ママ(♂)になるためには、第5歩
念の為ですが、前半、いつも通りですが、後半、腐要素が入るので気をつけて下さい。
お風呂にはお風呂しかないハダカノオツキアイというものがあるらしい。家族なら、ここで近況報告したりして、仲を深めるのだとか。
例えば。
“息子よ、最近調子はどうだ?”いや、どの口がってなるな。
“何か、悩み事はあるなら、父さんに言ってみなさい”間違いなく、その悩み事の原因の一端は私だろう。
“誰か気になる子はいるか?”いや、これは答えられたらショックだ。知らぬがホトケだ。
しかし、そうなると、話すことがなくなる。庶民一般の家族は何を話しているのだろうか。
なにか、公当たり障りなく、しかし盛り上がる話題を―――。あ。
「ルーカス、ルーカス」
大きい浴室なのに、隅で縮こまっているルーカスをおいでおいでと手招きする。
「お父様?」
隣にやってきた良い子のルーカスの耳元に手を当てて、ジルに聞こえないように声を潜める。
「これはジルには内緒だが、明日の朝ご飯をパンケーキにしようと思うが、ルーカスは甘い物好きかな?」
「……僕、パンケーキ、食べたことないです。……お母様が貴族が食べるものじゃないって」
申し訳無さそうなルーカスを見て、更にあのクソ女に殺気が沸く。あのクソ女め、どうせ嫌いな理由は王妃様が広めたからとか好きだからとかだろう。絶対に許さん。
「じゃあ、明日の朝、食べてみようか。とっても甘くて美味しいんだぞぉ」
「…アイスよりもですか?」
「あぁ。お父様、大好きなんだ。きっとルーカスも好きになるぞ」
「はい…!ぼく、楽しみです」
そう、楽しそうに笑うルーカスはとっても綺麗で。
「これから、一杯、色んなものをお父様と食べようなぁ」
だから、早くそのガリガリの身体とそこにつけられた無数の傷を治そうなぁ。
「何、こそこそしてるんですか?はい、旦那様、ミッシェル様を抱っこしてて下さい。」
「おとぅしゃー」
「あ、ミッシェル起きたのか。おいでおいで、お父様が抱っこしてあげるぞぉ。」
身体を洗い終えたミッシェルをジルから受取り、ゆっくり湯船にいれる。
「さ、次はルーカス様ですよ。どうぞ、こちらへ」
「い、いえ、僕は、ひとりで、できます」
「遠慮なんて、いいですよ。もうここまできたら、関係ないですし」
「いっておいで、ルーカス。ジルは上手いんだ。私が保証する」
「で、でも、でも…」
「はーい、はい。怖くないですよ~大丈夫ですからねぇ」
結局、迷っているルーカスを強制的にジルが抱っこして連れて行く。こういう光景をどこかで。
「あ、風呂を嫌がる犬と飼い主だ」
「いぅー?」
「そう、わんわん」
「わぁわぁ」
あまり、分かってなさそうなミッシェルがわんわんと繰り返す。まぁ、舌足らずで、わぁわぁなのだか。それはそれで可愛いから良し。
「ミッシェルはいつも、お風呂はどうしてたのかな?メイドかな?」
「んー?にぃに!」
「ルーカスと?」
「あのぇー、にぃにが、ミシェーぉ、ごしぃごしぃてぇ」
「そうかそうか。ルーカスにお世話してもらったのかー。良かったなぁ」
「うん、ミシェー、にぃにと、なかよぉしーよぉ」
ミッシェルの無垢な笑いに、嘘偽りはなく。それは、ルーカスがずっとあの屋敷でミッシェルを守ってくれていた証なのだろう。
「ちょっと旦那様、そんな所で黄昏ないで下さい。湯冷めするでしょ」
流石に少し逆上せたかと、風呂場のベンチで休んでいると、今度はちゃんと裸のジルが入ってきた。やっと服を脱いだか。
「二人は?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと頭乾かして、歯を磨かせて、同じベッドに寝かせてますから」
「そうか。ありがとう、ジル。お前がいて良かったよ」
ジルに引っ張られ、再度湯船に戻る。私は、もう温まっているのに。
しばし無言。二人揃って並んで座わり、湯の温かさに身を委ねる。
先に沈黙を破ったのは、私だ。
「明日、ルーカスの傷跡を治しに神殿いくぞ」
「神に祈ったところで、何も変わりませんよ。傷は治らないし、過去は過去です」
「神はいなくても、呪術者はいるだろ」
「は?え、何をなさるつもりですか?」
