風は海から(Black shallow side)
…福井県の嶺北と呼ばれる、県の北半分ほとんどを流域面積に持つ大河である九頭竜川。その河口にある三国海水浴場は遠浅の砂浜ということで家族連れで賑わう海水浴場で、京福電鉄三国芦原線の終着駅・三国港駅が砂浜の間近という交通の便の良さもあって広く名が知られている。
7月25日。夏の空が、見渡せる全域で広がる典型的な夏の日。気温は30度を超え、海水浴するにはもってこいの状況…なのだが。
「なっ…」
「…何で…」
「「なんであんた/おまえがここにいるーっ!!??」」
黒瀬結衣と白谷駿は互いに腕をまっすぐに伸ばし、人差し指を互いの顔に向けながら全く同じタイミングで、海水浴場全体に響くかの大声で思わず叫んだ。声に反応した周囲の人らが何事かと一斉に2組の集団に視線を向ける。
互いの顔は笑っていない。むしろ怒りの成分すら先月のケンカの後に付けられたガーゼのように貼り付いている。両者とも似たように肩で息するくらい呼吸を乱した後、同じタイミングで、
「場所替えよ場所。あんなのと同じ空気吸いたくないっ!」
「おーい、どこか違うトコ行こ―ぜ!」
しかし、それぞれの希望は、周囲の人ごみによって視覚的に叶わないということが判る。何処に10人近いグループを2つも受け入れられる隙間があるというのか。
…今いるこの場所しかないのである。
「結衣さん、さっき見てて場所なかったからココしかないですよ」
「センパイ、もう場所ないですよ~ここしか」
互いの恋人…黒瀬には緑川勇樹が、白谷には赤城真由があきらめろと説得する。二人ともそれは判ってはいるのだが…。
この日、黒瀬は友人の灰屋からの海へ行くという話に乗ってやってきた。陣容は黒瀬と彼氏の緑川、黒瀬の友人の灰屋美紀、青野雅美、紫野絵里子、それに灰屋と"お試し交際"している紺野和博と深緋英明、黄谷浩市の8人でこの海水浴場へ来ていた。男女比は4:4。
白谷がいるグループは、元々赤城の友人の三笠が言いだしたもの。こちらの陣容は白谷と彼女の赤城、友人の榛名美穂、三笠美智子、青葉彩に、三笠の親戚の北川秋絵を通じて生徒会の永井雄一郎と芳賀久美子の計8人でこっちの男女比は2:6。
…結局、黒瀬がいるグループと白谷がいるグループが隣同士で陣地を作り始めた。レジャーシートを複数枚広げ、パラソルを砂浜に突き刺して固定し、各自の荷物を広げ始める。そして近くの更衣室へ水着に着替えて、めいめいのタイミングで戻って来た。
「…三国へ行く電車で見かけた時には違う浜辺へ行くのかと思ったけどまさか…」
ベアトップを細いストラップで釣った白のワンピース水着に長袖のカッターシャツを羽織り、更衣室で髪をシニヨンにしてキャベリンと呼ばれる女性ものの白い帽子を被った黒瀬が、怒りが収まらないかのように自分の大きめのトートバッグから色々と取り出してはやや力任せに置いてゆく。ついでに眼鏡も外してケースに入れる。首にかけた水晶のペンダントが動きにつられて左右に動き、そのたびに陽光にきらめく。
「まあこればっかりは偶然だから仕方ないら」
ワイドストラップの青地のワンピースに、何故かカンカン帽をかぶったというよりちょこんと頭に乗せてるような感じの灰屋が三河弁でなだめた。黒瀬より早めに着替えたせいか、いつもはポニーテールにしている髪をシニヨンにして、体のあちこちに日焼け止めのオイルを塗っている。
「にしても偶然にしちゃ出来すぎてない?」
「でも誰にも白谷くんにはこのこと言っとらんら?」
「言ってないと思う」
「ならホント偶然と思って諦めるしかないに」
「うーん…何か納得いかん」
「結衣、折角海に来たんだで、楽しまいか」
「…そうだな。そうすっか」
黒瀬は納得してくれたようで、灰屋はニコッと笑うと日焼け止めを体に塗る作業を続けて…終わったようで帽子を置き周りを見渡しながら立ち上がる。
「結衣、日焼け止め早く塗っちゃって海いこまい。和くーん!」
「うん、さっさとつけちゃうわ…って勇樹くんは何処?」
灰屋は紺野に声を掛けると彼とオマケみたいな感じで深緋と黄谷もやってきたがそれに構わず水際へ走り出した。青野と紫野はもう海辺で水遊びしてるのか、男3人を引き連れた灰屋が2人の所へ合流していく。早くも男女間で水かけ遊びが始まった。
結衣は眼鏡を外したためにぼんやりとした視界の中で彼氏の勇樹の姿を探すと、当の本人っぽく見える姿は隣の集団にいる生徒会役員たちらしき人らと話をしていた。それなりに話が盛り上がってるようでその方向から彼氏のを含んだ複数の聞きなれた声が聞こえてくる。暫くは動きそうになかったので今のうちにと体に日焼け止めを塗ろうとして…何かが光った方に目を向けた。
