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第四話 温かい、食事はどれも一人分。

「さぁさぁ座って座ってー。スプーンとフォークはこれでいいかな?」


 一番奥のガランとした誕生日席に座らされると、勢いのまま両手に何かを握らされました。

 プラスチックの持ち手の、鋭さのないフォークとスプーン。

 手にするには小ぶりのそれは、ずっと昔に使っていた子ども用の小さなカトラリー


「あの、これは……?」


 まさかこれで、自分で自分を切り分けるショーでも披露しろと……?

 それにしては丸みを帯びたフォルムがこの空間に似合わない。プラスチック部分に犬のイラストもついていて、この人たちが用意したのでしょうか────。

 なんとも趣味が悪いですね。


「うんうん、かわいいかわいい。よく似合うねっマイマイ!」


 親指を立て元気に褒めてくれるアデルに、顔が引き()ります。

 いつもなら『可愛い』と言われることは嬉しいのですが、残りわずかな余命の前では何の感情も起きません。

 そんな私に構わず、両隣からぽんぽんと良い香りと白い湯気が立ち上るスープと、バスケットに盛られたパンたちが目の前に置かれました。


「さぁ、どうぞ召し上がれー」

「召し上がれって、………」


 机の前にはひとり分の食事。

 アデルは隣で(うなが)してくれますが……。

 先ほど簡単に紹介のあったジェイド、どっちがどっちか分からないけれどリュカとブレイズがそれぞれ少し離れた席に座り、アデルと同じように勧めてくれました。


「……あの、皆さんは?」

「それはお前の分だ」


 先に部屋に入って行ったはずなのに、姿が見えなくなっていたヴィクターの声が後ろからしました。声の元を探すと、赤いマグカップを差し出す腕が視界いっぱいに入ります。

 白くて甘さが伝わる湯気と一緒に、透けた赤い瞳の城主を見上げると、────近くで見ても綺麗な方です。

 毛穴や髭も見つからず、ツルツルのお肌にどきりとしました。


「我々はあまり食事は摂らない。だからこちらを気にする必要はない」

「ヴィクター様自ら、こんな野良猫に餌をやる必要はないかと……」


 先ほどから私に対して嫌悪感を見せるフィルと呼ばれる少年が、悠然とそばに立つヴィクターに訴えていました。

 ですが何も気にした風はなく、またこちらに微塵(みじん)の興味もなさそうに一歩離れて立っていらっしゃいました。

 美しいだけでなく、とても静かな方のようです。

 反対側でアデルが椅子を引き寄せ、隣に座りました。


「迷子の子猫ちゃん、あなたのために作ったんだからたくさん食べてね。ヴィクター様もどうぞとおっしゃってるわ」


「……えっ」


「あなたは運がいいわね、マイラ。ヴィクター様も私たちも食事にはこだわりがあるの。生ものにはあまり興味はないから、安心してね」


「……生もの……」


「こちらに来てから数十年経つが、カリブンクルスに迷う人間なんて初めて見たぞ。しかも良い体幹持ちだ。────実に好ましい」


「……はぁ」


「ブレイズはそればっか。マイラは今いくつなんだ? ここでは俺が一番若いんだけど、もしかして同じくらい?」


「えっと…………?」


 次々と思っても見なかった言葉をかけられ、またテーブルに座る皆さんを見て呆然とするしかありませんでした。

 優しい声に言葉たち。微笑みを見せる皆さんの気遣う温度が、カチカチに固まっていた心臓を温めてくれるようでした。


「後で部屋を用意するから、今夜はゆっくり休みなさい。明日準備が整い次第、カミェーンへ送ろう」


 特に何の感情も見えない赤い目がこちらを見下ろすも、その声はひたすらに穏やかでまるで冬の朝のよう。


「暖かいうちに手をつけるといい。冷めては味が落ちてしまうから」


 穏やかな声がしんと静まる部屋と、緊張する身体に響きます。

 持たされていたカトラリーを机に置き、赤いマグカップにおそるおそる口をつけました。


「──────美味しい」


 匂いからもしかしてと思っていたけれど、ホットミルクでした。

 しかもただの牛乳ではなく、今まで口にした牛乳は絵の具を溶かして搾ったカスだったのではと思うほど濃厚で甘くて美味しいものでした。


「口に合うならなにより」


 隣に立つ美しい人は、そう言ってくれました。




 責めるでも嫌うでも、面倒がるでも遠ざけるでもない彼らに、偶然迷い込んだ自分が気遣われる理由が分からない。

 見ず知らずの赤の他人である自分のために、用意された温かな食事や飲み物──、今までいたところではあり得ない待遇だ。

 誕生日席だって子どもの頃、座れる順番が回って来ないまま大きくなってしまった。……座っていた子たちが(うらや)ましかった。

 私が『足りない人間』だから、普通を享受することが出来ない。

 いつでも私の上位互換たちがいて、『足りない人間』は見向きもされない。

 この小さなカトラリーも、使い古しの元の絵も禿()て欠けた見窄(みすぼ)らしいものしか手にしたことはない。

 不要な人間なんかにかける親切も情けも、どれも無駄なコストでしかないから、『足りない人間』には与えてもらえない。






 喉が潤うと、急にお腹が空いて来ました。

 小さなスプーンで一口、美味しそうなスープに手をつけます。


 いつもみたいに、元の食材がなんなのか分からない、冷たくまずい栄養食ではない。

 ごろごろと大きく切られた野菜のスープが自分のために用意されている。──『素材の味』って今まで訳も分からず使っていたんだと、この時初めて知りました。

 一度口にすると身体は貪欲なもので、飢えを満たしたくなり温かいスープと、香ばしい香りのするパンに手を伸ばしました。

 ミルクパンのふわふわの食感としっとり感に感動し、固くて香ばしいバケットに今まで食べていたのは形だけ真似したニセモノだったのかもと、余計な感想が浮かびます。




 美味しい──。

 食べることって、こんなに嬉しいことだったんだ。




 雰囲気だけ味付けされた飲み物でもない。

 牛乳がこんなにも美味しいなんて知らなかった。

 熱すぎない温度を一気に飲み干すと、ようやく気持ちが落ち着きを取り戻しました。


「……どれも大変美味しかったです。ありがとうございました」


 思っていた以上にお腹が空いていたみたいで、人目があるのにがっついてしまいました。

 こんなの、全然可愛くない。

 やってしまった〜〜〜。


「えへへ。よかったぁ」

「……まさに野良猫だ。食べ方まで見苦しい」

「元気な証拠ね。お代わりするならまだあるわよ子猫ちゃん」

 

 彼らの、無償の親切が理解出来ません。

 私のいた場所なら、誰がどうなろうと自己責任だと言うのに。

 誰かに手を差し伸べたところで、その手ごと持っていかれることも日常茶飯事です。

 幸せになりたいのなら、幸せを持ってる人から奪わないといけないのに──。

 

 ガラスのように透き通る赤い瞳が優しく細まるヴィクターと目が合いました。


「ミルクは気に入ったか? まだ欲しいのなら用意しよう」


 美味しいもので満たされたお腹はもういっぱいなのに、まだ何かを差し出してくれる優しさがとても嬉しくて────。

 ちっぽけでつまらない、しみったれたものしかなかった心が、壊れてしまいました。


「ど、どうしたのマイマイ……?」

「こういう時はそっとしておくものよ、アデル」


 食事をしただけで、気持ちまで満たされるとは知りませんでした。

 満たされすぎると、何かがぽろぽろと(あふ)れてしまうなんてことも、この時初めて知りました。

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