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第十五話 あと少し、インスタントに募る思い。

 妙な形容にフィルの理解し難い顔と、ジェイドが何が始まるのかと楽しむ顔が向けられ、──ヴィクターも振り返ってくれました。

 咄嗟(とっさ)の思いつきながらも、良い仕返しなのではないでしょうか。

 自分の思いつきに、ちっちゃく鼻を鳴らしちゃいます。


「牛乳をあたためると美味しいって知っていたから、私に用意して下さったんですよね、あの日」


 初めて会った時、吸血鬼に囲まれて出されたシチューと牛乳。どちらも白くてあたたかくて、とても美味しいものでした。


「マグカップ一杯分のすぐに飲める温度でしたが、あの時の私にとっては初めてもらったあたたかさでした。──無縁だと言われても私は受け取ってしまいましたし、ちゃあんとここに収めましたので」


 得意気にお腹に手を置くと、ジェイドが吹き出していました。

 フィルはげんなりしており、ヴィクターも言葉がないのか呆然とこちらを見ています。──以前失態した時とは異なり、ジェイドが反応をくれるので方向性は間違えていないかと思われます。


「ヴィクター様とあたたかさは無縁なんかじゃありません。本当に冷たい人だったら、私がどこで野垂れ死のうと構わないでしょうし、無事に帰れるよう一生懸命考えてくれるなんてこともないです。──自分さえ良ければいいって、ほとんどの人は考えると思いますよ」


 私が知る限り、周りの大人も同級生もみんなそう。

 これ以上『底』に落ちたくないから、誰かを踏み、這い上がろうとする人ばかり。

 踏まれた相手なんか見ないふり。

 踏んで行った相手も知らんふり。

 痛いつらいと思っても、声に出そうが出さまいが、誰のところにも届かない。

 それが当たり前でした。


「音もいいですよね。チンって鳴ったらもうあたたかいんですもん」

「厨房限定ね」

「ヴィクター様のお心の広さをマイクロに限定するな。もっとマシな称賛はなかったのか、カタツムリ」


 フィルの冷たい視線が刺さります。


「センスがないと仰るのはごもっともなんですけど、私の限界がこれだと思って諦めて下さい」

「『精神的に向上心のない者はばかだ』という言葉を聞いたことがあるが、お前のような小物に贈るのにちょうど良い」

「あー。あー。ちょっと電波が悪いみたいです。フィルさんの言葉だけがいい感じに届きませんでした。電波障害ですかね」

「あら、誰かレンジでも使ってるのかしら。使用中、レンジの側にいると通信状態が悪いことってよくあるから」

「……二人とも、いい度胸してるじゃないか。女性に手を挙げるのが僕の趣味じゃかったことに感謝しろよ」


 フィルの据えた眼差しから避け、ジェイドの隣で笑っていると、パタンと本が閉じる音がしました。


「────なるほど。即物的な話しを交えるなら、当たらずとも遠からずと言ったところか」


 背を向けたまま届く静かな声に、少々調子に乗りすぎたかもと姿勢を正しました。


「……ヴィクター様のお耳に入れるに値しない話です」

「でもたまにはくだらない話もいいでしょ? つまらないことばかり耳にしていては、頭が固くなってしまうわ」


 うんうんとジェイドの意見に頷いていると、ヴィクターが振り返りました。


「ボタンさえ押せば誰でも出来ることだ。なんら特別なことじゃない」

「…………もしかして、まだレンジの話しをしていらっしゃる……?」


 呆気に取られるフィルに構わず、ヴィクターが手にした本と一緒に椅子に座りました。ギジリと音を立て、ヴィクターを受け止めると


「特別なことじゃなくても、冷たいままでも飲める牛乳をあたためて出す手間──! その一手間(ひとてま)があるかどうかで為人(ひととなり)に大きな差が出てくるものです」

「レンジの話はもうやめろ」


 フィルに止められると、本を開け小さく笑うヴィクターが見えました。


 笑うことも出来るんだ────。


 ふわりと揺らした前髪から覗く、伏せた(まなじり)の柔らかさ。フィルのツッコミを避けているのか、本を読む振りして紙と踊る指先と上がる口角の悪戯(いたずら)っぽさ。


 ────みんなに様付けされて呼ばれているような方でも、そんなお顔をされるんだ。


 新たに与えられた発見が嬉しくて、同時になぜだか昔描いた夢が思い出されました。

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