「…水晶?」
黒瀬のぼんやりとした視線の先には、けだるそうにレジャーシートの上で寝転がっている白谷の姿が見えた。顔の部分はパラソルの日陰に入っているが、胸元は陽が差していて、そこには存在感をひけらかすかのようにペンダント状の水晶が陽光にきらめいていた。
「…つけてるってことは認証出来たってことか」
新しい術者が水晶を使えるようにするには、初期認証を水晶…というより、その中に入ってる"悪魔"に行う必要がある。術者の能力不足だと弾かれる可能性もあるが、少なくとも最低限の能力は持っていることになる。
そういやスジはいい、というのを母親は何気なしに言ってた様な気が、と思いだすと…見られてることに気が付いたのか、白谷が黒瀬の方を見て…白谷に続いてやや遅れたタイミングで黒瀬が顔を背ける。
やがて白谷の周りが女の子の複数の声でにぎやかになってきた。横目で見てみると4人の女の子が白谷の場所に集まっていて、そのうち彼女らに急き立てられるように立ち上がって海辺へと走り出した…というより、無理やり走らされた感があるように見えた。なんか変な悲鳴が聞こえてるような気がするが気のせいだろう。
急いで日焼け止めを塗り終わった黒瀬はそれらを片つけていると…、
「ごめん、待った?」
「あ、ううん。そんなに」
生徒会の人らとの話が終わったのか、隣の陣地から黄緑色をメインにしたサーフパンツに薄緑のワークキャップを付けた勇樹が戻って来た。多少待たせた自覚があるのか、笑みを浮かべながらも眼鏡をしてないのでいつもより近づいた状態で頭を幾度か下げた。さりげなく結衣の前に腰を下ろして胡坐をかく。
やや同じ目線になった結衣は、何かにはたと気づいてじっ、と勇樹の顔を凝視する。
「えーと…」
「どうしました?結衣さん」
「あ、いや…勇樹くん眼鏡外した顔初めて見た」
「え?そうでしたっけ…」言われて勇樹は視線を夏の空に向けて暫く脳内の記憶という引き出しを検索し始めて…「確かに。そういやそうですね…」
「勇樹くんセルフレームだから眼鏡外すとちょっと雰囲気変わるね」
「そうですか…僕はあんまり自分の顔見てないので」
「え、そうなの…?」
「んー…正直言うと自分の顔に自信がないんですよね」
「それ言ったら自分もそうだし。ま、それは今は言いっこなしね」
「そうですね…」
言われて苦笑い。暫く二人は周囲の歓声をBGMに海を見つめてた。
やがて勇樹が胡坐を崩して上半身を結衣に近づける。眼鏡をしていない二人のそれぞれの視界に、互いの顔の占める面積が大きくなり、ピントが合うように鮮明になる。少し驚いた結衣がわずかに頭を後ろに引いた。
双方とも裸眼ではそれなりに近づかないとはっきりと見えないせいだが、端から見るとキスする寸前のカップルのように映る。
「あの…結衣さん」
「あ、はい…」
実際は短いが、二人の感覚ではそれなりの時間で互いの顔を見ていたらしい。
「海…行きましょうか」
「そ、そうですね」
二人の顔が赤いのは30度を超える気温と夏の日差しだけではなかった。
2-7の男女3人づつ6人のクラスメイト達は、波打ち際から50~60mほど沖に出た場所でのんびりと固まって泳いでいた。そのうち、紫野が自分らの場所で見つめあっている黒瀬と緑川に気づいて泳ぐのをやめた。立ち止まってその方向を見ている。
「あの二人、まだ見つめ合ってる…」
他の5人も泳ぐのをやめて、紫野と同じ方向を見つめた。遠浅の浜辺なので水位は彼らの胸からお腹辺り。
「あ、ホントだ」
「何かこのまま押し倒してイイカンジになりそうな」
紫野の言葉に青野と深緋がその方向を見る。公衆の面前でどう見ても二人見つめ合ってそのままの状態になってるのを見ると、そういう妄想が出てもおかしくない。
「あ、立ち上がった。"キックオフ"ごっこは終わりか」
「なんだつまらん」
ちょっと前まで連載してたサッカー漫画の振りをしたラブコメ漫画を黄谷は引き合いに出したが、それが終わってしまったのを見て深緋が半ば本気で悔しがった。
「もうちょっと見せてくれると…つか、水着脱いでくれると…」
「こら深緋、エロビデオじゃないんだから」
妄想をたくましくしてる深緋に青野がハリセン代わりの右手ではたいてつっこむ。軽くなので痛くはないし、第一ツッコんだ本人はニコニコしてる。
「…って白谷はなんだ、ハーレム状態だなぁ」
