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巡る星、出会う星

 三原が都筑の事務所を久しぶりに訪ねた時、彼は事務椅子に深くもたれて憔悴した様子だった。何かあったのかとまず尋ねた。

 工員の深草のSNSが炎上したとのとこ。

 どうして工員のSNSでお前がそうなると聞くと、深草は工場のPCを使ってアップしたらしい。自分のスマホの調子が悪く、駅前のネットカフェまで行くのを惜しんで、残業のついでに触ったらしい。工場内には身内しかいない。碌なロックをかけていなかった。工場の重要事項は社長室にある専用のPCに保管しているから、そのあたりは心配ないが、物品の簡単な受注や連絡に使っているので、そのメールが使えず大変だったらしい。

 バイトテロかと聞くと、そんな考えはなかったらしい。この前の選挙で、ある候補者についてあることないこと流していたらしい。 

 政治に興味があるのかと聞くとないと答えた。政治とか、政治家にできることなどもうないでしょという答えに、ではなぜと聞くと、一つはちょっとした謝礼がある所から入るらしい。閲覧数も稼げるかもしれない。そして一番の理由は革命だという。

 革命? 政治に興味などないと言ったじゃないかと聞くと、興味ない、でも今の社会がいいとも思わない。この社会は腐りきっている。でも何かを改善してどうとかなるもんじゃない。まずすべてを破壊しなければという彼を、都筑はどこまで本気で言っているのか測りかねた。どこかで聞いたような単語の羅列、論理の流れ、狂信的な熱意や口調でもない。誰かに強制されているわけでもなさそうだ。これからのあらゆる選挙であらゆる誹謗中傷をあることないこと流し続け、選挙というシステムを無力化する。みんなが選挙の無効に気づくまでやり続ける。選挙制度が無効だと気付いたらどうなるの? さあ、そこまで行ったら何か新しいことが始まる気がするんです。

 そう言ってる人がいるの? ネットでみんな言ってます。ネットで革命を起こそう。フランス革命でも明治維新でもまず破壊から始まった。ネットで煽れるものを次々探して煽り続け、社会を動かすためにまず破壊を始めようって。もう思索や言論の時代じゃない、まず行動の時代です。なんだか、昭和の学生運動みたいだね。

 お得意様にアドレス変更のメールを出して、事情を簡単にまあ、バイトテロで炎上してなんてちょっと深草君を悪者にしてそちらに迷惑はかからないようにデータの流失はないとか、対処してると言い訳して、アドレスの新規作成と変更と削除なんて雑事をこなしてさっき終わった。大変だったね。ああ、災難はいつ起きるかわからない。

 深草は知り合いから使ってくれと頼まれて預かった。

 都筑の工場は超ミクロのネジを製造していて、硬くてなのに弾力があり、絶縁性があるのでその分野では唯一であり、そのあたりの一般人が参入してきても怖くない。少人数、地方の工場だが世界シェアがある。コンピューターで制御され、各金属の割合、何度で何時間溶かして冷ますのか。超小型ネジなので大きな溶解炉はいらない。実験研究室にある高熱炉で十分だった。それをどうデザインするか、みな一流の大学を出て若くてもすべてその道の専門家である者をそろえた。最初はどうなることか、集まるのかと思ったが、案ずるより産むがやすし、給料や出世より、自分のしたいことをする時間を確保したい、やりたい実験をさせてほしいなんて者が数人いた。ポスドクが余ってて就職できない、大学に残れない、スーパーのレジを打ってる者もいる。もうすぐスーパー自身なくなる時に。 

 もともと都筑自身似たようなもので、それ以外のスタッフは先代からの職人たちだった。論理上はうまくいくはずでも誤差やバグ、コンマの次にゼロがいくつも並ぶ箇所の修正には長年の腕がモノを言う。

 少数精鋭のこの工場で深草一人、居場所がなかったのだろう。彼の身は取り換えの利く、別にいる必要のない人物だった。工場の雑用をこなし、周りは気を遣って何かと用を言いつけたが、そんな用は取るに足りないことと本人が一番わかっていただろう。

 都筑自身が町工場の息子で、子供のころ、昭和の終わりに工場には工員がたくさんいた。彼らはみな不愛想だったが、坊ちゃんと言ってかわいがってくれた。しかし、それは坊ちゃんだからではなく単に顔を見知っている子供だったからだ。人員不足の折にも求人はしなかった。不足していてもいきなり使ってくれと来た者にはうちには人が余っていてと断った。しかし一度縁があって入った人には誰かが声をかけた。入ったものも口下手でたどたどしい会話だったが、いつか馴染んでいった。馴染まないものはいつか消えていった。今、そんなプライベートという防御壁をやすやすと越えて人に声をかける名人はもう絶滅したらしい。誰もが、壁の中で自足している。今この工場には働く人がいて、働いたら帰るだけだ。それ以上は求めない。都筑自身がそうだった。プライベートに付き合っている社員はいない。もちろん声はかける。福祉や厚生を考え、辞めるとかなんとか言ってきたら理由を聞き、家族やその他のまっとうな理由なら、今後の身の振り方など一緒に考える。しかし壁の内側には入らない。

