恋風
登場人物
黒瀬結衣:女子高生(2年生) 白谷駿とは家が隣で幼馴染で腐れ縁で同じクラス 魔法使い(術者)だが現在はその魔法のリハビリ中 成績は優秀 眼鏡を掛けている 4月8日生まれ
白谷駿:男子高生(2年生) 黒瀬結衣とは家が隣で幼馴染で腐れ縁で同じクラス 実は存在自体がレアな男子の魔法使い 成績は下あたりから最近は普通くらいに 3月25日生まれ
赤城真由:女子高生(1年生) 白谷の元カノ 彼に一目ぼれして彼女になったが、とあることで別れてしまった 成績はいい方 2月26日生まれ
青葉彩:女子高生(1年生) 赤城のクラスメイト 関西弁が抜けない カメラ好き
三笠美智子:女子高生(1年生) 赤城のクラスメイト 柔らかい話し方をする 眼鏡をかけている
榛名美穂:女子高生(1年生) 赤城のクラスメイト 陸上部所属の元気娘
伊勢泝:男子高生(1年生) 赤城のクラスメイト 赤城に惚れている
「──先輩に確認してみたかったんです。魔法使いかどうか、というのを……」
白谷駿は最初その答えを聞いた時、わずかな動揺が全身をさざ波のように広がったがそれはすぐ凪いだ。そして、そうきたか、と心の中でツッ込んでいた。ゆっくりと、うつむき加減の視線を上げ、白谷はその瞳に5人の姿を写しこむ。
「いや、俺が魔法使いって……ちょっと考えがブッ飛んでないか?」
苦笑いを浮かべた白谷がもう一度5人を見回した。
かつて白谷の彼女だった赤城真由は、終始うつむき加減で視線を合わせようとしない。その横顔からうかがえる表情には、かつての彼氏に対する恐怖心が垣間見えた。
赤城の友人の青葉彩は、何かあったら即座に記録しようと銀と黒のコンパクトカメラを弄びながら、榛名美穂は白谷の表情から何かを見つけ出そうと、悪意はないが強めの視線を彼に投げかけている。三笠美智子は穏やかそうな表情はしているが、白谷を出し抜こうとその頭をフル稼働させている。そして敵意にも似た視線を投げているのは、赤城のそばにいる伊勢泝。今回の1-3の関係者の中では、唯一の男子だ。
「魔法使いって、ほら……何かとんがった帽子被って杖振り回して箒に乗って空飛ぶ、ってやつだろ?俺はそんな帽子無いし杖無いし空飛べんぞ」
誤魔化すにしても余りにもベタな例えに、白谷の側で聞いていた、今回オブザーバーの様な役割の黒瀬結衣が思わず吹き出しそうになる所だった。微妙に表情を崩しかけたところで咳払いをしてこっちも誤魔化す。
「でも先輩、何時も胸に水晶のペンダントぶら下げてるって聞きました。魔法使いって水晶使って何かやるんでしょ?」
それの温度を測れば確実に氷点下を下回るだろう感情が抜けきったような、小馬鹿にしたような声で伊勢が毒づく。多分誰かから聞いたんだろうけど、だったらあの時お守りだって言ったこと伝えてないの?──白谷はその時を思い返しながら、夏の海水浴にはいなかった伊勢に答えを返した。
「これか?他の子から聞いたと思うけどこれはお守りだって」
漆黒の学生服から白谷はペンダントの水晶を取り出した。荒削りのそれは、教室の蛍光灯をきらりと反射し、輝いてその存在を主張していた。
「それに、魔法使いが水晶使ってってやつ……あれって球体じゃなかったっけ?」
どうでもいいような反論を言われた伊勢は、言い返す気力を削がれたか、不貞腐れたような渋い表情を浮かべて視線をそらした。白谷はそれを見届けたあと、水晶を仕舞いつつ下級生らから何か言われるかと思い、待った。しかし、それはなかった。
白谷は言葉をつづけた。
「ともかく、胸のペンダントはただのお守りで何の力もないし……俺自身魔法使いでも何でもない、ただの高校生だよ。魔法使いって何らかの血筋とかが必要なんじゃなかったっけ?俺の家はただのサラリーマン家庭で何処にでもある普通の家族。だから、魔法なんてのは縁もゆかりもないって」
