その後のクロム
前回のあらすじ~
「サ~ガ~…」
「きゃー! なんで嫁さんがここに?!」
その魂が無事に輪廻の輪に乗ったことを確認し、クロムは用意していた手土産をぶら下げ、久しぶりにその道に踏み入れた。
もののけ道。
妖しの者の通り道。時折生きている人間が迷い込むこともあるが、それも稀。
「人か?」
「人のような匂いがするような…?」
「いや妖か?」
時折そんな声がどこからともなく聞こえて来るが、クロムはまるっと無視して歩き続けた。
「お主。人の身と成ったからにはここへ入るなと言うたろうが」
突如目の前に小山のような影が立つ。
「一つ目入道殿。ちと相談があって参ったのだがの。ほれ、土産もこの通り」
クロムが掲げた酒瓶を目にした途端、その顔が笑み崩れる。
「今の時代日本酒など手に入れるは難しいのではないのか? まあよい。話くらいは聞いてやろう」
「恩に着る」
盃を2つ置き、そこへ並々と酒を注ぐ。
軽く持ち上げ掲げると、お互いにぐいっと飲み干した。
「ふう~。昔とはやはり異なる風情だな。これも時代というものか」
「日本酒は通もいるのでの。なんとか生きながらえておるの」
「肴も欲しいところだが、とりあえずこんな所でどうだ?」
入道が手を振ると、満開の桜が目の前に現われた。
「これは良い。入道殿の山桜かの?」
「うむ。儂の山にあった最後の1本だ」
他愛のない話をしつつ、酒をちびりちびりと舐める。
「それで? 今日は何をしに来た?」
「相談事があると言ったがの。ちと力を貸して欲しくての」
「ほう。お主程の大妖が珍しい事を言う」
基本妖は単独行動だ。群れて行動するのはそういう妖か、眷属や下っ端などを使っていることが多い。
大妖ともなれば力の弱い者を顎で使うこともないわけではないが、力のある者ほど雑魚には目もくれなくなる。
また生息域が違ったり、縄張りなどがあれば滅多に動こうとしないものでもある。
「入道殿も知っておろうが、我が輩は人と成った」
「知っておる」
「その人にしてくれた恩人がの、先日異世界の神に攫われてしまったのよ」
「何?」
顔の真ん中にある大きな目玉でギロリとクロムを睨む。
「経緯はこうだの」
クロムはそれまでの事を語った。
風もないのに桜の花びらがハラハラと舞う。
時折盃を掠めるように、花びらが行き過ぎていった。
「仮にも相手は神。神域に達しておらぬ我が輩では太刀打ちなど出来ぬ。故に、一度でも神域に至った御身にお力を借りたいと思った次第だの」
盃を置き、クロムは拳を地に当て、一つ目入道に向かって頭を下げた。
「我が輩の勝手な願いであることは重々承知だの。しかし、我が輩の大切な者を傷つけ、我が輩にその手にかけさせた彼奴を真許せぬ。倒せなどということは言わぬ。しかしせめて一泡吹かせてやらねば、我が輩はすっきりと輪廻の輪に乗ることは出来ぬ。故に、真に勝手ながら、御身のお力を貸して欲しいのだの」
クロムは頭を下げ続ける。
一つ目入道は無言で盃をあけた。
「黒猫よ。お主の言うことは分かる」
一つ目入道が酒瓶を掴んだ。
クロムは顔を上げない。
「残りはもらうぞ」
酒瓶を逆さまにし、あっという間に中身を飲み干してしまった。
「最期の盃にしては、まあまあな味わいだったのう」
「?!」
クロムが顔を上げた。
「入道殿? いや、ひと泡吹かせるだけで良いのだの…」
「黒猫よ。時代じゃ。神域に至ったとは言え、最早儂も昔の影。いつまでも永らえてただ消えるだけの存在じゃ」
「入道殿…」
「理由はなんでも良かったのじゃが、守るべき人の為に消える事が出来るは光栄ではないか」
「しかし…」
「消えることを待つだけの我らに、お主は理由を与えてくれたのよ。感謝するぞ」
「入道殿…」
「それと、1つ約束せい。次に輪廻の輪に乗ったら、きちんと人と成れ。他の人間と同じように前の生のことは忘れ、新たな生を生きろ。全ての記憶を持って生まれるには人は未熟すぎる」
「だが…」
「お主は人と成ったのだ。もうここへ来る事は許さぬ」
「・・・・・・」
「後は儂らに任せい。なに、元より格の違う相手。敵うとは微塵も思ってはおらん。しかし、我らの世界の者を攫った落とし前はつけねばならぬであろうよ」
どこかより取り出した金棒を、勢いよく地に叩きつける。ゴオン!ととてもいい音が響き渡った。
「皆の者! 出あえい! 戦じゃ!」
一つ目入道が立ち上がる。
どこからともなく、様々な妖達が姿を見せ始めた。
「入道殿、せめて道案内を…」
「お主はもう人ぞ。これ以上こちらへ来ることは許さぬ。さあ行け。大切な人が待っておるのじゃろう?」
「入道殿…」
クロムが辛そうな顔をして、下を向く。
「我が輩は、主らの消滅など、願ってはおらぬ…」
「黒猫よ。時代じゃ。さあ行け。お主の願い、儂らに任せい」
クロムが顔を上げた。
「記憶で忘れようとも、魂では忘れぬ。主らの存在が在ったこと、我が輩は忘れぬ!」
「忘れても良いわい。元より儂らは人がいてこそ儂らに成った者よ。人に忘れられれば消えゆく者だ」
「それでも…!」
「ほれ行け。ここに人がいては邪魔じゃ」
クロムは唇を噛む。悔しそうな顔をしながら、入道に背を向けた。
「振り返るな。お主は人。儂らは妖しの者じゃ」
クロムが足早にその場を去って行く。入道の言葉に従ったのか、一度も振り返ることはなかった。
「せっかくじゃ。暇しておる各方面にも声をかけて行こうかのう。これ、誰ぞ、西や南の神につてのあった者はおらぬか?」
場は沸き立ち、皆戦支度を始める。そして何体かの妖が各方面へと散っていった。
お読みいただきありがとうございます。