 この工場も永遠に続くわけではない。そろそろスマホの時代も終わるのではないか。製造しているネジは次のスマホにも使われていた。本来、小型軽量化のスマホは基板にすべてセットしてありネジの出番はない。しかし、小型化と画面の大型化という矛盾の両立のために、嵌めて取り外せるネジは便利だった。今開発中の折り畳み、ディスプレイがロールスクリーンになっていて引っ張り出す。キャンパス状などの次世代スマホ、時計やメガネのウエアラブル等の製品にいくつか使われている。その次に来るものはわからない。スマホが発売されてそろそろ20年が経つ。発売当日、突然スマホが人々の生活に登場したように、次の何かが登場の時を待っている。ある日を境に突然スマホがなくなるわけではない。製造しているネジがスマホやコンピューターのみに使われているわけでもない。しかしスマホが徐々に駆逐されるようにテリトリーが侵略されて絶滅していく。そのいくらかをスマホの部品として消費されている本工場の生存が脅かされるのは時間の問題だと都筑は思っている。大手から売却の希望がずっと来ていた。今からでも遅くはないが、工員はどうするか。さっさと見捨てられるわけでもない。しかし何か新しい商品を開発するなど、もう無理だろう。


 この地方には自然が残っている。海岸線には化石が、夜には星空があった。小学生の頃は恐竜博士か宇宙飛行士が夢の目標だった。この地方を再生させたい大人たちが洗脳した結果だろうけど、子供たちは夢を見て、小学校の発表会でもこの二つが凡その発表材料だった。地方の再生に観光で外部から収益を得ようとする人々に比べ、この地の人々は子供たちこそ宝だと、その成長にこの地の未来を託そうとした。慧眼だった。小学校も海岸での化石発掘、星空のお泊り会など、学習発表会などで町の方針を後押しした。やがて小学校高学年になると少年たちはスポーツに目覚め、幼少期の夢は顧みられなくなる。笑い話になる。しかし数は減っても夢を保つ者もいる。都筑と三原は星空組で、もちろんスポーツもこなしながら、幼少期、少年時の夢を保ち続けた。町の発表会、プラネタリュームでの勉強会で何度か顔を合わせ、小学校、中学校は違ったが、地域の進学校に入学すると知った顔があってお互いびっくりした。進学コースのクラス分けで二人とも理系を志望し、同じクラスになった。クラブは天文部だった。やがて都筑は星を目指すロケット作りに興味を持ち工学を志望した。三原はやがて頭の中、脳の中に宇宙を見て生物を専攻するようになった。気分転換に読んだ心理学、大脳生理学などの新書に触発された結果だった。大脳、ニューロン、シナプスそんなのを読んでいるとこれは宇宙のアレゴリーなんじゃないかと思えてくる。二人の人生はそこで分かれた。

 都筑は惑星探査にひかれてロケットの工学を学び、JAXAまで行くことができた。ロケットの設計に携わり、各部品を設計しているうち、町工場の先代と出会った。実家も町工場だったから違和感がなかった。むしろ懐かしかった。もっとも父は早くに廃業したが。最適な部品の調達を模索していた時、目についた工場だった。それは故郷にあった。故郷はモノづくりの町だと今更ながら確信した。何度も足を運び、自分のプロジェクトに一区切りがついたとき、先代から後を継いでくれないかと打診があった。都筑が行くたび、事務室にお茶を運んでくれるお嬢さんが嫁になってくれた。

 二人で開発したミクロのネジは最高級の品質だったがその分、高価だった。使われる用途が限られている分、その市場が独占できた。ロケット等の超繊細な機器類、小さなスマホにも最適だった。小さな部品、その部品を作る合金、塗装、デザイン。すべてが肉眼では無理なレベルでそんな超ミクロに都筑も宇宙を見た。暗黒の空間に点在する星雲のよう。星雲内には当然個々の星がある。すべてが独立していてなおかつ関連している。すべてがバランスの上にあって統べられている。これは三原の見た宇宙でもあった。三原は今大学に籍を置き、老齢の母が入っている施設に月に一度の割合で面会に来る。母は父が死んでも人生の大半を過ごしたこの地を離れたがらなかった。環境の変化を恐れ、できれば在宅で生活させたかったが、この地に戻るわけにいかず、施設に入ってもらった。せめて月に一度くらいは顔を見せよう、都心から3時間でこの地に着く。三原は故郷に通い、その時には必ず都筑のところに顔を出した。二人は回り持ちの同窓会委員に今年なり、同窓会について打ち合わせをする必要があった。しなければと思いながら、何かと忙しく面倒で話は進まない。しかし顔は合わせた。二人は互いに壁を感じないでいられたからだろう。

