ジル視点『最愛の貴方の小さな幸せなのために』
旦那様もといルイの寝る支度をして、「子供達の顔をみてから寝る」というルイが中々戻ってこないから、様子を見に子供達が寝ている寝室にいけば。
「……ぉめん、なさぃ。ごめ、ん、なさい」
「大丈夫。良い子だなぁ。ルーカスは」
魘されて泣いているルーカス様に、聖母宜しく優しく寄り添って宥めている、今世最推しルイがいた。
“え?宗教画か?尊っ”
と、つい思ってしまったのは前世の記憶の名残だ。
ルーカス様が泣いている以上、ほっとけないルイはこのまま子供達と一緒に寝るだろう。寝室の一つだけ間接照明をつけて、自分の寝室としたゲストルームにむかう。
しかし、それにしても。
「マジで、ミスった。もっと早くクソ女を処理しておけば良かった…!」
もちろんクソ女とは、ルイの妻の事である。
”死んだと思ったら、BLゲームの主人公に転生してました“なんて使い古されたテンプレをまさか自分が体験するとは思わなかった。
まぁ、我が主であり今では最推しであるルイに仕え初めたら、それどころではなかったが。
なんせ、この主は何かと事件に巻き込まれる。本人は、心優しいのほほんとした普通の貴族の坊っちゃんなのに……!
やれ、王太子の暗殺事件に遭遇しただの、攻略対象の毒殺事件に巻き込まれただの、挙げ句はここを現実とは認めず、ゲームの世界と勘違いする頭お花畑どもから八つ当たりなど日常茶飯事だ。
そこに本人の鈍臭さが加わるのだから。
「ルイ!そこに気をつけて下さい!」
「わっ!…イタタ」
「もう、言ったじゃないですか」
「うん。ごめんね、ジル。いつも迷惑ばかり」
「別に。仕事ですし」
こんな事が日常茶飯事だった。
なぜ、この俺がゲームの設定だからという理由で、この鈍臭い主人の面倒を見なくてはいけないのか、と苛立っていた時期もあった。
ふざけんなよ。何なんだお前。お前も異世界転生者とか、そんな感じなのか?大した実力もないくせに、ゲームに参加したいとかそう言う感じなのか?クソが。
今では信じられないが、当時は何度ルイを見捨ててしまおうかと思った事か。
それが変わったのは、俺のゲームが始まりである、貴族専用の学校とやらの入学式のときだった。
「ルイ、おはようございます」
「おはよう。今日は、入学式だ。現時点で、主人公への好感度が最も高い人物は―――」
「……待って。待って下さい!ルイ?俺が分かりますか?ルイ!止まって!」
「次に好感度が高いのは―――」
ある日、いつもの様にルイを迎えにいけば、息をするようにルイがゲームシステムのような事を喋り初める。しかも、どんなに呼びかけてもそのシステムのような声は最後まで止まらない。
いつものルイに戻ったのは、その声が止まった数秒後だった。
「……あれ?ジル?…どうかした?」
ルイ本人の無意識下なのか、それとも記憶がないのか、今の状況が分からないと首を傾げた。
……こんなの最悪すぎる。
「もしかして、また、何かジルに迷惑をかけた?……ごめんねぇ。ジル」
「……謝らないで。貴方は何も悪くない」
「うん、それでも、ごめん……」
いつものように迷惑をかけたのだろうと当たりをつけて、全然悪くないはずのルイが申し訳なさそうな顔する。
当時の俺はそれ以上何も言えず 、ただただ抱きしめる。
考えてみればすぐに分かることだった。
攻略対象の王子達や公爵家などの上位貴族の子弟と友人関係を持てる身分で、王族や貴族のプライベートの情報から国家機密まで知っているが攻略対象ほど目立たず、メインキャラのような加護はないがそれなりの実力者。しかも本人は世間知らずとも言える位のお人好し。そんなの、ゲームのお助け友人枠にピッタリだろう。
それさえ気付けば、全て辻褄があう。
事件に巻き込まれるのは、ゲームイベントを記録するため。ルイがどんなに努力しても俺を含めた友人達にあと一歩実力が及ばないのは、攻略対象より目立たないようにするため。
でも、事件に巻き込まれるたび、加護を持たないルイは一人怪我を負うし、イベントが発生するたびに周りの有象無象どもはルイを「落ちこぼれ」「媚を売るだけの無能」等と馬鹿にする。
今までもこれからも、きっとルイが報われることはない。ルイという存在は所謂NPCという存在以上にはなれない。
ゲームとは違う目の前の現実に先にギブアップしたのは俺の方だった。
「嫌になりませんか?」
「ん、なにがぁ?」
風呂上がりのルイの髪を梳かしながら、唐突に問いかける。俺の質問の意図が掴めないというルイの顔には、今日、(恐らく何かのゲームの)結果に納得がいかないという迷惑女に熱湯をかけられたせいで出来た火傷がある。
