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第十九話 大特価!在庫一掃セール中。

「……かう、とは?」


 困ったような声でヴィクターに聞き返され、しばしの間杜若苺來(かきつばたまいら)は考えた。


 私は今、なにを口走ったのでしょう────?


 真っ白な頭をカラカラと回転させると、理性の在庫が復活した。

 

「…………違うんです」

「……はぁ? 何が違うって言うんだ……?」


 ヴィクターを掴んでいた手を離し、これ見よがしに両手を挙げました。

 身の潔白を証明するように──、だけどやらかしの痕跡がべったり残っている状況から、覆せるだけの言い訳が絞り出せるでしょうか。

 そんなことで頭がいっぱいになっていると、フィルが隣にやって来ました。

 

「今なら私をここに置いておくと良いことがあります」

「ある訳ないだろ穀潰し」


 ですよね〜。

 普段以上にフィルは両眼の端を吊り上げ、どえらい勢いで怒っています。

 口から滑り落ちたどうしようもない言葉を放置出来ず、ぐるぐるとどこへ投げるか考えていると横から衝撃がやって来ました。


「マイマイ! それってずっとここにいてくれるってこと?」

「こんなどうしようもないヤツ、置いておく理由がない。今すぐ塩を撒いて存在諸共消してしまえ」

「はは〜ん、お清めってやつね。岩塩でもいいかな?」

「リュカ、やめておきなさい。当たると痛いし、塩は貴重だからそんなことするものじゃないわ」


 アデルに全力で体当たりされ、びしょびしょのまま潰されました。普段より力強い抱擁に、小さい子が抱きしめられたぬいぐるみにでもなったかのよう────。全身で喜びを表してくれるけど、このまま好意で擦り切れる勢いです。頬擦りが痛い。


「マイラ……、己を飼ってくれとはつまり、翠玉公のようなことを言っているのか?」

「自ら食事になろうだなんてね。なんて健気なの」


 ネギを背負った鴨が自ら皿に載るような話に、ジェイドがクスクスと笑い目元を拭う素振りをしています。──ブレイズは賛成しないようで、険しい顔をしていました。

 馬鹿なことを言った自覚は充分にあります。


「そんな趣味、ヴィクター様にある訳ないだろ。飼われるのがお望みなら、翠玉公の元へ送ってやる今すぐ」

「えー、絶対それだけはやめときなマイマイ。翠玉公様って人使い荒いし、薬漬けにされちゃうよ」

「そんなのやだっ! あそこの人みんな壊れてて面白くないもん。マイマイと会話も出来ないなんて絶対に嫌っ!」

「良い子にしてれば普通(・・)に暮らせるのだけどね。定期的な血の提供をしているだけで、遊んでていいもの。だけどどっちも長生きはしないけどね」


 さらりと怖い話がいくつか飛び出し、ヴィクターを見ました。────紅い瞳が銀灰色に隠れ、何を考えているのか冷たい横顔からは、窺い知れませんでした。

 だけど、──ここにいるみんなが嫌がるくらいには、私たちと感性が似ているのではないかなって思います。


「ヴィクター様! 私が責任を持ってマイラを立派に育てます」

「育てるな。外に埋めて土に還しておけ」

「──私を置いておくメリットはあります。結構可愛いということです」

「新しい自虐にしては斬新だな。それのどこがメリットだって言うんだ」

「目に良く、皆さんを楽しませることができます。あとなんでもやります──! 掃除に片付け、……教えて貰わないと出来ないことも多いですが、お役に立てるよう一生懸命働きます!」


