容赦のないマリアベル
マリアベルの不安そうな顔に、ナターシャはにこやかに笑った。
「大丈夫よマリアベル。我が家の大切な子を不幸になんかしないわ。時期にマキシマム侯爵家に今回の証拠を突き付けて婚約破棄をさせるわ」
「なっ!! 婚約破棄?! お互いの家で業務提携しているんですよ! わかっているんですか?!」
「わかっているわよ? そのひとつを駄目にしてでも守るものは愛おしいマリアベルだわ。お父様も、そんな対応をする貴方との結婚は反対よ。なにより、ひとつの事業から手を引いたくらいじゃ揺るがない程に磐石なのよ。貴方の家とは違ってね?」
マキシマム侯爵家は資金繰りが上手くいかず、共同経営としてマリアベル達の父親に話を持ち掛けた。
資金繰りをするわかりに利益の65パーセントをリンクエラ公爵家の収入となる。
事業も大きく発展しそうだからこそ頷き、その証として子供達の婚約が結ばれたのだ。
だが、実際にリンクエラ公爵家には旨みは少ない。
それよりも娘の幸せを願うのは親として当然だろう。
「…………婚約……破棄?」
マリアベルが呆然と呟いた。
それをナターシャはにこやかに笑う。
「ええ、それともマリアベルはこんなのと結婚したい?」
「こんなの?!」
「いえ。しなくていいなら、しないわ」
「…………え、マリアベル?」
今までに無いくらいにキッパリハッキリと言ったマリアベルに、ナターシャは笑みを深くした。
そっとカップを持って口を付けたマリアベルは、ほっ……と息を吐き出す。
「…………では、窮屈な淑女教育も終わりにしていいのかしら」
「いいんじゃない? また私と遊びましょうよ」
頬杖を付いて笑うナターシャを見てからカップを見た。そして、口を開く。
「なら、淑女としての行動を少し緩めてもいいのかしら」
「いいと思うわよ? マリアベルは頑張ったもの」
笑みをさらに深めるナターシャにルードヴィッヒは首を傾げると、隣にいるヘレンが小さく笑った。
「……どうしたんです?」
「たとえ二卵生といえども、マリアベル様はナターシャ様の妹姫ですよ? お淑やかなだけであるはずがないじゃないですか」
そうヘレンが言った瞬間、カシャン! と先程ナターシャが置いたようにマリアベルもカップを置いた。
「……はぁ。では婚約破棄をしてもいいと? ナターシャ」
「ええ」
「では、執事を呼んでくれますか? ヘレン。ガウリィ様のおかえりよ」
「はっ?!」
驚き目を見開いたガウリィをマリアベルの冷たく温度のない眼差しが射抜いた。
思わぬナターシャを思い出す表情にゾクリと体を震わせると、マリアベルは首を振った。
「家の為に我慢をして婚約を継続していたけれど、必要がないなら貴方を立てることも気遣う必要も、お茶会をする義務もないのでしょ?はぁ、疲れた。 婚約ってまるで拷問ね、婚約者に従順に従い常に否定をしてはいけないって、なにそれ奴隷なのかしら」
「………………えぇ? なぁにそれ? 私の授業ではそんな事教えられてないわよ」
「え? ……あぁ、そういう事? 従順にさせる為に教師を抱き込んで公爵家の教育にすら口出しをしていたと?」
「い……いや……その……」
ダラダラと冷や汗をかくガウリィを呼ばれて来た執事のセバスチャンが頭を下げて皺の深い顔に笑みを載せる。
おかえりと聞きました、と有無を言わさず引き摺り馬車に詰め込まれたガウリィは、反論すら言えずに大人しく帰って行った。
「ふぅん? マリアベルがなんでそんなに静かなのかと思ったら、そうしろって教わったのね」
「……そういうものだと思ったの」
ふぅ……と息を吐き出して悲しそうに笑うマリアベルは、この3年なんだったのかしら……と呟いた。
そこからは早かった。
父が用意した書類一式を持ってマリアベルと共にマキシマム侯爵家へと向かった。
内容を見たガウリィの父、マキシマム侯爵は青ざめて何度も頭を下げる。
ガウリィの振る舞い分かっていたが、戒めることをせず、むしろ従順に従う為に最初のうちから叩きのめせと言ったのはマキシマム侯爵だったようだ。
だが、こんな周りに分かりやすくバレるようにではなく、精神的に追い詰め従わせるように言っていたらしい。
マリアベルにも謝罪して、どうにか婚約の継続をと言っていたが怒り狂うマリアベルの父にはそれすら火に油を注ぐ行為でしかなくて。
ガタガタと震える2人に有無を言わさずサインをさせたリンクエラ公爵は書類を確認していた。
完全にマキシマム侯爵家の過失による婚約破棄となり、慰謝料の請求。
その際、マリアベルが口を開いた。
「慰謝料に加えて、共同経営していた事業を私にくださいません?」
「…………は?」
目を丸くしたマキシマム侯爵とガウリィ。
冷たくもにこやかに笑うマリアベルは、この3年間見たことない姿をしていて2人は驚きに口をパクパクとさせていた。
「貴方が私にしでかした3年間は屈辱以外の何物でもありませんでした。慰謝料だけで私が納得するとでもお思いですか? か弱い女はいくらでも言いくるめられるとお思いに? 残念ながらそんな可愛らしい性格はしていないのです。それに、共同経営のお仕事内容、我が家での分は全て私が担っておりました。……何か問題でも?」
「…………は……は……マリアベル……が? 事業をしていた……?」
「ええ。私、令嬢として皆でお茶を囲むよりも仕事を学び実行する方が好きなのです。だから、淑女教育を行い自分の時間が確保でずとも共同経営に力を注ぎました。婚約破棄をして辛い私は次を考えられず仕事に専念するのでしょうね」
頬に手を当てて笑う姿はまるで悪魔のようだった。
ナターシャは元々そのはっきりとした物言いからキツイ令嬢だと思われ、大人しいマリアベルは引っ込み思案だと思われていた。
しかし、女傑である2人の母の血はしっかりと受け継がれていた。
静かなマリアベルでも仕事については譲らず口を出すし、理不尽な言動を我慢できるほど大人しい性格はしていない。
さらに、3年間もの抑圧された生活を強いられ我慢の限界でもあった。
「……さあ、サインをなさって?」
共同経営の書類を出してにこやかに笑うマリアベルと、睨みつけるリンクエラ公爵の前に2人は項垂れることしかできなかった。