よくこれだけウソ言えるもんだな──白谷自身が自虐気味に、どこか冷めたように感心する。自分の意思でしゃべってるのではなく、誰かの思惑で動かされている。そんな、自分としてのコアがない、傀儡にさせられてるような、身体と意思の不一致がもたらす違和感に浸りながら。
「でも先輩、真由は見た、って言ってるんですよ。海での事とか、放送会館近くでの事故の事とか……それはどうなんですか?」
榛名が白谷に楔を穿つように口を開いた。視線は鋭く、そしてその性格のせいもあるだろうが舌鋒は強めだった。榛名の視線は白谷を見据える。しかし白谷はそうされたことで気持ちが切り替えることができた。核心からやんわりと避けるように、白谷は榛名の問いに答える。
「それは……海の時にはさ、ヤンキーみたいなのに襲われて怖い目に遭ってたから記憶とかが混乱してたんじゃないかと思う。俺だって怖かったし、そこそこ殴られてたし蹴られたし……」
一旦言葉を区切って深呼吸する白谷。ウソをつき続けるにも、気力と度胸がいる。
「放送会館近くの事故は、アレは事故車が直前でハンドル効いたから、って聞いた。そうでなかったら、俺も……赤城さんも」白谷は、つい、と視線を赤城の方に向けたが、顔は背けられたままだった「──ここにいないよ」
まるで役者が入念に練習したセリフを唱えるようにスラスラと白谷は言葉を紡いでゆく。しかし、言葉のスムーズさとは裏腹に、下級生たちの表情には懐柔されたような雰囲気は漂っていなかった。とはいえ白谷自身は、そうだったとしても語り続けるしか方法が無かった。何処となく良心の呵責と言う名のブレーキに引っかかりつつ。
──海の事に関しては白谷はほとんど魔法を発動していない。それどころか、術者になりたての状態では役に立つはずはなかった。襲ってきたヤンキーたちを排除したのは結衣であって、俺自身じゃない──白谷はそう言いたかったが、当然その言葉が発せられることはなかった。
放送会館近くの事故に関しては──魔法が無かったら、今頃は白谷も赤城も仲良く墓の下で永遠に一緒になってただろう。少なくとも、ここには存在していない。しかし、魔法は二人を生き延びさせた。
青葉が小難しい顔をしつつ苦言を呈するように言葉を差しはさんできた。
「何かさぁ……先輩の言うてる事って都合よすぎひん?そんなにしてない言うてたら真由が見たっつーのはなんやねん、って言いたくなるやん?そりゃあ確かに呪文唱えてたって証拠はあらへんけどさ……実は隣に真由がいても聞こえんほどの小声で魔法出せる呪文あるんちゃいます?」
「じゃあさ、俺が魔法を使ったとしてその前に呪文唱えるとするよ?ただ、呪文唱えるとしても、例えば放送会館前の事故なんてあっという間に突っ込んできたから、悠長に呪文唱えてる暇なんてなかったよ。それに……隣で聞こえない程度でもそんな時間掛かるならさっさと逃げ出した方が早いだろ?」
「そりゃあ……そやろけど」
青葉が白谷の反論に感情的に不満を述べるも、魔法の呪文には時間がかかる、という痛い所を突かれてそれを引っ込めるしかなくなった。一旦立ち上がった青葉は、反論された悔しさを内に閉じ込めるかのように頬をフグのように膨らませて椅子に腰を下ろす。
オブザーバーよりも傍観者の様な雰囲気の黒瀬は、幼馴染である白谷の、下級生への反論にちらと流し目で見る。1年生の子らがありきたりな魔法使いをイメージしてくれてるお陰で、それが幼馴染を、ひいては自分の能力を他人から隠す隠れ蓑になってる──黒瀬はそう思った。
「みっちー、何か言うたれや」
反論を封じられた青葉が、さっきからずっと沈黙を通して推移を見守っていた三笠にけしかけるように言う。青葉から急き立てられると、うーん、と小さく唸ってから──考えがまとまったのか、静かに三笠は話し始めた。
「ひょっとして、わたくしたちは間違っていたのかもしれない……」
