第十話 人知れず、穴掘り埋まる女かな。
結局、この日はなんの手立てもなくなり、帰る日が延びる結果になりました。
「……期待させてすまなかった、マイラ。今すぐ送る手立てがなくなってしまった」
「そんな──! こんな私に良くしてくれるだけでなく、これ以上の言葉もないくらい今自分の境遇とヴィクター様には感謝しています」
なんの縁もゆかりもない、彼の領地に迷い込んだだけの他人でしかないのに、掛けてくれる無償の慈悲がただひたすらに尊い。後光が差すとはこういう時に使うのでしょう。
すでに廊下を離れ、昨日もお世話になった大きな食堂に皆さんで、どうしたものかと話し合っていたところでした。
昨日私が座っていた場所は、城主たる彼の席だったようで、今はヴィクターがそこに静かに座っております。
昨日、私が座っていた席────、間接席。
何か、やましい思いが一瞬、心の内を駆け巡りました。
落ち着けと自らに言い聞かせ、心配してくれるアデルに微笑みました。
「今やこの状況も、望むところと申しますか」
「はぁ? 望むな、自力で戻るだけの胆力を見せろ。鳩だって自分の巣に帰るくらいのことは出来るんだ」
拭いきれなかった本音が漏れ出てしまうと、フィルの不機嫌が露わになってしまいました。
「外はこんなに寒いのに、マイマイみたいな人間の女の子が、ずっと外にいられる訳ないじゃない」
「そうですよ、フィル。ヴィクター様もいつも『命大事に』と仰っているじゃないですか。人間でも動物でも、見つけたら出来るだけ保護する方針なのに。実はヴィクター様のおっしゃることに納得いってないんですか?」
「ちがっ! 僕はヴィクター様の意向に逆らうつもりなどありません!」
慌てて席を立ち否定するも、ヴィクターは彼を見ることもなく、何も言うつもりもないようでした。
ですが、私を毛嫌いするフィルの気持ちも理解出来ます。
「……お二人とも、ありがとうございます。ですがフィルさんの言うことはごもっともかと。つい皆さんの暖かい気持ちに甘えてしまい、余計なことを口走ってしまいました」
猛る思いのせいで悪くなってしまった空気を、なんとか取り戻そうと言葉を尽くします。
「何より、私は第七市民の出──。吸血鬼の皆さんにしてみれば私なぞ食糧でしかありませんが、市民階級制度から見ても人間の形をしただけのドブ以下の存在。犬や猫のように愛玩される価値もなく、イナゴや蜂の子ほどの栄養価もあるかあやしいところ……」
昨日の不味いと言わしめた出来事を思い出すと、ギュッと辛い気持ちが眉間に寄ります。
「──鳩のような帰巣本能もなく、寒さに気を失うだけの脆弱さ。果たして、私に価値なんてあるのでしょうか。皆さんが私に優しくして下さる必要性なんてどこにもないのです。こんなことのために貴重な時間を使っていただくことなど、万死に値すると言われたところでその通りだなとしか思いません」
なんだか昨日より口が回ります。思考が冴え渡り、自分がなんなのか分かりやすく説明出来ている気がして、自信が湧き自ずと席から立ち上がりました。
「さっきも何かお礼をと、身の丈に合わないことを口にしてしまいましたが、せいぜい掃除が少し出来るくらいで、他に誇れるものもありません。勉強でさえイマイチなので、周りに合わせて生きることもままなりません。────本当の意味で皆さんのお役に立てることは何かと考えても、可愛いということくらいしか、僭越ながら思いつきませんでした。それくらい中身も何もない人間なのであります」
溢れる自信のまま、これ以上皆さんのご迷惑にならないように、──だけど調子に乗らないよう慎重に言葉を選び続けます。
「なので、己の無能さにあぐらをかき、皆さんの好意に甘え続けるのは、私は私に対する怠慢だと気付かされました。──フィルさんの言う通り、せめて自分の中にあるのか分からない胆力とやらを信じて、ガガンボほどの生命力を発揮すべきかもしれせん。至らぬ私に喝を入れて下さりありがとうございます」
深々とお礼を伝えると、向かに立つフィルの表情が硬まっておりました。
部屋を見回すと、息の根も聞こえないほど静まり返っています。
私に好意的に接してくれていた三人はなんだか口が大きく開きポカンとしており、上座にいるヴィクターに至ってはあくびでもしていたのか口元を手で抑えています。──でも彼もこちらを見たまま、微動だにしないので、あれ、とようやく違和感に気づきました。
「……まさか、時を止める能力を手にしまった……?」
不思議の力を持つ吸血鬼です。まだその力を見てはいませんが、ここにいることでもしかして手にしてしまったかと、新たな自分の可能性に気付きました。
「────ばっ! 僕はそこまで言ってないだろ! 聞くに耐えない自己卑下と自虐はやめろ! ヴィクター様が傷付いてしまわれただろう!!」