 いつもの飲み屋に場所を移した。電話で三原が来たからちょっと出てくると家に連絡していつもの店に向かった。

 別に話すこともない。二人は静かに酒を飲み始めた。三原が今日のこと以外で工場について聞く。大きな変化はないと答える。そっちはと聞き返す。相変わらずの心理、認知、コンピューターブームでちょっとした入門書、新書の類の執筆依頼が来ることを話す。AIの進歩、進化で脳との関連で語られることが多いが、あんなの全部嘘だ。相関関係であって因果関係ではない。似てるだけだ。シナプス、ニューロン、発火なんて言ってるけど、実際は発火するときもあればしない時もある。何万というニューロンが事象のたびに発火したりしなかったり。人は脳がいかに精密で繊細で特殊なのかを聞きたがる。しかし今言ったように、確率なら何千分の一以下だ。したりしなかったり、移り気なのか気まぐれなのか、しかもどこで起こっているのか、なぜ起こるのか、起こったらどうなるのかさっぱり分からない。第一、活動している脳を解剖するわけにいかないんだ、どう観察すればいい。なのに今コンピューター、AIで起こっていること、やれること、やっていることと表面上は似てるからって、それを同一視してる。スイカとビーチボールは全く違うんだよ。似てても実は同種じゃない生き物もたくさんいるじゃないか。

 三原の話を聞きながら都筑は小惑星帯を頭に浮かべている。小惑星が衝突を繰り返して惑星になったり、ならなかったり、ベルトとして浮遊していたり、引力から自由になって飛び出したり。三原に言ったら、同じイメージを共有してくれるだろう。天文部で二人話していたことだから。個があって、群れがあって全体があって、変化したりしなかったり。


深草は一人部屋にいる。社長の都筑からは何も言ってこない。多分どうしていいかわからないのだろう。自分からのこのこ工場へ顔を出してどうしましょうと言っても、社長も困るだろう。一応給料日には昨日までの分が振り込まれ、それ以降は無断欠勤ということでやがて退職扱いとなるだろう。裁判したらこっちが勝つだろうが、争う気はない。こっちが悪いのはわかってる。どうして工場のPCを無断使用したかと聞かれたらつい魔が差したとしか言いようがない。アップしようとスマホを見たら残量がほとんどなかった。どうしよう、時間がないと思っている時、片隅にPCが見えた。ログインしてクラウドのファイルを呼び出す。クラウドの原稿をコピペしてアップを押した。送信済のフォルダーからテキストを抹消してあとは社長に謝っておけばいいと思ってた。まさか炎上するとは。これからどうしようという当てはない。また半年前の生活が始まるのか。壁にサンテグジュペリの「星の王子様」の挿絵ポスターが貼ってある。小学校の高学年になって自分の好きなものというのが流行った。好きな食べ物、好きなスポーツ、好きな色。確かに便利だった。誰それは何々が好きなんだって。キャラが立った。好きな色は赤や青じゃだめだ。紫やこげ茶、蘇芳なんてことを言う奴もいた。食べ物だってラーメンやハンバーグでは駄目だ。ケバブとか、どこそこの何々じゃないと相手にされない。実際いつも同じものを好むわけもなく、およそ自己主張の芽生えでしかなかったわけだが、その時は必死になって自分の好みを探し求めた。やがてスポーツや勉強がその人物のキャラになる。キャラとは評価だ。もう食べ物や色はどうでもいい。中学受験が目の前になって「好きな本」が残った。趣味同様、面接で聞かれる可能性がある。「星の王子様」ならすぐ読める。幼稚だとか俺は嫌いだとか、どこがいいんだとかいう批判もない。読まずに読んだと噓を言う必要もない。誰も読んだのかと疑うことがない。銀河鉄道の夜はよく分からなかった。質問されて答えられる自信がない。言ってるうちに本当に好きなような気になってきた。今、小さな星に立つ王子を見て自分みたいだと思った。


三原が倒れた。血栓が脳の血管を塞いだらしい。連絡してきたのは本人。大学の廊下を同僚と歩いていていきなり目の前が暗くなった。来たかと思ったそうだ。前兆があったわけではない。しかし、きた瞬間脳卒中だと思った。倒れながら、脳卒中だ、救急車を呼んでくれと言っていたらしい。だから軽傷で済んだ。麻痺もそうひどくない。処置が終わった後、携帯で知り合いに片端から連絡した。内容は脳卒中で倒れたこと。今の状況、処置を簡単に書いて、それほど重症ではないこと。そう長く入院もないだろう。だから心配も見舞いも無用だと伝えた。無用とはいえ、何かと用はあるだろう。お母さんのこともある。あの方面でちょっと訪ねたいところがある。そこに出張してついでに病院に顔を出そうと都筑は考えている。メールで近々そちらに行くので、病院にちょっと顔を出す、もしお母さんのことでできることがあるなら請け負うとレスした。しながら三原の脳内の血管の中を、岩石のような血栓が高速度で飛翔し、壁のようになっているそれまでの血栓が作り上げた塊に激突するさまが映画のように浮かんできた。実際は知らない。ただ、映画やテレビで見たのだろう惑星激突のシーンの類似というか比喩というか、そんな映像だった。体の中にも星がいる。


