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番の事情

 見習い騎士になったラヴィは、入団初日にルジェクに求婚して伴侶になって欲しいと請うたが、その願いは残念ながらまだ叶いそうになかった。

 それもそうだろう、初対面で入団したばかりの子供に、いきなり番だ、結婚して欲しいと言われて、はい、わかりましたと答える者はいないだろう。いくらラヴィが美少女と呼ばれる容姿を持ち、同年代の少年たちから熱い視線を向けられていても。


 9歳も年上で、この時には既に副団長になっていたルジェクは初め、驚きに新緑色の瞳を揺らしたが、素気無く断った。立場的にも、一人の男としても、同じ獣人ならともかく人族としてこの求婚はあり得なかったからだ。


 ラヴィと違い、ルジェクは人族で、そして残念ながら色恋沙汰にはあまり縁がある方ではなかった。いや、若い頃のルジェクは騎士としても優秀で、容姿も整っていたからかなりモテる部類にいたのだが、彼には心に決めた初恋の幼馴染の少女がいた。二人は大人になったら結婚しようと子供の頃に約束を交わし、少なくともルジェクはそれを強く信じていた。


 そんな彼は、結婚出来るだけの地位を早く得たいと、17歳の時に魔獣討伐に参加した。魔獣討伐は騎士団の任務の中では特に重要で、そして最も危険なものだった。そのため参加するだけでも昇進に有利になるし、功績をあげれば間違いなく昇進できる。野心がある騎士たちにとっては、魔獣討伐は危険ではあるが魅力的な仕事だったのだ。


「ステラ、俺は魔獣討伐に行く事にした」

「ルジェク…?あれはとても危険だと…」

「でも、君と結婚するなら、それにふさわしい地位が欲しい。俺の実家は裕福ではないし、今のままでは君の父上から許可など得られないだろう」

「それは…でも…」

「必ず生きて帰ってくると誓う。暫くの間だ、待っていて欲しい」

「…わかりました。必ず、必ず帰ってきてくださいね」

「ああ、約束だ」

「ずっとお待ちしています」


 1歳下の幼馴染に正式に求婚するため、少しでも高い地位をと望んだルジェクは、魔獣討伐に志願して出立し、そして大怪我を追った。討伐を終わらせて帰還する途中、油断して魔獣に襲われそうになった仲間を庇ったのだ。そのせいでルジェクは、頬に大きな傷を負い、肩から背中には火傷のような大怪我を負った。魔獣の爪や牙には毒があり、その毒のせいでルジェクは一時死の境を彷徨った。


 怪我の療養のため、ルジェクは半年も王都に戻る事が出来なかった。それでも、彼の魔獣討伐での活躍や、期間途中に仲間を庇った事が認められて、十八歳で小隊長へと異例の昇進を果たした。

 そして、王都に戻った時には、全ては変わっていた。求婚しようとしていた幼馴染は他の男と結婚していたのだ。


「ごめんなさい、ルジェク…お父様に言われて…逆らえなかったの…」

「…ステラ…」

「…でも、愛しているのはあなただけよ」

「…ありがとう。でも、もう俺を忘れて幸せになってくれ…」


 一度彼女が里帰り中に実家に見舞いに来たが、彼女は親の意向で結婚を決められ、逆らえなかったと泣きながら謝った。相手は幼馴染と古くから付き合いのある商家の息子で、ルジェク同様騎士団に所属していたが、所属する団が違ったために直ぐには誰かとはわからなかった。ルジェクは彼女の事情に同情し、気にしないようにと慰めた。


 また、これまで彼に声をかけ、気を引こうとしていた女性達が全く近寄らなくなっていた。彼の傷跡の酷さが原因なのは明白だった。その傷は何年も経った今でも存在を主張し、決して薄れる事はなかったのだ。

 こうしてルジェクは、失恋のショックと女性達の変わり身の速さに失望し、今ではすっかり女性不信に陥っていたのだ。


 そのルジェクの前に突然現れた、蜂蜜色の髪とオレンジの瞳を持つ少女は、真っすぐに好意を露にし、皆が恐れる傷にも頓着しなかった。獣人は番と認識すれば姿形など気にしないのだと聞いたが、怪我をして以来怯える視線ばかりを向けられていたルジェクには俄かには理解し難かった。


 最初は冗談かと思って無視した。

 それでもしつこく毎回同じ事を言ってくるから、一度は話を聞いた。ルジェクは朴念仁という訳ではないし、見た目は恐ろし気になったが、中身は昔のまま誠実で情が深く、冗談ではないのなら、話をしたうえできちんと断るべきだと思ったからだ。毎日人前で求婚しては玉砕していく様は、年頃の娘には酷だろうという配慮もあった。ラヴィはルジェクの団に入ったから、直接ではないにしても彼の部下でもある。部下を大切にするルジェクにとっては、現状はあまり望ましくなかったのだ。


 ラヴィと話をして、そしてルジェクは断ったが、話し合いは平行線のまま現在に至る。若く可愛らしいラヴィに自分は相応しくないと思い断ったのだが、獣人の番への執着はルジェクの想像の遥か上をいっていた。


「無理です。諦めるなんて絶対に出来ません」

「どうして?君はまだ若くて可愛い。他の相手などいくらでも…」

「他の人なんて知りません。私の番はルジェク様たった一人です。たとえルジェク様が他の方と結婚しても、万が一亡くなっても私にはルジェク様しかいないのです」


 どんなにルジェクが諦めるようにと諭しても、ラヴィは首を建てには降らなかった。最後には諦めるのは死ぬ事と同じと言われてしまったのだ。


 だが、これは獣人にとっては当たり前すぎるものだった。獣人にとって番は唯一無二で自分の命よりも大切なのだ。だが、人のルジェクにはそんな獣人の番への渇望とも言える思いは理解できるものではなかった。思いを向けられる事を有難いと思いながらも受け入れる気にはなれず、それからの彼はひたすら求婚を断る事に一貫していた。



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