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看取る

 買い物に行った翌日、ルジェクは体調を崩した。やはり街に出たせいで疲れてしまったらしい。彼の望みを叶えたいと外出に付き添ったラヴィだったが、やはり出かけるべきではなかったと一人唇を噛んだ。


 それでも…その日の午後、店からの届け物を受け取ったラヴィは、その中身に驚いた。そこには…ラヴィが手に取っていた黒狼のぬいぐるみと…ルジェクの瞳と同じ新緑色の宝石が付いた指輪が一対、綺麗にラッピングされていたからだ。

 朴念仁のルジェクではあったが、彼は彼なりに結婚を夢見ていた時期があっただけに、女性が指輪を欲しがると言う事は理解していた。そして、自分を唯一と言って世話を焼いてくれる年若い娘に、何かしら贈り物をしたいという思いも人並みに持っていたのだ。


「ルジェク様、ありがと…ございます…」

「受け取ってくれると嬉しい」

「も、勿論です!」


 欲しくても望むべきではないと諦めていた指輪を手に、ラヴィは歓喜の涙を流した。別にモノが欲しかったわけじゃない、ルジェクの側で彼の役に立てたならそれで十分…そう思っていたラヴィだったが、それでも年若い娘なりの夢はあったのだ。そしてそれは諦めていただけに、一層大きな喜びを彼女にもたらした。

 ルジェクと互いに指輪をはめ合い、愛の言葉を告げ合うと、ラヴィはそれだけで十二分に満たされたのを感じた。


 一方のルジェクは残された時間を思うと、彼女を縛り付ける事をしたとの罪悪感がまた湧き上がるのを感じていた。ただ、ラヴィにとってこの贈り物が大きな意味を持つ事は理解していた。彼女を一つでも多く喜ばせて、自分がいなくなった後も生きる縁に…と強く願ったのだ。それは…祈りにも似た強い願いだった。




 それでも…時間は容赦なく過ぎていった。

 ルジェクの病状は決していいものではなかった。医師は余命三か月と言ったが、それも医師の願いが大いに含まれた期間で、実際には二月目を迎えられるかどうか…というほどに魔獣毒はルジェクを蝕んでいたのだ。


 一月ほどは、何事もなく過ぎた。天気が悪い日は食欲が落ちる日もあったが、ルジェクの容体は安定していた。そこにはラヴィの必死の看病もあっただろう。

 ラヴィはルジェクの重荷にならないように慎重に距離を取りながら、番への想いを言葉と行動で示した。ルジェクも獣人の特性を理解し始めたのか、ラヴィの想いを否定する事はなくなり、二人の距離は急速に縮まっていったように見えた。

 誰もがこのままの時間が出来る限り続くようにと、静かに願った。




 二月目に入ると、ルジェクは目に見えて衰えが見えてきた。食欲も落ち、以前は日課だった散歩も時間が短くなり、また徐々に日を置くようになっていった。

 食事も少しでも食べすぎるとおう吐するので、ラヴィは消化のいいスープをこまめに飲ませるようになった。二月目が終わる頃にはもう、庭でお茶をする余裕は完全に失われていた。

 それでもラヴィは、常に笑顔を浮かべてルジェクの世話をした。ルジェクが少しでも明るい気持ちになれるように、少しでも穏やかに過ごせるように。


「ルジェク様の側に居られるだけで嬉しいんです」


 時々様子を見に来る兄に、ラヴィはそう言って陽だまりのような笑顔を浮かべた。




 三月目に入ると、ルジェクは食欲を失い、食べても身体が受け付けなくなっていった。立ち上がる事も難しくなり、殆どの時間をベッドの上で過ごすようになった。

 それでもラヴィは笑顔でルジェクの世話を焼いた。甲斐甲斐しく、ありったけの愛情を込めて。

 動けないルジェクに変わって、ラヴィは外の様子を伝えた。リマレの花が咲いた事、ククカが実を付けた事、庭の木の枝に小鳥が巣を作って雛が生まれた事、雨が降った後に虹が出たこと。世界はとても豊かな喜びに溢れていると言わんばかりに、楽しそうに語りかけた。

 それをルジェクは静かに、時には笑顔で、時には驚きを表しながら聞いていた。この頃はまだ、二人の間には優しい時間が流れていた。




 四月目に入ると、ルジェクは殆ど目を覚まさなくなった。時折ラヴィが水を含んだスポンジでルジェクの喉を潤すくらいで、食事を摂る事もなくなった。

 これには魔獣毒による、全身を蝕む強烈な痛みが関係していた。身体の中から壊れつつあるルジェクの身体には、想像を絶する痛みがもたらされていたのだ。それを緩和するためには、麻薬と同じ成分の痛み止めが必要で、その薬の影響でルジェクは眠りに落ちていた。

 それでもラヴィは、明るく楽しそうにルジェクに話しかけた。五感の中で最後まで残るのは聴覚だと言われていたからだ。眠っているように見えるが、身体が動かないだけで意識がある場合もあると医者に言われたため、ラヴィは常にルジェクに話しかけていた。自分の声を最後まで聞いていて欲しくて、自分の声だけでも…彼の世界に存在させたくて。


 そんな日々にもいつかは変化が訪れる。その日は晴れて気持ちのいい日だった。前日に降った雨のせいで空気は澄み、森の木々が一層鮮やかさを増していた。


 前夜、今夜が峠だと医師に告げられたルジェクのために、団長やルボルも家に泊まり込んでルジェクの側に寄り添っていた。昨夜は団長が持参した酒でルジェクの側で酒盛りをした。ルジェクとの思い出話に花を咲かせ、ルジェクの旅立ちが寂しいものにならないようにと三人は心を尽くした。ラヴィも団長からルジェクの武勇伝や失敗談などを聞いて、喜び、笑い、涙は決して見せなかった。


「ルジェク様、愛しています」


 最後の瞬間は、静かに訪れた。呼吸も脈も少しずつ弱くなっていく中、ラヴィはルジェクの手を取り、最後まで愛を囁き、側に置いてくれた事を感謝した。

 ずっと眠っていたルジェクが、ほんの僅かの間、目を開けてラヴィを見上げた。弱々しくもしっかりした視線を前に、ラヴィは驚きながらも最高の笑顔を向けた。彼への愛を、感謝を表すために。


「      」


 声にならない言葉を残し、ルジェクは目を閉じた。

 そして…それは二度と開かれる事はなかった。


 小さな家の中に、押し殺したような嗚咽が響いた。



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