 目の前にいる男も疲れ切っていた。この前三原が来て、何かあったかと都筑に尋ねた時、きっと自分はこんな風だったのだろうと思った。彼も都筑同様、小さな町工場を経営していたが、同様に一方で研究を続けていてある分野に欠かせないちょっとした部品を製作していた。以前から名は知っていた。ネットで連絡し、たまに意見交換をしている。彼の工場ではスプリングを製造している。と言っても見た目は金属の塊なのだが弾力性がある。普通のバネのように隙間のないのが特徴だ。それを使った新しい製品そのものにも着手していたのだが、工員が一人辞めた。開発の中心になっていた若手なのだが工場内で盗撮をしていた。その女性は特にこれといった特徴もなかった。若くもない。(これ自身もうセクハラだろうが)。彼や周囲が彼を追い詰めたわけでもない、彼がそんな趣味の持ち主だったようでもない。

 振り向いたらすぐ後ろに彼が立っていて手にスマホがあった。思わずキャッと叫び、工場が一瞬、凍り付いた。社長の彼がやってくるまで誰もがほとんど動かなかった。狭い工場内で社長はすぐに駆け付け、というか、数十歩でその場に臨場し彼が手にしていたスマホを取り上げた。というより、彼から社長にスマホを渡した。画面には女性のスカートの中が映っていたが、第一女性のスカートの中など、よくわからない。何がどうなのか明確でない。でも確かに彼は女性のスカートの中の写真を撮った。彼を事務所に入れたがかける言葉がなかった。今日は帰ってくれないかというと、彼は黙って頷き、部屋を出て行った。女性を呼んだがやはりかける言葉がなく、ショックだったね。今日は帰っていいよと言った。翌日彼から謝罪と辞めますという言葉がメールで伝えられた。折り返し電話したが電源は入ってなかった。今彼がいなくなると困ると思ったが、彼女からはそんなことをする人が工場にいるだけで怖くて足がすくみ、来れなくなるんですと言われた。彼は辞め、やがて彼女も辞めた。彼は故郷に帰ったらしい。彼女とは連絡がつかない。

 どうしたらよかったのか分からない。どこで間違ったのか分からないというのが都筑の前に座る彼の言葉だった。都筑も何と返していいか分からなかった。

 実はさ、今付き合っている人がいるんだよ。彼が話を続けた。彼の年齢は都築と大して変わらないはずだ。

 用が遅くなって、まっすぐ帰る気になれない商談で、駅前で飲んでたんだ。ほら、この辺り遅くなると若い者が集まって雰囲気変わるじゃない。いつもは怖いっていうか、まあ、近づかないようにしてるんだけど、その日は何となくそんな乱暴な雰囲気にひかれたというか。若い人っていうけど俺たちの若い時のような乱暴さはないんだよ。外国人とかいたらまた、知らないけど。こっちが酔っ払って千鳥足とかじゃない、まあ工場で働いてる分、体がしっかりしてるっていうのもあるのかもしれない、みんな全然まるでそこに俺がいないかのように振舞ってる。そんな中でぐったりしてなんだかおかしな雰囲気の子がいたんだよ。誰も介抱しない、たった一人でぐたっとしてて、口の周りは吐瀉物でいっぱいでその中に顔を突っ込んで倒れてる。窒息して死ぬんじゃないかと思って、「おい、大丈夫か」と声をかけたんだ。応答がないから周りに「おい、この子おかしいぞ」って言っても誰も反応しない。携帯で警官に連絡したらすぐやってきて、この子たちを収容するとか、面倒みるというか、そんなスペースが駅近くにあって、連れていく。手伝ってくれと言われて、若い警官と二人で運んだんだ。そこに預けてこっちは派出所で話を聞かれて、その日はそれで終わったんだけど、翌日その子が工場に来たんだ。昨日の礼だと言って。警官が教えたらしい。警官に言われたのか、本人に何か目算があったかわからない。

もう無茶するんじゃないよとか言って、何かあったら力になるよとか言って帰らせたんだ。結局その子は礼以外何も言わなかった。何しに来たかわからない。ところが、その子と数か月後に駅前でばったり会って。いきなり腕つかんで、おじさん、久しぶりって。何か食べさせてと言われて、言われるままに近くのファミレスのようなとこで食事させて話をしたんだ。まあ、させてくれる、お金ほしい。泊まれるとこできて助かるとか言われたんだけど、病気が怖いしね、美人局かもしれないし、なんだか通り一遍の自分でも説得力のない説教をしていくらか渡して別れたんだ。それ以降、夜遅くその辺りを行くと会えたり、会えなくていつの間にか探してる自分がいたり。そんなことしてたら、いつか、変な奴が絡んできたりするんだろうなと思ってる。まだ何もしてないけど、いつかするんじゃないかとも思ってる。なあ、なんだろうなあ、俺達おかしいのかなあ。あ、ごめん、都筑さんはおかしくないよね。前に辞めた彼のことなんだ。

