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第二十四話 冷たさに、溶けてなくなる白魔かな。

 ふたつめの出来事はお城の外に出たことです。

 次の日の朝、足跡がたくさんつけられた、外に初めて自分の足で降り立ちました。

 白く(つの)るものを踏むたび、重なる足跡の上に自分の痕跡が残るのが楽しい────。


 移動都市パウークは大きく、空から降るものを(ふさ)ぐよう影を作り(そび)え立っていました。長く幅広の自動階段がひとつ。大地と繋がっているけれどそれだけ。

 今は誰もここに居ないのです。

 アデルたちにも声を掛けたのですが、明るいうちに外に出るのは好きじゃないようで、ひとりで外へとやって来てみたのです。

 大きく息を吸うと、ひんやりとした空気が身体の中に入ります。静かで冷たい空気が、白い形になって消えていく────。

 ウラーでは当たり前だった人の声、足音、エンジンやすれ違った時の風の音──。耳の奥で反響する音は遠く、冷たさが全てを飲み込んでくれる清々しさがありました。

 この白い雪────みんなが化学物質(まみ)れの廃棄物だと言っていましたが、私には別のものに見えて仕方がありません。

 特殊加工された手袋越しに、真っ白な雪を(すく)ってみました。

 ひんやりと伝わる冷たさに胸を高鳴らせ顔を近付けて見ると、いろんな形をした結晶が見えてきます。

 透明な色に驚きを与えようとしているのか、模様で作られた花のようです。一部欠けたもの。隣と溶け合うもの。どれも結晶だというのに、光を受けて輝く雪はなにひとつとして同じ形はなく、どれもキレイでした。────小さな花束を受け取った、そんな気持ちです。

 手袋に触れた雪花が溶けていくのに気付き、空に向かって振り上げました。

 (すく)った形は空に広がり、キラキラと輝きながら地に散っていきました。

 どこまでも広がる雪原が全てを洗い流してくれるようで、最高の1日が始まる────。そんな予感で、私は大きく息を吸って期待で胸をいっぱいにしました。


「あまりそれに触れない方がいい。身体に不調を(もたら)すものだ」

「へ? あっ、え──? ヴィ、ヴィクター、様……?」


 唐突に後ろから声と共に現れたのは、肩にロングコートを羽織った、たっぷりフリルがついた首元の広い真っ白なブラウスのラフなヴィクターの姿でした。

 玄関を出てパウークと家の間の影のない部分を歩き、そのまま私の方へとやってきました。


「そんな格好で? だ、大丈夫ですかっ?!」


 寒さとか日差しとか、気になることはたくさんあったけれど、歩くたび雪の踏まれる音と、大きな一歩であっという間に隣に来られて、驚きと緊張でドキドキとヴィクターを見上げることしか出来ませんでした。

 だけど白い髪の下から(のぞ)く赤い瞳は、私よりも遠くを見渡していました。


「この程度の光量は大したことはない。久方振りに外に出てみたが……、ここは何もないだろう。昔から何もなかったが」

「そんなことは……。ここには雪がたくさんありますよ」

「…………雪?」

「昔授業で、話だけは聞いたことがありました。ヴィクター様は雪の結晶を観察したことはありますか? どうして(つか)めもしない水から、こんなきれいな形が生まれるのか、ずっと想像もつかなくて────。きっと本物を確かめる機会なんか一生来ることはないと、ずっと思っていたんです」


 ────『良いこと』が、早速やってきた。

 黒の手袋に残る雪を差し出すも、大して残っていなかったので笑って誤魔化してしまいました。

 脈打つ鼓動を嬉しさで隠し、地面に積もる雪たちに語りかけます。良い機会を与えてくれてありがとうございます。


「……長いこと、地上にはこれしかないが、……そうか。ウラーでは第三界層でしか見ることはなかったか」

「第三界層ってなんですか?」


 聞き慣れない言葉にヴィクターを振り返ると、困ったように、哀れむように眉が下がりました。

 もしかして、おバカな質問をしてしまったかもしれません。気まずさMAX。


「あの、えっと──」

「……ウラーの高位階級だけが許された特区で、いわゆるリゾート施設が(つど)う場所だ。聞いたことはないか」

「そうなんですね! 噂ではすごい場所があると聞いたことはあるんです。だけど私みたいなランクの低い人間に縁がないので、何があるのかなんて考えたことはなくて──」


 自虐ネタに走りそうな自分に、冷静なもう一人の自分が大きくバツをしており、勢い付きそうな自分を止めました。


「だ、だけど、別に全部が嫌だった訳ではないんです! 良いところだってあるんです。例えば……、例えばその──、流行が生まれるのは私の通う学校からだったとかで、よくニュースにも取り上げられていたんです」