ちらと横の方を見た黄谷が視界内に白谷と1年生女子4人の姿が入った。黄谷の言葉に他の5人もそっちの方に視線を向ける。
白谷と1年生女子で遊んでいた所へ白いビキニを纏った女性が乱入、さながら消防車が放水するかのような勢いで白谷のグループに水を浴びせ始めて歓声を上げている。
「何かうらやましいぞ白谷。どうやったらあんな風に下級生の女の子にモテるんだ」
俺もその輪に混ぜろとでも言いたげなように深緋が口をとがらせる。
「というか白谷くんのグループ、男2人に女子6人だからほっといてもハーレム状態だよ」
隣のグループの陣地を見た紫野が深緋の言葉に付け加える。そこにはテンガロンハットを足元に置いた恰幅のいい男性が、隣にいる、Vネックラインの黒のフリル付きワンピースを纏った女性と話してる感じで並んで立っていた。両者の間はかなり近くに見え、親密そうな感じ。
深緋は両方のウラヤマシイ男子を交互に見て、
「くそっ、一度でいいからそんな目に遭いたい。女の子をとっかえひっかえして…」
「そんな目に遭う女子の気持ち考えろアホー」
再びハリセン代わりの手のツッコミが青野から飛んできた。痛くはないが痛がる素振りをして…ふと何かに深緋は気が付いた。
「…何かさっきから俺にだけつっかかってない?青野さん」
「手が届く近さにいるからだよ!」
あんまり答えにはなってなさそうだが、青野はそう言ってさらにもう1発叩き込んできた。顔は笑っているので悪意や敵意は全くないように見える。
「なんだよそれどういう意味だよ」
「意味はないっ!」
きゃははと笑いながら青野は更に今度は両の手で深緋の頭を平手でバシバシ叩く。過剰すぎたのか深緋はちょっとムッとすると青野の手を握ったが、我に返ったか彼女の左手首を右手でロックしたまま二人は固まったように動きが止まった。見つめあってしばらくの時間が経過。
「今度はこっちが"キックオフ"ごっこかなぁ?」
黃谷が流し目プラスジト目、それにニヤけ顔で青野と深緋の両方を眺めると、それに気づいたか、
「コラ、離せ…」
気温だけが原因ではないように顔を赤くして青野がつぶやくように深緋に言う。言われた方はゆっくりとその手を放す。
「…アオちゃんと深緋くん、付き合っちゃえば?」
ジト目で二人を見つめる灰屋。隣にいる紺野も彼女と同じ目つきで首肯して青野と深緋を見つめている。ついでに黄谷も、隣にいる紫野もその表情から灰屋と紺野の意見と同じらしい。4人の『つきあっちゃえ』の圧力に、
「え、えーと…」
「…ちょっとふざけすぎた、かな?」
さっきまではしゃいでた深緋と青野が、共にそれから逃げるような言い方をしつつ電池が切れたおもちゃのように急にしおらしくなる。
浜辺から聞こえる歓声が、距離という物理の音量ツマミで半分くらいに下げられて聞こえてくる。
4人はまだ無言。
いや、俺たち私たちが求めているのはそうじゃないでしょ、と言いたげな4人の視線と無言。
深緋と青野が俯きつつ視線を交差させて、やがて深緋が左ひじを、青野が右ひじを互いに相手の体に何回か軽く当てるのが海水のしぶきと共に見えた。どうやらどっちが言いだすかを『譲り合ってる』らしい。
…それが止むと、やがて意を決したかのように深緋が青野に向き直り、息を吸って目を閉じ、
「あ、青野さんっ!俺の彼女になってくださいっ!」
「深緋くんっ!わかりましたっ!おねがいしますっ!」
二人の声は大声だったので周囲にいた他の人らの視線が6人に刺さるが当の本人等はおろか4人もそれには一向に気にせず、むしろ彼の言葉に応えた青野が同じように目を閉じながら元気よく…よりは半ばヤケクソ気味で答えた。深緋も青野も何か青年の主張みたいだな、と思いながら。
「「「「…おお!」」」」
そう来るか、とあっけにはとられたがその心意気に4人は自然に声を上げ拍手。それに尚更気をよくしたか、深緋は青野の両肩を両手でつかみ、抱き寄せた。抱き寄せられた方は一瞬何が起こったか理解できてない顔をしている。
「青野さん…っ、えーと…この夏で全部"経験"させてあげますっ!」
「ちょ…深緋くんそれは先走りすぎ!こら!」
ようやく状況を理解したのか、青野が空いた手で深緋の頭をぱたぱた叩く。でも、他の4人からは青野の表情は嫌がるどころか嬉しそうに見えた。
「いやいやそれはアカンやろ」
「そういうことは二人っきりの時に言え」
深緋のヤる気に満ちた言葉に言われた黄谷と紺野が即座にツッコむ。
「…何かみんな、"夏の魔法"に掛かってますねぇ…」
