姉の専属騎士
リンクエラ公爵家には、2人の令嬢がいる。
1人は母親似の姉、ナターシャ。
金髪にオレンジの瞳のナターシャは笑顔が似合うハツラツとした女性。
そしてもう1人が父親似のマリアベル。
黒い髪にピンクの瞳をした引っ込み思案と思わせる静かな女性。
彼女たちは二卵性双生児だった。
「ナターシャ様、あまり日の下に居ましたら、また焼けてしまいますよ」
「あら大丈夫よ。今日はしっかり日焼け止めしたもの」
室内にいたマリアベルが、不意に庭から聞こえる声に顔を向けた。
2階にあるマリアベルの私室から外を見ると、姉のナターシャの周りに小鳥たちが集まり楽しそうに笑っていて、そのすぐ側には今駆けつけたであろう騎士の姿。
金髪碧眼の彼はナターシャ専属騎士であるルードヴィッヒ・シュエーデン。
彼はシュエーデン侯爵家の4男で、家を継ぐ事もない為、将来を考え幼い頃から騎士を目指した。
今では公爵家のご令嬢の専属騎士にまで上り詰め、日々充実した毎日を過ごしている。
見目もよく、経歴もしっかりしているルードヴィッヒはリンクエラ公爵家にとっても都合が良い。
18歳でまだ婚約者がいない娘の婿養子にもってこいの人物だと両親が思っているのをナターシャもマリアベルも知っていた。
騎士として仕事をまっとうするルードヴィッヒは、誠心誠意ナターシャに仕えている。
そんなルードヴィッヒを初めて見た時からマリアベルは密かに惹かれていた。
「マリアベル様。本日のお稽古をなさいますよ」
「…………はい」
だが、ナターシャと違いマリアベルにはもう婚約者がいる。
ガウディ・マキシマム侯爵令息である。
こちらは完全な政略結婚で、相手は静かで従順であろうマリアベルを指定してきた。それが15歳の時。
だから、ナターシャよりも花嫁修業のようにお稽古や習い事がわんさかとあり、自由時間はあまり許されていなかった。
呼ばれて振り向き返事を返したマリアベルは、もう一度だけ外を見る。
その時、ルードヴィッヒの碧眼と目が合った。
「……あ」
胸元で握りしめていた手を更には強く握って一気に赤くなる顔を隠すように顔を背けたマリアベルはパタパタとはしたなくも足音を立てて急ぎ部屋を出ていった。
「ルードヴィッヒ? どうしたの?」
「…………いえ」
ナターシャに呼ばれたルードヴィッヒは振り向き、にこやかに笑みを浮かべた。
優しい印象を植え付ける笑みは家系なのだろう、彼の父と兄たちも同じような優しい笑みを浮かべていた。
しかし清廉潔白そうな見た目からは想像出来ないほどに、その腹の中は本能に忠実だ。
「さぁ、そろそろ中に入りましょう。ナターシャ様もお稽古の時間になります」
「…………そうよね」
はぁ、とため息を吐き出したナターシャは面倒だと言わんばかりに歩き出した。
その後ろを着いていくルードヴィッヒ。
常に2人で行動しているから、信頼関係は自ずと結ばれていた。
ナターシャも、どういった意図で父がルードヴィッヒを専属騎士につけているのかは分かっているからこそ、その人となりを理解している。
「……ねぇルードヴィッヒ」
「はい、なんでしょうか」
「私たちって、このままいけば結婚になるのよね」
「そうですね」
チラリとルードヴィッヒを見ると、一切の動揺も無く穏やかに微笑んでいた。
振り向いたナターシャを見つめる変わらない笑みは優しく包み込む様で、ナターシャも笑みを返す。
「あなたの返事がそれで、私は安心よ」
「はい」
2人は変わらず穏やかに微笑んで家に入って行った。
決められたスケジュールはマリアベルは分刻みでガチガチに決められているが、ナターシャはルードヴィッヒの花嫁となるべく花嫁修業を受ける。
侯爵夫人と騎士の妻。
それは教えられる内容も異なる為に学ぶ内容もまた違う。
どちらかと言えば、まだ厳しくないナターシャの花嫁修業を今日も面倒だなぁ……と零しながら不真面目に受けていた。
見た目に反して面倒くさがりで楽をしたいナターシャは、頬杖を着いて本をめくる。
そんなナターシャを壁際で見ていたルードヴィッヒだったが、すぐ隣の窓からチラリと視線を向けるとピシッと背筋を伸ばして座り、話を聞いているマリアベルを見えた。
真剣な表情で話を聞く姿はとても好感を持てると眺める。
年齢よりも幼く見える顔立ちも可愛らしく、綺麗系なナターシャとは本当に似ていないと見てから、本来の守る対象であるナターシャに顔を戻した。
「………………もう、やりたくないわね」
はぁ……と悲しそうにため息を吐くナターシャに、ルードヴィッヒは思わず苦笑したのだった。




