第十一話 後悔は、先にも後にも立ちません。
傷付いて……?
「──ヴィクター様!」
机の上に両肘をつき顔を伏せてしまわれた──。そんなヴィクターの元へと、フィルが駆けつけていました。
自分の身の上を人前でお披露目する機会など、今までなかっただけにやらかしてしまったようです。
味見させては不味く、話しをさせては盛り上げることも出来ないなんて……。
「…………ウラーの状況は前々から聞いてはいたが、ここまで人の尊厳が損なわれていたとは……。なんと悍ましいことだ」
『悍ましい』なんて言葉、目にしたことはあるけれど、耳にするとこんなにも重たいものだったのですね。
ノリに乗った演説に、今更後悔が募ります。
「ヴィクター様、もしかしたらカキツバタマイラが妙なことを言ったのはアレではないでしょうか!」
「……アレとは?」
元気な声でブレイズが立ち上がり、何かを差しています。
「時間です。空腹時には良くない考えが湧くものだと、以前そうおっしゃっていたではありませんか」
大きな振り子時計が静かに時を刻んでおります。
「確かに……。昨日ってマイマイ何時に食事を取ったっけ?」
「はっ! 確か二時間置きにあげるってやつね! 全然あげてない!」
「────なるほど、それは一理あるだろう」
「さすがにそんな頻繁に食事は摂りませんよ」
時計を見たリュカもヴィクターも納得しています。
そして多分、赤ちゃんとか子猫の世話についての話をアデルがしていました。
────ヴィクターとフィル、ジェイドが市民階級に属していたと聞きましたが、他の三人は私をなんだと思っているのか若干不安です。
ですが、取り乱しているのかヴィクターが妙に納得してしまうと、同意を得られたアデルたちは慌てて厨房の方へ駆けて行きました。
「あの……、ごめんなさい。私の話の何がいけなかったんでしょうか」
「そんなことも分からないのか! 聞き苦しい話を延々とされて誰が喜ぶって言うんだっ!」
確 か に 。
誇れるものなどなく、成績も悪い人間なんかの身の上話なんて、考えずとも聞くに値しない話ではないですか。単純な話なのに、それすら分からず意気揚々と語り続けてしまったことに、今更恥ずかしくなってきました。
「皆さん、すみません! 考えが足りず、私なんかのゴミのような話を聞かせてしまい────」
手を挙げたヴィクターが話を遮りました。
「……もういい。今の話で充分だ」
弁解も聞き入れてもらえず、整った青白い顔をふらりと上げました。
「それ以外、自分を傷付ける必要はない。お前が大変だったということは重々承知した」
「……傷付けてなんかいませんが……?」
硬質的で冷たい赤い色をしているのに、じっと見られると同じ色に染まってしまいそう────。
だけど、よく分からない気遣いをされてしまいました。
傷付ける? 自分を?
ただの事実で、ただの言葉です。つまらないだけの羅列が、ヴィクターを傷付けたと聞いたのに、なんで────。
開けっぱなしの厨房からチンという、この場に不釣り合いな音が届きました。
「ならフィルの言葉を借りて、聞き苦しい話はやめにしよう。……古い話には、興味がない」
「……はい」
終わりだと言うなら、引き下がる他ありません。
……昨夜案内された地下墓地とかに、今すぐ私を埋めて欲しい。
また、うまく出来なかったです。
後悔と恥ずかしさでいっぱいになった心を、いますぐ黒のクレヨンとかで塗り潰せたらいいのに────。
全部なかったことに出来たらと俯いていると、ドンと机を揺らし、何かが届けられました。
「ほら! マイマイこれ飲んで元気出して!!」
アデルの勢いのある可愛い声────。
顔を上げると真剣に案じてくれる凛々しい彼女は顔の横で、何か合図をしているのか手を振っています。
「この手は気にしないで。ちょっと長かったかな。熱すぎたの」
「せめてタオルでも包んでやればいいのに。アデルはせっかちだな」
「でもこういう時は、やりすぎくらいがちょうどよいのではないか? 何事も勢いは大事だからな」
アデルの後からリュカとブレイズも来て、安心させてくれるかのように笑顔を向けてくれました。
────どうしてでしょう。
私の言葉と違って、彼らのなんでもない言葉や態度が暖かい気持ちにさせてくれるのは。
私も、彼らのように温かい気持ちにさせることの出来る人になれたらいいのに。
そう思い、置かれたものを確かめてみました。
240mlと中途半端なメモリが刻まれた、小さなガラス製のつるりとした形。
蓋の部分が、……その、なんと表現すればよいのでしょうか。
飲むことに特化した形だけど、その時期はとっくの昔に卒業しているので、今更こんな場所でご対面するなんて考えたこともありませんでした。
もしかしたら違うかもと、目を閉じ考えてみました。
確か数年前、同級生たちがかわいいと、わざとこんなグッズを持っていた気がします。
その時流行っていた、ジョークグッズかもしれません。
目を開けて、もう一度現実を確かめます。
どう見ても、哺乳瓶です。
昨日のカトラリーといいコレといい、もしかして数年遅れの児女グッズがなぜこんな立派なお城みたいなところにあるのでしょうか────。
どうしたものかと、他の二人を見てみるとフィルは頭を押さえ、ヴィクターは困ったように目の前に置かれたものと私を見比べていました。
たぶん、さっきの会話はアデルに同意していた訳じゃないんだと思います。
分かってはいたけれど、まさかこんな形で食事(?)を提供されるだなんて、彼も思わなかったのでしょう。……困っている姿がかわいいなと思ってしまいます。
「熱いもんね。手伝おうか!?」
「ありがとう、アデル。自分で飲めるから大丈夫」
何が大丈夫??
好意を拒否できず、当たり障りない返事しか出来なかった自分の愚かな行為に、心の中で突っ込みました。
『乙女』と呼ばれてもおかしくないくらいの年齢に達したと思うのですが、数倍長生きされている方にとって私なんてまだバブちゃんなのでしょう。
「……アデル、さすがにマイラでもそれは使わないだろう」
「そうなの……?」
「大丈夫ですー。蓋を開ければ問題ありません」
ヴィクターに止められ、悲しげな顔をするアデル耐えきれず、またしょうもない返事をしてしまった。
出来得る限りの笑顔を作り、手を伸ばし彼女を喜ばせようとしたところ、
「あ゛っっっっっっっっっっっつッ!!」
野太い声と共に、驚いた拍子に椅子から立ち上がり瓶を倒してしまいました。
あわわと、アデルたちと慌てていると、熱すぎる容器に誰も触れることが出来ず、フィルがタオルを持ってきてくれるまでバタバタと騒いでおりました。
最後の最後まで、私は何をしているのでしょうかと情けなくなりました。