傍観者の立場に徹している紫野がそれらを見つつ他人事のように呟いた。それを耳にした隣の黄谷が、紫野との距離を互いの腕が接触するくらいにまで縮める。それに気づいた紫野が黄谷の方に顔を向ける。黄谷は紫野の方に視線は向いてないが、明後日の方向を見ながら気持ちはすぐ横にいる彼女の方を向いていた。
「あの…ウチらも魔法にかかる?」
ちら、と紫野の方を横目で見る黄谷。紫野はうーん、と目を夏の青空に向けてしばし考えるポーズをとって、
「…かかりますか」
黄谷の方を向きなおって紫野が打算無しの笑みで返した。さりげなく隣の黄谷の手をとると、穏やかな波の下で二人は手を自然につなぐ。そしてさらに二人は距離を詰めた…ところで、
「おーい、おまたせー」
ようやくやってきた感のある声が3組のカップルに届く。結衣と勇樹が仲良く手をつなぎながら打ち寄せる波に抗ってクラスメイトの集まってる場所へと歩いてきた。
「ところで、さっきなにか大声が聞こえてきたんだけど…」
「ああ、アレはアオちゃんと深緋くんの愛の告白だに」
うらやましいのぉ、とでも言いたげな意味ありげな笑みを黒瀬に向けて灰屋が説明する。そう言われて黒瀬はよく見てみると…海へ行く前に『お試し期間』中になってる灰屋と紺野、今しがたくっついた青野と深緋はわかるとして、さり気なく紫野と黃谷もそれっぽい雰囲気を出しているのに気づいた。波をうっている水の下で、紫野と黃谷の手が互いにつないでいるのが海水に歪んで映る。
「…なんかこうも簡単にくっつくとは…」
つい1ヶ月ほど前までは想像もしていなかった状況が起こってることに黒瀬はちょっとついていけない感覚に襲われた。そういう本人も1ヶ月程前とは状況が変わっているのだが…。
「それじゃ、みんな揃ったところで泳がまい」
灰屋と紺野が手をつなぎながら沖の方へ向けて泳ぎだすと、つられて他の3組のカップルも泳ぎだした。
…泳いだあとは陣地に戻ってお昼等の買い出しなどで食欲を満たすと、午後はそれぞれ横になって日光浴したりビーチボールで遊んだりと過ごす。結衣と勇樹も、シートの上で仰向けに寝転がって陽の光を浴びていた。
「そういえば結衣さん、胸のペンダントって外してないですね」
「あ、これはまあ、お守りみたいなものです」
結衣の胸にきらめくペンダントの水晶の輝きに視線が思わず行った勇樹が訊いた。結衣の方はまだ彼には魔法を使える『術者』だというのは伝えてない。彼はまだ魔法の存在を知らない一般人。本当のことを伝えるのはもう少し後でもいい、と思っていた。
「でも、お守りにしちゃあ大きいですよね」
「まあ、よく言われるんですけどね…」
コレばかりは事実なので仕方がない、と結衣は苦笑い。
「ずっとつけてないとダメなんですか?」
「うーん、そういうことはないんですけど、でもずっと持ってたほうがラッキーを拾えると思って」
胸の水晶を手で弄びながら結衣が答える。
…いざとなったら自分と、もしかしたら大事な勇樹の身も守ることにもなる水晶は余程のことがない限りは外せない。
黒瀬の視界に二人の女性の姿が入った…と思いきや、ぼやけた視界でも意気揚々とした雰囲気を振りまいている副会長の芳賀と、それのお供感が強い会計の北川がやってきた。こちらが休んでる間に海に入ってきたのか水着から海水が滴り落ちている。
「元気ですかー!元気があれば何でもできるっ!」
BI砲の、"I"の方のプロレスラーの名文句を叫びつつ、プライベートな上に海に来てなおさらテンションが高い副会長の芳賀が並んで座っている黒瀬と緑川や2-7のクラスメイトにちょっかいを掛けてきた。
「副会長いつもよりテンション高いですね〜」
「当たり前でしょこんなところで騒がずにいつ騒ぐんだよ〜!」
緑川の返答にけたけた笑いながら周りにも充分に聞こえるくらいのハイテンション。会議の時とは大違い。
「あ、それに今は副会長は無しだ。せっかく海に来てるのに役職で呼ばれちゃ気分が滅入るだろ?久美子お姉さまと呼びなさい」
上半身を起こしている緑川の顔にキスするくらいに自分の顔を近づける芳賀。水着が布の面積の少ないビキニ、しかも白を着けてるせいか、高校生とは思えないようなマーベラスな体つきで多少ドギマギしてくる。その迫力に気おされて、
「は…ハイ。スミマセン…」
「よーし!じゃあ黒瀬ちゃん、ちゃんと緑川くんと青春してるかー!」
「は、はい…」
多分こっちに振ってくるだろうとは黒瀬は判ってはいたがやはりビクつく。
「うーん、声が小さいぞー!」
「はいっ!してますっ!」
「ぃよーし!そうでなきゃ!」