意味ありげなその言葉に、対応を準備していた白谷はおろか、周囲の友人たちも何言いだすのかと視線を三笠に集中させた。手持無沙汰気味の黒瀬ですら、面白そうだ何やるんだろかと期待を込めてレンズ越しに三笠を注視した。
「間違ってたって?何が……」
榛名が訊く。三笠はそれに反応せずに、言葉をつづけた。
「みんな魔法、って言ってたけど、先輩の話もそうだし、状況をもう一度考えてみると、とても魔法でやったって感じじゃないように思えるの。だって呪文を唱えないと効力発揮できないでしょ?先輩の言われた通り、交通事故に遭う直前とかだと悠長にしてられないし、唱えてたら今こうやって話してること自体おかしいはずです。だとしたら、答えは一つしかないわ。それは──」
勿体ぶったように三笠の言葉がそこで一旦止まる。言葉の続きを期待して周りの友人がゆるりと身を乗り出し、言葉を聞き逃さないように意識を集中させる。
三笠は、関西深夜番組の笑ってはいけないコーナーで、笑ってしまったスタジオ収録参加者を無言で指摘する変な格好の人のように右手の人差し指を白谷に向ける。静かに、ゆっくりとした動きで。
そして、叫ぶように三笠は断言した。
「先輩は超能力者なのです!」
──三笠の声は、わずかなエコーを伴って響いたがそれは教室の各所にたちどころにうずもれて、消えていった。しかし、そこにいる人々の脳裏には、さながら永久にこだまが消えない特殊な部屋に閉じ込められたような、無限に繰り返し繰り返しその言葉が響き渡っていた。
ほんの数秒の事柄だったのかもしれないが、三笠以外の1年生と2年生2人には、1分近く経っていたように引き延ばされた時間を垣間見た。静まり返った教室に、ストーブの灯油の燃える音だけが耳に届く。
「……えーと、ユリ・ゲラー?」
「懐かしい~10年ほど前だったっけ?幼稚園の頃だったっけ?いや保育園やったかもしれへん」
榛名と青葉が思わず口にする。超能力者と言えば名前が真っ先に出るほど日本では有名だった。
「そういや最近テレビとかで見てないなぁ、結衣、知ってるか?」
「さあ、あんまり興味ない」
三笠が口にした超能力者の名前をキッカケに、あちこちで勝手に話を始めて収拾が付かない状況に陥り始めていた。笑い声さえ飛び出る始末。困惑した表情を浮かべた三笠は、とっ散らかった話を元に戻してと言わんばかりに、すがるように白谷に確認した。
「笑わないでください!違うのですか先輩」
「あーごめんごめん。でも超能力者とか……そんな力があったらやっぱり苦労しないよ。スプーン曲げるの出来なかったくらいだし」
「誤魔化さないでください!先輩の力が超能力なら瞬時に力を及ぼすことができます。魔法と違い、呪文の詠唱は要りませんし」
三笠の目は真面目に訴えていた。その眼力が周囲に伝わったのか、話の花が咲いていた教室に再び沈黙の時間が流れ始める。
「……でも、俺にはそんな力はないよ。しかし、もしあるなら……」
「あるのなら……?」
白谷の言葉を聞き取ろうと三笠が食い入るように顔を近づてきた。三笠は、自分の心臓の音が白谷にも聞こえているのでは、と思うくらいに期待を高めていた。
白谷の口が開き、答えが教室中に届いた。
「──世界征服するだろ。高校生やってる場合じゃない、と思う」
小学生の男子だったら模範解答なのかもしれない白谷の答えは、この人何言ってんのという、三笠を含む1年生達の軽蔑を含めた眇めた視線と教室をも震わすようなヤジに迎えられた。
「なんだよそりゃあ~」「おもろいこと言いよるなぁ、先輩」「何だそれ、小学生かよ……」「……」
「先輩真面目に言って下さい。そうだ今そこに──」三笠はそう言って後ろの席に置いてあったぬいぐるみをとっさに手づかみし「これで判るはずっ!」
──それは見事なフォームだった。
