔で、そう言っていた。
「……大丈夫だよ!どうやっても、僕も行きたかったんだ!
きっと同じことを、したから!!」
そう言うと、ありがとうなと言って、低くしゃがんだ。
「………?何してるの?」
「おんぶしてやる!疲れたやろ?」
「………うん…」
僕は、甘えるように彼におぶられた。
「…お、重くない?」
「大丈夫だ!優太、凄く軽いからな!!」
「…か、軽い……!」
ちょっと、ショックだったが、何も言わない事にした。
ーーー
しばらく僕達は歩いた。
「海、遠くね?」
「そういう所だから……」
そうしたら、いつの間にか港にいた。
「もう、降ろしてくれていいよ!」
「そうか」
そう言うと、彼はゆっくり降ろしてくれた。
「ありがとう……」
「………うん…」
彼は頬を赤らめながら、小さく頷いた。
辺りを、見回した。
町は、変わり果ていた。
よく、おまけをしてくれた港のおじさん達も、
煩いほど、活気に溢れていた市場も、
煩いほど、魚の説明をしてくる漁師のおじさんも居なかった。
そんな変わり果てた町だった。
でも、僕の育った町だった。
「……静かやな…ここが、優太の生まれ育った町?」
「…うん、本当は活気に溢れていたんだけどね………」
「そうか……」
彼は、小さくそう呟くように言った。
そんな時だった。
グラッ
急に、地面が引っ張られるような、強い地震が発生した。
その地震は、足首を掴まれて立てないようにされたみたいだった。
鼻には、ホコリぽいコンクリートの匂いと、
メキメキと凄い音を立てて、崩れていくコンクリートだった。
「………!」
僕は怖くて、肩を震わせていた。
そんな時、ドンッと強い衝撃が体を走った。
ドシャンッガシャンッ
そんな大きな音が、後ろでなった。
「危ない所やった……」
どうやら、大きな岩が地震の影響で落ちてきたみたいだ。
「………お兄ちゃん?」
「…あはは!大丈夫やで、少し足を擦り剥いたぐらいや!」
そう彼は、ニカッと笑って僕の頭を撫でた。
「……うぅ…うわぁぁん!!」
僕は、涙が止まらなくなった。
「………!」
本当に、足を擦り剥いただけで済んだが、
もしかしたら、岩の下敷きになってたかもしれないと思うと、涙が止まらなかった。
「あ……ほら、泣くなよ!ほら、大丈夫やろ?なぁ?」
そう彼が、心配そうに慰めてくれる。
これ以上、心配させないように泣き止みたい。
でも、涙は止まる事なんて知らない様に流れる。
そんな時、津波警報が耳に入ってきた。
ウゥーン
「高台に避難してください!津波が来ます!!
高台にーーー」
「………!」
ドサッ
「……先行っててくれ!後で追いつくから………」
彼の膝からは、血がダラダラと流れていた。
嘘だ、それでは動ける訳が無い。
「い……いや、一緒に行くから!!
今度は、僕が背負っていくから!」
僕は、そう言った。
「………」
バシッ
「……優太じゃ、無理やろ」
そう彼が、冷たく言い放った。
「…でも…僕は…………」
言わないと、そう思うのに
「………っ」
うまく声が出ない。
「あの子、発音の病気なんだって!」
「うっわ!?障害者じゃん!キモォ〜!!」
「あ……い、いや……」
「喋んなよ!移るだろ?オカマ」
まるで、彼に出会う前の自分に戻ったようだった。
「………いっ…いや…僕は…僕は………」
心臓の音が無駄に煩くて、
自分の声すら遮りそうだ。
「どうしたんだ!!」
そう、急に声が聞こえた。
二十代ぐらいの若いお兄さんが、駆け寄ってきた。
「ゆ、優太君!!無事だったのかい?」
それは、父の下で漁を学ぶお兄さんだった。
「お兄さん!!あの…足から血が………」
「………」
(実の兄か……?
それに、両親の事は………)
「……とりあえず、高台に避難してから、怪我の手当てをしようか!!」
(いや今は、ここから逃げる事だけ考えよう)
「失礼するよ!」
そうお兄さんは、彼を背負って走った。
ーーーー
着いて間もない頃に、さっきまで僕達が居た場所を津波が飲み込んで行った。
「はぁ………はぁ……」
(良かった……間に合って…)
「………」
(何か……無いだろうか………)
そうお兄さんは、おじさんから持たされた
肩掛けバッグをあさっていた。
「……凄いね!これは全て優太君達が、揃えたのかい?」
「違う、道中でおっちゃんがくれた!」
「……そうか」
(あ!あった!)