…高校生というのを知らなければ、昼間っから酒飲んで酔っ払ってる若いねーちゃんにしか見えない芳賀は、再びケタケタ笑いだして横にいる2-7のクラスメイトへ同じようなテンションで絡んでいった。
「…何なんだ…」
そう思った矢先に今度はいつの間にか懐に潜り込んでいた北川が、
「黒瀬さん、質問があります」
「!」
こっちの方はハイテンションな芳賀に気をとられてて全くのノーマークだった。一瞬だが髪が逆立つような感覚に襲われる。
「黒瀬さんと似たような水晶のペンダントを白谷くんもしているんですが…これは何か繋がりがあるのでしょうか」
黒瀬と同じく、こちらも泳いできたために眼鏡を外しているのでいつもの会議とかよりも距離が近い。しかし表情とかはいつもと変わらない。
「ま、まあ…家が隣ですし、よくお隣と昔は買い物に行ってましたから、その時に一緒に買ったんだと思います。何しろ幼稚園の頃だと思うので記憶が…」
黒瀬は一瞬真顔になった後、愛想笑いの成分を含んだ顔で北川に説明する。
彼女も魔法の存在を知らない一般人。とりあえず誤魔化しはしておく。
北川は黒瀬の説明を聞いてしばらく弥勒菩薩の様な、無表情とアルカイックスマイルの中間の顔を数秒続けた後、
「…なるほど。わかりました」
納得したようなそうでないような微妙な顔をして彼女は立ち上がると、違う意味で酔っ払ってるんじゃないかと思うような千鳥足手前の足取りで自分の陣地へと引き上げていった。大丈夫かなぁ、と少し心配するようにしばらく北川の背中を見たあと、ふと勇樹と反対側にいるクラスメイトを見てみると…。
完全に芳賀のテンションにあてられまくって困惑している表情が6人から伝わってきた。
「…まあ、初めて芳賀さんのあのテンション見たらそうなりますよねぇ…」
同じように6人を見ている隣の勇樹がさもありなんという達観した顔をして呟くように言う。眼鏡をしてないのでぼんやりとしか見えていないが、何となく雰囲気は伝わってきている。
「…ですよねぇ…最初見た時にはホントに同じ人かと思いました…。実は双子で入れ替わってるんじゃないかと思ったくらいです…」
生徒会で慣れてる二人には彼女の二重人格みたいなテンションには多少は耐性が付いたが、初見になる6人にとっては色々な意味での脅威になったに違いない。
このノリは青野は大丈夫だろうけど、紫野は大変だろうなぁ…。
…と、今度はテンガロンハット被った永井が黒瀬らの陣地へ足を踏み入れていた。結衣と勇樹の海側へ腰を下ろすと、
「なんか芳賀が迷惑かけてるみたいですまんな」
「あ、いえ、自分らはいいんですけど…」
と、永井に話しかけられた黒瀬が答えつつ視線をクラスメイトの6人の方へと泳がせた。それを見てか、永井の方もそっちを見る。
「しっかし元気だなぁ…」
6人の方は芳賀に乗せられてか、さっきから妙にテンション高い叫び声とか聞こえてきている。周囲の人らもそっちの方に視線が集まってて、ちょっとしたアトラクションのよう。
「そういや永井先輩、芳賀さんってあのハイテンションが素なのか、会議の時の冷徹な声がホントなのか本来はどっちなんでしょうか?」
「うーん、本来は会議とかで見せる顔なんだろうけど…」
会長と副会長でコンビを組んでいるとはいえ、流石にそこまでは把握は難しいなぁ、と永井はその表情で緑川に答えた。
クラスメイトの6人のほうが穏やかになった…と思ったら芳賀が黒瀬らの陣地を離脱して自分らの方へ戻っていくのがぼんやりと見えた。相変わらずテンションはそのまま。
そのクラスメイトの方は、といえば、なにか疲れたのかシートに倒れて動けなくなっている。泳ぎ疲れた上にあのテンションに巻き込まれたんじゃそりゃあ疲れるわなぁ、ごくろうさま。
…冬の間だと充分に昼間だが、夏の盛りだとそろそろ夕方になる陽の高さになってきた時刻。そろそろ仕上げにもう一回泳ごうかと海に繰り出したり、もう疲れたからそろそろ帰り支度しようかとそれぞれの陣地でも動き出す人が出始めた。
あれだけ砂浜にいた人らも、夕方になってくると櫛の歯が欠けていくように少なくなり、シートやパラソルなどが撤去されて見た目に砂の面積が大きくなってきた。人の姿がまばらになってきてざわつきのボリュームが小さくなっていく替わりに、波の音や後ろの道路の自動車の音とかが聞こえはじめる。
生徒会長の永井が今のうちに集合写真を撮ろうと声をかけてきた。互いのグループが集まって、写真部所属の1年生の青葉がカメラのセッティングを手慣れた手つきで行う。準備が出来てセルフタイマーをセットし、青葉が自分の場所に戻ってみんなポーズとって…その時、黒瀬はふと横を見た。
