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サーガとクロムの異世界譚  作者: 小笠原慎二
エピローグ
80/81

その後のクロム

前回のあらすじ~

「サ~ガ~…」

「きゃー! なんで嫁さんがここに?!」

その魂が無事に輪廻の輪に乗ったことを確認し、クロムは用意していた手土産をぶら下げ、久しぶりにその道に踏み入れた。

もののけ道。

妖しの者の通り道。時折生きている人間が迷い込むこともあるが、それも稀。


「人か?」

「人のような匂いがするような…?」

「いや妖か?」


時折そんな声がどこからともなく聞こえて来るが、クロムはまるっと無視して歩き続けた。


「お主。人の身と成ったからにはここへ入るなと言うたろうが」


突如目の前に小山のような影が立つ。


「一つ目入道殿。ちと相談があって参ったのだがの。ほれ、土産もこの通り」


クロムが掲げた酒瓶を目にした途端、その顔が笑み崩れる。


「今の時代日本酒など手に入れるは難しいのではないのか? まあよい。話くらいは聞いてやろう」

「恩に着る」


盃を2つ置き、そこへ並々と酒を注ぐ。

軽く持ち上げ掲げると、お互いにぐいっと飲み干した。


「ふう~。昔とはやはり異なる風情だな。これも時代というものか」

「日本酒は通もいるのでの。なんとか生きながらえておるの」

「肴も欲しいところだが、とりあえずこんな所でどうだ?」


入道が手を振ると、満開の桜が目の前に現われた。


「これは良い。入道殿の山桜かの?」

「うむ。儂の山にあった最後の1本だ」


他愛のない話をしつつ、酒をちびりちびりと舐める。


「それで? 今日は何をしに来た?」

「相談事があると言ったがの。ちと力を貸して欲しくての」

「ほう。お主程の大妖が珍しい事を言う」


基本妖は単独行動だ。群れて行動するのはそういう妖か、眷属や下っ端などを使っていることが多い。

大妖ともなれば力の弱い者を顎で使うこともないわけではないが、力のある者ほど雑魚には目もくれなくなる。

また生息域が違ったり、縄張りなどがあれば滅多に動こうとしないものでもある。


「入道殿も知っておろうが、我が輩は人と成った」

「知っておる」

「その人にしてくれた恩人がの、先日異世界の神に攫われてしまったのよ」

「何?」


顔の真ん中にある大きな目玉でギロリとクロムを睨む。


経緯(ゆくたて)はこうだの」


クロムはそれまでの事を語った。









風もないのに桜の花びらがハラハラと舞う。

時折盃を掠めるように、花びらが行き過ぎていった。


「仮にも相手は神。神域に達しておらぬ我が輩では太刀打ちなど出来ぬ。故に、一度でも神域に至った御身にお力を借りたいと思った次第だの」


盃を置き、クロムは拳を地に当て、一つ目入道に向かって頭を下げた。


「我が輩の勝手な願いであることは重々承知だの。しかし、我が輩の大切な者を傷つけ、我が輩にその手にかけさせた彼奴を真許せぬ。倒せなどということは言わぬ。しかしせめて一泡吹かせてやらねば、我が輩はすっきりと輪廻の輪に乗ることは出来ぬ。故に、真に勝手ながら、御身のお力を貸して欲しいのだの」


クロムは頭を下げ続ける。

一つ目入道は無言で盃をあけた。


「黒猫よ。お主の言うことは分かる」


一つ目入道が酒瓶を掴んだ。

クロムは顔を上げない。


「残りはもらうぞ」


酒瓶を逆さまにし、あっという間に中身を飲み干してしまった。


「最期の盃にしては、まあまあな味わいだったのう」

「?!」


クロムが顔を上げた。


「入道殿? いや、ひと泡吹かせるだけで良いのだの…」

「黒猫よ。時代じゃ。神域に至ったとは言え、最早儂も昔の影。いつまでも永らえてただ消えるだけの存在じゃ」

「入道殿…」

「理由はなんでも良かったのじゃが、守るべき人の為に消える事が出来るは光栄ではないか」

「しかし…」

「消えることを待つだけの我らに、お主は理由を与えてくれたのよ。感謝するぞ」

「入道殿…」

「それと、1つ約束せい。次に輪廻の輪に乗ったら、きちんと人と成れ。他の人間と同じように前の生のことは忘れ、新たな生を生きろ。全ての記憶を持って生まれるには人は未熟すぎる」

「だが…」

「お主は人と成ったのだ。もうここへ来る事は許さぬ」

「・・・・・・」

「後は儂らに任せい。なに、元より格の違う相手。敵うとは微塵も思ってはおらん。しかし、我らの世界の者を攫った落とし前はつけねばならぬであろうよ」


どこかより取り出した金棒を、勢いよく地に叩きつける。ゴオン!ととてもいい音が響き渡った。


「皆の者! 出あえい! 戦じゃ!」


一つ目入道が立ち上がる。

どこからともなく、様々な妖達が姿を見せ始めた。


「入道殿、せめて道案内を…」

「お主はもう人ぞ。これ以上こちらへ来ることは許さぬ。さあ行け。大切な人が待っておるのじゃろう?」

「入道殿…」


クロムが辛そうな顔をして、下を向く。


「我が輩は、主らの消滅など、願ってはおらぬ…」

「黒猫よ。時代じゃ。さあ行け。お主の願い、儂らに任せい」


クロムが顔を上げた。

「記憶で忘れようとも、魂では忘れぬ。主らの存在が在ったこと、我が輩は忘れぬ!」

「忘れても良いわい。元より儂らは人がいてこそ儂らに成った者よ。人に忘れられれば消えゆく者だ」

「それでも…!」

「ほれ行け。ここに人がいては邪魔じゃ」


クロムは唇を噛む。悔しそうな顔をしながら、入道に背を向けた。


「振り返るな。お主は人。儂らは妖しの者じゃ」


クロムが足早にその場を去って行く。入道の言葉に従ったのか、一度も振り返ることはなかった。


「せっかくじゃ。暇しておる各方面にも声をかけて行こうかのう。これ、誰ぞ、西や南の神につてのあった者はおらぬか?」


場は沸き立ち、皆戦支度を始める。そして何体かの妖が各方面へと散っていった。


お読みいただきありがとうございます。

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