舞踏会での再開と、その後
ナターシャが婚約して初めての舞踏会が始まる。
マリアベルも婚約破棄となり、ルードヴィッヒと婚約をしてから初めての舞踏会だ。
それで今回仕事が上手くいき黒字経営が大幅に波に乗ったマリアベルは、全員分のドレス等を準備した。
素晴らしい布を使い、同じ刺繍を入れて4人が揃いの衣装だと見た誰もがわかるデザインとなっている。
リンクエラ公爵家の経営が上向きなのは勿論、4人の関係が良好であることを示すには分かりやすいだろう。
こうして、お互いのパートナーを連れて双子は会場入りした。
いつものように勝気な笑みを見せるナターシャと、穏やかな笑みを浮かべるマリアベル。
見目麗しいパートナーを連れる2人にホール内の視線を一気に集めた。
同じ場に双子が立つことも最近は稀であったし、今まで以上にマリアベルの幸せそうな顔と、騎士服のようなドレスコードを纏うルードヴィッヒの蕩けるような眼差しに、ほぅ……と息を吐き出す女性が溢れた。
「……うわぁ、凄いわね。あなたなんて外見だけが取り柄なのに。さすがその甘いマスクでマリアベルを誑かしただけあるわね」
「それは褒め言葉ですね。ナターシャ様に容姿を褒められて恐縮でございます」
「だぁれが褒めているのかしら。自意識過剰ではくて?」
「そうでしょうか? 」
こんな場所でも相変わらず口論をする2人だが、顔は完璧に笑みを作って違和感はなかった。
マリアベルとリルベルトは揃って苦笑するが滅多に現れないシュエーデン侯爵家の四男の姿に目が奪われて気付いてすらいなかったようだ。
そんな主催者に挨拶を行うとナターシャには新しい婚約者への祝いを、マリアベルへは婚約破棄について仄めかされたがルードヴィッヒが前に立ち威圧感を感じさせる笑みで、現在は私と婚約を結んでくださると頷かれておりますので、と伝えた。
見目麗しい騎士となったルードヴィッヒは社交界でも有名であった。
それは生家シュエーデン侯爵家が王家に連なる血族であることもひとつの要因だし、ルードヴィッヒの外見も含め魅力的で婚約希望が殺到したからだった。
本人は早いうちに身を立てナターシャの専属騎士となり全てを跳ね返したのだが。
このルードヴィッヒの言葉に悲鳴が上がったのは言うまでもない。
「反応が思ったよりも凄すぎてびっくりするわ」
「ええ、ルードヴィッヒ様は……その……やはりおもてになるのですね」
少し俯き言うと、エスコートしてくれる手に力が入った。
「マリアベル様……嫉妬してくださるのですね。お可愛らしい」
指先に口付けて笑みを浮かべるルードヴィッヒがマリアベルを翻弄する。
自宅ではありませんから……と伝えるが返事はなく目を細めて笑うだけだった。
このホールの中で双子はかなり目立っていた。
髪色から何から色合いが真逆な似ていない二人なのに、全く同じ色合いのドレスを着て少しの違和感も無い。
白地に金の刺繍と小さめの宝石を散りばめた美しいドレス。
似ていないと言われ続けた双子だが、今の二人を前にしてその言葉が出る事は決してなかった。
「…………まあ、素晴らしいドレスですわね」
急に声をかけてきたのは、クエンティン公爵夫人。
以前我が家に降嫁先にと打診された王の妹だった。
47歳となるはずのクエンティン公爵夫人は美しく皺ひとつない顔に笑みを浮かべて微笑んだ。
マリアベルとナターシャは同時にカーテシーをする。
「クエンティン公爵夫人、ごきげんよう。お褒めいただきありがとうございます。本日の私たち4人の服はマリアベルが用意してくれましたの」
一瞬で猫を被って笑みを浮かべるナターシャ。
ぜひマリアベルを褒めて欲しいと目をキラキラさせながら言うと、クエンティン公爵夫人はにこやかに笑った。
そんな目上の人を前にして、ナターシャはクエンティン公爵夫人の少し後ろにいるマリアベルの元婚約者を捉えた。
目を三日月にして一瞬視線を向けたナターシャは、すぐにクエンティン公爵夫人を見る。
「まあ、素敵だわ。 全員の統一感も素晴らしいしそれぞれに似合ってる。生地もデザインも何から何まで……ねえ、今度紹介して下さらないかしら」
クエンティン公爵夫人は、今のファッションの最先端を行く人となっている。
その人が好んだということは。
「かしこまりました。後日お時間を頂いても?」
