第三話 招かれた、今夜のメインはこの私。
廊下は薄暗く、天井は高く、横幅も広い。カスカスの語彙が足りなくなるほど壮麗でした。一体誰がどう作ったのか謎と言わんばかりの光景です。
いわゆる『お城』、という場所なのでしょうか。ドラマや映画などで見た憧れるような空気はここにはなく、自分がちっぽけな存在であると、空気全体が伝えているような場違い感です。
前を歩く殿方たちは一度も振り返ることもなく静かに歩いているので、不躾ながら観察してみました。
黒髪の男性三人は皆さん比較的短くて、黒の長いマント的なのを着ています。マント……、なんでそんなの着てるんだろ。
先ほどお顔を見た時、同じくらいの歳の方が二人、銀灰色の麗人と歳が近そうな方がひとりと、年齢に差がありそうでした。
ここにいるという事は、彼らもやはり吸血鬼なのでしょう。
一番前を歩く麗人は正面で見た時よりも髪が長いようで、後ろに伸びる髪を黒いリボンでひとつに結んでいます。────ただそこにいるだけで、顔も見えやしないのに、先ほどの邂逅をぐるぐると思い出しては頬が赤くなります。
これから自分が食事になるというのに、まったく能天気なものです。
だけど最期に見る光景が、美しい人の手で命が終わるというのなら、それも運が良いのではないでしょうか。
元いた町────、カミェーンみたいな場所で腐って死ぬくらいなら、ずっとマシな運命だと言えるでしょう。
着々と自分の終わりが近付いている恐怖が、高揚へと変わっていくのを嫌でも自覚していきます。
────この高鳴りは勘違いだ。
簡単に騙してくれる脳が、恐怖を遠ざけてくれるようでした。
私は可愛いまま、素敵な想いを抱いて死ねる。
最高の人生じゃないか──。震える手を握り、ドキドキと早鐘を打つ鼓動を抱き止めました。
前を行く殿方たちの歩みが止まると、大きな扉が開かれました。
「────お待ちしておりました、ヴィクター様」
中から二人のドレス姿の女性が出て来ると、皆様がこちらを振り返ります。
美しい人を取り巻くように揃う人たち。
絵になるなぁ。
刻一刻と終わりが近付いてるのに、そんな感想が浮かびました。
「その子がさっきの」
「へー、可愛いね。名前は?」
「カキツバタマイラ、だって。ブレイズが気に入っている」
「名前が面白いし、こちらに現れるなり庭で鍛えていた。見どころがあると思わないか?」
「不法侵入な上、ただの不審者だ。わざわざ僕たちが運ぶ羽目になったし迷惑極まりない」
五人が口々に話していますが、それに構わず美しい人、────ヴィクターは先に部屋に入って行かれました。
「ごめんね〜? フィルは人見知りなんだー。さぁ、おいでマイマイ。あっ。マイマイって呼んでいい?」
「フッ、虫ケラにはちょうどいい名前付けだな、アデル」
「フィル、そんなことばかり言っては口が歪むわよ? ────さぁ、おいでマイラ。寒かったでしょう。あなたのために食事を用意したの」
「口に合うといいなー。久しぶりの料理だから、ちょい自信ないけど」
二人の女性がこちらに来ると、手を取ってくれました。
「私はアデルで、こっちがジェイド。リュカとブレイズはマシだけど、フィルはヴィクター様以外にはずっとあんな感じだから気にしないでねー」
元気な少女、アデルに手を引かれ、部屋に連れ込まれました。
一番最初に見えたのは一体なんのための長いテーブルなのか、たくさんの椅子も置かれている豪勢な部屋でした。────そばにいる人数以上の数に、まだ他にも誰か来るようです。
私が100人寝転がってもまだ余裕のありそうな長いテーブルで、今宵のご馳走として提供される自分の姿を想像し気分が悪くなりました。
動きが鈍くなる私に、人懐こい笑顔を浮かべるアデルに背中を押され、否応もなく奥へと連れて行かれます。
有無を言わず粛々と、最期の晩餐が用意されていきます。