 帰りたくないと必死の思いで頭を下げ、冷たくなったベッドに両手をつきました。


「それから……、本当にどうしようもないって時は、私は非常食になります」


 最大のセールスポイントです。この件に自信はあるけど、味はイマイチなのでマイナスポイントです。


「マイマイ……!」

「お前ひとりでどうにかなると思っているのか」

「大きくなります! 全員を賄えるくらいに!」

「一体どれだけ大きくなる気なんだマイマイ……」

「! 向上心が素晴らしい……! やはりカキツバタマイラはそうでなくては」

「それなら牛の方が何倍も役にたつ。元から大きいし草食で臭みも少ないし、なにより馬鹿なおしゃべりをしない。お前よりずっとマシだ」


 びっくりするアデルにリュカの呆れ、ブレイズの感動とフィルの冷静な指摘と代わる代わるの反応。

 こんな押し売りじゃ、店の端で行われるワゴンセールは見向きもされないでしょう。

 セールのシールが貼られポップで飾り立てたとて、見向きもされない売れ残り品は埃を被って、今日も悲しく買ってくれる人を待っているだけ。

 そんな悲しい景色が脳内に浮かびました。

 うっかりやらかした私のお馬鹿っぷりを、フィルがご丁寧に詰ってくれるのが僅かな救いです。




 ◇◇◇




「今日も賑やかですわね。──あのようにマイラが言っておりますが、どうなさいますヴィクター様?」

「どう……、と言われても…………」


 少女の言葉に唐突に思い出したのは、家にいた猫だった。

 気まぐれに部屋に来ては、すぐに何処かへ消えてしまう。あれがどうなったか覚えてないし、思い出すこともないだろう。何十世紀も昔の事となれば、もはや確かめようもないことだからだ。

 見た目も種族も違う以上、重なるものなんて何処にもない。

 それなのになぜあの子のことを今更思い出したのか、不思議だった。


 けれども唐突な思い出が、陽に当たる銀色の毛並みに手を伸ばした頃の無邪気さを思い出させた。

 あの手はいまや長い年月を経て、無骨で白く冷たいものに変わり、火傷もない。

 とうの昔に遺棄した全ては、散らばる過去に置いてきた。

 だから、ここには何もない────。

 掌を握り空っぽであることを確かめ、ヴィクターは立ち上がった。




 ◇◇◇




「────マイラ。私に人を飼う趣味はないし、それを理由にここに人を置くこともない」


 ひとり分の重さがなくなったベッドが揺れると、背を向けるヴィクターがきっぱりと通告しました。

 ヴィクターの言葉に、フィルがそれ見たことかとドヤ顔です。

 ですよね〜……。


「だが……、帰りたくないというのであれば、気の済むままここにいてもいい。手伝いはしてもしなくてもいい」

「は、はい………………? ヴィクター様、それって……、本気で仰っていますか……?」

「皆にこれだけ慕われているのであれば、わざわざ追い出す理由もない。それに……、よく考えたらここに猫はまだいない」

「……猫?」

「ねこ?」

「ねこってなんですかヴィクター様?」


 聞き間違えでしょうか。麗人から可愛いらしい単語が出て、私だけじゃなくフィルもアデルたちもはてなを浮かべています。

 透き通った紅い瞳がこちらを見下ろしました。


「さっき自分を可愛いと言っていただろう? 昔飼っていた猫を思い出した。……そういう理由でここに人を置くのもあるのではと、……思っただけだ」

「良かったわねマイラ。さっそく面白で評価を頂いたようよ」


 にこりと微笑むジェイドに、徐々に顔が熱くなっていきます。

 ────売れ残りのセール品でも、買うと言ってくれる人がいた。

 全身に歓喜が巡り、綺麗な人が一層輝いて見えました。


「自らを非常食と言うくらいだ。危険は承知の上なのだろう? ……ここには絶対安全というものはない。それだけは決して忘れるな」

「──はい! ありがとうございますヴィクター様!」


 喜びでバネのようにベッドに立ち上がりました。嬉しい、嬉しい──!

 帰らなくて良いことも、好きになってしまった人たちとこれからも一緒にいられることも全部ぜんぶ!


「これからもよろしくお願いします!」


 皆さんにお辞儀をして精一杯の感謝を伝えました。

 これからどうなるのか、この先のことなんか全く想像もつきませんが、でもそれだけが私の胸を大きく高鳴らせてくれました。

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