第十三話 昇る陽を、隠す雲たち数多あり。
分かったことのふたつ目は、外が明るいのは太陽のせいだということ。
「……太陽ってなくなったんじゃないんですか?」
「面白いことを言うのね。50億年後には消えるって、昔から言われていたかしら。──その時をいったいどうやって過ごすのか、今から計画するのも楽しわね」
白と灰色の景色を楽しげに眺め始めたジェイドは楽しげです。
『太陽がなくなった』。今までそう教えられてきたのは嘘だったのかと、ショックの方が大きいです。
「ふん。その様子じゃおおかた、僕たちが太陽を消しただの奪っただのと、好き勝手言いふらしてる連中がいるんだろうね」
トゲトゲした言葉で私の心情を当ててくれたのは、フィルでした。
誰に対してもいつもツンケンした態度なので、私を特別嫌っているという訳ではないようです。ヴィクター以外に懐かない性格だと分かれば、アデル達とは違う気位の高さも可愛げに思えてきました。
「まさにおっしゃる通りで……。地上はずっと夜が続いてるんだと思ってました」
「────本当に自分勝手で反吐が出る。こんな地上にしたのは人間のせいだっていうのに」
明るい空と真っ暗な空が交代交代でやってくるのは元いた場所も同じこと。
ですがあの場所よりも空気も空も、見える景色の全てが澄んでいます。
嘘で良かったなと、窓越しに見える景色に心のグッドボタンを連打です。
はぁ、と後ろから聞こえる哀愁に、大きく心臓が跳ねました。
「フィル──。『我々は参画しなかった』、というだけの話だ。人から見れば、私たちが原因だと思うことも仕方のないことだろう」
久し振りにご機嫌斜めなフィルの顔も見ましたが──、同時にヴィクターにも会えたのです。
場違いに弾む気持ちを誤魔化そうと窓辺まで距離を取ったものの、窓からの明かりだけが注ぐ少し暗さのある部屋は、ヴィクターの美しさを抑えてはくれることはありません。
今日もラフな真っ白のフリルがついたシャツを身につけ、これまた白く不健康そうな首や手がスラリと伸びています。男性的な無骨さもあるのに線の細さが儚げで、今にもどこか消えてしまいそうな危うさが、物憂げに陰る表情に現れていました。完璧。完全無欠。心のグッドボタンも壊れちゃう。
「こうなった原因は人にもあるが、他の不死者にも思惑があった。……実験に付き合う酔狂な連中と一緒に引き起こしただけに、知らなかった者たちからすれば悪者に見えるだろう」
たくさんの書物が壁一面だけでなく、一部床の上にまで積まれており、広くて、立派で、特別ながらも、どの部屋よりも少し乱れがちなこのお部屋──、ヴィクターの執務室とやらに私、杜若苺來にもお呼ばれする機会が与えられたのです。
ひたすら舞い上がってしまうため、二の腕をきつくつまみました。
真面目な話をしているのだから、落ち着きなさい、私。
地上で暮らしていた頃の人間は、とある実験をしていたそうです。
度重なる異常気象による凶作に旱魃、安定しない物価に流通の滞る地域での飢饉。次々に現れる未知の病に、世の不安定さにつけ込んだ各地での争い──、等々。
その頃吸血鬼の皆さんは、人とは距離を置き地下に国を作ったそうです。私が元いた場所、《ウラーの地》こそ吸血鬼の皆さんが住んでいた場所だったとか──。どうやって、という話はまるでついていけなかったので割愛です。
人間に好意的な吸血鬼の方もいて、その方達の協力のもと、密かに行われたのが寒冷期促進実験。乱れた気候を元に戻すための研究が、長い間行われてきました。
ですが研究には多くの人たちが関わり、様々な方法が試される中、見えない場所ではまた別の問題も出てきてしまったと。──それが今地上で起きている『霞化現象』。空を覆う一面の灰色の雲が太陽を遮り、陽光が届きにくくなってしまったのは空を覆う『霞』のせいだそうです。
地上を覆う白いのは本物の雪だそうで、日によっては溶けてなくなることもあるそうです。ただ化学物質を多く含んでおり、長時間触れるのは人にも動植物にも、吸血鬼の皆さんにとってもあまりよろしくないそうです。
興味があったので、非常に残念なお知らせでした。