白谷は三笠が何をしているのかを理解したが、その時にはすでに視界の大半がぬいぐるみに占拠されていて──。
「!」
反射的に避けようと体を真後ろに逸らそうとした白谷の顔に茶色い子ザルのぬいぐるみがものの見事にクリーンヒット。本来なら階段室で同じ標的に投げてるはずだったが、くしくも出番がここで回ってきた。
ぱふんっ!と幾分間抜けな音と共に逸らした反動を制御しきれず、白谷は座っている椅子ごと後ろへと倒れ込んだ──にぎやかな音が床と椅子から奏でられ、教室はおろか廊下まで聞こえるほどの大音量に、黒瀬や1年生たち、はたまた投げた本人ですら思わぬ大惨事に驚いて立ち上がった。
「駿!」「「「先輩~!!?」」」
それは後ろで冷ややかに見ていた赤城と伊勢も、思わず立ち上がって心配そうな表情を浮かべるほどの出来事だった。さながらセルフバックドロップをしたかのように白谷はしばらく木製の床に倒れてうめき声を上げつつ悶絶する。
心配という感情をそれこそ顔全体で現した黒瀬が駆け寄って白谷の頭辺りをつぶさに見て──心配したことを後悔するように、冷たそうな温度の口調でぼそりと言った。
「……ってまあ大丈夫か」
「……っつーか助けねーのかよ」
「しゃべってるくらいだから大丈夫だ。ほらさっさと起きて。1年生の子ら、心配しなくていいよ。こんなんでくたばるような輩じゃないから」
黒瀬は大丈夫、大したことないと心配した表情をすぐさま取りやめて傍観者の顔に戻り、踵を返して椅子に腰を下ろす。ややあって白谷は上半身を起こしたが、ソコソコ打ち付けたのか、片手は後頭部をさすっている。
「……っとに何すんだって……」
投げた三笠にやんわりと文句を言うため白谷はゆっくりと立ち上がるも、目に入ったのは青葉、榛名、三笠の3人が顔つき合わせて何やら話し込んでいる光景だった。
「みっちゃん見たか?超能力でバリヤ張るどころかまともに顔にぶつかってしかも倒れたぞ」
「おかしいですね……超能力者ならその瞬間目が怪しく光ってぬいぐるみがはじけ飛ぶんですけど……」
「目の前で投げたさかい詠唱なんてでけへんし、バリヤ張る超能力もあらへん……これホンマに先輩言うてること正しくね?」
「でも、それだと真由が──」
青葉の言葉にじゃあ真由の見たことはどうなるのよ、と榛名が口にしようとした矢先──後ろから、ねぎらいも含んだ柔らかな声が包み込んだ。
「ううん。いいの……ありがと」
その声は弱々しかったがしかし、榛名は言葉を紡ぐことを失念したかのように、それは途切れた。
自分の声が赤城を諦めさせてしまったのかも──そう思った青葉が、言葉のつなぎを模索するようなたどたどしさと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「真由、あの……何て言うたらええんやろ……その、ごめん。変な事言ってもうた……」
「実際にね、海の時も事故の時も……確実にそうだ、って私も判んない。疲れてたし幻なのかもしれないし、記憶違いなのかもしれない。だから……みんながそういうなら、そう思うことにする」
申し訳なさそうな青葉の声に、赤城は笑みで応える。しかしその笑みには影が付きまとっていた。
赤城自身がこの目で見たことが噓になってしまった、悔しさと言う名の影が──。
「赤城さん、いいのそれで?」
伊勢の声は大きくはなかった。しかし、教室の中にいる人達の耳にはしっかりと届いていた。
赤城は、伊勢の声には答えずに静かにうなづくだけだった。
「じゃあ……」黒瀬の声が、椅子を引く音と共に静けさが支配した教室に染み入る様に伝わる「もう帰っていいよね」
「……はい」
黒瀬のややもすると冷酷に聞こえそうな問いかけに、赤城は何かを堪えている様な、押し殺した感情がにじみ出ていた。そしてその瞳は、拒絶を示すように上級生の二人の方を向いていなかった。
黒瀬は、痛みが引いたらしく立って経緯を見ていた白谷に向き直り、帰宅を促す。