 ねえ、俺達ってもう、新しい人と出会うことないよね。仕事でもその他でも。ずっと続けてる仕事だから、今更未知の人と出会うこともない。必要な人とはもう、出会ってる。出会うって未来なんだ。俺たちの未知に外部から接触してくる人。例えば学生なら毎年春に新しい出会いがあるじゃない。俺たちは定まった分野で仕事してて中小企業だから毎春に求人するわけでもなくて、新しい事情を立ち上げるわけでもないから新しい人と出会うこともない。プライベートで新しい人と出会うなんて猶更ない。別にただ若いってだけの女の子なんだけど、なのに新鮮なんだ。その状況そのものが新鮮。でももちろんそんな出会いに意味なんてないだろうし。盗撮して辞めていった彼もそんな気づまりを感じてたのかな。

 彼の言いたいことが分かったような分からないような、あやふやな気持ちのまま、そろそろ辞去しようと思った。

 まあ、私も当然似たようなもんですね。でも危ない気がするので気を付けて。また連絡します。さっきの件も含めて落ち着いたら、また酒でも飲みましょうと言って工場を出た。彼は何を言いたかったのかな。寂しいとか、仕事以外の知り合いがいるという自慢か、何だろう。

 三原は元気そうだった。病室に行こうとエレベーターを降りて人の溜まっている個所に偶然目をやると彼がいた。黙ってTVを見ていた。やあと手を挙げると、こっちに気づいて何か恥ずかしそうだった。部屋に戻りベッドに入って、都筑はベッドわきの椅子に腰かけた。お母さんの施設に連絡してほしいいくつかがメモされていて、その紙を渡された。見ながら簡単な質問と確認をした。ついでにお母さんを見舞ってくるよ。高校時代以来だから戸惑われるかもしれないけどというと、すまないなあと言われた。ちょっと様子がおかしいかもしれないが、気にしないでくれと言われた。ちょっと意識が混濁しているときがある。しばらく窓に目をやってこちらに再び目をやった時、様子がいつもと違っていた。

 こうしてベッドで一日過ごしていて、ほんの数年前なら、ノートに退院したらすべきことを列挙してたと思う。ベッド脇には論文の資料とか山積みでさ。今、見てくれよ。家にあった、いつか読もうと山積みのままだった本を持ってきてもらった。大学生協で時間を潰して、あるいは必要な本を入手してその時ふと目について、こんなのも読んでみたいと購入したものの山積みでほったらかしたままだった本だよ。自分の分野と全然関係のない本ばかりで、看護師さんが、専門は何なんですかって聞いてきた。

窓の外に目をやる、読んだ本の一節、食事時の椀の中、見たものから以前どこかで見たイメージが浮かんでくる。退院後の予定や計画より過去の景色ばかりが浮かんでくる。思い出とかじゃない。まさしく、光景が切り取られたように浮かんでくるんだよ。未来が少なく、膨大な過去ばかりが溜まってしまった。今まで何とも思わなかったものとか、もう忘れていたことを思い出す。ケリがついたと思っていたこととかさ。

 都筑は高校の時、私の家に何度か来てくれたよね。その時、兄と会っていたかな。

 いや、いつも昼間で、長居もしなかったし、いつも誰もいなかったよ。学校で三者懇とか、行事の時に顔を合わせて、お前に紹介してもらってお母さんの顔は知った。2年間に何度か顔を合わせたよ。兄さんがいるとは聞いてた気がするが、そういえば知らないな。

 兄は障害があって、母さんが面倒を見てた。年も少し離れていた。自分でいうのもなんだが、私は手のかからない子供だったんだ。幼いころから現実的で、星に興味があってもそれで食べていけるとはとても考えられなかったので、こっちに進んだ。いつか、母に、兄に障害があって、私を妊娠した時驚いたそうだ。妊娠するはずなかったのに、妊娠した。生むかどうか相当迷ったそうだ。兄に障害があって、私を生んで育てられるのか、私にも障害があったらどうしよう、そんなこと考えておかしくなりそうだったそうだ。当然父は産んだらいろいろ手伝うといったらしいけど、一緒に育てよう、じゃないから。まだ男に育児休暇のない時代だったし。実際生んで何かするのは大半が母だったろうし。父は生めとも生むなとも言わなかったらしい。出産前診断で健常と言われたが、精神面やその他までわかるわけない。遺伝子や身体のみの診断なのだし。兄の時には重い異常ではないと言われたが、生んでみたら大変だった。そんなことをいつ言われたんだろう。気づいたら知っていたから4、5歳時にはもう知っていたのかな。だから手のかからない子になったわけでもないだろうけど、母とは何て言うのかな、本音で話せないというか。兄とも疎遠だった。同じ家にいても年が離れていたせいもあるかもしれない。覚えているのは、中学の時、帰ってきたら部屋に兄がいて私の教科書を手にしていて、思わず兄を突き飛ばしたことだ。別にいたずらしようとしてたわけでもないだろう。もう支援学校も卒業して家にいたから、もしかしたら兄も学校に行きたかったのかもしれない。

 早く家を出たかった。だから中央の大学に進んだ。別に家族が嫌いだったわけじゃない。ただ、誰であれ、近くにいられると気づまりなんだ。兄は大学の時に亡くなった。風邪ひいて肺炎を起こしてあっという間に亡くなった。肺炎で人が死ぬのも、一週間かそこらで死ぬのも驚きだった。今母は意識が混濁すると兄の名を言う。ずっと面倒見てきたけど、兄との関係がやっぱり一番濃密だったんだじゃないかな。子供を産んでからの母の人生は兄と共にあってそれが母の人生そのものだったんじゃないかな。兄がそんなだったから、もし両親に何かあった時、私に負担がかからないようにと随分な保険をかけていたらしい。老年になったら兄と二人で施設に入るつもりだったらしい。父はどうするつもりだったんだろう。そこに今、一人で入ってる。