少し離れた所で立ってる白谷が何故か横目でこっちを見ていた。
「「!」」
同時にそっぽを向いたその瞬間、シャッターは切れた。
二人の表情が一瞬『しまった!』と思った時の顔になる。
「ちょ、今のもう1回撮り直せない?」
「あ…青葉ちゃん、もう一コマ撮れる?」
黒瀬も白谷も同時に青葉に話しかけた。しかし、青葉はカメラのシャッターチャージのレバーがこれ以上動かないのを見せながら、
「黒瀬先輩白谷先輩、えろうすんまへん。もうフィルム終わってもた…撮り直し効かへん」
「予備のフィルムは?」
「これでおしまいですわ…」
「えー…」
よりによって夏の思い出になるかもしれない写真が…と思った黒瀬は、こうなった元凶に視線を向けると向こうもこっちが元凶と思ったらしく冷たそうな視線を投げかけていた。
今度は視線を互いに逸らさない。そうするうちに怒りのゲージが溜まっていくのを感じ始め、何か言わないと気が済まないくらいに感情が渦巻き始めた…だが。
「結衣さん」
勇樹が結衣の肩に手を置き、落ち着きなさい、とその表情で語ってきた。ダメですよ、せっかく楽しいところに来てるのに…と。
勇樹だけではない。クラスメイトの6人も彼女を見つめている。マイナスの感情を含んだものとして。
「…ごめん。…ありがと」
自分の感情の水位が急速に下がっていくのを明確に感じていた。
深呼吸を一つ。夏の空を見上げる。
「そうだね。仕方ないとあきらめるか」
笑顔が戻って来た。
集合写真を撮り終わった後もしばらくは泳いだり日向ぼっこしたりと海辺の遊びを満喫したが、さすがにお昼食べたとはいえ、これだけ動くとまた空腹が警鐘を鳴らし始めた。
隣のグループも同じことを考えていたのか、手元のメモ帳らしきものを見ながら白谷と、それにくっついて歩いている白谷の彼女の姿がちらりと見えた。
「それじゃ買い出し行ってくるね~」
さっきのお詫び…で、黒瀬は彼氏とクラスメイトの注文を聞いてそれらを復唱しつつ、頼まれた飲み物に浜茶屋にない品物があるのでまず手近の浜茶屋そばの駐車場へと向かう。気温が30度を割り、お日様はまだ照り付けてはいるが、水にぬれた水着だけでは体温が奪われるので着てきたカッターシャツを羽織り、眼鏡をかけて胸元の水晶付きのペンダントを揺らしつつ砂浜を歩いてゆく。
駐車場に出ようとした時だった。
駐車している車の向こう側から声がしてきた。
「…ケンカ?」
目の前に駐車してある車はワゴン車なのでそのままでは向こう側から聞こえる怒声の様な声の主は見えないが、窓ガラスを通して向こう側は見える。1人か2人に少なくとも3人の人間が絡んでいる、ように見えた。
「…触らぬ神に祟りなし。ここは見なかったことに…」
黒瀬はその場を離れようとした。しかし彼女の耳は、そこに空気を媒介して伝わってきた聞きなれた声を認識した。
一瞬、足が止まる。燃料が切れた車のように。
…無視しようとすれば、出来た。
今の関係なら、それを選んでも間違いではなかった。
他人だから…たとえ隣に住んでいても。
…でも…。
「…ああっ、もう!」
自暴自棄な言葉にならない声を吐いて…ワゴン車が並んでいるスキマを通って駐車場が見渡せるところに出た。見渡して、当事者以外の人が見えないのを確認する。
「…自分は何をやってるんだ…!」
さっき黒瀬の耳に届いた声の主…白谷が複数のガラが悪そうな連中…豆タンク体型と、同じ体型でやや背が高い奴、そしてキツネ目で金髪、耳にピアスをしたやや痩せ型の…3人と取っ組み合っている。横を見ると…1年生の女の子、多分白谷の彼女だろう…が何もできずに怯えて立ち尽くしている。
明らかに白谷に分が悪い。とはいえ、何とか彼女を守ろうとあがいてる白谷には逃走という選択肢をハナから放棄しているようだ。
「何やってる。水晶あるなら魔法使って…」
と言った所で気が付いた。ひょっとしたらまだマトモに使えてない状態だから意識的に使ってないんじゃ…?いや、防戦一方になってて言葉を生成させるほどの余力がないからか。
そうしてるうちにガラの悪い連中の一人…キツネ目金髪ピアスがその彼女の方に向き始めた。怯えて立ちすくんでいる女の子に"何かをしよう"と腕を伸ばして…。
その瞬間、風が吹き抜けた…直後にそのキツネ目の男の動きが止まった。
「な…何だ?何で見えない…!?」
女の子の方に手を伸ばした状態でうわごとのように声を絞り出すキツネ目の男。