「駿、帰ろう」
「あ、ああ……」黒瀬に促されるように白谷は出口へと向かおうとして、一旦その足を止めて下級生の方を振り向き、声をかけた「じゃあ、邪魔したな」
白谷は、赤城を除く1年生が自身への複雑な思いを秘めていそうな表情で見ていると感じた。そして、結局、一度も顔を合わせてはくれなかった赤城に対して内心、ウソで逃げて申し訳ない、白谷がそう思った時だった。
今まで顔を背けていた赤城が白谷の方へ向き直った。今日、初めて視線が合った──しかしこの時の赤城の視線は、純粋な"怒り"で出来ていた。白谷はそれを嫌と言うほど感じ取り、果たして今日で一番動揺したのではないかと思うほど自分の心が時化ているのを自覚した。
赤城の口が声もなく動く。白谷に無言の言葉が伝わるように、はっきりとした口の動きで。
『嘘つき──』
その瞬間、自分の言動や思考を全て見抜かれているようで、白谷は耐え切れずにかつての彼女である赤城から視線を逸らした。罪悪感がそうさせたのか、赤城の視界から逃げ出すように白谷は教室を出た。引き戸は、即座に閉められた。
「なあ、結衣」
「何?駿」
既に明かりが落ちてる教室を横目に、二人は誰もいない廊下を自分らの教室へと戻っていた。人の気配が絶えた教室から、さっきまで点いてたらしいストーブからの余熱で温められた空気が、時折二人の顔を撫でてゆく。
「……なんか術者になってからの方が、嘘をつくことって多くなった気がする。そりゃあ仕方ない所もあるけど、何か、いいんだろうか……って思う時がある」
「……」
「今さ、教室出るときに真由から『嘘つき』って……言われた。確かに騙していたことになるけど、改めてそう言われると、少し堪える」
「仕方ない、って言ってもどうしようもないけど……そう、"どうしようもない"としか……」
「"仕方ない""どうしようもない"って便利な言葉だけど、免罪符にしては安売りしすぎな感じだなぁ」
「もう少し自分や駿が知識を蓄えて、それらを自在に使いこなせるようになったらまた違う言葉で言えるんだろうけど……結局は服を着替えるだけだよね。何の解決にもなってない」
「これからも、知らない誰かを騙していくのかなぁ、と思うとなぁ……ちょっと気が重くなる気がする」嘆息した白谷の歩む速度が落ち始める「結衣、俺たちの"魔法"って……何なんだろうなぁ」
既に何回か口にした言葉を、思い出すように白谷は口にした。
「……判らない、としか言いようがないけどね。色々と親から知識は教えてもらってるし、まだ知られてない事も魔法庁とかで調べているんだろうけど、何のために存在してるとかは全然、だね」
「そこまでは判らない、か。正体不明のモノを扱ってる、って考えるとちょっと怖いな」
「そうね……」
黒瀬はそう言うと火のトラウマを思い出したのか、表情の片隅に怯えがにじみ出た。言葉は途中で途切れて尻切れトンボになる。
「わりぃ。思い出させちまったか」
「いいよ別に。リハビリ中だし、自分で何とかしないと……」
察した白谷は謝った。それを受けた黒瀬は乱れかけた心を一旦深呼吸をして落ち着かせる。そして、問いの矛先を白谷へと向けた。
「後悔してる……とか?」
「まあ、全くない、と言えばウソにはなるけど……」
「いいのよ、やめても──」
廊下の途中で立ち止まった黒瀬は、何処か突き放すような、温度の低い言葉を白谷に放った。意外な言葉が行く手を塞いだかのように、白谷の歩みをも止めた。
ちらり、と横目で黒瀬を見る白谷。同じタイミングで、黒瀬は隣に並ぶ白谷を見た。
緊張感のある沈黙が、しばらく流れていった。
伝えるべき言葉を探すように視線を天井へと変えた白谷は、外の街灯がガラス越しに照らし出す弱い光の中、諦めとも意を決するとも、どちらとも取れない絶妙な表情を浮かべた。
「──前はやめるな、って言ってたと思ったけど」