 今、私を兄と間違えたり、帰って兄の面倒を見ないととか言ってる。見舞いに行って何か変でももさらりと流してくれないか。

 うん、別にいいよ。気にすることじゃないから。

 ありがとう。

 長い付き合いの三原だが、今日全く知らない顔をしていたような気がする。

 もし、私が入院したらどんな話をするんだろうと都筑は思う。そう言えば、天文部で文化祭の時はいつも惑星の写真を販売していた。ダントツの人気は土星だった。三原に好きな星は何? って聞くとアンタレスと答えた。赤い一等星で、さそり座から少し離れた星だった。堅実な三原らしくないと思った記憶がある。

 帰りに妻に土産を買った。大したもんじゃない。涼やかな和菓子だった。食べてみたいと思った。夜空の月を見上げる。隕石が地球とぶつかって、地球の一部が抉り取られて、でも地球の周りを其の塵が回って、またぶつかって固まって月になる。地球の周りをまわりながら引力で潮の満ち引きなどいろいろな影響を引き起こす。地球の衛星なわけだけど、それなりに大きいからか二つで一つ、大事なパートナーだと思う。夜空に月がなかったら、なんと味気ないことだろう。深草と話してみようと思った。彼を許そうとか、仕込もうとかでなく、何となく彼と話してみたいと思った。


 深草を預けたベテランの味沢さんと話す機会が多くなった。というか、味沢さんがよくしゃべるようになった。

 深草のアパートに行って、研磨の仕事をしないかと言った。何か手に職をつけたいと思っていた。研磨の仕事ならどこででもやっていける。いや、辞めたいとかじゃなくて、ずっと遠い将来、何かあってもどこででもやっていけると思うと気が楽になるのでぜひお願いしますと深草が頭を下げた。初めて自分の意思を見せたんじゃないかと思った。そしてその姿が普通の人間のように思えた。つまり今まで私は深草をなんだかよくわからないもののように思ってたんだということか。深草の表情が見えたし、振舞いに輪郭が見えた気がした。立体的に見えたように思えた。

 味沢さんは最初、渋った。口数が少なく、もともとよく話していたわけでもない。試作品ができるとまずそのままでは使えない。味沢さんのところに持って行って、ここを削ってこれに合うようになど指示するとその期待通りにしてくれる。数字でいうより、感覚的に指示するほうが伝わりやすい。そんな職人の味沢さんだから誰もが一目置いている。先代からの職人たちが都筑に従うのも味沢さんが従ってくれるからだ。味沢さんは先代に恩義を感じているらしく、その先代が見込んだ都筑を信用している。この工場の経営を成り立たせている、いくつかの重要なパートの一つに違いない。そんな味沢さんに深草を頼んだ。声をかけたはいいが、後は味沢さんに丸投げしてる。そんな後ろめたさはあったが、自分ではどうしようもない。

 自分は教えられませんと固辞する味沢さんだったが、好きにしてくれていいからとなだめておだてて無理やり押し付けた。口下手な味沢さんと何を考えているかわからない深草は気まずそうにいつまでも黙って視線を逸らしながら対峙している。それが初日だった。それからも二人の距離は縮まったようには見えない。言葉少なく指示する味沢さんと消え入るような声で返事する深草。怒鳴ったり、手を出したりすることのみ心配していたが、味沢さんはそんなことはしない。ただ、小さな声で言葉少なく、「××(を取って、)」と名詞一語で指示する。深草は「××? 」と鸚鵡返しに言い、味沢さんが指さして教える。うなずき渡す深草。これでは自分でさっさとやったほうが早いだろうが、味沢さんは懲りずにそれを繰り返す。そのうち工具の名前を覚え、切断した破片を今やったように磨いてみろと少ない言葉と身振りで指示する。何となく二人なりのコミュニケーションが出来上がっていく。黙り勝ちが深草が味沢さんには合っているようだ。

 押し付けたままで済みません、深草、どうですか? 

 顔を見ると味沢さんに声をかける。「ええ、」とか「まあ」しか返ってこないが二人の関係は続いているので不安は今のところない。

 ある日、酒を飲みませんかと誘ってみた。味沢さんも話したいことがあったようで応じてくれた。行きつけの店に誘った。なかなか話が進まない。しかし、肴をつまんでコップを傾けるにつれ、ほぐれてきた。その開口一番がこれだった。

「あいつ、メモを取らないんです。」

 え、何のこと? 