「……色々と」
誰かのゲームストーリーを進行するためだけに消費させられる貴方という人生に。
「なんか、哲学みたいな質問だね。どうしたの?」
「いいから、聞きたいでんですよ」
貴方の本心が。
どうか絶望している心の内を明かしてほしい。
「えぇ、うーん、……うん、別に。今は嫌じゃないよ」
「なぜですか?」
「んー……。両親には何不自由ない生活を送らせてもらってるし、友人には恵まれているし、充分幸せだよ。」
「……そんな事で、満足しないでください」
「そんな事じゃないよぉ。」
「もっと周りを見返したいとか。気に食わないとか。色々あるでしょう」
どんなに頑張っても努力しても、報われないとかただの地獄でしょ。普通は逃げ出したくなるんじゃないですか。
「ないよぉ。自分の実力不足で周りに当たり散らすのんて、ただの駄々っ子じゃないか。私はもう少し大人だよ。…それに」
「それに?」
「私に言われるのは嫌かもしれないが、ジル達だって自分の才能に驕らずにずっと努力してるでしょう」
妬むなんてないよぉ。といつもの何も考えていなさそうな、のほほんとした顔で笑ってくる。本当に貴族なんだろうか。
「ハァー。貴方は本当に、昔からそんな感じですよね。人の醜さを知らないとか、阿呆なんですか」
「アホって何さ。そりゃ、ちょっとは羨ましいって、思うけど、妬むのは人として変じゃないか」
「いや、妬まない方が変ですから。このお馬鹿さんが」
「あ、バカって言った。確かに、私はジルより賢くないし迷惑をかけているかもしれないけど、バカじゃないよ!」
「いや、俺が言いたいのは……ハァ。やっぱりもう良いです。」
段々馬鹿らしくなってきて、俺よりやっぱりちょっと小柄な、だけど大切な主を抱きしめる。
「ちょっと、ジル!何するの!」
「心配が絶えない主人のせいで、疲れているんです。癒して下さい」
言葉の割に全然怒っていないルイは「えぇ~」と言いながら暴れるのをやめて、頭を優しく撫ではじめた。その手はやっぱり俺よりも小さく頼りない。
あぁ、我が主ルイよ、どうかお願いします。もっと貪欲に人間らしくしてください。誰かのゲームのシステムなんて理不尽を受け入れないで。穏やかで優しくてでも何処か抜けていて、俺がいないと駄目な貴方が好きなんです。その最愛の貴方が、蔑ろに扱われるのも、傷つくなんて許せないんです。
「死に晒せぇぇぇぇ!!!!!!」
まさか、こんな事でその願いが叶うとは思わなかったけど。
屋敷に忍ばせていた子飼いの部下から、奥様の不倫や、ルーカス様達の待遇等の報告は来ていた。それをルイに伝えず、握り潰していたのは俺の自己判断だった。
やっと魔の学生時代を終了して、ゲームとは関係ないルイの望み通りの人並みの生活になったと思ったら、まさかルイが溺愛する子供達がゲームのメインキャラ達だったなんて、想定外だった。
だから報告が来ても、どうせ、これもメインキャラによくある暗い過去の一つだろうと、すぐには分かった。
それで、ルイがまた理不尽に傷付くぐらいならと、部下達には子供達は死なない程度に面倒みて放置させ、あとはゲームの流れに任せようと判断した。
それが大きな間違いだったと、今なら分かる。
「クソッ!!まさか自分で傷を引き受けるとか、言うなんて…!」
いっそ、自分を裏切った罰だと言って、俺に傷を引受ろと命じてくれれば良かった。いや、あの優しいルイがそんなこと言うはずない。
「最悪すぎる…!」
誰だって自分が大切な人を傷つけられたら、怒るのは当たり前だ。そして、守れなかった自分自身に腹を立てる。それを俺は、散々大切な人で思い知らされていたはずだったのに…!
どうせゲームだからと、子供達を軽んじてしまった。あの子達を蔑ろにする事は、ルイの思いをも蔑ろにする事と同じ事だ。
しかも、それをルイに言われるまで、気付きもしなかった自分の馬鹿さ加減に自分自身を殴りたくなってくる。
「あのクソ女は勿論、加担した奴も一人として逃すな」
通信機先にいる部下達に指示を出す。現在、部下達には、クソ女およびメイド達の動向を見張らせていると同時に、虐待等の証拠を集めさせている。
今度こそ、俺は間違えない。
ルイは、ゲームで言う所のイベントストーリーのログや好感度の確認、更には課金したら攻略情報をくれる等、とにかくゲームのサポートシステムを現実化した人物です。でも、ルイ自身にそんな意識はないし、自分が全力を出してギリギリ及第点のゲームイベント(事件)を、難なくこなす友人達(攻略対象)を凄いなぁと純粋に尊敬しています。