第十四話 ふと湧いた、アイディア口にしてみたり。
ヴィクターが所属するのは『トレデキム・レクス』。
トレッキング・クラブではありません。並べてみると全然違いますね。同じなのは頭の『トレ』と、文字数くらいでした。
間違って覚えていただけに、今度こそはと口の中で復唱し、言葉を噛み締めました。
「ふふっ、ヴィクター様もアクティブな性格ではないですものね。集会以外で外に行かれたのは、いつが最後だったかしら」
「ヴィクター様が直々に出向くべき用など滅多にない。穢れた外に行かずとも用があれば向こうから来る」
真祖と呼ばれる吸血鬼がヴィクター含め13人いるそうで、その方達を指す言葉だそうです。トレデキム・レクスって。
「────引き篭らせてばかりでは、刺激もなくて退屈ではないかしら」
「会うべき相手もなく、見るべきものもないのに、ヴィクター様にどこへ行けと言うんだ」
「トレデキム・レクスの会議でいろいろお聞きになるでしょう? ご興味のあることはないのかしら」
「ジェイド……、あの癲狂者共から興味の惹かれる話なんて出ると思ってるのか?」
「ふふっ。これだけ長生きしても、趣味が合わない相手しか残ってないなんて悲しいわね」
「ヴィクター様を侮辱するなよ、ジェイド」
「カリブンクルスが心地良いだけに残念ねって話しよ。フィルも分かっているでしょう?」
不死者が『死んでもお断り』と表現する程には、楽しい会ではないみたいです。
三人で話しながら、一瞬だけ見せた感情がもう剥がれ落ちていました。熱も失った静かなお顔は青銅のように硬い印象も素敵だけど────、さっきみたいな感情が灯る瞬間がもう一度見てみたい。つい、そんなことを考えてしまいます。
「ヴィクター様は他の方たちと、普段はどんなお話しをしているのですか? 会議的な……?」
「────この世には不死者でありながら、積極的に人間に関わる者も多い。彼らからウラーのことを聞いたり、ムートの近況や今後についての話し合いをしている」
「ご真祖の皆様だけで話すときもあれば、ウラーから人を呼ぶこともあるのよ」
「人を……?」
「主にモールニヤ党やサスーリカ党、ウラガン党の人間だ」
「表立って誰も公言はしてないけど、ルイブイ銀行やラーク商事、ヴォドレイ通信社もそう。昔から『トレデキム・レクス』の一部の方たちが関わっているわ」
どれも当たり前に耳にしたことのある名前です。階級を越えて幅広く人の生活に根付いているだけに、規模の大きな会議をされていたようです。
堅苦しそうな雰囲気に、つまらなそうなお顔をされるのも仕方ないのかもしれません。
「今ウラーで政権を取っているブーリヤ党は、反吸血鬼を掲げているセレブロ教団の連中と繋がっている。だから凡そのことは僕たちが悪者だ」
「民衆を上手くまとめてくれているし、秘密主義者にとってはいい隠れ蓑になる。表面上ウラーが落ち着いているのも彼らの功績に寄るものが多いんだ。しばらくこのままにした方が面倒が少ないと、皆の総意だ、フィル」
「──戻ってもみんなには内緒よ? 話したところでマイラが困ってしまうでしょうからね」
人差し指を口に当てるジェイドの悪戯っぽい笑みに、こちらまで笑ってしまいました。
こんな話し、誰も信じないでしょう。
太陽と地上の話が大きく食い違っていたことよりかは、ショックはありません。今までいたところよりもマシな待遇が他にあるなんて知ってしまえば、きっと誰もが羨みます。──だけどこの現場を誰も見ていないだけに、与太話と笑って私の方が捨てられるだけです。
上層部のエライ人たちが世界を掌握している話も、近所で聞く大人たちの零す話しと同じ。特別な何かがこの世のどこかにいて、私たちはその存在に会うことも接することもなく、都合のいい妄想として爪弾くだけ。
誰もそちら側に行くことが出来ないだけに、愚痴って笑い話にしてきました。
耳に入る話のどれもがふわふわとして、空笑いするしかありません。