「うん。そう言った」
「──やめても……いいのか?」
黒瀬の言葉たちの中にうずもれた意味を、白谷はいささか絡み取れずにいた。だから、問いかけた。言葉と言う暗闇を照らし出すロウソクの明かりのように、少しづつ、部分部分を、慎重に、手さぐりに。
黒瀬からの返答はなかった。何かを思案している苦みを伴った表情が、窓ガラスを通して外の街灯の光に淡く照らされる。
黒瀬のその表情を見て、白谷は、少し深呼吸した。しばしの沈黙を置いて、そして、何かを決断したかのような真面目な顔を、した。
「──この魔法、ってさ、発現した時には迷いもあったけどやろうって決めた理由は幾つかある。でも、一番は、多分、これを身に付ければ結衣と互角になりそうな気がしたから、かな。守られる"弟"としてではなく、頼れる"弟"に」
「小さい頃の事?確かに、よく助けてた」
「その時は何で結衣が同学年どころか先輩の男よりケンカが強かった理由が判らなかったけど、今思うと……さらっと使ってたでしょ?魔法」
「……まあ、毎回じゃないけどいざという時は、ね」
「やっぱりなぁ……」白谷は嘆息するように言葉を区切った「小さい時にさ、結衣のように強くなりたいと思って合気道とかの武道はやったけど、元々飽き性なんだろうなぁ……全然続かなかった。だから、せめて魔法だけは、自分の好きな子は自分の力で守る、と思って練習したけど──その代わりが……」
深いため息をつく。そのため息とともに、ぼやきにも似た言葉がこぼれ出した。
「人に言えない、かぁ……。いいのか、悪いのか──」
「──それ言ったら、自分だってそう」
黒瀬は、隣の白谷の方には向かず、目に見えない誰かに話すかのように呟いた。頭の中のスクリーンにあの時の生徒会室での出来事が、心が拒否しているにもかかわらず、現実を見ろとばかりに映し出される。そして今でも時折よぎる、"もしも"──あの時、ブレスレットを忘れていなかったら──しかし、後悔の念は時を遡ることは出来ない。
「勝手に授けられた魔法に、振り回される俺と結衣。これも運命なのかなぁ……今も、この先も。そうなってるのなら、さっさと示してほしいもんだ。将来悩まなくて済むから」
白谷が、張りつめている様な空気を少し換気するような、黒瀬の耳にも届く声の大きさの独り言をつぶやく。呟きは明るそうに聞こえるが、何処となく自身の無力さに腹を立ててるような、悲しんでいる様な、そんな感情の渦巻きが言葉に含まれていた。
「勝手に授けられた──まあ、確かにそう思う所はある」
「だろ?嘘ついてまで隠さないといけないこんな面倒な"力"、欲しい人いるんかなぁ……」
ゆるんだ空気に感化されたか、黒瀬の表情も幾分ゆるむ。しかし、白谷の誰に向けてのものでもない問いに、再び緊張の成分が黒瀬の顔に混ざり始めた。
「……勝手に授けられた力だけど、それがない人たちからしたらとても羨ましく見えるんじゃないかな。そっちの人が圧倒的に多いんだし。さっきの駿のセリフじゃないけど、それが出来たら世界征服する、って思う。あるいは逆に、中世の魔女裁判のように術者を排除しようと画策するかもしれない。力の代償が、自分らを守るための"嘘をつき続けること"なら……ある程度は仕方ないんじゃない、かな?」
「また"仕方ない"か……」
「自分はそれを言い換える言葉を知らない。駿、何か知ってる?」
「いや、それを俺に言うなよ」
「ならイチイチ文句言わない」
「はいはい」
「でもね、そう思ってしまうの無理はない。ウソをつくなと普通は言われるけど、魔法に関しては逆だからね。"良心の呵責"とのせめぎ合い──もうね、慣れるしかない、が正解なのかもしれない」
諦めの感情が、黒瀬の表情を曇らせる。傍目には笑ってるように見えるが、それは何処か、歪だった。
「結衣はもう慣れてる、ってわけか?」