「きっと、いい人だったんだね」
そう、お兄さんは包帯と消毒液を出した。
「少し染みるだろうけど、大丈夫かい?」
「うん……俺だって、11歳なんだ!!」
そう彼は、少し我慢するように言った。
「そっか……偉いな!!」
お兄さんは少し微笑んで、そう言った。
しばらく橋の上で、救助を待った。
「そういえば、優太君!」
「!」
「その子は、一体何処の子だい?
ここら辺じゃ、見ない顔だが……」
「……俺か?俺は、10時間以上する所から来た!」
「……10時間!?また…遠い所から……」
「俺は……俺は、髙橋 隆介。
しがない、11歳の男の子だ!!」
そう、彼は少し微笑んだ。
「そうか!俺は、吉高 海斗だ!
よろしくな!!」
そう、お兄さんは手を差し出した。
「……!おぅ!!」
そう、握り返した。
「よろしくな!」
そして彼は…いや、隆介君は明るくそう答えた。
「………り、隆介君…」
「!」
「その……ここまで一緒に、来てくれてありがとう!」
「別に、良いで!
俺は、優太が困ってると思ったから来ただけだ!!」
「んふふ!本当に…ありがとう!!」
その日の夜は無事を祈る様に、優しく鈴虫が鳴いていた。
そして、次の日。
僕達は無事、救助された。
避難所に到着した後、仲良くしていた近所の夫婦から、
両親の事を知った。
「障害者の息子だけ残して、亡くなるなんて……」
「あはは……」
(障害者の息子?撤回しろよ!)
「………チッ…」
(優太が、そんな訳無いだろ!)
両親は、僕が居ないことに気付いて、
探している内に津波に飲み込まれて、帰らぬ人になったみたいだ。
「…………」
(僕がきちんと、学校に行っていれば良かっ……)
「……優太!!」
ビクッ
「!」
グイッ
隆介君は、思っきり僕を引っ張り寄せた。
「自分、責めることちゃうで!!
何も言えんが……これだけはちゃうで……」
隆介君はそう言って、僕の手を強く握った。
僕は、その手が温かくて、
自分の事を完全に責めないなんては出来なくても、
少しだけ責めない様にしてみようかなと思った。
ギロッ
「……!」
ビクッ
「………」
(詫びろ、詫びろ、優太に詫びろ…)
「チッ!大事に育ててやったのに!」
「薄情者め!」
「話した事もねぇだろうが!」
そうお兄さんは、冷たく言い放った。
ーーー
その日の夜、ボッーと空を眺めていた。
「……優太…眠れんの?」
「!」
そう、後ろから急に声をかけられた。
「びっくりした、隆介君か……」
「………大丈夫か?」
「…あ、うん。でも、少しだけ寂しくて、ひとりぼっちにされたみたいで………」
僕は、こんな弱音吐いてなど居られないのは、分かっていた。
でもそれでも、急に消えた両親の傷は、癒えるわけが無かった。
「………なぁ、こんな時に言うのも失礼やろが、俺の兄弟ならんか?」
彼が、急にそう言ってきた。
「……俺は、本気で優太を弟のように思っとった!
優太がええんやったら、俺と兄弟なってくれ………」
僕は、少し悩んで末に言った。
「……えっと…お願いします!お兄ちゃん!!」
そう言うと、いつから見てたのか海斗お兄さんが笑ってきた。
「いつから、見てたんや!!」
「あはは!最初から、二人のことが心配でね!
ちょっと、見るだけのつもりやったんだが!!」
「………」
「良いんじゃないか?最初会った頃、優太君が実のお兄さん連れてきたのかと思ったからね!」
「……そうか」
隆介君は、それを聞いて少し照れくさそうに顔を隠した。
「……隆介君!」
ビクッ
「!」
「これからも、よろしくね!!」
僕は、彼の手を握ってそう言った。
「……お、おぅ。もちろんだ!!」
隆介君は、顔を背けたままそう言った。
僕は、彼の顔を見ながら、
隆介君と出会った頃と同じ、鈴虫が煩い夜に笑った。