「……もしかしてシャースチエは、ヴィクター様が関わっているのですか?」
たまに食事のついでに貰う、特選シャースチエ牛乳の入手経路が気になっていたのです。第一次産業地帯でも有名な高級嗜好品──。他の乳製品は出てこないだけに、ヴィクターの為だけの牛乳が作られていたら、とても贅沢ではないでしょうか。
──CM出演とかされないのでしょうか。そしたら売り上げも上がってしまい、より一層手の届かないものになってしまうか────。この妄想は却下です。
「数年前、この地に迷い込んだ者がシャースチエの牧場主だったんだ」
「故郷に送り届けた際、礼に貰ったものをヴィクター様がお気に召したので、ずっと買い付けている。口にできることを光栄に思えよ」
思ったよりいい話でした。
同時に、分け隔てなく接する心意気を感じます。
「三週に一度届くのだけど、ついでに食料も頼んでいるの。今は良く食べてくれる人がいるから、作る楽みが増えてちょうど良かったわ」
「へぇ、そうなんですね。……配達してくれるのも牧場の人なんですか?」
「ウラーへの転送ポートが黒玉の坦懐公、ガガテスの居城にある。そこまで人が届け、地上ではガガテスの配下が配達を行っている」
「基本人当たりはいいのだけれど、マイラはひとりで会わない方がいいわ。あの人たちいつも感じが悪いのよね」
クスクスと何が面白いのか────、ジェイドの話にはぁんと割り切れない返事をしてしまいした。
なんだ、はぁんって。間抜けな返事を愛想笑いで誤魔化します。
「……人の世に干渉したがる輩は多いが、どいつもこいつも鬱陶しくも破綻している。──長生きするということは、己の中にあるエゴが煮詰められてしまうのだろう。嘆かわしいことだ」
物憂げに吐かれた深い息と共に、机にもたれていました。
「ならヴィクター様は、優しさが煮詰められているんですね。見ず知らずの人間だけでなく、動物にまで気を掛けいらっしゃって……。誰もが簡単に出来ないことですからご立派です」
六人中三人が元動物だなんて、動物園もびっくりでしょう。しかも問題なく会話が出来て、交流しているのだから、ふれあい動物園でも体験できることではありません。
子どもの頃は動物とおしゃべりしたいと考えたこともあったでしょう。昔憧れたメルヘンな夢が、意図せずこんな素敵な場所で叶うなんて。きっと小さい頃の自分に言ったって、信じないでしょう。
「長生きしたいなんて私は考えたことがなかったのですが、アデルもリュカもブレイズも毎日楽しそうですよね。ジェイドさんも先の楽しみがたくさんあって素敵です」
艶のある笑顔で腕を組まれると、ナイスバディが強調されました。こういうザ・大人っぽい女性って、どうやったらなれるのでしょう。
ご自分の全てに満足されているような、自信のある素敵な笑顔を向けられ、なんとなく照れ臭くなってしまい視線を逸らしてしまいました。
「──フィルさんも、ヴィクター様と一緒にいられるだけで幸せそうですし」
つい名前を出してしまい、嫌がられるかと思ったのですが、こちらを見向きもせずヴィクターへ尊敬の眼差しを送っておりました。
おかげで悪態を免れました。
「ジェイドさんの言う通り、このカリブンクルスという場所が心地がいいなって……、私も思います」
たった数日しかいないけどと心の中で付け足し、下心を上書きしました。
物憂げに机に向かうヴィクターの顔が上がり、熱のない赤い瞳と会いました──。
「……ヴィクター様のあたたかい気持ちがぎゅっと詰まっているおかげで、ここは居心地が良いんですね」
「────────そんなんじゃない」
席を立ちあがると、
「あたたかさなんてもの、私とは無縁のものだ」
後ろにある一面の、本棚に向かわれてしまいました。本を手にし、パラパラとめくっています。
そんなことはないのに……。
否定する材料を探してみると、ぴったりなものが見つかりました。
「ヴィクター様のあたたかさは、とても美味しかったですよ?」
弾む気持ちのまま近くへ行き、そう伝えました。