黒瀬の胸元の水晶が光っている。さながら標的に向けて狙いを定めるかのように左腕を伸ばし手のひらを向けていた。
多分あの人間の目前では、今まで見えていた光景がいきなり遮断されたはず。動くより前に恐怖感が先に出る。
視界を失って手当たり次第に両手を振り回して何かに頼ろうとするも、全て虚空を無駄に切り裂くだけだった。酔っぱらいのような千鳥足よりなお不安定さを見せつける両足ももつれそうでもつれないのが逆に滑稽に映る。
振り回す手をあきらめたのか顔を覆っているモノを両の手で触ろうとするが、『風の壁』がその指先を物理と魔法で拒絶する。
その人には首から上が無かった。と言うより、周りからは首から上が『見えなかった』。そこだけ周りの景色に溶け込んでいるかのように掻き消えていた。
連中の動きが、その光景を見て明らかに動きが止まる。連中の仲間の、首から上が『消えている』光景を見て闘争よりもありえない恐怖が感情の上書きをしていた。
それを見て…何が起こったのかが判った白谷が怯えて立ちすくんでいる彼女に叫んだ。
「真由!早く逃げろ!」
「…は、はいセンパイ!」
白谷に言われて彼女はその場から足がもたつきながら脱兎のごとく海の方にいる友達の方へと駆け出した。駐車されてる車の間をすり抜けて浜辺へと走る。やがて、半泣きになりながら友人や先輩たちを呼んでいる声が砂浜の方から聞こえてきた。
逃げる女の子を追いかけるためか、恐怖心を振りほどこうとした豆タンク体形の背が低い方は白谷を背の高い方に任せて動いた瞬間。
「!?」
強めの風が吹きつけるとその首から上がさっと景色に溶け込んで見えなくなった。
白谷を押さえつけている背の高い方も視界から白谷が消えた…ように見えた。
黒瀬が連中の周囲にも同じ魔法を掛けたためだ。水晶が輝き、"悪魔"が物理干渉を起こして連中の視界を奪うように光の経路を高密度の空気で強制的に捻じ曲げる。
「な、なんだ!?見えねぇ」
「なんで目の前が…!」
出し抜けに視界を奪われた連中はがいきなり目前で起こった現象を理解出来ずに困惑度を深めていく。当然、顔に触ろうとしても"悪魔"に操られた空気が手の行く先を阻む。
その時、白谷は周りを見回し…やがて黒瀬の方を向いた。安堵したような、余計なことしやがってと怒るかのような、どちらとも言えない表情を浮かべて。
照準のための腕を下ろした黒瀬は無言で白谷を見つめていた。その目には感情が欠如してるかのような。
最初にかけた魔法の効果が揮発した。そこから風が周囲へと拡散する。
出し抜けに視界を取り戻したキツネ目の男は、さっきまで自身の身に起こっていた出来事を理解できずに信じられないような、それによって起こった恐怖心を振り払えずに怯えている。
しかし魔法の方も万能ではない。
「…複数相手だとそんなに持たない…」
黒瀬が呟く。相手が1人なら効果は20秒ほど持つが、複数だと効果が揮発するまであと数秒…。
次第に連中の顔を隠している空気の壁が、効力切れで崩壊を起こし顔が見え始める。そこを中心とした風が吹きこんできた。連中の視界も見え始めた…しかし先に魔法を掛けられた連中の1人と同じように、何が起こったかを理解できずに腰が引けて明らかに怯えているのが判る。
その前に白谷は今のうちにと連中から離れる方へ向けて走り始めた。逃げ出している白谷を視界の片隅で認識したのか、恐怖心を白谷への復讐心が上回るとさっきの続きをやりたがったのか数秒遅れて追い始めた。
しかしその間は約2秒ほど。
「間隔は充分」
言葉を作成。照準のための左腕を指定座標に向けるが、手先は下向き。微かな爆ぜる音と同時に手先を跳ね上げる。それを認識して水晶が輝き、中の"悪魔"が指定座標への物理法則を改変し始める。
一瞬台風の様な強い風が吹き、それらは動く壁となって白谷を追いかける連中をまとめて補足すると、その勢いのまま数メートル横合いに吹き飛ばした。つむじ風が巻き起こったかのように大量の砂煙が巻き上がり、遠景が霞む。連中からしたら、いきなり横合いから目に見えない何かに自身の体を吹き飛ばされるという体験を強制的にさせられたようなもの。
いきなり視界を奪われた挙句に、何かに訳が分からないまま横合いに吹き飛ばされて戦意を喪失したのか、背の小さい豆タンクが怯えて逃げ出すと他の連中も我先にとそれを追った。何かの祟りじゃないかとまで言い出す始末。
風が吹き抜けたのが分かったのか、白谷が後ろを向いた…そこには誰もいなかった。
そして、黒瀬の方を向いた。その目は睨むような、何の感情もなくただ見つめているかのような…。
