ルーカス視点『天国を夢みて』
本文ではあまり語られないので、ここで説明します。
この世界観は、あらゆる恋愛ゲーム等の舞台になっている世界で、昔から異世界転生系が多くいます。それにより、魔法もあれば科学もあります。愛され主人公もいれば、普通に悪役令嬢・令息もいます。そんな世界。
*虐待表現注意*
ルーカス視点
『天国を夢みて』
【この屋敷には悪魔がいる】
この言葉は、もう今はいないお兄様の口癖だった。お兄様はよく、僕と二人きりになると、よく言い聞かせていた。
【だから、ルーカスも早くここから逃げるんだよ】
そして、お兄様は学校に入学されたと同時にこの屋敷から脱出に成功したみたい。
でも、【悪魔】って誰の事なのだろう。
「ごめんなさい!ごめんなさい!お許し下さい!お許し下さい!」
躾と称して、鞭を打つお母様だろうか。
「忌々しいクソガキめ!お前のせいで!お前のせいでぇぇぇ!!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
僕の何が駄目だったのだろう。
お母様のおっしゃる通りに、何も言わずに、何も考えずに、ただ言われた通りにしただけなのに。
変に匂いのするスープを残したせいだろうか。変色したサラダを食べなかったせいだろうか。生焼けの肉に手を付けなかったせいだろうか。
何回考えても分からない。でも、分からないままでもひたすらに謝る。
そうしないと、もっと酷い事になる。
「いい?これはお母様からの愛なのよ。もう少しすれば、お前も分かるはずよ。だから、感謝しなさい……!ほら!ほら!ほらぁ!お前のせいで!私はこんな家に嫁がされたんだから!!」
そして、躾の最後に、お母様は必ず、これは愛なのだという。だから感謝しなさいと。
だから、僕はお決まりの文句を言う。
「僕を愛して下さり、ありがとうございます。今日も躾下さり、ありがとうございます」
「……そう。分かればいいのよ分かれば。どころで、いつになったら、転生者と変わるのかしら?」
「…分かりません。お役に立てず、申し訳ございません。」
「そう。早く変わって悪役令息になってね。そして早く、この家からお母様を開放してちょうだい」
「はい。アイシテイマス、オカアサマ」
「愛しているわ」
どんなにわからなくても、お母様が僕に何を望んでいるのか分からなくても、最後に言わなければいけない言葉は分かる。
これを言えば、今日の躾は終わりだ。
痛みを通り越して感覚のない身体を引きずりながら、部屋に向かう。早くいかないと、今度は他の使用人達が何をするか分からない。
一応、僕達兄弟にも与えられた部屋があるけど、そこでは使用人達が何をされるか分からないから、お兄様に教えられた秘密基地に向かう。
「にぃに」
秘密基地にいけば、中にいたミッシェルが駆け寄ってくる。
正直日当たりはそんなに良くないし、常に埃っぽいし他の部屋よりも遥かに狭いけど、この部屋は生活に必要な物が全部揃っている。それに、ここは絶対にお母様を含めた大人は辿り着けない。そういう魔法がかけられていると、お兄様が教えてくれた。
「にぃに?いたぁぃ、いたぁい?」
ミッシェルが小さい手が、背中を撫でる。
本当は昔、この手が憎くて仕方なかった。どんなにマナーが悪くても、どんなに舌足らずでも、お母様の躾が及ぶ事がなかった。どうして、僕は怒られてミッシェルは許されるのか。
僕とは違い天使のような顔で無邪気に笑うミッシェルが、僕には【悪魔】にみえた。だから初めは、この悪魔を消せば、この地獄は終わるのかと思っていた。
でも。
「いたぃー!!いたぃぃいぃ!!アァァァァァン!アァァァ!!」
珍しくお母様の躾がなかったある日、気まぐれにミッシェルの部屋を覗き込めば。
お母様が数名のメイドと共に、ミッシェルを囲んで、暴力を奮っていた。
「うるさい!!」
ミッシェルが痛いと泣き叫べば、お母様は更にはミッシェルを叩く。
「私の子のくせに!こんな憎らしい顔をして!!!お前は悪魔だ!!!」
