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唯一の方法

 ルジェクとの二人きりの生活は、ラヴィにとっては至福の時間でしかなかった。ラヴィにとって番のルジェクは何よりも優先すべき存在で、いつでもどんな時でも側にいて彼の役に立てる事は喜びでしかない。生活の全てをルジェク優先にする事など、造作もない事だった。


 全身でルジェクへの想いを表すラヴィに対して、ルジェクは最初、戸惑いしかなかった。若い娘が喜ぶような事は何も出来ず、年も離れ体中に醜い傷が残る男を、こうも一途に思い続けられるのかと不思議でしかなかったのだ。

 ルジェクは人族だから、獣人の感覚が分からない。番だと言われてもピンとこないし、番を失えば緩やかに死に向かうなどと言われても理解出来なかった。だからこそ、一年余りの求婚に頷く事は出来なかったのだ。それにはもちろん、自分の身体への懸念が大いに影響していたのだが。


 そのルジェクがラヴィを受け容れたのは、上司となる団長と、ラヴィの兄のルボルの存在が大きかった。団長は姉が獣人の番だった為に獣人や番への理解があったし、ルボルは獣人だから番への思いがどんなものかを知っていた。


「ラヴィを救えるのは…あなたしかいないのです」


 ルボルにそう言われたルジェクは、最初は大げさな…と思った。だが、番を失ったラヴィがどんな末路を向かえるかを聞いたルジェクは…ラヴィをこれ以上遠ざける事が出来なかったのだ。

 ルジェクが死ねば、程なくラヴィも後を追うだろう。番を認識してしまった獣人はもう、番なしでは生きていけないのだから。番を失った事で正気を失うか、食事も摂れなくなって衰弱死するか…どちらにしても心を壊して衰弱していく様は、憐れとしか言い様がなかった。


 それでも…ラヴィを救うたった一つの方法があった。


 それは…番の子を身籠る事だ。


 愛情深い獣人は、番を失えば死ぬ運命にあるが、唯一、子を得た場合はその限りではない。愛する番との子どもがいれば、生きようとするのだ。それは番の分身でもあるから。


 だからルボルはルジェクに頼んだのだ。どうかラヴィに子を授けてやって欲しいと。そうすれば死ぬ運命から逃れられるかもしれないからと。


「だが、俺はもうじき…」

「勿論、それはわかっています。ですが、今ならまだ間に合うかもしれません」

「しかし…子が出来たとして、ラヴィ一人で育てるのは…」

「そこもご心配なく。私や家族が全力で守ります。うちはまだ祖父母も元気ですし、子を育てるのに手が足りないと言う事はありませんから」

「……」

「どうか、あの子のために、お願いします」


 そう言ってルボルは深々と頭を下げた。彼にも、それ以外に愛する妹を救う方法がなかったのだ。




「ラヴィ…」

「何ですか、ルジェク様」


 ただ名を呼ばれただけなのに、嬉しそうに笑顔を浮かべて駆け寄ってくるラヴィを、ルジェクはまるで眩しいものを見るかのように目を細めた。何の他意もない、純粋で真っすぐな想い。それはステラやその後の女性達の態度で傷ついたルジェクの心に、一際染み渡る様だった。


「ラヴィは…俺のどこが気に入ったんだ?」


 その問いは、戸惑いや自信のなさによって、酷く弱々しいものだったが、獣人のラヴィにはしっかりと届いていた。ラヴィはベッドに腰かけているルジェクの足元にそっとしゃがみ込むと、その手を取った。


「理由など…ありません。ルジェク様は私の番だから」

「番だから、好きになるのか?」

「そうとも言えますし…そうでないとも言えます」


 それは答えにならない答えで、ルジェクの心が少しだけ揺らいだ。それは自分自身を見

た上で好意を向けられたわけではない、そう感じたせいかもしれない。


「最初はそうだったかもしれません。でも…」

「でも?」

「ずっとルジェク様を見ている間に、ルジェク様が相手にわからないように手助けをしているところや、後輩たちが自分で問題を解決できるようにヒントを出しているところなんかを見て、もっと好きになりました」


 その答えにルジェクは目を瞠った。そこまで細かいことに気が付いていたとは思わなかったからだ。

 言葉にするのが苦手なルジェクは、後輩にアドバイスをするのが苦手だった。かと言って自分で考えるべきだと思う方なので、必要以上に手を貸す事はしなかった。だから、小さなヒントを与えて、自分で考えて解決出来るようにしていたのだ。


「そんな事で…」

「そんな事じゃありません。それに、何でも手を貸す事が優しさとは限らないですよ。ちゃんと成長出来るように自分で考えさせるのも優しさだと思います」


 敵わないな…とルジェクは思った。こうも年下の少女からそのような些細な事まで見られていたなんて…何だか悔しい気もしたが、それ以上にここまで自分を見てくれる存在に、冷え切っていた心が温まるのを感じた。


「俺に残された時間はもう…殆どない…」

「ルジェク様…」

「それでも、最期の時まで、側に居てくれるだろうか…」


 ルジェクが足元にいたラヴィを見下ろすと、美しいオレンジ色の瞳が大きく揺らいでいるのが見えた。次の瞬間、何かが身体にぶつかってくるのを感じ、ルジェクはそれを全身で受け止めた。


「勿論です、ルジェク様!死ぬまで…お許しいただけるのなら…死んでもお側におります」



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