第十二話 ひらり舞う、雪の行き先何処《いずこ》かな。
帰るための算段がなくなって数日、いくつか分かって来たことがありました。
ひとつめはアデル、リュカ、ブレイズの三人は、人の姿をしてるけれど、中身が全然違うものだと分かりました。
「トレデキム・レクスの皆様が人間界と結界を貼ったけど、たまーにマイラみたいにこちらに人の子が来てしまうでしょ? いつか小さな子どもが迷い込んだとき、お世話してみたいんだぁ」
まだ見ぬ未知との遭遇に夢を馳せるアデルが、黒い瞳を輝かせ教えてくれました。くるんとカールを描くチョコレート色の髪が柔らかな頬に掛かり、どこから見ても元気な女の子なのに、元は犬だったようです。
吸血鬼化した犬からヴィクターの眷属となり、人の姿を得たのだとか。
「多分、私にも小さい頃ってあったはずなんだけど、何も覚えてなくて。マイマイは覚えている?」
アデルの髪を撫でてみても、犬だったなんて信じられません。犬に変身も出来るそうですが、この人懐っこさが犬の名残だと言われる方が納得できそうです。
それから、どうやら子ども用品はアデルのものだったようです。子どもが迷い込んだと言う話を聞き、私のために出してきたものだったそうです。
「覚えてるけど、今とあまり変わらない生活だったかな。子どもを産めよ増やせよで少子化対策が行われてるけど、別に受け皿がある訳じゃないから産んだ後は学校任せ。中には家を出される子もいるけれど、行ける場所なんてたかが知れているから……、早く大人になりたかった」
大人になれば、自分の事は自分で決められる──。『大人の庇護下』という理不尽から逃れられると思っていました。
だけど、大人の階段を登れば登るほど、自分の進む道が理想から離れていくだけだと気付くと、どうしたらいいのかと息の詰まるような日々──。
「そっかぁ……。楽しい思い出が少ないんだねマイマイは」
今度はこちらの頭をぐりぐりと撫でられ返されました。
誰かに撫でられるのが、案外悪くないこともひとつの発見でした。
「……リュカは蝙蝠だったの?」
「そうそう。いろんなものを数えるのが好きでフラフラしてたら、ヴィクター様に拾われてさー。身体が大きくなってから数えられるものも増えて今楽しいよ」
短い黒髪の悪戯っぽく笑う少年はマントを手に両手を広げると、空を舞う蝙蝠に見えました。
本物を見たことがないので、イメージですが。
「普段は何を数えてるんですか?」
「ここにある本に、タイル、ありとあらゆる角に星とか。逆さまになって数えるより、寝転がって数えられるようになったからちょー便利」
そのまま厚手の絨毯の上に倒れると、楽しそうに天井の模様を数えていました。数字に強い蝙蝠──、こうして無邪気な男の子の姿になって、おしゃべり出来るのがなんだか不思議です。
「ブレイズはどうしてここに来たんですか?」
「それはもちろん、鍛えるためよ。ヴィクター様のおかげでたくさん身体を鍛えるための極意を知り、こうして日々励むことが出来るようになったのだから感謝してもし尽くせない恩義がある」
それぞれの手に重そうな鉄アレイを持ち、上げ下げしている彼は、無駄のない筋肉のついた身体を自慢げに見せています。
「ここにあるもので興味があれば、好きに使っていいぞ。仲間が出来るのはいつでも大歓迎だからなー!」
リュカよりも短い髪に、眩しいばかりの良い笑顔。とても熊だったとは思えません。
元は吸血鬼化した熊だったそうで、二人と同じようにヴィクターの眷属になり人の姿を得たそうです。
動物が人になるのも驚きですが、彼らを眷属にした理由は簡単なものでした。
真祖と呼ばれる吸血鬼は、存在するだけで周囲に影響を与えてしまう。
小さな虫から大きな生き物だけでなく、土地も植物も見境なく吸血鬼化させてしまうのだとか。──そう教えられてきましたが、本当のことみたいです。
吸血鬼化した動植物は、ありとあらゆる生命活動を営む同族や他種族を襲い始めてしまい、放置しておけばありとあらゆる生命体を消してしまう──。
吸血鬼化したものもいずれ得るための糧がなくなり、長い飢餓に苦しめられてしまうそうです。
だからヴィクターは、彷徨いかけた彼らを眷属にしたのだとか。
眷属になれば衣食住が保証されます。ヴィクターが存在し続ける限り、苦しみとは無縁になるそうです。
ですが唯一、人間だけは真祖の影響を簡単には受けないのです。──人と同じ見た目をしているのは、人間を狩るための擬態であり、騙すための知恵だと、子どもの頃から言い聞かされていました。
だけどどうしてもここで暮らす三人が、そんなずる賢い存在に思えません。
それに──、誰のことも見捨てられないヴィクターのことも、怖い存在には思えません。
「……私も動物だったらよかったな」
ないものねだりに、思わずため息が出てしまいます。
いろいろ失敗してしまったあの日から、避けられているのかなかなか会えない日が続いています。
生まれてからずっと人間をしている私なんかよりも、ずっとヒトらしく生き生きと日々を過ごす彼らの全てが羨ましい。
広い遊戯室の中、アデルに撫でられながらぐだぐだと座り、そんなことを考えていました。