白谷は周囲を見回し、次に大股で黒瀬の近くに歩み寄る。
悔しさと怒りが、その顔に書いてあった。
「…何で助けた」
「…ほっといたら夢見が悪い。いくら隣同士で幼馴染の他人でも」
「俺だって!…使える魔法くらい…」
「無いだろ?使えてるならもうちょっとマシな状況になってるよ」
感情が抜け落ちたかのような言葉を黒瀬は言い放つ。20cm程上目遣いで黒瀬は白谷を見ているが、逆に見下す様な気迫を漂わせた。
白谷は言い返そうとして…その言葉は初めから続くわけはなかった。実際に使えなかったのだから。
黒瀬の前で悔しさを押し殺すしか白谷の採る方策はない。
「それじゃ。買い出しの途中だから」
シニヨンにしてた髪を解く。海からの風に、黒瀬のストレートの髪がなびいて広がる。銀色のロイド眼鏡が陽光に一瞬輝いた。
白谷の彼女…赤城が双方の陣地の友達に助けを求めたのか、それぞれのタイミングで仲間がやってきた。それらを背にして、黒瀬は本来のお使い事…飲み物の買い出しに改めて足を向けた。
…魔法を使った代償としての強めの空腹をどうやって満足させようか、と思いながら。
「ただいま…」
夕方というには天空の8割を夜が支配するくらいの時間で、黒瀬家の玄関を開けて結衣が家に戻って来た。いろいろとあったせいか疲れた顔をした結衣は台所に入ると母親が夕食の準備をしている最中。
「おかえり。どうだった?」
「まあ、色々あった。ご飯もうすぐ?」
「もう少しね。今のうちに着替えちゃって」
「はぁーい…」
そう言うと2階の部屋へ上がって着替え用の着るものを取りに行き、再び下へ。自分用の洗濯物かごに水着やタオルなどを放り込み、着替えて台所の自分の席に腰を下ろす。
隣の居間では父親がテレビを見て、妹の由紀は自室でそれぞれ夕食の時間を待っており、台所にはいない。
「色々あったって言ったけど、隣の駿君とまた何かやったの?」
「…何で知ってんの?」
「そりゃあお隣さんとおしゃべりしてそういうことはしっかり聞いてるから。向こうで会ったりしたの?」
「…ばっちり隣り」
そう言ってやや不機嫌な顔をする。
「駿君、ペンダントしてたでしょ?」
「してたけど…まだ何の役にも立ってない」
「認証が出来たばかりだからね。まだ持ってるだけ」
「それじゃ持っててもしょーがないじゃない」
「…何かあったの?」
「魔法使った。あいつ助けるために」
「なんだ、ちゃんとやることやってるじゃないの」
「無視しようと思ったけど…夢見が悪くなるので思わず…」
「…ふうん…」
母親はそう言ってコンロで作ってるみそ汁の味見をした。結衣を背中にしている状態で母親が言葉を紡ぐ。
「よかった。ちゃんとケンカしてても助けるところは助けたのはよかった。そうでなかったら…」
「そうでなかったら…?」
言葉に何かを感じて、結衣が思わず母親の背中を見る。息を吸って、背中を娘に向けたままで、
「お説教するところだった」
…母親は顔は笑っていたが、結衣は何かしら恐ろしいものをその裏側に感じざるを得なかった。
「失礼しまーす…」
三国へ行った数日後の夏休み中に設定されてる登校日。その日の放課後、学校祭の打ち合わせのために黒瀬は生徒会室の引き戸を開けた。
「ご苦労様です」
「ごくろーさん!海行った日以来だねぇ!」
会計の北川と副会長の芳賀がそれぞれの調子で黒瀬に挨拶をする。
「あれ?緑川君は?」
「勇樹くんのクラス、まだHRが終わってないみたいで、とりあえず自分が先に来ました」
黒瀬はカバンを置きながら副会長の疑問に答える…ふと見ると、会長がいない。
「会長は…まだですか?」
「永井会長は緑川君と似たような事情で遅れるそうです。そんなに時間はかからないので待ってくれとの伝言があります」
黒瀬と似たような銀縁ロイド眼鏡を、左手中指でブリッジ部分をクイっ、と位置の微調整しながら北川らしく事務的に答えた。
「それと、三国へ行った時の写真が出来てきました。焼き増ししておきましたので、どうぞ」
そう言えば8人+8人の集合写真撮ったなぁ、あいつとそっぽ向いた瞬間に撮られて…と思い出して北川から写真が入った封筒を受け取った。中の写真を引き出してみる…。
「やっぱりなぁ…」
それぞれのグループには黒瀬と緑川、白谷と赤城が写っているのだが…よりによって黒瀬と白谷が互いにそっぽ向いてる瞬間を切り取っていた。現実はそう甘くはなかった。
「…何であの時横見たんだろう…」
あの時の自分に文句を言ってやりたい気分になった黒瀬はしぶしぶと袋に写真を戻した。