お母様の言葉が信じられなかった。
その光景が信じられなかった。
そうしているうちに、どんどんお母様の暴力は過激になっていって。
反対にミッシェルの声は小さくなっていって。そのうち動かなくなって………。
「お願いっ!やめて!」
気付けば、扉を開けてミッシェルに駆け寄っていた。
そこからの記憶は朧げだけど、気付いたら、秘密基地にミッシェルと二人、ボロボロの状態で寝ていた。僕の身体はいつも以上に痛くて全然動かなかったけど、ミッシェルはなんとか生きていた。
ミッシェルはお母様の躾がないわけじゃなかった。ただただ、3歳のミッシェルは常に大人の助けが必要にも関わらず、普段は放置され、気まぐれに暴力を奮われる。ただ顔が気に入らないという、それだの理由で。
僕はそれを知らなかった。知らずに勝手に【悪魔】と決めつけて、憎んで、消えてしまえばいいとおもっていた。
【悪魔】は僕の方だ。
それ以降、ミッシェルを秘密基地でお世話している。これで、僕の罪が贖えるわけじゃないけど、少しでも罪を滅ぼししたくて。
「にぃには大丈夫だから。ほら、ご飯食べよう」
「ごぁんー」
帰り際に皿の上からくすねてきたパンを懐からだす。ただ、このパンは歯が折れそうなぐらい固いから、小さく千切って、水に浸して、柔らかくしてからミッシェルに食べさせる。
「ほら、ミッシェル。あ~ん」
「あー」
「…美味しい?」
「ぅん!あ〜」
本当は、もっと栄養のあるものを食べさせたい。水につけたパンなんて全然美味しくないはずなのに。
「にぃに。にぃにもぉ、あ〜」
天使のような愛らしいその無邪気な顔のミッシェルからだされるパンを口の中でただひたすらに噛む。
「にぃに。ぉしぃーねー」
「私が、お前達のママになるからね!!!!」
一生続くのかと思っていた地獄はあっさりと終わった。
いつも以上に躾が厳しくて、動くこともできずに床に倒れていたままだった僕を起こしたのはミッシェルだった。
「にぃに。にぃに」
「……ン。ミッ…シェル……?。ミッシェル!?どうしてここに!!」
朦朧としていた意識が一気に覚醒する。どうやってここに来たのか。どうしてここにいるのか。見つかる前に部屋に戻らないとまたあの時みたいな事に。
様々な考えが一瞬で脳裏を駆け巡るが、身体が追いつかない。
「にぃに。おとぅしゃーがぁ」
オトゥシャー?おとぅしゃー……お父様!
「ミッシェル!お父様がいるの?」
「ぅん!」
年に数回しか帰らない、お父様が帰って来た!たまにしか会えないお父様が!
お父様が帰って来た日はお母様の躾はないし、ご飯もちゃんとしたものが食べられる。それにお父様のお膝にのって「ルーカスは良い子だねぇ。大好きだよ。」とお父様から頭を撫でられることが大好きだった。幸せになって無敵になった気がする。
だから、例えその後のお母様の躾が厳しくなっても全然平気だ。
「ミッシェル!お父様の所に行こう!お前を助けてもらおう」
「ぅん!」
ミッシェルの手を握って、お父様のお部屋に向かう。
本当は僕は【悪魔】で、全然良い子じゃないけど、何も悪くないミッシェルの事を話して助けてもらおう。もしかしたら、全部話してしまったら、お父様も僕を悪い子と言って鞭で叩くかもしれない。怖いし、痛い。
でも、良いんだ。
それでミッシェルが助かるなら。
僕は今度こそ良い子になるから。
だからお父様、僕が良い子になったら、よしよしして頑張ったねて褒めて下さい。
それ以外、もう何も望まないから。
「良い子だねぇ。ルーカス。大好きだよ。私の愛おしい子。」
これは、夢……?
ふかふかの布団で、お父様にギュッと抱きしめられている。
「夢じゃないよ。ルーカス。良い子だねぇ。愛してる」
夢でもいいや。お父様が優しくて、一緒にいてくれるなら。
「これからは、ずっとずーと一緒にいるよ」
本当?本当ならとっても嬉しい。
「お父様、僕、いま、とっても幸せ、です………」
今死んでもいいやって思うぐらい。
長くなったので、ジル視点は次回にします。