赤髪の女
前回のあらすじ~
大聖堂に着いた。式典が始まった。
「故に我らが慈悲深き神の御名において…」
ウトウト
祈りの間とは聖宮でも奥にあるようで、随分と歩かされた。
大聖堂の扉に似た扉の前に女が立つと、
「こちらでございます」
と恭しく扉を開いた。
サーガ達が開け放たれた扉から中へと入ると、大聖堂ほどではないが広い空間が広がっていた。
そして祭壇と思わしき所を背に、5人の神官と思われる者達が立っていた。
(おんや~?)
聖女も待機しているのかと思ったが、ただ1人いる女性も話しに聞く聖女より、年を取り過ぎている。
隣のマリエラからも少し困惑した雰囲気が窺えた。
「ようこそおいでくださいました」
真ん中に立つ長身の長い銀髪を垂らした男が声を発した。
後ろで静かに案内して来た女性が扉を閉める。
「誠此度のこと、おめでとうございまする」
5人が頭を下げる。
「丁寧な祝辞、感謝する。して、聖女様は?」
マリエラが尋ねる。
その間も案内して来た女は下がるどころか、祭壇の5人の方へと近寄っていく。
「ええ。私共と致しましても、是非共に聖女様の祝福を授けたいと思っていたのですが」
過去形の言い方に、マリエラの左足が半歩下がった。後ろから付いてきた騎士達も少し体を固くしたのが分かる。
「まさか、気付かれていないとでも思ったのか?」
5人の前に、案内して来た女が立った。
「残念だったな。俺にもあいつの加護を見分ける魔眼があるんだよ!」
女がベールを脱ぎ捨てる。
赤い、ゆるくウェーブのかかった髪が露わになる。
「魔眼?!」
マリエラがなんのことか分からない声を出す。
赤い髪の女がサーガを指さして声高に叫ぶ。
「てめえと、それともう1人! 俺にそんな子供だましはきかねえぞ! 出て来やがれ!」
少し間を置いて、するりとサーガの影から大人の姿になったクロムが出て来た。
「ち、気付かれていたとはの…」
「けけけ、そろそろバレる頃だとは思っていたが、まさか2人も使徒を寄越してくるとはなぁ。1人じゃ役不足ってか? どんだけ使えねーんだてめえら?」
ぞんざいな口調の赤髪の女がクスクスと笑う。
「こやつ…」
明らかな挑発の言葉に、クロムがサーガを伺う。短慮なこの男がまたいらんことをしでかしやしないかと思いながら。しかし、クロムの予想とは裏腹に、サーガは赤い髪の女を見つめたまま、ポカンと立ち尽くしていただけだった。
髪…赤い、髪…。
ゆるくウェーブのかかった髪。そんな髪をした女をサーガは知っている。
怒ったように髪を払う仕草も。
照れたように髪を掻き上げる仕草も。
その髪からはいつもいい匂いがしていて。
気付けば側にあることが当たり前になっていた。
そんな存在を…。
「思い…出した…」
「ぬ? サーガ?」
サーガの様子がどうもおかしいと気付いたクロムが、サーガの顔を覗き込む。
「…た…」
何かを呟いている。
「お主? どうしたのだの?」
事ここに来てとうとうおかしい頭が余計におかしくなったのかと心配になる。
が、突然、サーガがびしっと赤髪の女を指さすと叫んだ。
「胸が足りねえ!!」
少しの間、場が静まりかえった。
祭壇側に立つ面々も、マリエラとその後ろに控える騎士達も、ついでにサーガの横に立ってその様子を見ていたクロムも。シラけた顔でサーガに視線を集めた。
「あいつと比べること事態が烏滸がましいのかもしれねえが、しかし! そんな髪をしていたら嫌でも比べっちまう! あいつはもっと見ただけで男がB起するようないい女だった! そんな、似たような髪をしていて! 絶壁なんて!」
なんだか嘆いている。
その言葉を聞いて、マリエラとクロムとその後ろの騎士達の視線が赤髪の女にふと移動して、すぐに逸らされた。
神官達は赤髪の女に視線が行きそうになるのを堪えているのか、視線が彷徨っている。
「な、何言ってんだてめえ!!」
赤髪の女が一瞬視線を自分の胸元に走らせたが、ハッとなってサーガに怒鳴りつける。
「今そんなこと関係あるか!」
「仕方ねえだろ! 思い出しちまったんだから!」
緊張していた空気が毒気を抜かれ、少し弛緩した空気が両者の間に漂った。
「こ、この体は動きやすいように出来るだけいらん所を削っただけだ! 元の俺はもっと良い体しとるわ!」
「削っちゃダメだろ! そこ重要!」
「やかましいわ!」
「モード様」
アホな会話に呆れたのか、真ん中の長い銀髪の男が赤髪の女の肩に手を置く。
そしてハッとなる赤髪の女。
「ち、アホにつられてしまうとは…」
姿勢を正し、赤髪の女がふんぞり返る。
「まあいいわ。如何に奴等が使徒を送り込んでこようが、無駄だぜ」
微妙に威厳を感じられなくなっているが、マリエラ達も緩んでいた気を引き締める。
