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街へ

 その日を境に、二人の距離は一層近くなった。後の事を考えると、まだ躊躇する思いが根強いルジェクだったが、一途に向けられた思いを否定するのが難しくなっていたのだ。

 愛らしい見た目で一途に自分だけを慕い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくる相手を突っぱね切れるほど、ルジェクは冷淡でもなく、また強くもなかった。


 それはルジェクの死期が目前だったのもあるかもしれない。

 死への不安から誰かに側に居て欲しいと思う一方で、自分が死んだ後に悲しませたくないから誰も側に置きたくないとも思う。その時々で心の天秤は不安定に傾き、ルジェクの心は両価的だった。

 それでも、ラヴィの今後に責任を感じていた彼は、自分の死後も彼女が生き延びるための唯一の方法を排除する事も出来なかった。ラヴィのためだと自分に言い聞かせていたルジェクだったが、彼自身、ラヴィの温もりに癒されているのを自覚していた。


「ルジェク様、愛しています」

「…俺もだ、ラヴィ」


 いとも簡単に素直に思いを口にするラヴィに、ルジェクは逆に罪悪感が疼くのを感じた。自分が彼女ほどの思いを持ち得ていない自覚があったからだ。九も下のまだ成人したばかりの少女に、その思いを利用して寂しさを紛らわせている…そんな風に感じてしまうのだ。

 もう少し若かったら、いや、もっと長く生きられたら、こんなに卑屈に感じる事はなかったのかもしれない、とルジェクは自嘲した。


「街に、行ってみないか?」


 二人の関係性が変わった直後、ルジェクはラヴィを街に誘った。まだ動けるうちに街に行きたかったのだ。せめてラヴィに贈り物の一つもしてやりたい。夫らしいことを何もしてやれないルジェクもまた、自分の出来る範囲でラヴィに何かを返したかった。


「街に、ですか?」

「ああ、長い時間は無理だが、ちょっとだけ、散歩の延長程度ならいいだろう?最近は体調もいいし」

「でも…」


 誘われた事は嬉しかったが、それでもラヴィは躊躇した。ルジェクの体調は確かにここ数日は落ち着いているが、それがこの先もずっと続くわけでない事をラヴィもまた十分承知していたからだ。それでも…


「買いたいものがあるんだ。だから付き合って欲しい」


 そう言われてしまえば、ラヴィに否やとは言えなかった。自分はルジェクの為にここにいるのだ。彼が望む事なら何でも叶えたいという獣人の性に勝てなかった。




 家が街の一角にあるため、目的地までは歩いて十五分ほどで辿り着いた。幸い天気も良く、暑くも寒くもない。ゆっくりと話をしながらだったから、ルジェクに疲労の影は見えなくて、ラヴィは密かにほっと息を吐いた。


「ここは…」


 ルジェクが目指していた店は、女性向けの雑貨屋だった。この近辺では人気の店で、普段使いの物から贈り物用の指輪やネックレスなども揃っていた。ここでルジェクは、ラヴィが欲しいと思うものを買ってやろうと考えていたのだ。


「何か気になるものはないか?いつもの礼がしたいんだ。俺は女性に何かを贈った事がなくてな。何がいいのかわからないから、欲しいものがあったら教えてくれ」

「ええっ?」


 突然のルジェクの言葉に、ラヴィは驚きを隠せなかった。無理やり押しかけて女房面している自分を、ルジェクは迷惑に思いながらも自分を憐れんで側に置いているのだろうと思っていたからだ。それでなくてもラヴィにとっては、ルジェクの側に居る事も、世話をする事も苦に思うどころか喜んでやっていたのだ。礼と言われても…毎日がご褒美状態のラヴィには、これ以上望むものなどなかったのだ。


 それでも、ルジェクに促されて店内の商品を見て回る事になった。欲しいものと言っても…とラヴィは戸惑うしかなかった。もし許されるなら、お揃いの指輪やネックレスが欲しい。でもそれは恋人や妻であれば望めるものだが、無理やり押しかけた自分には当てはまらないと思っていたからだ。


 そんなラヴィは、ふとあるものに目が行った。それは黒い狼のぬいぐるみで、瞳は新緑のような鮮やかな緑色をしていた。狼は男児がかっこいいと好む獣で、黒は強さを象徴する色だから、わりとポピュラーなものだ。


(何だか…ルジェク様みたい…)


 特に深くも考えずに、ラヴィはそれを手に取ってみた。大きめのそれはちょうど腕の中にすっぽりと収まる大きさで、手触りが柔らかい。ぬいぐるみなどには興味がないラヴィは、ただ単に色がルジェクのようで気になっただけだった。


「それが気に入ったのか?」


 店に入ってからずっと、何も手に取らずにいたラヴィを見ていたルジェクは、ラヴィがぬいぐるみを手にした事を意外に思ったが、それが気に入ったのだろうと思った。


「いえ、そういう訳では…」

「そうなのか?」

「ええ。ただ色が…ルジェク様みたいだな、と思っただけですから」


 そう言ってラヴィは手にしていたそれを棚に戻した。実際、ラヴィはそれが欲しかったわけではなく、本当に色にしか興味がなかったからだ。




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