「年季が入ってるからね。自分はもう平気でウソをつく悪い子になっちゃってるよ」
「酷いなぁ……じゃあさっきの質問はウソ、ってことでいいのか?じゃあ本音は……やめてほしくない、って……?」
白谷の言葉に、再び彼女の顔を笑みが覆う。しかし、その笑みはさっきとは違うようだと白谷は思った。
「だから、駿……自分は前にも言ったけど、せっかく身近な人が、幼馴染が術者になったんだから、自分としては──」黒瀬は一旦、何かを含めたように言葉を区切り、そして続けた「やめてほしくない──これは、ウソじゃない……」
黒瀬の言葉は押しつけのようには聞こえた。しかし、眼鏡の奥の瞳は、それとは真逆の、さながら懇願するような、弱くともとれるみたいに、白谷からは見えた。
そして、何処となく、黒瀬の眼鏡越しの顔に、色が付いているようにも。
白谷は深呼吸を一つ、した。そして、青白っぽい街灯の柔らかい光に照らされた笑みを黒瀬に向けた。
「まあね、やめられるんなら、真由に拒絶されたあの時にやめてる。やめてない、ってことは──」白谷は黒瀬の向こう側、窓の外に広がる、堤防向こうの明るい広がりを見つつ言葉をつづけた「ま、そういうこと……かな?」
白谷はそう言うと再び歩き始めた。黒瀬は、しばらく白谷の背中を感慨深げに見つめた後、追いかけるようにやや優速で歩き出した。
口元に、微笑の欠片を残して。
もう外は、とうの昔に夜の帳が降りていた。底冷えはしないものの、それなりの強さの風は、肌を出している個所から容赦なく体温を奪ってゆく。冬という季節の、夜のとば口のためか、学校から伸びている歩道を路肩の雪のカタマリを避けつつ、近くへのバス停へと歩く生徒らもまばらになっていた。
「もう真っ暗だね」
「……うん」
バス停までは、大体サッカーコート1面分の距離。その間を、街灯が所々をピンポイントで照らし出し、時折通る、寒さに震えながら歩いてゆく生徒らをその瞬間、舞台の上の主役のように暗闇から浮かび上がらせていた。
「伊勢くん……」
赤城が、車線側の隣を同じ歩調で進んでいる伊勢に視線を向けずに名前を呼んだ。
「ん?」
「……ごめんね。こんな時間になるまで残ってもらって、迷惑かけちゃって……」
「大丈夫。赤城さんは悪くないよ」
少しでも赤城に元気を出してもらおうと、そしてそんな心配いらないよと、伊勢は出来る限りの笑みを浮かべる。ちら、と頭一つ斜め上にあるクラスメイトのその笑みを見た赤城は、いくらか心配事を和らげるように、その表情を緩めた。
「それに赤城さんは、"見間違い"じゃないと思ってるんでしょ?」
伊勢の言葉に、赤城は無言で、少し間を置いてうなづいた。それは迷いは出てるものの、私は間違ってない、と雄弁に語っているように、伊勢には見えた。
「確かに今は"魔法"なんてありえない、ってなってるけど、本当にそうかなぁ。まだオレたちが知らない法則があるのかもしれないし……きっと"魔法"ってそれらのうちの一つなんだろうなぁ……って何か上手く言えないなぁ」
ちょっと見当違いかも、と伊勢は思いながら赤城に話す。
伊勢は、空を見上げた。本来なら冬の、凛とした空気の彼方にはきらめく星たちが天を覆っているのだが、現実は相も変わらず、夜をさらに漆黒へと変えるように低く垂れこめる北陸の冬の雪雲たちが蓋をしていた。それらは、目の前をさらに伸ばした先にある福井市街地の明るい地上の星々の光の欠片を、わずかに反射させて淡く、その存在を証明していた。
「でも、伊勢くんって最初私の話聞いたときに否定してたでしょ?」
「そりゃあ最初はね。……でも、何だろ……赤城さんの話聞いてるとさ、見てもいないのにその情景が浮かぶんだ。作り話なら、たぶんそうはいかないんじゃないかなぁ」
「無理、しなくてもいいよ……」
「いや、無理はしてない」