「俺の名はモード! この世界を支える神の一柱だ! さあ喜べ! 聖選の時は今! 今こそ地上に蔓延る有象無象を殲滅させてやるわ!」
神官達の顔が喜色に染まる。
「これでも食らうがいい!」
と、女が懐に仕舞っていた小瓶を取り出した。中には今までに見たことがないほどの真っ赤な液体。それを勢いよく床に叩きつける。
途端、液体があっという間に気化し、霧となって空中に漂い始める。
「!」
「さあ吸い込め! 人の体である限り、これから逃げることは出来んだろう!」
女が高笑いをする。
「吸うな!」
マリエラが慌てて口元を押さえる。騎士達も慌てるが、そも甲冑を着ていて霧を吸い込まないようにする手立てなどない。
「く…」
クロムも袖で口元を覆う。今ほど人の体であることを不便に思ったことはない。妖の体であったなら、空気を吸い込まないどころか呼吸などいくらでも止めていられただろう。
サーガは…、まったく慌てていなかった。それどころか平気な顔で女達を見つめている。
「これ、後ろのおっさん達もやばいんじゃねーの?」
サーガが疑問を口に出す。
「そんなことがあるわけがなかろう!」
「選ばれた我々にはちきんと耐性がついているのだ!」
神官達が胸を張っているが…。
「う…?」
太っている男が、苦悶の表情を浮かべ始めた。太っているせいで他の人達よりも呼吸が早かったせいかもしれない。
「モード…様?」
他の神官達の顔も、徐々に曇り始める。
「霧にしたことによって成分が体に回るのが若干遅めになるのが問題だが、成分が濃いおかげか? 悪くない時間だな」
「モード様! 亜人達を殲滅するはずでは…!」
眼鏡の男が悲鳴を上げる。
「俺達神の視点から見て、亜人も只人も同じ有象無象だぜ?」
赤髪の女、モードが神官達を振り返ってにっこり笑いかけた。
「そ、そんな…」
女神官の顔が絶望に染まる。
「ぐあああああああ!!」
小太りの神官が悲鳴を上げると、その体が紫色に変貌していく。
「うがあああああ!」
「ぎやああああああ!」
次々に神官達が悲鳴を上げる。体が倍に膨れあがり、紫色の怪物へと成り代わっていった。
「ひひひ。これで人類も終わりだぜ」
神官達が変貌していくのを楽しそうに見ていたモードが、サーガ達の方へと視線を向ける。
「っな?!」
サーガ達一行にはなんの変化も見られなかった。
「な、何故だ?! てめえらもこの霧を吸ってるはずじゃ…」
「ああん? ああ、いってなかったっけ」
サーガがケロリンと答える。
「俺にこういう水系の攻撃は効かんよ」
「はあ?」
モードが訳が分からんという顔をする。
よくよく見てみれば、サーガ達一行の周りを風が渦を巻き、霧が届かないようになっている。
クロムやマリエラ達も、周りを見渡して呆気に取られている。
「今ほどお前が味方で良かったと思ったことはないぞ」
マリエラが呟いた。
「ふふん」
サーガがドヤ顔になる。
「今ほどお主が一応役に立つのだなと実感出来たことはないの」
クロムが呟いた。
「喧嘩売ってる?」
サーガがにっこり笑顔をクロムに向けた。
「バカな! 人間如きがそんな高等な魔法を使えるわけが…! く、奴等…これを見越しての使徒か…!」
モードが天を睨みつけながら歯ぎしりをする。
「だがそのままではまともに動けねーだろ! 行け! 奴等を踏みつぶせ!」
モードの言葉に、紫色の怪物となり果てた神官達が、サーガ達に向かって躍り出る。
「誰が動けないと言いました?」
サーガが呆れたような顔になり、手を上空に翳した。
途端に部屋の中を風が荒れ狂う。
「な、なんだ?!」
モードが飛ばされないようにと足を踏ん張らせる。紫色の怪物達も飛ばされないようにと地面に這いつくばる。
マリエラ達の周りは驚くほどに風が凪いでいる。
(これが、この男の力か…)
マリエラは隣に立っている黄色い髪の少し背の低い男に、改めて胸をときめかせていた。
(これが、此奴の力か…)
クロムも感心して風の動きを見つめていた。
クロムも念動力で物を動かすことは出来るが、大きな水の塊ならばともかく、霧ともなってしまえばそれを動かすなどは困難だろう。しかしサーガは今、この部屋の風を駆使し、霧となった液体を一所に集めていた。そう、サーガが翳した掌の元へ。
ものの数秒のうちに、部屋全体に広がっていた霧は集められ、サーガの掌の上で丸い液体となって浮いていた。
「これで安心して暴れられるね」
サーガが悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
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