 彼の言うには、深草はメモを取らない。ただ聞いている。だから何度も同じことを言わなければならない。堪りかねて「メモを取ったらどうだ? 」と言った。深草は不思議そうな顔をしていたそうだ。学校でどうしてたんだ? ノートをとったりしただろう? というと、学校でノートを取ったことがないという。深草の言うことが分からなくて珍しく話し込んだ。深草の言うことには、学校では教師が空欄の点在するプリントを配り、それを授業中に埋めていくらしい。授業では問題の解き方を教師が説明して、その手順通りプリントを埋めていく。ノートに貼って提出する。あるいはタブレットにとんでくるシートに同じような作業をして、保存する。

 なんだかよくわからない、言っていることが分からない。味沢さんは帰って教師をしてる息子に聞いたそうだ。

 今学校の授業では教室のスクリーンにパワーポイントで図や絵を映してそれを生徒のタブレットに送り、空欄を埋めさせている。その作成で空き時間は潰れてしまうそうだ。教科書会社から付属資料で送ってくるけどネットにあるフリーの教材のほうがよっぽど使い勝手がいい。テストも自動採点で処理するらしい。教師は保護者のクレームとか登校しない生徒のタブレットに教材を送ったりチェックしたりとそんな用ばかりで時間が潰れるらしい。

 我々のころは教員の質が低くて、まともな板書などなかった。教師の言うことを聞いてノートにメモする。たまに歴史の教師が、教科書を見ながら参考書張りの板書を仕上げると、あいつ出来ると感心した。数学の教師もそうだっかな。英語の教師も。

 教師は問題を出して答えを言うだけだった。過程は自分で考えた。だから方程式のある数学はある意味、明快だった。なぜそうなるのか、友達に聞き、参考書で調べた。国語なんてどうしてそうなのかさっぱりだった。体育の授業とか、クラブではうさぎ跳びとかしてたしね。教師は生徒を殴ってたし。

 味沢さん剣道七段で毎朝、道場に行ってから出勤する。

 若いころ道場に来た初心者に説明すると、「説明などせんでいい、ひたすら素振りをさせろ」って先生に言われた。ある時、「親切の不親切」って知ってるかと言われた。いろいろやらせて自分で気づかせろと。これ取っても効率が悪いんです。一言いえばできるようになるのに、言わない。もともと、教えるノウハウがなかったんでしょう。昔の人のように、毎日時間があって、剣道だけがひたすら楽しくて、時間を費やすのが苦でなかった。そんな時代があった。今はほかにもたくさん楽しく面白いものがたくさんありますからね。でも確かに数をこなさないと分からないこともあるようです。また、必要な筋肉とかができてないと教えられないこともあるかも。

 道場は稽古するところじゃないとも言われた。稽古、練習は家でする。いろいろ工夫してその結果を道場で試してみる。好きなことしてるんならそれでいいんだろうけど。

 今の学校ってある面でそれに似てる。似て非なもんなんだけど。

 学校では結果だけがある。穴が空いていてそれを埋めるだけ。答えをどう出せばいいか、どう解けばいいか、手順をまず教えて、考える作業をすべてすっ飛ばして答えだけを言う。生徒は答えを合わせるだけ。いい学校に行ったら幸せになれる、成功できると信じている生徒はそれでいい。少しでも早く多く答えが合う。それで成績が上がって、上級学校にいけるわけだから。でも昭和の人口が増え続けてドロップアウトなんて言葉が流行った時代、ドロップアウトした親が、学校なんて行かなくても、成績なんて実社会と関係ない、食っていけると思っている親が、子供の教育に積極的なわけはない。みんなが普通に学校に行かせるから自分も行かせる。子供が学校なんて行きたくないと言えば、邪魔くさいから勝手にしろという。子供が引きこもっていてももう、世間なんてないから気にならない。自分で何とかしてくれたら、自分で食っていってくれたらそれでいい。学校はうるさいことを言わないでいてくれたらそれでいい。

 そんな、ここにある答えをタブレットの空欄に移すだけの(これは写すの間違いではない。)学校が面白いわけがない。隣に座っている生徒も経験は同じだろう。昭和なら三人寄って無い知恵を絞り、答えを導きあった、教えあったが今ならみんな答えを知っている。書き写すだけだ。こんな学校が面白いわけがない。深草が学校に行かなくなったわけが分かったような気がします。味沢さんはこんなことを訥々と語った。味沢さんの息子さんが教師だったり、味沢さんが剣道七段という、名人だったこともその時知った。あるいは知ってたけど、気にしてなかっただけなのか。


 半年前にいろいろあってどうなることかと思っていたが、すべてどうにかなっていくもので、最初あれ程ちぐはぐだった味沢さんと深草君だったが、今では深草君が味沢さんを師匠と呼び、もちろんそれは味沢さんを尊敬して名を呼ぶのもおこがましく、それでいて、それを真正面から表現するのは照れ臭い所から思いついた呼称なんだろうけれど、そんな彼の思いは周囲に伝わり、同じく味沢さんを慕っている工員仲間は深草君を仲間と認めたようだった。もちろん味沢さんが彼を認めたというのが一番大きいわけだが。深草君は熱心に味沢さんからすべてを学ぼうとしている。簡単な研磨などできるようになり、他の社員同様の扱いにしてもいいかと考えるようになった。給料体系もいつまでも見習い扱いというわけにもいかず、正式の労働契約を結ぼうと彼を呼び出した。すると彼のほうからも相談があるという。夜学に通いたいというのだ。