笑みを残した表情だが、伊勢の目元には真剣さが宿っていた。その表情を、冷たさを残す青みがかった街灯の蛍光灯が軟らかく照らす。頭一つ上からのその視線に、赤城はしばらく目線を釘づけにされた。
「それに、例えば海での話は面白いと思ったなぁ。襲ってきた相手の顔が見えなくなった、相手の方も見えないって赤城さん言ってたじゃない?それって幻覚を見せられたんじゃなければ、もしかしたら空気中を進む光の屈折を利用したんじゃないかと思う。でもそういう現象を起こすには相当量の空気を集めて気圧を普通じゃないほど高める必要が──密度差を作り出す必要があるけどね……さすがにどうやってそこまでの空気を集められるかは判らないけど……」
「えーっと……蜃気楼みたいな感じで合ってるのかな?」
「そんなとこだと思う。でもホント、どうやって閉じ込める容器も装置もないのにそんなことが……」
「今の科学じゃそんなこととても出来ない……よね」
「そうだな……無理だ」
二人は次の街頭の灯りが差す場所に入ってきた。顔が、柔らかく輝く光に少しづつ照らされるとは対照的に、結局は赤城の目前で起こった事を今の技術で再現不可能な現状に、それぞれの表情は陰り気味になる。
「じゃあやっぱり、私の目の錯覚だったのかなぁ」
伏し目がちになった赤城の顔色に、伊勢は慰めの言葉を何とか紡ごうとして、それが出ずに焦りが出始める。
「あ、いや……何て言うか……ごめんなさい」
しまった、と言う言葉を表情にした伊勢は、結局紡ぐ思いを表せずに沈黙に沈んでいった。
そのまま二人は何も話さず、バス停にたどり着いた。そこにいるのは、二人以外には部活帰りらしき上級生が2、3人ほど。鉄製の屋根しかないその停留所は、季節風の冬の風と、通り過ぎる自動車が巻き起こす瞬間的な風が混じり合ってバスの到着を待っている高校生らに浴びせかけていた。
「伊勢くん、あのね……」
沈黙を止めた赤城。その声の元に伊勢が振り向く。通り過ぎる自動車のヘッドライトが二人を瞬間に照らし出す。いつの間にか赤城の表情は、幾分か柔らかなものに変わっていた。
「話聞いてくれて、ありがと。少し……気が楽になったと思う」
「……そっか」
答えは見つからない。彼女を、赤城さんを手助けするような言葉すら出なかった伊勢はそれでも、そう言われたことに嬉しさを覚えていた。自然に、伊勢の表情もほころんだものに変わって行った。
「赤城さん」
「……何?伊勢くん」
「今はまだ人の理解が及ばないものに魔法だ、オカルトだってレッテル貼って馬鹿にするかもしれないけど、ひょっとしたら、もっと科学が進めば、それらにも正当な理由が付けられる日が来るんじゃないかなぁ、って思うんだ。『十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない』ってとあるSF作家が言ってた言葉だけど、逆を言えば『魔法とは、充分に高度な科学技術である』とも言える……ってちょっと無理があるけど。ただそう言い切れるほどオレらはまだ発達してないってことなんだろうなぁ」
伊勢は、道の向こう側に広がる、低く垂れこめた雲のカタマリを見据える。赤城は、その様子を横から見ていた。伊勢は雲を見ているように見えて、実はその向こう側になる何かを見ているに違いない──根拠はないが、赤城は何となくそう思った。
「人は、いつかこの雲の向こうに広がる星の海へ行く力を持つようになるんだ。そんな時代には、"魔法"なんてひょっとしたら今の電話やテレビみたいに誰でも扱えるようになるかもしれない」
「でも……その時まで生きれないじゃない。私らは」
「だね。でも、いつか、誰かが行く。オレらはその下支え役だな」
「何か……」赤城が、さっきよりも笑みの成分を増して伊勢の方を向いた「気の長い話だね」
そして、隣のクラスメイトと共に、雲を見上げた。
──正確には、雲の向こうに広がる、星の海を。