「私たちの天敵でもある陽光の力を弱めてくれたおかげで外を歩くことも叶ったが、同時に非常に長い寒気が訪れた。草木は枯れ、急激な変化に動植物の多くが地上に存在しにくくなってしまった。──幸いにも、この程度の寒気は私たちには大した影響を受けないから、こうして互いの住処を交換した、という話だ」
──地上で、人も吸血鬼も分け隔てなく暮らしていた頃って、どんな感じだったのでしょうね。
ここの皆さんがご近所さんだったら、用もないのに毎日でもお邪魔しに行ったかもしれません。
そしてどうしてこんな話をしているのか、──いつもとは違う形で授業を受けているみたいで、どうにも気持ちが浮かれ気味です。
「私たちは人にとっては天敵だ。相容れない存在である以上、同じ理想を持ったとしても目指す道が違うのは仕方ない──」
執務机の上には本や書類の他、立派なクリアモニターと、キーボードレスPCがありました。机の上に緑色の線が走らせ、ピアノを弾くかのように指を踊らせるだけで文字が打てるとか。用が済むとモニターに手をかざし、光もろとも消えました。──いつでもどこでも平面でなくとも、投影できる場所ならキーボードが使えるというハイテク機器。雑然とした机の上でも問題なく活躍してくれるようです。素敵。
「──人を呼んでお前を地下へ送り返すことも出来るが、こちらの事情もあって容易ではなくなった。まだしばらくは城内を好きに使ってくれて構わない。代案が出るまで、もうしばらく待っていてくれないか」
「ツテとやらが使えなくなってしまったそうよ。マイラも大変ね」
以前、アデルたちが話していたことでしょう。ジェイドの揶揄う声に、ヴィクターは気持ちが重そうでした。
「いずれ使いも来る。今すぐ事が進まないだけで、時間が経てば済む話だ。ヴィクター様がいちいち悩まれることではないかと」
「……ありがとうございます。毎日充分過ぎるほど、良くしていただいていますので、どうかお気遣いなく」
深々と一礼し、今度は余計なことを言わないようにしよう。──でもフィルと同じく、どうにか気分を晴らして欲しくて、気になっていた話題を振りました。
「トレッキング・クラブ──、でしたっけ。よく皆さんで集まるんですか?」
何度かアデルやリュカと話しているときに出た名前です。えらい人たちが所属するみたいで、恭しく名前が使われていたので、いったいどういう活動をされているのか興味がありました。
弱点を克服し、出来る事が増えたからこその集まりなのでしょう。
「山登りがご趣味なんてアクティブなんですね。毎日こんな天気じゃ危ないかもしれませんが……、晴れてたら気分もアガりそうですよね!」
誰からの反応がない。
また、やらかしたようです。
「トレッキングって、ブレイズの話かしら?」
「いえ、……ヴィクター様が何かに所属されてるようなことを、アデルたちから聞いたんですけど……」
誰もピンときていないようで、それぞれが顔を見合わせていました。
もう消えたい。チリになってしまいたい。冷や汗が浮かれた気持ちも全部冷やしていきます。遅いって。
「……まさかお前……、『トレデキム・レクス』のことを言ってるんじゃないだろうな……?」
信じがたいものを見るように、でも恐々と確かめようとするフィルの怪訝な眼差しが突き刺さりました。
「────そ、そうだったかもしれません。完全に勘違いしてました……。その、響きが似てると思って……」
「……山登り? まさかあの連中と────?」
ヴィクターも私の誤解に気付いたようで、追い打ちをかけるかのような言葉に居た堪れなくなりました。
「ふっ、ふふ、……ククク……。トレッキングか──、なるほど、確かに響きが似ているかもしれないな」
なんとか、なんとか笑いが取れました──!
間抜けな誤解をひとしきり笑うと、お優しいことに慰めるかのように同意の言葉をつぶやいておられました。
「だがあんな連中とそんなこと、死んでもお断りだ────」
冷たく突き放す言葉とは裏腹に、始終退屈そうだった赤い瞳にまだ笑いが残る顔と目が合いました。優しい眼差しに、肉食獣のような獰猛さのある笑みがまじり、生き生きとした顔つきをされていた。
石膏のような固く冷たさのあるお顔が、こんなに変わるなんて────。
驚きと一瞬の発見に、また心が奪われてしまうのでした。