 この前、味沢さんに誘われて焼き肉食べに行ったんです。その時の話なんだけど、と深草君は語り始めた。

 今日の朝知らなかった、できなかったことが、今日の帰り時分には下手なりにできるようになってる。新しいことを知った。それを繰り返してしばらくするとまあ、それなりにできるようになってる。そんなことを繰り返して新しい技術とかテクニックとか知識とかがどんどん増えていく。そして数年たったらそこそこできるようになってる。さらに数年すると一人前になってる。最初は何もできない、だからその分、知るべきことできるべきことが山積みですべてが新鮮だ。大変で目が回りそうだ。周囲は全て自分よりできる人ばかり。でも次第にできることが増えてくる。その分新鮮さもなくなってくる。そして一人前になってる。差し当たってもう学ぶべきことはない。周囲も教えることは一通り教えた。すると退屈になる。どうする? そのまま今のままの技術で仕事を淡々とこなしていくのか。

 ベテランとは言われるだろう。もう初めのような急な成長とかないし、うまくなるわけでもない。でも時々名人と言われるようになる人がいる。「味沢さんのような? 」いやそうじゃなくてど素人、初心者から一人前までの距離より、一人前から一流までの距離のほうが大きいと私は思うと味沢さんが言った。うまく言えないけど、剣道に例えると、初段から五段までより五段から六段までのほうが距離が遠いんだよ。五段までなら、必死で努力すれば誰でもなれる。でもいくら努力してもそれだけではなれない境地もあるんだよ。正確な知識と丁寧な鍛錬、繰り返した時間、そんなすべて。今の技術の完成形を求めてやってると名人とかいわれるようになってるかもしれない。でもそのためには何年も何重年もかかるかもしれない。一流になる方法なんて誰も教えてくれない。正しい知識と目的意識かな。


 味沢さんは手取り足取り教えるわけではない。論理的に教えるわけでもない。やるべきことをやって見せて、やってみろという。もちろんできない。すると簡単に説明する。説明が足りなくて、周囲の工員が説明を補ってくれることもある。

 習得というのかな、それが分かった気がするんです。今習っている技術とか知識とかが血肉になっていく。やっていることが自分の体の一部になっていく。味沢さんは技術面ではあまり教えてくれないというか、言葉足らずというか、でもやってみて、どうしてもできなくて、でも理由が分からない、そんなとき、足幅とか、つま先の方向とか、腰を落とす、入れる、指先の第二関節の向きとか、そんな体の位置、向きをサラッと直してくれる。すると突然うまくいくんです。手品みたい。

 研磨が面白くなってきた?

 いえ、まあ研磨は面白いです。でも研磨が面白いのではなく、習得というのかな、学ぶことが面白い。自分の中の何かが変わっていく。付け足されていく。筋肉とか体重とか、もちろんそんな変化もあるんだけど、腰が据わるとか、膝に余裕ができるとか、肘、膝の向きだとか、そんな変わっていく自分が、学ぶということ。それが面白い。味沢さんはすごいです。これからも付いて、いろいろ学ぼうと思います。でもちゃんとした知識もほしい。学校にもう一度行って体系的に学びたいなあと思ってるんです。この地の定時制高校で教えているT先生ってすごい人らしい。工業科の先生なんだけど、いろいろな高校の大会に生徒たちを出場させてるし、動画なんかもあって。この前見学会に行ったら気さくで、でもどこか、味沢さんと同じ雰囲気なんです。

 定時制と言わず、高校に再入学してみたら。卒業してからでも君さえよければいつでも受け入れるよ。

 話の流れで思いついたままを口にした。

 でも今指導してくれている師匠に悪いし。

 そんなこと気にする味沢さんじゃないよ。君と知り合って、そんな君が新しい世界で新しい挑戦をするなら、きっと応援してくれるよ。

 考えてみますと深草君は言う。本当に困っているようだ。どちらがいいか、まったくわからない。当然、都筑にもわからない。今のまま決まった軌道を公転するか、引力に逆らって飛び出し、他の惑星と衝突するか。それで星が崩壊するか、新しい環境が生まれるか。


 最近この地にも外人さんが増えた。高校時代、外人なんて、この地の中心地に行ってもそう出会うものではなかった。特に観光に力を入れてるとか、なにかしてるわけでもない。でも様々な人が動画をアップしてこの地の誇れるものを見つけ出してくれて、それに誘われていろいろな人が来るようになった。それぞれに変わっていくらしい。深草君が味沢さんに付き従って行動したこの半年、何があったわけでもないのだが、職場が生き生きとしてた気がする。若い人が動くと周囲も変化するらしい。研究員も工員もそれぞれ何かをし始めているようだ。それに感化されたのか、都筑もまた新しい挑戦ができないかと思っている。もう年だし、時間がないしと思いながら、別に結論を出す必要はない。時間がなければ、時間のあるところで行きついたところまででいいではないかとも思い始めている。

 停滞していた宇宙に運動が戻ってきたような気がした。

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