「以前、神官長が言っていたが、今回の聖女は転移魔法が得意らしい。なんでも転移先が用意できれば、物体に限らず何でも移動が可能らしぞ。例えば人の傷とかな。」
こういう時、自分が国の中枢にいる人物で良かったと思う。お陰で、国家の最高機密がよく集まる。特に、昔から国にとって毒にも薬にもなる聖女の存在など、一介の貴族がそうそう知れるものではない。
「待って。待ってください。旦那様。何をやるつもりです」
「この身一つで、子供達の憂いが無くなるなんて、親の冥利に尽きるな」
「駄目です。やめてください」
「なぜ止める?」
「自分の主人が傷つこうとしているのを止めない家臣がどこにいます?絶対駄目です」
「主人の決定に逆らう家臣がどこにいる。たかが乳兄弟ごときのお前が―――」
「ルイ!!!!」
ジルの大きな両手は、簡単に私の動きを止められてしまう。湯船に縫い付けられ、ジルの美しい顔と至近距離で見つめ合う。
「傷を転移するにしても、ルイ、貴方が負う必要はないはずです。あのクソ女でも、加担していたメイドどもでも良いでしょう」
「いいや、これは私が負うべき罪への罰だ。何も知らなかった、知ろうともせずに能天気に脳を焼かれた」
「!そんな事なっ―」
「ある!」
否定するジルの言葉を遮る。ついでにジルの肩に手を付き離れようとする。が、チクショウ!全くビクともしない。それどころか、ジルに手を取られてしまう。
「ルイ、旦那様、我が主よ。何をそんなに焦っているのですか?確かにお二人の傷や栄養状態は最悪ですが、いづれ治ります。あのクソ女に復讐したいなら、手段はいくらでもあります」
……違う。
「私にご命じ頂ければ、私が代わりにやりましょう」
違う。
「だから、ルイ。どうか止めて下さい――」
「違うんだ。ジル。そうじゃないんだ。これは、お前への罰でもある」
この件が起きてから、いや、私が知ってから、ずっとずっと拭えなかった違和感。
何故、屋敷の中がこんなにめちゃくちゃだったのにも関わらず、使用人全員が加担するほど日常化していたにも関わらず、私の右腕のジルが把握していなかったのか。
昔から、知能が低いと言われていた私を支え補ってくれたのは、他でもないジルだった。それは、私が当主になってからも大人になってからも変わらなかった。私より遥かに優秀なジルが、屋敷内に起きていた問題を把握していないはずがなかった。
「ジル。お前、知っていたのだろう。」
「……」
「分かっていて、知っていて何故報告しなかった?」
ジルはずっと無言だ。
「…私を裏切ったのか?」
「違います!私が貴方を裏切るはずがない!」
それも知ってる。ジルが私を裏切るはずがないと。それでも、それでも!
「…元凶のあのクソ女は死んでも許さない。加担していた使用人達は、仕えるべき主に手を出したんだ。相応の罰を受けてもらう。……でも、私が一番腹が立っているのは、私自身なんだよ……!!」
「ルイ…」
ルーカスの酷い怪我が脳裏に焼き付いている。あれはここ1.2年でできるものじゃない。しかも中には明らかにナイフで刺された後もあった。
ミッシェルの年頃では、もっと肉付きがよく丸い幼児体型なはずなのに、どこもかしもガリガリで、骨が浮き出て、青痣が当たり前で。
「妻を信じているとか言って家に帰りもせず。ジルがいるからと確かめもせず。勝手に浮かれて、勝手に大丈夫だと思い込んで……!自分で自分の馬鹿さ加減に、腹が立ってしかないんだよっっ!!」
「ルイ!!……分かりました。分かりましたから。」
いつの間にか爪がくいこむほど握っていた拳をジルがそっと開いていく。そのまま、ジルの唇に辿り着く。
「貴方が、それを罪と呼びご自身を罰するなら。私は、私自身の勝手な都合で貴方の憂いを払拭するどころか抱かせてしまったこと。その罰、慎んで承りましょう」
そう言って、私の手の甲に誓いのキスをするジルは腹が立つほど、綺麗だった。
主人公の名前→ルイ
お風呂でこんな話しをしているのは、小さい頃からジルとルイの二人で他人の目を掻い潜って内緒話をしていた名残とか、万が一でもルーカス達に聞かれないようにとかいう理由ですが、まぁ、作者の趣味です。
次回、ルーカス視点とジル視点の予定。