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第二話 明るみに、対面せしは美の化身。

 今から数百年程前、地上から太陽が失くなりました。

 消失したわけではありません。地上に陽の光が届かなくなったのです。


 そして同時に、地上をある者たちが支配することとなりました。

 その名は『吸血鬼』────。生き血を(すす)り、不朽不滅の存在です。

 弱点を持ちながらも、世界が暗転してから力を増した彼らに、地上で暮らしていた多くの生き物たちは逃げることしかできませんでした。

 逃げ延びた先は、通称≪ウラーの地≫。この日のために用意された、地下深くに作られた空間でした。

 人工太陽を用い、地上での暮らしとほぼ変わらぬよう設計されていた場所でしたが、全ての生き物を収容出来るわけではありません。

 多くの問題を抱えながら、今日まで存在していました。


 そして今私がいるのは通称≪ムートの国≫。太陽が失くなって久しい地上です。

 地上への出口は全て封じられていますが、それは物理の話。

 科学では及ばぬ力が、彼らの元へ招かんと《ムートの国》への道が開かれることがあると教えられてきました。

 油断した餌が、彼らの元へ運ばれるようにと──。




 ◇◇◇




 目を開けると、火が揺れているのが見えました。

 パチパチと音を立てているそれは、木を燃やしているようです。木の焼ける匂いがいい香り。

 でもその火は外で燃えているのではなく、室内の隔離された場所に置かれています。

 近くも遠くもない場所に届く火の暖かさに、ここはどこかと疑問が浮かびました。

 手をついて起き上がると、身体の下にはふかふかのクッションが敷かれ、身体の上には軽くてふわふわと暖かい布団が被せられていたようでした。


「なるほど──。どうやら夢を見ているわけね」


「起きたか」


 自己完結に感想が添えられ、驚いて振り返りました──。

 本の中でしか見たことのないような高い天井と広い部屋、天井まで届く本棚にぎっしり詰められた分厚い本たち。

 その前に立派なソファに座る、ひとりの男性────。


「巡回していた者たちがいたから発見が早かった。──お前は運が良い」


 こちらを案じてくれる男性は見た目は30代後半でしょうか──。年齢には早すぎる銀灰色をしており、不健康そうな青白い肌にかかっていました。


「こんな日に迷子とは難儀だったな」


 赤い瞳が退屈そうにこちらを見下ろすと、先ほどの寒さが蘇るようでした。

 ────人ではありえない色。

 だけど炎を閉じ込めたような綺麗な色をしています。


「ちょうど雪が降り始めたところだ。空からの灯りも少ないタイミングでは、さぞかし心細かったであろう」


 その人は首元にボリュームのある柔らかなドレスシャツに、黒のスラリとした光沢のあるズボンというシンプルな出立(いでた)ちで足を組んでいました。

 同じ色の傷ひとつない革靴を持ち上げ、両足を絨毯に置くと立ち上がると、痩身ながらも背が高く立派な姿です。


「私の名はヴィクター・デュ・カリブンクルス────、この城の主人だ。名を呼ぶことを許そう」


 ですが、私は阿呆となってただ口を開き、彼を見つめることしか出来ませんでした。


「お前はどこから来たか、覚えているか?」


 背筋に走る本能的な恐怖と、彼を捕える両の(まなこ)が胸のうちに訴えます。

 ただ一言────、『美しい』という感動で打ち震えることしか私には出来ませんでした。

 これほど美しい人が存在しているのかと、自分の小さな世界を打ち壊されたかのような衝撃です。


「多少、ウラーについては知っている。235の都市があるはずだが、お前はどこから来た」


 綺麗なものなんて人生で数えるくらいしか見た記憶がありませんが、今までの記憶が全て目の前の人物に上書きされてしまう。

 ウェーブがかる柔らかい髪が顔に影を落とし、退屈そうな表情を際立ています。


「……知らせたくないならそれでも構わない。名はなんと言う」


 そんな人がゆっくりと、こちらに近付いてきました。

 言葉を発するたび、色のない薄い唇が小さく動くだけで頭が痺れ、ただただ見惚(みほ)れてしまう。

 ────何も考えることが出来ません。


「…………もしかして口が聞けないのか」

「見つけた時は自己紹介していましたが」

「スクワットしていたくらい元気でした」


 聞き覚えのある声がふたつ、眉目秀麗(びもくしゅうれい)の美しい人に掛けられると、見落としていたのか彼の後ろに三人の男性が居たことに気付きました。


「────もしくは我らとは会話したくない、という意思表示では」


 斜に構えた男性が腕を組み、不機嫌そうな黒い瞳をこちらに向けていました。

 このままでは誤解されてしまう──。にぶにぶな頭を働かせ、急いで立ち上がることにしました。


「──し、失礼しました! えっと、……助けて下さりありがとうございます」


 まだ衝撃の痺れが残る頭を回転させ、敵意がないことを示そうと言葉を探します。


「私は杜若苺來(かきつばたまいら)と申します」


 背中に乗っていた布団が肩で引っかかりました。それを手で支えながら、今まで掛けられた言葉を思い出します。


「ウラーにある、カミェーンに住んでいました。……家に帰る途中、なぜか真っ暗で寒い場所に迷い込み、そのまま訳も分からず誰かを探していたのですが……」


 もじもじと布団を手の中でいじりながら今までのことを振り返っていましたが、────どう見ても彼らは吸血鬼です。

 かくいう私は、人間だと自白してしまいました。

 視線を上げると美しい人の他、三人の吸血鬼────。そちらは皆さん黒髪黒目の、どちらかというと親しみやすい見た目をしていますね。

 

「………………………………お食事をご所望で?」


 吸血鬼と人間、出会ってしまえば答えはひとつ。────現実とは、かくも残酷無慈悲なもの。

 意識を手放した時に済ませておいてくれればいいものを……。あぁでも、自分を食べてくれる人の顔が見れて良かったじゃないですか。野菜のパッケージにもよくあるでしょう? 生産者の顔と声が載っているじゃないですか。なんとなしに買ってはいるけれど、彼らに思いを馳せたことなどありません。もっと生産者のことを考えておけば、今こうして死ぬ運命にももう少し真面目に向き合えたかもしれないですね。あはは、後悔先に立たずとはまさにことのこと──。

 いや、生産者は普通食べないか。あはははは……。


「────ふむ、それもそうだな。では食事にしよう」

 

 自ら死期を早めました。

 こちらから提案した以上、これは当然の帰結。

 むしろ、このようなオサレ空間では食事をされず、然るべき場所でなさるんだ、さすが紳士と余計なことを頭が考えてしまいます。

 美しい人は三人を連れて部屋を出ると、こちらを振り返りました。


「食堂へ行く。マイラ、ついて来い」


 名前を呼ばれて嬉しいと、不覚にも思ってしまう自分が情けない。

 死の恐怖か恋のときめきか、よくわからないものを心臓に抱え、恐る恐る彼らの後をついて行きました。

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