 誰かに話したくなるような、楽しい話題を集めてしておけばよかった。好きじゃないことも多かったけれど、──道端で見つけた花が良かったとか、人とのやりとりで思わず笑ってしまったこととか、私の心を動かしたものはあったはずなんです。

 周りを見渡せば誰も居なくて、たった二人きりで話せる大事な機会。だからどうかと────、冷たいその表情が少しでも変わりますように。願うように言葉を探しながら、なけなしの記憶を拾っていきます。


「ヴィクター様は聞いたことがありますか? 最近私の学校ではダンスが流行っているんです。ダンスと言っても手振りだけの簡単な振り付けで、誰でも踊れるようなちょっとしたものなんです」


 雪のように冷たさのある赤い瞳は、私を見下ろしているだけですが、言葉の続きを待つように穏やかなものでした。


「流行りの曲のフレーズに合わせて踊るんですけど、ひとりで踊ったり誰かと踊ったり。今はカメラに編集機能が付いているので、簡単に見栄えが変えられて。ネットで公開するたび、広く話題になったんです」


 まぁ、そのカメラを私は手にしたこともないんですけど。

 私のすぐ隣で流行っていた話しを伝える(むな)しさに、楽しい気分が私を避けるように遠ざかって行きました。


「……あはは、私はそれに参加したことはないんですけどね。だけど、クラスで楽しそうにしているみんなを見ているのは、好きだったんです。でも音楽に合わせて手を動かすことの何が楽しいのか、あの時はよく分からなかったんですけど」


 無理に取り(つくろ)った話題を伝えたところで、心は正直なことにしか向き合ってくれないようです。

 それに彼へ嘘をついているようで気が引けてきました。────なんたって私は『まずい』人間です。いまさら上辺を取り繕ったって、どうしようもないじゃないですか?


「悪いがそこまでウラーの世情には通じていない。……だが、いつの世も人は音楽を()で、旋律に身体を(ゆだ)ねたがるようだ」

「今度、良かったら見てくれませんか? アデルやリュカたちで練習しますので!」


 物思いに(ふけ)るように(つぶや)くヴィクターに、好機と言わんばかりに食いつきます。

 あの二人はきっと、この話をしたら付き合ってくれると思うんです。ブレイズやジェイドや、フィル────は難しくとも、ヴィクターの為ならもしかしたら一緒に踊ってくれるかもしれない。でもどんな顔で?

 そんな想像をしただけで、楽しい気分はすぐに戻って来てくれました。


「きっとここのみんなとなら、楽しいと思うんです。ヴィクター様はどんな音楽がお好きですか? 昔の曲? 最近の曲? カリブンクルスにも何かミュージックプレイヤーとか……、ありますか?」

「お前からすれば、ここに在るものは全て古いだろう。……恐らく、アデルたちが何かしら持っているかもしれない。あとで聞いてみるといい」


 冷たい色をした優しい言葉をくれる人────。さっき(すく)い上げた雪のように、光を反射してサラリと舞い散る景色そのままに、どんな言葉でも私の胸にじんわりと広がっていきます。


「はいっ! 是非そうします」

「そろそろ中に入った方がいい。身体を冷やすのは、お前には毒だろう」

「……ヴィクター様はパウークにご用事が? もしかして足止めしてしまいましたか?」

「いいや。外に行くお前が見えたから来たまでだ」


 心配してくれたことに舞い上がってしまい返事も出来ずにいると、ヴィクターは一足先に家へと足を向けました。


「……マイラ、客人がいる間は出来れば誰かといなさい。残念なことに私の知人は、人が()いとは言えない連中ばかりだ」

「わ、分かりました! この後はアデルたちと一緒にいます」


 ため息を吐き、心配してくれたヴィクターのために、私の短い探検は終わりにしました。

 けれども、今までで一番ふたりで話せた。嬉しさから冷静な背を追いかけ、一緒にカリブンクルスへと戻りました。

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