「ええ勿論、楽しみにしているわ。……聞いていたよりも笑み溢れる素敵なご令嬢ね」
クエンティン公爵夫人はマリアベルの肩を1度優しく叩いてから、にこやかに笑って「またね」と親しみやすい笑みを浮かべて離れていった。
それをガウリィが驚いて見ている。
「…………デザインからなにから、マリアベルが特注したものだがらオリジナルなのよね」
ナターシャが言うと、それを聞いていた周りの眼差しが鋭くなる。
マリアベルは穏やかな笑みの下に舌なめずりする猫の様な顔を隠す。
お金の匂いがする……と楽しそうに笑った。
「それにしても、随分その……華やかになりましたよね?」
マリアベルに向かって集まりだした令嬢達は、以前の大人しいドレスを身に纏っていたマリアベルと比べて困惑しながら言った。
それにマリアベルが、少し迷ってからにこやかに笑う。
「ドレスを送ってくださることが無かったので。ならばとマキシマム侯爵家の方々が送ってくださるだろうドレスを想定して準備しましたの。そうじゃないと……あの、浮いてしまうでしょう?」
困ったように頬に手を当てて笑ったマリアベルは少し言いずらそうに言うと、数人が吹き出した。
つまり、金額的にもデザイン的にもマキシマム侯爵家には準備をするのは難しいが、今のマリアベルにはリンクエラ公爵令嬢として、この場に合うドレスを用意したと、言い切ったのだ。
さらには、今まで1度も婚約者にドレスを送らなかったと暴露された。
ガウリィはマリアベルの綺麗な姿に見惚れていたのに、思いがけない言葉にカッ! と顔を赤くする。
だが事実である以上反論が出来ない上に、同じ家格のルードヴィッヒが我が物顔でマリアベルの隣に立ち密着して腰に腕を回す姿に強い劣等感を抱く。
ナターシャ様の専属騎士……と下唇を噛み締めながら羞恥と屈辱を胸に足早にホールを出ていった。
「…………逃げたわね」
ナターシャは小さく呟くと、笑顔を崩さないルードヴィッヒが小物ですねと同じく呟く。
「……まぁ、いいです。彼が彼であるからこそ私は愛おしいマリアベル様を手に入れたのですから」
「…………この執着心が恐ろしいわね」
にこやかに笑ってマリアベルの頭に口付けを落としたルードヴィッヒは、幸せそうに笑って言った。
「今更手放す事は絶対しないですし、生涯愛します」
「ルードヴィッヒ様……」
恥ずかしそうにするマリアベルを見てから、ですのでナターシャ様にも渡しませんよ、と笑ったルードヴィッヒと睨み合うナターシャ。
二人をマリアベルとリルベルトは困った人達ですね、とにこやかに笑った。
リンクエラ公爵令嬢の2人は仲の良さと素晴らしいパートナーのお披露目、さらに今後の商売を全面に売り出したこの舞踏会は大成功をおさめた。
逆に今までの様子をサラリと暴露されたマキシマム侯爵家は、金策が上手くいかず爵位を落としたと後に話題となる。
元々持っていた伯爵となり領地の一部を返還して慎ましく生活をしているらしい。
ガウリィは、親の指示通りにだいぶ年上の妻を娶りどうにか子を授かったようで、跡取りは出来たと安堵はしたが喜びは湧かなかったようだ。
舞踏会から1年がたち、マリアベル達の婚約期間が終了した。
本日マリアベルは結婚する。
真っ白なドレスはマーメイドラインのドレスでマリアベールが全身を包むかのように長く鮮やかに飾ってくれる。
今は静かに椅子に座って緊張を誤魔化していた。
「こちらを見て頂いても?」
「見ておりますわ」
マリアベルの前に跪き、先程までマリアベルの美しさを長々と伝えていたルードヴィッヒは、にこやかに微笑んで手を握る。
お互いの服は美しい婚礼衣装。
グレーのタキシードがルードヴィッヒの格好良さを引き立ててくれて、マリアベルは最初見惚れて数秒周りの音すら聞こえないほどだった。
「マリアベル様……貴方を生涯、愛します」
「まだ早いです、ルードヴィッヒ様」
「神ではなく、あなたに誓いたかったのです」
「………………嬉しいです」
恥ずかしさと嬉しさに、ふわりと涙を浮かべたマリアベル。
以前には考えられない好きな人との幸せの結婚がもう目前に迫った時に言われた言葉。
マリアベルは、幸せで胸がいっぱいだった。
こんな嬉しい日はないです……とルードヴィッヒの手を握り返して笑みを浮かべる花嫁に、ルードヴィッヒは蕩ける笑みを浮かべて口付けた。