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渇き  作者: ハシモト
5/10

悲鳴

「ねえ、先に行かないでよ!」


 女の声に伊藤は足を止めると、背後を振り返った。伊藤は美咲と二人でお化け屋敷に入っている。その薄暗い通路の途中で、美咲が壁から手を伸ばした、死に装束の人形の前で固まっていた。


「なにをビビっているんだ?」


「これって、めちゃ怖くない?」


 そう告げると、美咲は天井からぶら下がった、張りぼての人形を指さす。確かに薄汚れた上に、ところどころ壊れた人形は、作られた時よりも、よほどにパワーアップしているかもしれない。でもいかにも子供向けという感じだ。


「それに、私たち以外は誰もいないじゃない!」


「ガキじゃないんだから……」


「何を言っているの。ここは昔からやばいところだって、言われ続けているんだからね!」


 美咲の悲鳴のような声に、伊藤はため息をついた。吉江にはうまくやると言ったものの、閑古鳥どころか、ハトすらいない(さま)では、いちゃもんのつけようもない。


 なので、美咲の服が汚れたとかで文句をつけるべく、お化け屋敷へ入った。だがマジギレすると、瓶で男の頭をなぐりかねないほど気が強いくせに、美咲はマジでビビっている。これでは話にならない。


「そうだ、美咲」


「なによ!」


 やっと自分のところへ近寄ってきた伊藤に、美咲はいらついた声を返す。


「その先の角を曲がると、出口がある」


「やっと?」


「そこで、アルバイトが客を脅しに来るはずだ」


「なにそれ! 私、入口へ戻る」


 伊藤は踵を返した美咲の手を取ると、その耳元へ口を寄せた。


「そいつに、思いっきり抱きつけ」


「はあ?」


「俺がそいつを締め上げる。吉江の兄貴から、何か騒ぎを起こせと言われているんだ」


 それを聞いた美咲が、思いっきり嫌そうな顔をした。


「あんたからどこかへ行こうだなんて、珍しいと思ったら、しのぎなの!?」


「でかい山だ。これがうまくいけば、俺もでかい顔が出来る。お前に店を任せられるかもしれないぜ」


 店と言う言葉に、美咲は反応した。だがすぐに、さらに嫌そうな顔をして見せる。


「その台詞、これまでどれほど聞いたことか……」


「今度のは間違いなくマジだ」


「嘘つき!」


 美咲が伊藤の手を振りほどく。伊藤は心の中でため息をついた。どうして女と言うのは、こうも扱いづらいやつなんだろう。だがこのまま何もしない訳にもいかない。


「それより、この人形の目が動いた気がするけど、気のせいだよな……」


 それを聞いた美咲の顔が凍り付く。伊藤は驚いた顔をしつつ、わざとらしく人形を見つめた。


「キャ――――!」


 黄色い悲鳴を上げて、美咲が通路の先へと駆けていく。その後ろ姿を見ながら、伊藤は思った。少しでも誰かにぶつかってくれれば、それでいい。


 ドン!


 曲がり角の向こうから、鈍い音が聞こえてくる。その音に伊藤はほくそ笑んだ。美咲はうまく何かにぶつかってくれたらしい。美咲を追いかけて、角を曲がった伊藤はそこで足を止めた。美咲が誰かに、ダンスでもするみたいに抱きかかえられている。


「あ、姐さん!」


 伊藤の口から驚きの声が上がった。


「どうして、ここに?」


 紫乃は伊藤の問いかけを無視すると、腕に抱えた美咲を眺めつつ、妖艶な笑みを浮かべて見せた。美咲はと言うと、紫乃の腕に抱かれたまま、雨に打たれた小鳥みたいに震え続けている。


「すいません。まさか姐さんがいらっしゃるとは――」


「別に謝ることじゃないわ。むしろ感謝しているの。脂ぎった男たちと違って、この娘は私の渇きを、少しは癒してくれる……」


「渇き?」


 問い直した伊藤に紫乃が頷く。次の瞬間、紫乃の体が美咲とロンドでも踊るみたいに回転した。だが何かがおかしい。紫乃の体が一回転したにも関わらず、美咲の体が戻ってこない。紫乃の背中で、まるで背後霊の様に浮かんでいる。


 ボキ、ボキ、ボキ!


 何かが砕ける音がした。グチャグチャと言う咀嚼(そしゃく)音も聞こえてくる。


「ギャアアアァァァ――――!」


 続けて、伊藤の耳に鼓膜の破れそうな音が響く。それは紫乃の背後で、ゆっくりと沈んでいく、美咲の上げた絶叫だった。




「あの~、みのりお姉さん?」


 ネリネはお化け屋敷の薄暗い通路に立ちながら、自分の手をしっかりと握り締めるみのりに声を掛けた。


「な、なに。何かやばい奴でもいた?」


「別にこれと言って、何もないですけど……。目をつむっていたら、何も見えなくはないですか?」


「リベンジだ!」と叫んでいたくせに、みのりは小屋に入ってからここまで、じっと目をつむったままだ。なので、ほんの数分で出口へたどり着くはずが、一向に前へ進めていない。


 だいたい、あちらこちらから張りぼてが飛び出た狭い通路を、目をつむって歩くこと自体が危険すぎだ。それに音だけ聞いていた方が、余程に怖いと思うのだが、目を空けるつもりは全くないらしい。


「目を開けたら、見えるじゃない!」


「何がですか?」


「妖怪よ、妖怪!」


「はあ……」


 ネリネはため息をつきつつ、辺りを見回した。小屋の通路はところどころで暗幕で仕切られており、部屋ごとに、地獄のある場面を展示している。入り口入ってすぐのここは針の山らしく、鬼に責め立てられた亡者たちが、血を流しながら針の山を登らされていた。ネリネからしたら、見慣れた風景そのものだ。


 もっとも実際は、こんな無秩序なやり方などしていない。コースがきちんと決まっていて、トレーニングみたいに黙々と行われる。そうでもしないと、増える一方の亡者たちを管理することなど出来ないし、人間界よりは遅くても、電子化だって進んでいる。


「ねえ、出口はまだ?」


「まだ入って最初の部屋です」


「うそ!?」


 そう叫びたいのはこっちだと、ネリネは思った。人間界まで来て、何をしているのだろう? 何度目になるか分からない、深いため息をついた時だ。


「キャ――――!」


 通路の先から、大きな悲鳴が聞こえてくる。どうやらネリネたちの他にも、客はいるらしい。


「ほら、やっぱりお化けがいるのよ!?」


 流石に目を開けたらしく、みのりは辺りをきょろきょろと見回している。ネリネは遊具ではあれほど無敵だったみのりが、本当に怖そうにしているのを、面白そうに眺めた。


「違いますよ」


「じゃ、なに?」


「人の悲鳴です」


「ギャアアアァァァ――――!」


 今度は先程より遥かに大きな叫び声が、通路の奥から聞こえて来た。みのりは体をびくつかせると、再びネリネに抱き着く。


「な、なんなの! やっぱり本物がいるの!?」


 そう声を上げたみのりに、ネリネは首を横に振って見せた。


「これも人の悲鳴です」


『断末魔というやつですよ』


 ネリネは心の中で付け加える。これはネリネが地獄で日々、飽きるほど聞いている()だった。

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